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Chapter6 Cクラス二年目新人ギルド隊員の一日

挿絵(By みてみん)






『ねーちゃんちゃんと聞いてるのかー?』

「ちゃんと聞いてます。成績が上がって、お父さんとお母さんに褒められたんでしょう?」

『そーそー。来年薬学専門学校に入れるかもーって、先生が言ってた』

「流石はお姉ちゃんの弟。試験に合格したら、お祝いしに帰るからね」



 まだ世界が眠りを纏う中、家庭用通信機械のホログラムに映る実家の住所が、寮の部屋に僅かな明かりを提供している。


 通信ギアの内蔵されている機械は、魔力によってホログラムを作り出し姿を映す高価な物から、簡単に通信できる機能を備えたものまである。家庭用通信機械から聞こえる弟の声に頬を緩ませながら、姉――セリーニは、朝食の用意をしようと小さな冷蔵庫を開ける。



『んなこと言わずに、長い休みに帰ってきてよ。とーさんもかーさんもじーちゃんも、通信じゃなくて直接話して元気か見たいっていってるし』

「んー…、もう暫くしたら東に寄る用事があるから、そのついでに」

『りょうかーい。んじゃそろそろおれ二度寝する…』

「ふふ、おやすみなさい」



 さらりと魔力を纏っていた文字が消えて通信が終了したことを視覚的に伝えていた。一気に暗くなった部屋の灯りを付け、改めて冷蔵庫を開けるが、中にあるのは牛乳のみだった。



「……そういえば、昨日買い物に行こうと思ってすっかり忘れてた…」



 とりあえず牛乳が入った瓶を取り出し、コップに注いで飲む。ひやりと喉を潤し胃に入っていく感覚、濃厚な味を舌で感じつつ、ふぅ…と一息つくと、空になった瓶をシンクに置いて水で軽くゆすぐ。


 しかし参った。早朝六時はまだパン屋も開いてないのだ。我慢できるには出来るが、我慢するには空腹を伝える腹の虫と暫く付き合わなければならない。悩むセリーニは、ふと冷蔵庫に貼ってある一枚の小さな紙に注目する。



「……あなたのお店、ラグダーキ…"営業時間二十四時間"…!?」



 店の名前の下に、小さく営業時間が書かれていたが、その表記に驚く。飲食の出来る店で、一日中開いている場所は滅多にない。


 弟によく似た依頼者、エルミスという少年と仲良くなってから、初めて貰った菓子に入っていた紙だ。焼き菓子も美味しく、食べた次の日にギルド隊員の先輩達からどんな店だと聞いたが、口を揃えて食事が美味しいというのだ。



「朝食は、ラグダーキさんで食べようかな」



 なんとか空腹を我慢せずに済むと安心したセリーニは、鏡のある洗面所に行き、ヘアバンドで前髪を留め顔を洗う。寝ぼけていた顔にひやりと冷たい水がかかり、肌が引き締まるように感じた。タオルで軽く拭き、化粧水と乳液で整えてヘアバンドを取る。ヘアバンドで出来たのか、枕で出来たのか分からない寝ぐせを櫛で整えた。歯ブラシに歯磨き粉を適量付けて歯を磨き、口をゆすいで洗面所から出ると、ギルド隊服が掛かっているハンガーを手に取った。



「んー…最近また胸が窮屈になったような…」



 ごそごそと寝巻を脱ぎ、シャツを着こんで隊服に袖を通す。支給されて一年ほど経った隊服。成長する身体に合わせず少し大きなものをチョイスすればよかったと考えながらも、まぁ本格的に窮屈さを感じれば新しい隊服を支給してもらえば良いかという結論を出した。

 あまりゆったりした隊服でも、剣を振るうのに邪魔になりかねない。少しだけ胸にハリが出てしまっている隊服へと視線を下ろし、せめてあともう一年保ってくれと祈りながら、ダイニングテーブルに置いてあるギルド支給の専用通信機を腕に通して操作する。



