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Chapter6-4

動物を捌く表現があります。

挿絵(By みてみん)





 "そう、Cクラス相応の腕が"と、中央ギルド支部を出発する二時間前までは思っていた。



 今ガリファロの目に映るのは、辛うじて見える剣の路と、その路を作ったであろう剣を鞘に仕舞う深緋色の髪を緩く靡かせている隊員、そしてエイクスの喉に一筋の線が刻まれている光景だった。


 見事な一閃。剣の切れ味だけでは生み出す事の出来ない芸当によって斬られた綺麗な傷口は、まだ斬られたことを理解していないのか血が出ていない。ぐらり、とエイクスの首が胴体と離れて落ちていき、地面に崩れる様に胴体と首が落ちた。



「ひーっ…!明日から外周走り込みをトレーニングに追加するか検討しねぇとな…」

「こんなに走ったの久々よ…け、化粧が崩れるわ……」

「三十分で終わって良かったな……」



 総隊長は歳に応じて己の体力がほんの少し落ちている事に落ち込み、クネーラは大量の汗によって化粧が崩れてしまったのか、その場で化粧を直し始めている。ガリファロは三十分で見事討伐が出来た事に安心しながらも、己の体力がやはり歳と共に下がっている事に総隊長同様落ち込んでいた。



 作戦はエイクスを追い込んで誘導し、その場で気配を消して待機しているセリーニが討伐するというシンプルなものだったが、木の覆い茂る森を馬で走るわけにはいかず、大の大人三人が森の中を専用通信機で報告し合いながらセリーニの居る場所まで誘導しつつ走り込んでいたのだ。つばしっこいエイクスを徐々にセリーニの居る場所へと近付けるのは大層苦労したのか、酸素を取り入れようと呼吸を荒げている大人三人に、用意していた水の瓶をセリーニが差し出す。



「セリーニちゃん気が利くわねぇ。ありがと」

「いい剣筋をしているな。ありがとう」

「だろだろ、俺の目って逸材を見抜くんだよガリファロ。ん、サンキューセリーニ」

「どうしたしまして。……それより、やはり目に出てる炎症から見て、間違いないようです」

「そうか。一応胃袋を引っ張り出して見るか…」



 ごくん、ごくんと豪快に瓶の中にある水を煽った総隊長は、隊服の上着を脱ぎセリーニへと放り投げる。振ってくる隊服をキャッチしたセリーニは丁寧に畳みつつ脇に抱えた。


 シャツの袖を捲り額に浮かぶ汗を腕で拭った総隊長は、腰のベルトに付けていたナイフホルダーからナイフを抜くと、軽く目を閉じて命を獲ってしまった事、そして頂く為の感謝を神に唱えた後、横たわるエイクスの胸から勢いよく股間までナイフを滑らせた。

 内臓を処理し始める総隊長に、クネーラとガリファロもセリーニへと上着を投げ渡して加勢する。初級の水魔法で血を洗い流しつつ内蔵処理を終わらせ皮を剥いでいき尾を切断して身と皮を分けると、ろっ骨を切断して縦に斬り、四肢を切断して予め用意して置いておいた、おが屑の入った箱に肉と頭を入れていく。



「氷頼む」

「了解。――凝固 零度の風にて凍結せよ 我が氷風 汝の周りに降り注ぐ物也 」



 氷を頼んだ総隊長にガリファロが一本の魔法文字を詠唱して初級魔法を発動させる。魔法文字は魔法陣となり、拳ほどの氷が降り注いだ。肉に付かない様におが屑に氷を移動させて蓋を閉める。



「よし、胃袋を開けるぞ…」

「……!なにか入ってるわ、」

「ほぼ消化しているが、この特徴的な花の色はなんだ…?」

「"惹起の誘花"です。精製せずに生で食べると生物に異常な興奮作用を及ぼし、凶暴性を引き出す植物。"行政の許可なく、特定の場所以外で生やすことは禁止"されています」



