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Chapter4-5

挿絵(By みてみん)






 馬車から降りて御者に待ってもらう様に軽くやり取りを交わして店の中へと入る。カランとベルが軽く鳴り、店内兼工房となっている室内に響けば、大きな鳥かごに設置されているブランコに乗っていたインコがピピ!と鳴いて出迎え、一人の職人が二人を見て笑顔を向けた。



「いらっしゃい!あら、第一王女さま。良い男連れてるじゃないかい」

「ごきげんようミズ・カネリ。そのいい男が依頼者ですわ。ゼーシ、エルミスに貰った封筒を」

「お、おう…」



 知り合いだったのか、とゼーシは一瞬思ったが、国のトップに位置する王族であれば、顔が広くなければいけないのだろうと考える。イエラに言われて懐に仕舞っていた封筒をカネリと呼ばれた店主に渡すと、カネリは封蝋代わりになっている飴硝子に魔力を通して封筒から外し、中の便箋に書かれた文章を目で追い確認する。



「ほー、ロドニーティスの坊やからだね。ふん…ふんふん…なるほど。オーケー。とりあえず書いてあるのが本当かどうか、スキャニング魔法を試そうか。ほれ、右手出して―」

「は、はい!」



 封筒をカウンターに置いたカネリは、軽く握手をするような声色で右手を差し出すと、ゼーシは少し緊張気味に右手を出しだして握ると、スキャニング詠唱が始まった。イエラはその様子を黙って見つつ、鳥かごに居るインコの頬を柵越しから指で撫でる。溢れる魔法文字が三本揃い、二人の頭上から下へと潜り落ちる。店主の笑顔は"合格"の証だ。



「その歳にしては良い魔法技術だ。下手すりゃ二年生よりも良い技術を持ってるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「ホントもホント。これだったら、将来指輪を"扱うことができる"さね」

「扱う…?」



 カウンターの内棚にある診断書を取り出したカネリは、スキャニング魔法による結果を書き込みつつ久々の上客に笑顔が止まらないようだ。ガガガ、と紙にペンを走らせる音をぴたりと止めてカウンターの上に置き、説明する為に二人を店に設置している椅子へと案内した。細工テーブルには見本となっている指輪が置いてあり、ガラス越しから見ることが出来る様だ。



「ゼーシって言ったね。魔法道具の知識はどれぐらいある?」

「多種あるもの。……魔力や、属性を付与出来る。あとは…補助の魔法陣をあらかじめ刻める、ぐらいです」

「うんうん。良い回答だ。だが、その中でも指輪という魔法道具はどういったものか、分かるかい?」

「…スロットが一つなので、もしもの時の備えである、とだけは……」



 魔法剣やブレスレットとは違い、イヤーリングと指輪にはスロットを一つしか組み込むことが出来ない。なので基本的に"予備ストッカー"専用と言われている。

 もし襲撃によって魔法剣やブレスレットが手の内に無かったり、ストッカーが奪われたり破壊された時、もっとも携帯が楽であり、尚且つ人の手によって奪われにくく隠せる小物類は、戦場などの危険地帯から抜け出すための魔力ストックとして使われる。



「そう。普通は備えとして一つぐらいは携帯しているもの。…しかぁーし!!それはあくまで"ただの小物"としての認識にすぎない!!」

「!?」



 ぐっ!と力拳を作って力説をし始めるカネリの勢いに、思わずゼーシは後ろへと身体が追いやられるかと思うほど背筋を正した。



「本当の指輪は、こう!!扱う!!」

「…!!魔法文字が…!!」



 カネリは作っていた力拳を解き、すっ、と空中に人差し指をさす。その指にはしっかりと指輪が嵌っており、輝く青の魔力光が人差し指の先へと集中すれば、カネリはすい、すい、と魔法文字を書き始めた。

