Chapter8-3
『お爺さんのお名前を窺っても良いですか?該当する人物が…えぇっと、お爺さんのお名前が分からないと、助けるときに不便なので、』
『おじいちゃんのお名前はね、アルキ。アルキ・マヒティースだよ』
『アルキ…、マヒ…ティース…。はい、了解です』
昨日取ったメモには、自分の字でアルキ・マヒティースという名前がインクで刻まれている。そこに第七魔法工場という文字を追加し、少なすぎる情報になにか付け足しを入れて"アルキお爺さんの顔色が悪い原因"を解明するのが第一だと、ペンを持つセリーニは休憩室の椅子から立ち上がった。
もし過度な労働によるものであれば、子供たちが爆破させてまで工場を消すような手荒な真似はせずとも、行政に報告して法で処理できる。だが少なくとも肉体的に健康だと医者に言われたのであれば、過度な労働の線は薄い。
休憩室を出て向かった先はギルド情報部門のドアだ。専用のカード読み取り機にギルドカードを差し込むと、カチャンと鍵の開く音が小さく鳴る。少し力を入れて重いドアを押すと、一生懸命書類に追われている隊員達がひっきりなしに机に向かっていた。
出来上がった書類を上へ通すためにすれ違いになる隊員の為、セリーニがドアを開けたまま待っていると、ありがとうございます、という言葉と共に書類を抱えた隊員が飛び出していった。"相変わらずここは忙しそうだ、"とセリーニは扉を閉め思いつつ、南西部門を担当している隊員の元へと歩くと、書類を制作するため難しそうな機械を弄っている隊員に声を掛ける。
「すみません。第七魔法工場に関する資料はどこにありますか?」
「ん?あぁ、えぇっと…案内します」
ばっ、とホログラムから顔を上げた隊員の男はセリーニの言葉を聞いて一瞬口で説明しようとしたのか指を資料室の方へとさしたのだが、ずり下がった眼鏡のフレームを上げながら席を立つ。ぱきん、と腰の音がセリーニの耳を掠めた。どうやら相当椅子に座っていたのであろう男は、リフレッシュの為にも歩くことを決めた様だ。資料室へと案内され、膨大な資料の中から分厚い一冊を取り出した男はセリーニへと資料を渡した。
「持ち出しと写しは厳禁です」
「分かりました、有難うございます。あの、適度に休憩をとってくださいね、お勤めお疲れ様です」
「あ、…有難うございます」
結構重要な資料もあるのか、持ち出しとメモ等に写す事は駄目らしい。ぺこりと頭を下げて、無精ひげを生やして眠たげな眼のクマを抱えている男に礼と、少々お節介ながらも身体を労わる様に言うと、軽く頭を上下させて眼鏡の男は礼を述べた。
ギルド情報部門は行政である国家機関の情報部門と情報を共有している。あれほどギルドの情報部門が忙しいのは、国家機関との連携を常に保たなければいけない為、日夜資料に追われているのだ。ギルドの中でも一、二を争う忙しさと言ってもいい。
第七魔法工場の資料にとりあえず目を通そうともくじを見る。
「改正…」
日付を見ると一年前だ。改正と書かれた項目は"工場所有者"と"機械導入"、そして"生産項目"だった。一先ず魔法工場の勤務時間を見る、昔にいくつか改正があったようだが、十年前から朝八時から夜十時までの交代制らしい。六時間、一時間休憩という良くある勤務時間のため、過度な労働のものではないらしい。福利厚生もしっかりしている。なんの変哲もない工場だという事実しか今のところ分からない。
「改正の一つ、工場所有者…あれ?このお名前…貴族の方が工場を買い取ったんですか……」
工場所有者の名前はアステラスの貴族として有名な人物だった。貴族など縁のないセリーニでも、その貴族は金遣いが派手である事を知っている。工場や土地を買い取ったのが一年前、という情報を一先ず頭にインプットする。だがこの情報が役に立つかどうかは分からない。
機械導入の部分へとページを捲ると、どうやら機械が不調になった為、新しいものを輸入したという項目だった。機械やそれを輸入する金が大量に必要になるが、貴族にはその金さえもポンと出せるのだろう。なんとも次元の違う話だと考えながら改正された最後の項目"生産項目"へとページを捲る。
「……新しい成分板?」
他のフォントよりも大きな字で書かれており、下には成分表が書かれてあった。銀15グラム、銅8グラム、マリニカ石52グラム…セリーニにとって記号でしかないそれは、なにを作る者なのかさっぱり分からなかったが、ここにエルミスが居たらきっとなにか思いつくのだろう。結局分からない事だらけだったのと、肝心の従業員などの情報は個人情報の為、ただのギルド隊員が見れるのはこの資料だけの様だ。
「これは……指輪を作るときの金属板だな」
「やはりそうなのか…」