 東のナノスは薬学に特化している地方の為、惹起の誘花はナノス出身であれば割とメジャーな花の一種。セリーニも知識としてあるため隊長二人に説明しながら、どろどろに溶けていながらも辛うじて原型を留めている紫色の花びらを確認した。



「精製された物は医術の麻酔として使われるので、興奮作用や凶暴性は引き出されません。エイクスが暴れた例が過去に二件…自然界の育成禁止条例が出来た百年ほど前にあったらしいです」

「よくそんな昔の出来事を知ってるわね」

「珍しい植物事件をまとめた本が家に沢山あるので、調べ物をしていた時にその記事を……。血抜きをしたので肉は食べれますが、内蔵類は花の成分が回ってしまっているので駄目です。灰にしてしまいましょう、焼き切れば成分は飛びます」

「エイクスの内蔵はうまいんだけどなぁ…よし。んじゃ探すか」

「探すって、何をだ?」



 知識を保持しているセリーニの説明に納得した隊長二人。数の少ない百年前の事例を知っている事にクネーラは感心すると、セリーニから上着を受け取り前を止めずに袖を通した。

 肉は食べれても内臓は成分が回ってしまっていると言われてしまえば、人間にも花の成分が回ってしまう。それを聞いた総隊長は残念そうに内臓を魔法で燃やす様にクネーラへと視線を送ると、出来るだけ灰になるような火力のある魔法を使って燃やした。


 総隊長の"探す"という言葉にガリファロは首を傾げる。もうエイクスを追いかける必要もない為、そのまま帰還するつもりだったからだ。小さな血しぶきが白いシャツに付着している総隊長は、セリーニから上着を受け取っているガリファロに向かってとんでもないことを言うのだ。



「この森を端から端まで、惹起の誘花を探すぞぉ!」

「はぁ!?馬鹿言うんじゃあねぇぞ。それだったら一度戻ってBクラスの隊員全員呼ぶ、」

「あ、あの…大丈夫ですよ。エイクスの行動範囲は決まっているので足跡を辿っていけばどこかにあるはずです、」



 わざとらしく意気込む総隊長にまんまと乗せられたガリファロは、端から端まで探索するとなると一日は掛かる事を想定して何馬鹿な事を言っているのかと怒りつつ、自分の隊を動かす事を提案しかけた時、セリーニが助け舟を出した。



「……揶揄ったな?」

「なんのことやら。よし!とりあえず肉を運ぶついでに足跡に沿って歩くか」



 セリーニから上着を受け取った総隊長はくるっと後ろを振り向き、そそくさと肉の入った木箱を肩に担ぎ、毛皮を持ってずんずんと歩き始めた。





 エイクスの足跡は規則性がある。葉の多くある場所には踏み鳴らされたエイクスの足跡がそこら中にある為、真新しいものよりほんの少し古く、そして足跡が幾度となく重なっている道を見つけて歩いていく。注意を怠ることなく下を見て、木の陰、草が覆い茂る場所にも目を向けていると、エイクスの足跡とは別に"靴跡"も発見した。


「……当たりだな」


 靴跡を見つけた総隊長はエイクスの足跡から靴跡に目標を切り替えて進んでいくと、明らかに人の手によって耕された地面に惹起の誘花が花を咲かせていた。

 畑を囲む様に木が生えているため、周りから見れば人影は見えないだろうその場所に、"特定の場所以外で生成が禁止されている花を育てている"人物がいるのだ。近付いて確認すると、一部茎から上が無い。エイクスが食べた事が裏付けられる。