 空中に留まる魔力光は魔法文字として形を成し、"軽易たる灯火"という魔法文字が完成すれば、一つに纏まった魔法文字が魔法陣となり柔らかな火の玉を発生させる。



「す、すごい…見た事が無い…」

「そうだろう!これが指輪を"扱う"ということさね!」

「こんなに凄い事ができるというのに、なぜ皆やらないのですか?」



 呪文を言わずに魔法文字を書き、魔法を発生させるという指輪本来の力を見たゼーシは、その凄さに目を輝かせる。また一人有望な人材の驚いた顔を見たカネリも火の玉を消してふふんと胸を張った。声を出すことなく魔法文字を書き魔法を発生させるという事は、拘束され声を出す事が出来ない場合や、他に気付かれない様に魔法を使わなければならないときに有効だ。

 だがなぜ、こんなにも凄い魔法道具を皆は使わないのだろうか。その疑問はイエラの一言によって解消される。



「単純に、難しいからですわ」

「難しい…」

「えぇ。魔法文字は声と魔力で形成するもの。声で発する事は、謂わば文字を書く書き順みたいなもの…声で補助を掛け、魔力で魔法文字を形成し、崩れぬ様に制御する。呪文を唱える部分を失うと、補助を無くして純粋な魔力で魔法文字を形成し、制御せねばなりません。大抵の者は"文字を書く事すら出来ない"から、真価を発揮する事ができませんのよ」



 くりくり、とインコのほっぺを指で優しく撫でるイエラの説明は、ゼーシにとって分かりやすく、そして最も指輪が難しい道具であると理解した言葉だった。そんな難しい道具を本当に自分は扱えるのだろか、と不安の表情を浮かべているゼーシに、カネリは紫掛かった青の髪を掻き混ぜ、ぼさぼさになってしまうのもお構いなしに撫でまわした。



「そんな顔をしなくてもいい。初めは誰だって初心者、ゼーシにはきっと将来扱える。それはロドニーティスの坊やもお墨付きさね」

「…シぜラスの息子には、スキャニングされていないが…」

「職人は大体見れば分かるもんさ。スキャニングはそれを断定するもの…確認みたいなもんだ。見て"出来る"と思ったから、ウチに紹介状を書いたようだしね」



 ほれ、と紹介状として渡した便箋をゼーシに渡したカネリ。受け取った便箋に目を通したゼーシは、その端的かつ短い紹介状をすぐに読み終わった。



『アガポールニス・オ・ロディノーレモス店 カネリ様』

『ゼーシ 今年入学した魔法学校一年』

『魔力量 小 魔法技術推定 B』

『将来の見込み大いにありの為、指輪を扱える可能性大』

『是非とも常連にしてやってほしい』

『魔法鍛冶屋シゼラス エルミス・ロドニーティス』



 常連という言葉は鍛冶屋や道具屋に疎いゼーシでも知識として取り入れていた。自分だけの魔法道具をメンテナンスする為に、必要であるスキャニング魔法を扱える者と今後付き合うという事だ。成長していく過程を見てもらう重要な人物であるカネリと、今後常連として接することとなる。



「常連…でも、道具を持つことを父と母は許してくれるだろうか…」

「ん?どういうことさね」

「ゼーシの両親は、道具に"甘え"という偏見を持つ者なのですわ」

「あー、そのタイプねぇ。偏見は昔からあるものさ。でも、その偏見を正しいものにしていくのは難しい」



 ゼーシの脳裏に過るのは、道具を甘えとして認識している両親だった。道具に頼る事を良しとしない二人に、常連となるカネリに迷惑が掛かるかもしれないと想像がつく。権力を持っている大人は、簡単にその権力を振るうのを知っているからだ。

 イエラの言葉にカネリはいくつも思い当たる様な出来事があったような言葉を零す。偏見というものは、その偏見を発言している本人には"正しい物事"と捉えているため、覆すのは難しい。



「やはり…。俺、道具を作るのはやめ、」

「なのでわたくし、目には目を、歯には歯を、権力には権力で黙らせる方式で行こうと思いますの」

「イエラ……?どういうことだ?」



 やめる、の言葉を掻き消すようにイエラの声が工房に響いた。どういう意味なのだろう、とゼーシはイエラの方を見ると、発言した本人は髪を束ねていた筒状のクリップリングを外す。

