Chapter8-6
「こんにちは、エルミスのお父さん。エルミス居ますか?」
「こんにちはセリーニさん。エルミスなら第一王子のところに泊まりにいっているよ」
「…え、第一王子のところに?」
「うん。そうだよ」
にこりと人当たりの良い優しい笑みでそう告げたエルミスの父親に、セリーニは耳を疑った。確かにシゼラスと王家は大昔から常連であり仲が良い事は知っていたが、まさか寝泊まりまでするとは思っていなかったからだ。
カウンターでブレスレットのスロットを確認しているのか、スロット部分を魔力特有の青白い輝きを放たせているエルミスの父親が、人をからかうような嘘を言う事はない。セリーニは疑ってしまった事を悔いつつ、"わかりました、ありがとうございます"と言って頭を軽く下げつつシぜラスから王城へと向かう。
王城は門周辺しか歩いたことはなく、王城の中など足を踏み入れた事のないセリーニにとって、未知なる場所に等しい。
人の賑わう中央通りを人にぶつからない様にしつつ早歩きで進み、ほんの少し息が上がるころには立派すぎる王城門前へと到着した。ここから東に進んだところに魔法学校がありよく祭事は見回り等していたのだが…、このまま真っ直ぐ王城へと向かうのは、とてもではないが脚が竦む。
「どうしましょう…」
"エルミスという人物がここに泊まりに来ていると窺ったのですが、合わせてもらえませんか"、と言えばいいのだが…門を警備している騎士団員の視線が注がれる中、ここは思い切って明日にまた出直すか、と考えていた時だった。
「あれ、セリーニじゃねーか!」
「……!!エルミス…!あぁ神よ!なんという良いタイミングなのですか…!!」
「うおっ!?お、おう?ところでどうしたんだ。もしかして魔法学校に行くのか?」
幸運を自らの手で掴んだと言わんばかりに、左から聞こえる会いたいと思っていた声に振り向くと、いつものシャツとつなぎ姿の服ではない、すっきりとした品のある服を着ているエルミスを目にしたセリーニは、すぐさま駆け寄り皮の厚い職人の両手をぎゅっと握る。
突然の行動にエルミスはシェイクされる手をそのままに首を傾げていると、後ろからやってきたリーコスを見たセリーニが、慌ててエルミスの両手を解放し敬礼をする。
「こんにちは第一王子…!」
「き、…君はたしか、セリーニ・アンティ隊員だっただろうか…?」
声が軽く上ずったな、とエルミスはちらりと視線を送ると、その視線に気づいたリーコスがじとりと視線を軽く返した。"これでもマシになったほうだろう、"という声が視線を通して聞こえてくるので、"ちっともかわってねーぞ"という呆れた視線を送った。
「はい!覚えていただき光栄です」
「総隊長からよく話を聞いていたからね。一度トレーニングルーム前で会ったのも覚えているよ」
「あの朝の挨拶ですね…!」
どうやら一度会っているのか、エルミスの見ていない所で面識がある二人に"珍しいな"と思いつつ、ふとセリーニがなぜここに居るのかという考えを再び思い出す。
「ところでセリーニ、お前なんでこんなところにいるんだ?」
「あ…!そうです、私エルミスに…いえ、お二人にお話ししたいことがあったのです!」
「オレたち、」
「二人に…?」
エルミスの問いかけに本来の用事を思い出したセリーニは、エルミスとリーコスをしっかり目で捉えながら話があることを伝えると、エルミスだけではなくリーコスにもある事に幼馴染二人は首を傾げつつ互いを見た。
「第七魔法工場の労働者名簿にアルキさんの名前はない、でもアルキさんは確かに働いていて指輪を作ってる。第七魔法工場で大量の死者が出ていて、原因は衰弱か発狂死。…なるほどな、オレたちが調べたやつの裏付けみたいにぴったり当てはまる情報だぜ」
城内の客室へと案内されたセリーニは、豪華でありながらも品のある内装を見渡していると、まるで家に居るかのように柔らかなソファへと座るエルミスに"おいここ座れよ"と案内される。客室のドア前で圧倒されていたセリーニは軽く頭を下げてエルミスの隣へと向かい腰を下ろすと、ローテーブルを挟んだ向かい側のソファにリーコスが座った。