「あれ?今日の午前は何もなかったはず……必須クエストが一件入ってる…。魔獣討伐…欠席の補充として、」



 日付が変わった時に入った一件のクエスト。本来はセリーニではなく、他の隊員が討伐に参加するはずだったのだが、どうやら何らかの理由で欠席になったのだろう。その補欠としてセリーニに白羽の矢が当たったのだ。必須クエストと言えど勿論断る事も可能なのだが、特に断る理由もないセリーニは専用通信機を操作して受注する。


 専用通信機の操作を止めて、自身初となる専用の魔法道具を右腕に通し、剣を身に着けて玄関を出る。かちゃ、と鍵が閉まる音を確認、そしてドアノブを一度引いてしっかり閉まっている事も確認すると、寮の玄関を出た。


 未だ太陽は姿を現していないが、あれほど夜の海を輝かせていた星の姿はすっかり見えなくなっており、薄紫と薄青で空が染まっている。人の行き交いが激しいレンガ道にその人の姿はほぼおらず、パン屋が準備をしている良い匂いだけが道に広がっていた。



「朝は魔獣討伐、午後はエルミスのところに顔を出して…。もし早く終わればフリークエストの一つぐらい受けるべきか…」



 人の多い時は操作をしない様にしている専用通信機。だが今は野良猫も歩いていない為、魔力で書かれる文字を指で動かしながらフリークエストの確認をする。


 大体はC、D、Eクラスに所属している者がフリークエストを多く受注し、クラスに見合った必須クエストを間に挟み、クラスアップを図る者が多い。

 クラスアップの利点は、クエストクリア数とは別に基本給が設けられており、その基本給が上がるという事だ。勿論それなりのクエストを熟さなければ減らされるのだが、クエストの難易度、そして数に応じて貰える金額プラス基本給を得る事が出来る為、クエストをやって損はない。


 専用通信機によって表示されているフリークエストの量は多いが、始業時間の五分前にはほぼ無くなっている。追加は随時あるため、確認するのはまた魔獣討伐が終わってからにしようと、セリーニは専用通信機を切って回れ右をすると、可愛らしいうさぎの看板が見えた。勿論オープンの看板が掛かっているため、店の明かも付いている。





 客がやってきたと伝えるドアベルが可愛らしく音を立てた。中に入ったセリーニは、まず香ばしいコーヒーの香りを鼻で感じた。バーの時間帯が過ぎ、モーニングを取る人が注文したものだろうと推測しつつ、木のぬくもりが感じれる店内をきょろりと見て、思わずカウンターにいる人物に視線を合わせて内心驚いてしまった。

 無理もない、セリーニにとって初めて「女装をした筋肉」を見るのだ。



「あら~~~!!いらっしゃ~い!」

「あ、あの、モーニングって…頂けますか…?」



 今まで早朝に聞いたことない声がセリーニの耳に飛び込んでくる。そういった文化があるのは知っているが、まさか本当にその文化に触れることになるとは思っていなかった為、心の準備が全く出来ていなかったセリーニは、思わず女装をした筋肉の声色に釣られながら食事がとれるか聞く。



「勿論よぉ~!!ささっ、ここ座ってぇん!」

「あ、はい。有難うございます…」



 上質な一枚板を使っているカウンターに案内され、背の高い椅子に座る。脚を遊ばせてしまいそうだったが、丁度良い高さに足を置ける椅子だった為、比較的リラックスしてセリーニが座ったのを確認した女装筋肉は、カウンター内からメニューを出した。



「メニューは有るにはあるんだけど…食べたいもの言ってくれたら、出来るだけご希望に添える様に作るわよぉ~!」

「えっと……では、オレンジジュースとトマトスパゲティ頂けますか?」

「はぁ~い。食後のコーヒーはどうするぅ?付けるとモーニングで二百五十レクトから百レクトになってお得よ~!」

「ホントですか!ではお願いします……!」

「はぁ~い!オレンジジュースにトマトスパモーニングね!」



 メニューを見て最初に目に入ったのがトマトスパゲティの文字だったセリーニは迷わず注文する。子供のころからトマト料理が好きだった為、トマトスパゲティは好物に入るのだ。メニューを女装筋肉に返すと、さっそく料理の準備を始める女装筋肉が可愛らしいピンク色のリップを施している唇で自己紹介を始めた。