 装飾の無くなった付け根は、青と金で編まれた髪ゴムで縛られており髪束は散らばる事は無かった。装飾を外したイエラはカネリにその装飾を差し出すと、にこりと笑って言葉にする。



「それを、ゼーシの魔法道具の一部にしてくださいまし」

「!?なっ、そんなことしたら二度と装飾が元に戻らないんだぞ!」

「えぇ、分かっていますわよ。ですが、これで良いのですわ」

「見事な白金だね。これをベースにしていいのが作れるよ」

「話が進んでいる…!?」



 まじまじと白金で作られた見事なクリップリングを見るカネリは、これでどんな指輪を創ろうかと、掻き立てられる創作意欲を脳内でフルに回転させながら考え始める。話が進んでいく展開にゼーシは置いてきぼりになるが、なんとか食らいつきつつ装飾を渡したイエラを見た。にこりと笑ったままのイエラは、ゼーシの襟を飾る学校指定の細い赤リボンを抜き取って、クリップリングが嵌っていた場所に巻いて蝶結びをする。



「これで良いのです。きっとゼーシの両親は"今すぐその道具を返してこい"と言うでしょう。けれど、"王家から頂いた素材で作った"という事実を入れる事により、"返す"という"失礼な行為"は絶対に出来なくなる、ということですわ」

「た、確かに返すという行為は失礼になるが…本当にいいのか?」

「えぇ、構いません。それでゼーシが道具を手放さなるなるのであれば、わたくしは喜んで差し上げますわ」



 権力を振りかざして偽りの数値へと変えさせようとしたゼーシとは違い、権力を"友の為に"使うイエラ。対極的な使い方で、どちらがいいかと言えば、圧倒的に後者だ。誰かの為に持ち得ている力を使う、それがどれだけ相手にとって助かるものか、今ゼーシは体験している。



「真に"権力を振るう"というのは、こういうことを言いましてよ?」

「……俺って、馬鹿なことしてたんだな」

「気付いただけでも結構。その代わり、大切にすることです。大切に使って、魔法学校を卒業しますわよ」

「ん、分かった」



 馬鹿な事をしていた。改めて反省したゼーシは、イエラの言葉に力強く頷く。魔法学校は入学よりも卒業の方が断然難しい事を知っているからだ。



「ところで、俺のリボン返してくれないか」

「これは約束のシルシとして、卒業式に返してさしあげますわ。それとも、レディに髪飾り無しで外に出ろと?」

「……明日から適当に赤いポーラー・タイでも付けておくよ」


 結んだ金髪の付け根を飾る、新しく入ってきた学年のしるしである赤い細リボンを指さしながら返してもらうように願ったが、どうやら四年まで返してもらえないらしく、代わりに家から持ってきたポーラー・タイの中に赤色があったことを思い出したゼーシは、寮に帰ったらそれで代用しようと考えた。


 服装についての厳密な校則は"魔法学校指定のブレザーに刺繍されている校章を、大きなブローチ等で隠さない、または改造しない"以外のものはないため、リボンが無かったり、別のモノで代用して罰せられることもない。

 だがほとんどの生徒は制服を着崩すものが居ない為、リボンが無くカッターシャツとブレザーのみの格好だと浮いてしまう。私服のタイを持ってきておいて良かったと、ゼーシは心の中でほっと息を付いた。





「じゃあ、二週間後にまた店に寄っとくれ」

「ありがとうございました…!」

「礼は出来上がってから受け取るさね。あと寄るときに代金は持ってくんじゃないよ?学校持ちだからね、学校に請求することになってる」

「分かりました。じゃあ二週間後、また来ます」



 カラン、とドアベルが客の帰りを知らせる。ピピ!と鳴くインコに生徒二人は笑いつつ、店主の笑顔を背に受けながら馬車へと乗り込んだ。ゆっくりと魔法学校へと戻っていく馬車の中に、夕暮れの橙が小窓から降り注ぎイエラとゼーシを照らしている。