先ほど得た情報をしっかりと伝えたセリーニに、エルミスとリーコスが思案気な表情を浮かべながら一つずつ軽く復唱して内容を再確認しつつエルミスたちが得た情報を確認のものに変えていくと、ふとエルミスが顔を上げてセリーニの方を見る。
「この情報、どこで手に入れたんだ?」
「えっと…コラーリさんから聞いたんです。…元はアルキさんのお孫さんからお爺さんを助けて、という事を頼まれたんですが…私の力では手詰まりだったのを、コラーリさんの姉にあたる隊長に"情報屋を紹介"という形で…」
「なるほどな。アルキさんの孫な…確かに身内なら情報も持ってるし、些細な変化に気付くか…」
コラーリから聞いた、という事に"情報屋"を使った事を理解する。だがその情報屋に頼るきっかけが"孫の願い"という事を知ると、エルミスは納得の頷きを一つ。
たとえ世間に知られていない秘密が有ろうとも、身内に疑問や疑いを持たれない様に働いていることぐらいは語るはずだ。実際に働いている事"だけ"を身内に伝えて疑問を向けられない様にしていたが、闇属性の魔法に中てられて衰弱等の表れに心配と疑問が現れ始めたといったところか。
あくまでその考えはエルミスの想像でしかないが、家族というのは意外にも些細な事に気が付きやすい。
「ところで、愛情たっぷりランチは完食したか?」
コラーリから聞いた、ということは"シェフの愛情たっぷりランチ"という名の肉の暴力ハンバーグがやってくる。それを食べている間に情報を集め、長くかかる完食後に情報提供するというシステムなのだが、幾ら鍛えているとはいえ身体が引き締まっているセリーニにあれが完食できるのか、という簡単な疑問が浮かび上がった。その疑問にセリーニは首を軽く横に振ると、一瞬エルミスが"だよな"と内心唱えたが、どうやらすぐに訂正する羽目になる。
「私は普通のランチを、愛情たっぷりランチはコラーリさんの姉であるクネーラ隊長が完食しましたよ」
「一人で!?あのでっけぇ塊ハンバーグをか…!」
「はい。果敢に挑んでいました」
「……すごい体力と食の太さだ。流石は隊長」
エルミスはコラーリに姉がいる事は知っているし、たまに昼どきに店に来る姉を"お姉ちゃ~ん!"とコラーリが声を掛けているのも見ている。程よく似ているが、筋肉の塊である弟とは違い綺麗で腰も細い姉という印象が強かった。まさか肉の塊を完食する食の太さを持っていたとは…見かけによらない、というのはどうやら部下であるリーコスも同じように思っているようで、至極真剣な表情で褒めている。
「それで…クネーラ隊長もどうやら隊長クラスにのみ、このことを伝える様です。流石に人が死んでいるので扱わないといけない、と」
「隊長クラスであれば騒ぎを起こすことなく処理できるという判断だろう。騒ぎが広まれば内密にしている向こうがばれたと気付くからな」
「……だな」
セリーニの報告にリーコスが上司の考えを粗方理解したのかそう口にすると、セリーニが頷いて同意する。エルミスにとってはギルドが動くことはとてもありがたいのだが、それでもなぜかまだ小さな違和感を感じ取り、それが払拭できない事に灰白色の瞳を瞼で伏せて考えていると、リーコスの腕にあるギルド専用通信機が小さな音を立てた。
「む、鳴ってっぞ」
「すまない。…、…ほう、」
伏せていた瞼を片方空けてリーコスを見たエルミスは、通信機を操作する相手を観察する。特に表情の変わらないリーコスが、ほんの少しだけ目を細めているところを見ると、どうやら"悪い事ではない"ことは分かった。
「第七魔法工場の巡回警備が必須クエストになっている」
「私たちが嗅ぎまわっているのが見つかったのでしょうか?」
「いや、依頼者のコメント欄には"一応不安のため、一週間ほど外回りを巡回願いたい"と書かれている…内部でないということは、単純に外回りの警備巡回を頼みたいだけだろう」
操作する指を動かすリーコスは、クエスト内容から担当隊員の項目を見る。勿論リーコスの端末に通知が来たのでリーコスが入っているのは勿論だが、どうやら伝えるべき相手はもう一人目の前に居る様だ。
「君もだ、セリーニ隊員。君も巡回メンバーに入っている」
「えっ!?ですが私の端末、音がなりませ…あれ?電源が…」
「あぁ、ここは特定のヤツ以外魔法と魔法道具が使えねぇんだ。セリーニのやつが壊れてるわけじゃないぜ」