「私はコラーリ。ここの店主してるの、よろしくねぇん!」

「ご丁寧にありがとうございます、コラーリさん。私はセリーニです、セリーニ・アンティです」

「知ってる知ってる知ってるわよぉ~~!なんてったって、総隊長ご自慢の期待の新人ちゃんだもの~。ここで良く貴女の自慢をしているのよ~?"良い逸材を見つけてきた!この前なんか大量に魔獣を狩ってきたんだ!"ってね~」



 どうやら総隊長はここの常連らしい。総隊長のモノマネの時だけ男気溢れる声になる女装筋肉――コラーリは、鍋に水を入れて沸騰させるために火を付ける、西地方直送のトマトの皮に薄く十字に包丁を入れてボウルに氷水を入れて用意すると、切れ込みを入れたトマトたちを沸騰した鍋に入れた。十秒も入れていないであろうトマトを穴の開いたおたまで取り出し氷水に入れていくと、切れ込みのところからヒラヒラとトマトの皮が躍っていた。トマトの皮を簡単に剥ぐと、ヘタを取り細かく切っていき、細かなトマト果肉をボウルに移している。



「それに、最近はエルミスちゃんと仲が良いらしいわね~」

「エルミスもここに来るんですか?」

「えぇ、エルミスちゃんのパパさん同様にここの常連よぉん」



 ばちーん!と、効果音が飛んできそうなほどきれいなウインクをしたコラーリに、セリーニはこの店がとても長く続いている事を間接的に理解した。


 喋りながらも手際のよいコラーリの調理風景を見る。フライパンにオリーブオイルを入れ、ほんの少しの刻んだにんにくを入れている。きっとセリーニを思って少なめにしたであろうその量に、細かな気遣いが窺えた。仄かに香るにんにくに食欲がそそられ、思わず腹の虫が鳴ってしまった。


 あ、と思いお腹に手を当てたセリーニに、コラーリはにこりと笑って細かく刻んだトマト果肉をフライパンに入れると、小皿を出して何かを準備していた。


「もうちょっとかかるから、これ食べてくれるぅ?」

「あ…すみません、有難うございます」

「いいのよぉ~!可愛い子とイケてる男にはサービスしろって言うでしょう?」

「おいおい、おれにもさぁびすしてくれよぉコラーリぃ~」

「酒が恋人のヤローは大人しくゆで卵でも食ってな!」

「だーっはっはっは!こりゃ~まいった!」


 カウンターに出された小皿には、シロップによっててらりと輝いているアーモンドだった。一年中暖かい第四大陸の最南端で取れるナッツ類は、王都で良く売られている輸入品で、火で炒り塩で食したり、シロップに付けて一緒に食べたりする。


 きっとバーで提供するであろうその小皿にセリーニは礼を言って、付いていたスプーンで一口食べる。ローストしてあるアーモンドを歯で噛むと、かり、と音がして濃厚なナッツの油分の味と共に甘いシロップが口いっぱいに広がった。五粒ほどあるため、本当に食事が来るまでの足しとしての提供だが、腹の虫を黙らせるには充分だった。


 サービスを出したコラーリの話を耳に入れたテーブル席の男が、まだ酒が抜けきっていない状態でピザトーストを食べつつ茶々を入れると、なんとも野太い声で返事をしたコラーリに笑っている。きっと常連なのだろうその男は、バスケットに入っているゆで卵をテーブルにカンッ、とぶつけて殻をむき始めた…どうやら大人しく食べる様だ。