国家機関の情報部門へと足を踏み入れたリーコスとエルミス。国家機密の情報部門は突然の第一王子の来訪に慌ただしくしていたが、片手をあげて制したリーコスは情報部門の責任者に話を向けた。その様子を黙って見ていたエルミスに、多くの視線が纏わりつくのを感じた。
一つは"第一王子のご友人"という視線、二つは"お召し物に着られている"という視線。そう、エルミスはいつものシャツとつなぎではなく、リーコスがエルミスへと手配した貴族衣装を纏っているのだ。着慣れているリーコスとは違って、まったくと言って良いほど着慣れていないエルミスには、服に着られてしまっている。これでもシンプルで控えめな衣装だが、貴族と無縁すぎるエルミスにはシンプルと控えめが付いていても意味が無かった。
"ご案内します"と言う言葉でやっと視線から解放されると、エルミスはそそくさとリーコスの後ろを付いていく。神代の下巻の書やストッカーポーチが入ったバッグの紐をきゅっと握りながら歩くと、一つの応接室へと案内された。
「おい、やっぱオレ似合ってねーよな?」
「なにを言っている。そこらに居る貴族よりも気品ある佇まいだ。一輪の青い花が咲いていると言ってもいい」
「お前が何言ってるかわかんねーが、褒めてるって事だけは分かったぜ……」
ちゃんと褒めているつもりだが?というリーコスの視線に、エルミスは"こいつ褒める時の言葉がおかしいよな"という視線を返した。再び応接室に入ってきた責任者が資料をソファーテーブルへと置くと、深々と頭を下げて応接室へと出る。
リーコスは分厚い資料を取りもくじを見ると、改正日が一年前の項目を見る。ぱらぱらと捲って改正されたページを確認した。
「あ、この貴族の名前、」
「アンヴォス家。歴史は浅い貴族だが、派手な経歴がある。そういえば一年前に多額の金を使ったという報告が王家で上がっていたな…」
王家は全ての国民の動きを把握せねばならない。第一王子であるリーコスは将来国王として君臨する事はない為、報告は全て現国王王妃、そして第一王女へと渡っているのだが、たまに報告を聞くことがある。丁度一年前、大きな金が動いたという報告を聞き覚えていたのだ。
「じゃあこの新しい設備購入もこいつのポケットマネーか?」
「多少なりとも国の補助金が出るが、機械等搬入する時の補助金は最大五百万レクトだ。差額はポケットマネーから出せるかもしれない……だが、今までの派手な金遣いよりも桁が大きすぎるのが気になる」
「む…アンヴォス家の資産じゃ足りないってか?でも確か五年ほど前から色んな企業買い取ってたりしてして金回りも順調良くなってるんじゃねーのか」
「……それでも、莫大な金を集めるにはあと半年掛かる。なりあがってきた家だ、金回りが順調良くなる前に、資産の底に穴を空けるほどの金を使う理由が何処かにある、ということだ」
エルミスにとって金は一億を超えた時点で十も百も億に到達した時点でその後の位は全部凄いと思うタイプだが、リーコスにはなにか思う所があるのだろう。金遣いが荒いだけでは貴族はやっていけない。その金が流れる道に何か手掛かりがあるはずだ、と考えた。だが資金情報はこの資料には載っていない。
「そもそも、虚偽の報告が上がる可能性もあるか…」
「ん?」
「いや、次に進もう」
リーコスはそう言って機械導入の項目から、生産項目へとページを移動させた。横で覗いていたエルミスの顔が真剣になり、成分表が表示されている部分を目でしっかりと追う。
「これは……指輪を作るときの金属板だな」
「やはりそうなのか…。では、指輪の生産の一端をここで担っているという事なのだろうか」
「うーん…いや、設計者の名前がアルキさんになってたってことは、一から十全てアルキさんが作った事になる。完成品まで全部この機械がやってるはずだ」
「では虚偽の報告をしていると?」
「まっ、所詮成分表を提出して"金属板つくってまーす"っていうのは一応合ってるんだ。そっから指輪を作ってるって分かるやつが情報部門に居たら、そいつは机に齧りついているより鍛冶屋になった方が良い」
虚偽ではあるが真実でもある、だが完全な真実ではない。餅は餅屋、知識を持つ者でなければこの成分表は指輪だと分からないだろう。指輪を作っているというのは資料に載っていない。
「…エルミス、労働者名簿にアルキ氏の名前がない」
「……ますます怪しいぜ」
一年前からの労働者名簿に指を滑らせながら目を通したリーコスは、アルキの名前が一つも載っていない事をエルミスに伝えると、伝えられた本人は資料から目を離して柔らかなソファから立ち上がった。
ベッドで大人しくないエルミスをあらすじ絵にしました:)
すごい。阪神がCS進出…勢いが付いているので、今年のCS面白くなりそうですね…!!