「そうなんですね…よかった」
巡回メンバーに入っていると伝えられたセリーニは慌てて音が鳴らなかった通信機を確認するも、薄い画面を指で押しても反応が無かった。
いつもであれば外に漂うマナを魔力に変えたり、自分の魔力を原動力にして起動するのだが、うんともすんとも言わなくなってしまった端末に首を傾げていると、エルミスが慌てて説明する。壊れていない事と原因が分かったセリーニはほっと胸を撫でおろすと、端末の付いた腕を下ろす。
「私は何時になっているのでしょうか?」
「十八時から二十時だな…どうやら私と行動を共にする様だ」
「第一王子とですか…!?」
メンバーが決まっているということは、すでに隊長たちで巡回の時間と誰を割り当てるかを決めているということだ。リーコスはセリーニと同じ枠で書かれていることを伝えると、セリーニは思わず真っ直ぐな背筋を再び正す様に胸を張りながら伸ばして驚く。
「ギルド内ではセリーニ隊員が一つ上の先輩にあたる、あまり肩に力を入れない様に頼む」
「は、はいっ…!!」
「無理そうだなこりゃ」
リーコスの一言でますますがちがちに身体を強張らせるセリーニと、一応第一王子としての威厳を残しつつも、セリーニをしっかりとギルドの先輩と認識しているリーコスもまた、"女性と話す"という気恥ずかしさに言葉を語る速度を少しだけ早めてしまっているのを見たエルミスが、困った顔でその様子を眺めた。
『では、私はこれで…』
そういってセリーニが帰って言ったのが一時間前。そして次はエルミスが荷物を持ってきたバスケットに入れ、クリーニングしてもらったつなぎとシャツを着て作業用ベルトを身に着け門前に立っている。
「んじゃ。オレも店に戻る」
「今日も泊まって良いと言っているのに…」
「ばかやろー。お前明日ギルドの仕事あんだろーが」
眉を下げて笑みを浮かべているリーコスにエルミスが呆れた表情を浮かべて叱咤すると、気にしなくても良いのに、という言葉が返ってきた。申し出は嬉しいが、出来るだけリーコスにも一人で眠って英気を養ってもらいたいという思いがある。
やれやれ、とため息を吐いている幼馴染に人差し指でくいくい、と招く。耳を貸せという合図だ。リーコスは少し屈んでエルミスの顔に自分の耳を近付けると、小さく聞こえるエルミスの声をしっかり聴きとり始める。
「明日、お前とセリーニが巡回中に、魔法工場に入る」
「…!」
とんでもない発言が耳に入ってきた。形の良い眉をひそめたリーコスは、なぜ、という言葉を零してエルミスへと耳打ちする。
「中に何があるかわからない。やめておいた方が良い」
「分かってる。でもお前らは外の巡回だけで、結局中まで見ることはできねぇし、ギルドの上のモンが闇属性を見れるわけでもない。これはオレかお前が行動しなきゃ闇属性の魔法道具を作る機械は永遠に止まらない。…なら、オレがおとりで中にはいって、オレを捕まえることを予測して行動しろ」
言っていることは無茶苦茶だが、筋は通っている。結局のところ中に入らず巡回のみだと、永遠に中に入る理由がない。ギルド上層部が事態を把握して対処しようとしても、肝心の闇属性の魔法を目で見ることが出来ない限り、"ただのあくどい労働基準法"として対処されてしまうだけで、闇属性の道具を制作する魔法機械が止まるわけではない。
「…わかった。だが無茶はするな。この事は巡回するセリーニ隊員にも伝える」
「お前がいるから無茶していいだろ。なんてな。まっ、危なくなったら助けてくれ」
ばし、と鍛えられている背中を叩いたエルミスは、ひらりと手を振ってリーコスに簡単な別れをする。小さな背中が消えるまで見送ったリーコスは、明日の必須クエストをしっかりと熟す為に工場の見取り図を護衛に頼んで手配しつつ、夕暮れの差し込む城内に入っていったのだった。
これにてchapter8は終了です。次は自己紹介絵から始まるので21時更新予定です:)
ブクマ、評価もすごくありがたいです…!明日には10人ブクマお礼絵(?)を仕上げる予定です。
世界はタピオカに侵食されている…しかし私の地元にタピオカ専門店はない!そう!田舎だから…なおコンビニで買える模様。おいしい。