「惹起の誘花は外に持ち出す事自体禁止されています。…見つけ次第国家機関に報告して、処罰を与えなければいけません」

「Bクラスの隊員を付近に配備して捕まえよう。手の空いている隊が幾らかいる」

「おう、そうしてくれ。Aクラスも一部隊ぐらい出せないか?」

「丁度暇している隊があったと思うから、昼に集めて必須クエストとして出しておくわ。…でも、Aクラスまで出す必要性を、今のところ私は感じないのだけれど…」



 なぜ、という視線を前で歩く総隊長の背中にクネーラは向ける。疑問の視線を受け止めた総隊長は、馬車へ向かう脚を止めずに語る。



「そもそもお前ら、今回このクエストは隊長が出るほどの困難なものだと思ったか?」

「…いいえ。正直言えば、体力がある若者にクエストを任せた方が良いと思ったわ」



 クネーラの言う事に、ガリファロも同意とばかりに頷く。その頷きは前を歩く総隊長には見えないが、言葉を出さないという事は大体クネーラと同意である、という事を長い付き合いである男は理解している。

 隊長に所属している者が二人も出るという事は、危険も重要性も大きなクエストだと考えるのがギルド内では一般的だ。

 だが実際に今回のクエストは、暴走した動物を討伐する、という言葉にすれば簡単なもの。追いかけて捕まえるのは、正直言えばEやDクラスに所属している新人たちを隊長格の一人が纏めて指揮を執ればいい。



「まっ、それは俺も思った。でもな、俺たちは"実例"を見た事が無かっただろう」

「…!」

「実例を知らなきゃ、指揮を受ける部下に説明をするときが一番困る。テッペンで指揮をする俺たちが理解しとかないと、エイクスがなんで狂暴になったかさえ理解出来ることなく、ああやって花を探す事も無かった」

「それにしちゃあ、お前は知ってるような感じだったが?」



 肩から少しズレてきた木箱を抱え直しつつ歩き進める総隊長の言葉に、クネーラは"確かにそうね、"と一人納得する。


 指揮する者が部下に指示を送るとき、"なぜそうせねばならないか、なぜそうなったか"を説明せねばならない。"エイクスが暴れているから討伐しろ"と言うのは簡単だ。"温厚すぎる草食動物が人に傷を負わせただけで、討伐までしなきゃならんのか?"――クエストの説明を受けていたガリファロの言っていた疑問を、部下の誰かは必ず思うだろう。

 もし自分たちに言われてしまった時、"分からない"で済ます事はできないのだ。


 だが初めから知っているような口ぶりの総隊長に、ガリファロは疑問をぶつける。土を踏みしめていた道無き道から出ると、本数メートル先に止めていた馬車と馬が見えた。



「なぁに。本来来るはずだったカーラ隊長が教えてくれたのさ。"もしかしたら大昔にあった惹起の誘花の事例かもしれない"ってな。生憎旦那さんがぎっくり越しになっちまって病院に付き添いに行くから、代わりにセリーニ隊員を連れていくと良いって推薦したのさ」

「カーラ隊長はたしか東のナノス…だからセリーニちゃんを推薦したのね」

「そういうこった。C隊長で推薦しやすかったのもあるが、」

「――…カーラ隊長のご両親が、私の両親と同じ薬学職に就いているので…、子である私にも知識があるとお考えになったのだと思います」

「カーラ隊長の読み通りだったな。しっかり一撃で仕留める剣業も相まって、お手柄だったぞセリーニ隊員」

「有難うございます、総隊長」



 褒められたセリーニは素直に言葉を受け取りつつ、少し照れるのか頬を薄く染めた。洗礼された一閃で、首の骨ごと綺麗に両断した本人とは思えないぐらい素朴な少女に、大人三人は初々しさを感じて笑顔になる。



 肩に乗せていた荷物を総隊長はガコンと音を立てて荷台に置くと、荷台に置いてあった麻袋に毛皮を入れて放り込む。待機していた御者に合図を送り、走り出す馬車の後ろを馬に乗った四人は走り進んでアステラスへと戻っていった。





今日は少し遅れてしまいました…もうしわけない…!

台風に備えて植木鉢を中にいれたりとしていたんですが、めっきり寒くなって…ここからまた少し暑くなると聞いているんですが、もうそろそろアツアツの焼き芋が食べたい季節になってほしいので、このまま涼しくいてほしい…:(

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