「王都には慣れた?」

「配属されて半年以上は経ちましたが…、広いのでまだまだ地理把握が出来ていない所もありますね…」

「分かるわぁ…私もまだまだ王都の隅々まで歩いたことないのよぉ」

「コラーリさんもですか?」

「そうよん。西地方出身だから、都会の王都は今でも分からないのよぉん!歩いても歩いても裏道裏道裏道…裏道抜けたらそこは…巨大な王城が!」

「ふふっ…!どこ曲がっても大体中央に進むと王城があるんですよね。私も驚いたことがあります」



 まるで幽霊でも出たかのように、おどろおどろしい声で昔の体験を語るコラーリ。フライパンの中で熱によって煮え崩れたトマトに、毎朝必ず作っているブイヨンスープ、オレガノとバジル、塩コショウで味を調え弱火にする。

 隣のコンロに置いていた鍋はぐらぐらと湯が沸騰を伝えており、乾燥パスタをきゅっと両手で絞って一気に鍋に入れれば、ぱさりと鍋に広がる乾燥パスタがゆっくりと鍋に沈んでいった。


 コラーリの言っていることはセリーニにも経験がある。初めて王都にやってきたときに、まず初めに、いち早く王城へたどり着くことを覚えさせられた。何故かと言えば、王城やその周りが最も安全であり、もし万が一大災害が起こるとき、王城周辺へと住民を避難させるマニュアルが設定されているからだ。先輩隊員に案内されながら言われたことは唯一つ、



"王城が見えたらとりあえずそこに向かって歩けば必ずたどり着ける"



 ……と、いう事だった。実際にどんなに複雑な裏道に迷い込んでも、王城を目指して歩けばたどり着くことが可能なのだ。勿論だからといって覚えなくていいという訳ではないが、必ず王城付近に行ける様になっている王都アステラスの国設計が凄い事は確かだ。


 鍋の中で踊るパスタを適度にパスタトングで掻き混ぜながら鍋の底に張り付かない様にしつつ、時間をしっかりと確認したコラーリは弱火のまま置いていたフライパンにパスタトングを使って手早くパスタを入れると、煮汁を吸わせながらしっかりとソースを絡めていく。



「いつも早起きなの?」

「はい。基本的に六時に起きてこの時間帯に食事を作って食べています」

「んまぁ~、とても早起きじゃな~い。その後はゆっくりするのん?」

「いえ、食事を取った後はギルドのトレーニングルームで一応鍛えています」

「真面目ねぇ…はぁ~~い!そんな真面目で可愛い新人ちゃんに、トマトスパゲティとオレンジジュースでぇす!」



 至極真面目なセリーニのスケジュールを聞いたコラーリは、パスタを皿に移し、粉チーズと刻んだパセリを振り掛けてカウンターの上に置く。次に可愛らしい花柄のストローをオレンジジュースが入ったグラスに差し、最後に新鮮な半月オレンジをグラスの淵に飾ってコースターの上に置いた。最後に紙ナプキンに包まれたフォークを置けば、セリーニが小さく頭を下げて礼を言う。


「いただきます、」

「はぁ~い、どうぞ召し上がれぇん!」

「こらぁり、かんじょ」

「あいよ。二千六百レクトね」


 酔い潰れ掛けている客の会計に、カウンターから出たコラーリをセリーニは軽く見つつ、紙ナプキンに包まれたフォークを取り出して暖かな湯気が出ているトマトスパゲティにフォークを刺す。


 くるくる、くるくる。一口サイズに巻き取られていく赤いパスタを軽く上げて、残りのパスタの長さを確認する。もう少し、と再びくるりと巻いて一口サイズを完成させると、軽く息を吹いて覚まし一口食べた。



「おいしい…!」

「んまー!ありがとぉん!」



 常連を見送ったコラーリが、セリーニの感想を聞きながらカウンターに戻ってきた。にこにこと笑うコラーリに、なぜか"初めはちょっと違和感があったけれど、結果的になぜか似合っているような印象へと変化している事にセリーニは気付きながら、ブイヨンとトマトの深い美味しさを楽しんだ。




新しいチャプターに変わったので、自己紹介絵からスタートです。今回はセリーニちゃんと、隊長格の方々がわちゃわちゃするだけのお話ですが、ちゃんと主人公も出てきます:)

閲覧ありがとうございます。よければブクマとうしていただけると、頑張りゲージが上がります:)

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