「……親というものは、子を宝だと思うものです」


 小窓から流れる街並みを眺めたまま、イエラがぽつりとつぶやいた。馬車の音がもう少し煩ければ聞こえないほどの声に、ゼーシは視線を一瞬向けつつ再び小窓へと向ける。



「宝には、価値が付いて初めて宝という言葉が付く。……同じ宝同士に優劣をつけるのは、良くない事ではありますけれど…その悪いところを抜きにすれば、貴方は宝として親に愛されている事に、変わりはありません事よ」

「……分かっている。俺の両親は、褒め方や道具の認識が違っているだけで、俺を嫌ってないことぐらいは…分かっているよ」



 同じ風景を見る。視線は合わさなかった。


 ゼーシは分かっている。子が出来ると思って偏見を持ち続けていることを。分かっている。出来る子だと思っているからこそ、他の子と比べて"超える様になれ"と思っていることを。

 だからこそ、宝物を完璧にしたい、親の愛情とエゴが混ざった物を受けて、つらかった。



「でも…つらかった」

「…つらくてよいのですわ。愛情の無いものではなく、愛情があるからこそのモノですもの」


「…親に完璧だと思ってもらえたら、俺は報われるのだろうか。そこから先は、どうなるのだろうか……」


 単純な疑問だった。親は完璧であれ、と思っているのだ。親の望む通りの子になった時、果たして達成感はあるのだろうかと考える。完璧になったら、うちの子は素晴らしい、という自慢になるだろう。その自慢の先に、なにがあるのだろうか。



「親の為になるのは良い事ですけれど…、それは止まってしまう達成感ですわ。その先を探す事に、必ず苦労します」

「止まってしまう…確かにな。問題が身内にあるから、視野が狭すぎるのも分かる」



 イエラの言っていることは最もだった。きっと親という身近なものに囚われすぎて、いざ親の望む子になっても、その先の目標を探す事に苦労するのだろう。

 貴族であり資産家と言えど、兄弟の多いゼーシには親の職業を継ぐ意思は今のところない。身近に大きな問題があるが故の、大きな障壁だった。



「ゼーシ。あなたは親の為ではなく、わたくしの為に強くなりませんこと?」

「…どういうことだ?」

「わたくしは、将来国の王となる者。王には必ず優秀な側近が必要となるのです。わたくしはあなたを将来側近として迎え入れたいのですわ」

「はぁ!?俺の腕はまだ全然だめだぞ。それに、今側近は居ないのか?」

「護衛はいても、側近はいませんの。わたくしの目で決めたいと、父様に申したのですわ」



 突然の大きな申し入れにゼーシが小窓から視線をイエラへと向けると、真剣な表情のイエラの目にからかいの色は一切なかった。なぜ俺なのか、という言葉を、イエラは分かっていたかのように言葉を紡ぐ。



「なぜゼーシ、あなたか。それは、強くありたいと願い、そして諦めなかった心強いさ。辛抱強さ。そして…弱い立場に立たされている者の心が分かるということ」

「……だが、俺はイエラの希望に添える力を身に着けるかわからないぞ」

「できますわよ。親を見返したくて魔法学校に入るという力技が出来て、わたくしの要望を出来ないままで終わらせる訳、ありませんもの、」



 ねぇ?と笑ったイエラの顔は、将来王の座に君臨する女王ではなく、茶目っ気が含んだ愛らしい少女の顔だった。その表情にゼーシも思わず吹き出すと、肩を揺らして軽く笑う。



「わかった。将来必ず側近として、イエラを護れるように強くなるよ」

「よろしい。良き友を持ってわたくしは嬉しい限りですわ」



 馬車の音に混ざる二人の笑い声が、橙から薄紫へと変わる空が受け止めている。まるで成長する二人を揶揄するかのように、数々の星が顔を出し、輝かしい未来が待っていると歌っているようだった。






chapter4はこれで終了です。次は5なので、自己紹介絵から始まります:)

TGS始まりましたね、今年の目玉はFFとバイオかな…?

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