Chapter4-3
先ほどの男子生徒は、広い庭園に足を進めていた。在学生の居ない静かな庭園のベンチに腰を下ろした男子生徒は。深いため息を吐いて項垂れる。
男子生徒の思考を埋め尽くすのは、散々言われてきた周りの意見だ。
――うちの子は魔力量が少なくて
――お宅の子は望ましい
――うちの子も優秀であればよかった
――まだ成長の余地はある――そうでしょう?そうでしょう?――
様々なプレッシャーが心臓をちくりちくりと刺し、肩に重いものがのしかかる。もっと優秀であらねば。家系に恥じないスペックでなければ。他人に凄いと言われる存在であらねば。そうでなければならない、そうならないといけない。そうしなければいけないから、何が何でも親へと知らせが行く前にごまかさなければならない。
親の期待に応えたくても応えられない自分に、思考がぐるりぐるりと掻き混ぜられていく。薄らと視界がぼやけ、息が浅い。結果的に成長していなかった自分に吐き気もする。
「おい、」
誰かが呼んでいる。だが脳に信号として届くのは霞んだ声だ。脳は既に仕事を放棄して、鼓膜は振動を感じ取るだけの存在になっている。誰か、誰か。誰かこのつらい音を立てる心臓を止め――
「うううぅぅぅ……!!」
「まずい…!っ、うわっ。セリーニ!こいつの両手を後ろにやってくれ!」
「はいっ…!!第一王女、私の腰のベルトを外して、この方の手首に…っ!」
「分かりましたわ!」
ベンチに座っていた男子生徒を見つけた三人は、ぶつぶつと独り言を言う男子生徒の異変に気付く。だが、最も異変に大きく反応したのはエルミスだった。どす黒い魔法文字からどろりとした魔力が滴り落ちており、二本くるくると回っていた魔法文字の上に、三本目が形成されかけていた。
頭を抱えていた両手を首に掛け、指先が真っ赤になるまで力いっぱい絞め始めたのを見て走って駆け寄り、エルミスは相手の両手を首から引きはがした。
だがベンチから立ち上がった男子生徒はエルミスを押し退けて再び手を首に掛ける。エルミスの指示で後ろへと回ったセリーニが、男子生徒の両腕を後ろへとやり両手首をしっかり固定した。暴れる男子生徒の力が予想以上に強い。
腕を振りほどいて逃げてしまわないように、セリーニはイエラにベルトを外すように言うと、頷いたイエラはセリーニが着込んでいるギルド制服の支給品であるベルトに手を掛け外し、力拳を作っている男子生徒の手首へとぐるぐる巻いていく。手を離したセリーニはイエラからベルトを受け取ると、尾錠に剣先を入れ小穴を新しく作り、ツク棒を入れしっかり差し止めた。ギチ、と皮特有の音が聞こえるほど藻掻いている男子生徒の肩を脱臼しない様に、後ろからきつく抱きしめて身動きを出来るだけさせない様に対処する。
藻掻く男子生徒が舌を噛んでしまわないように、エルミスは皮手袋をポーチから取り出し丸めて口に突っ込む。よだれが唇から零れ落ち顎を伝って地面を軽く濡らした。
「わたくし教員を呼んでき…、」
「駄目だ。イエラ、周りに人はいるか」
「…?いえ、人の気配も目視で見ても頼れるような方は…。教員なら職員室に行かねばいけませんのよ?」
「教員じゃあ対処できねーんだ、これ。詳しい事はリーコスが家に帰ったら説明受けるんだな…!」
尋常でない相手の様子に教員を呼ぼうと駆けだそうとしたイエラをエルミスが止める。庭園はバラのアーチで囲われている為、上からの視線は遮られており、小さな箱庭のような空間には人がやってくる気配は今のところない。エルミスの言葉でてっきり周りに助けを求めるのかと思っていたイエラは、そういう意味ではない事を伝えるエルミスに眉間に皺を寄せて疑問の顔を見せた。
焦っているイエラを余所に皮手袋を取り出したまま開いているポーチから神代の書物を取り出したエルミスは、三本目が完成してしまう闇属性の魔法文字をいち早く対処する為にページを捲る。未だ覚えきっていない呪文を間違えないように、細心の注意を払うためだ。
ストッカーポーチから念のために十本のストッカーを取り出して指に挟み、目の前に居る男子生徒へと視線を向け集中する。
『 神判 』
呪文が開始される。黄金に輝く魔法文字はエルミスの周りをくるりと回り始めた。エルミスの発している言葉ではない、読める事のない魔法文字にイエラは思わず兄の面影が脳裏に過った。
『 我が聖なる断罪の剣 絶対の意思を持って神に応えよ 』
パキン、パキン、とエルミスの指で挟まれているストッカーが割れていく。魔力文字の一つ一つに魔力を込め形成していかなければならない。相変わらず下手をすれば歪になってしまうほど制御の難しさに、エルミスは集中力の糸を強く張りつめたまま呪文を正確に、そして魔力を乗せていく。
『 悪しき呪いを絶ち向き 輝く神気は命を救う 』
イエラとセリーニは黄金に輝く魔法文字を纏うエルミスを見つめている。二人には黄金に輝く魔法文字から発せられる尋常ではない魔力量に圧倒されながらも、リミッターが外れたかのように藻掻く男子生徒がセリーニの腕を振りほどいて逃走してしまわない様に、イエラも暴れる脚にしがみついて拘束する。
「第一王女…!危険です!」
「構うでない!今はエルミスが集中できるよう、捉えることに専念せよ!」
「ハッ…!!」
年相応の少女から一国の王女としての姿に変えたイエラ。強い口調と共にギルド隊員であるセリーニに向けて声を上げると、土埃で汚れる制服などお構いなしにしがみついた。命を受けたセリーニも後ろから力いっぱいしがみ付いてもがく男子生徒を必死に留める。
『 闇の力を纏う者よ 我が光を放ち闇の戒めを解き放つ 』
留めようと必死になっている二人を早く解放させるために、そして三本の闇属性魔法文字を完成させてしまう前に、エルミスは逸る気持ちを落ち着かせながら正確に呪文を紡ぐと、三本の魔法文字が完成した。
『 全てを 神の意志を受け継ぐ者也! 』
束ねる呪文と共に三本の魔法文字が一つになると、藻掻く男子生徒の上に魔法陣が現れる。もがいていた男子生徒は次第にもがくのを止め、天を仰ぐように顔を上げていた。魔法陣に吸い寄せられるどす黒い魔法文字は分解されていき、ぼろぼろと崩れていく魔法文字を全て吸い上げた魔法陣はさらりと消えた。
男子生徒の身体は芯が無くなったように脱力し意識を手放したようで、イエラは捉えていた足から腕を解き立ち上がる。セリーニも男子生徒をベンチへと横に寝かせれば、手首を拘束していたベルトを外した。
意識は無いが呼吸もあり、命をその身に留めている事に三人はホッと一息つく。
「さて、と…」
「…指輪をどうするんです?」
「貰っていく。オレの今日の目的はコレみたいなモンだからな」
横になっている男子生徒に一歩近付いたエルミスは、口に詰めていた皮手袋を抜き取り、次に左中指を飾る指輪を抜いた。その様子にセリーニが首を傾げて質問すれば、貰っていくと言ったエルミスに、なにか重要な事があるのだろうと考える。
葉が覆い茂るアーチから降り注ぐ木漏れ日を受け止め、きらりと輝いている指輪にエルミスは簡易スキャニング魔法を掛けて調べると、一度も打ち直しをしていない新品そのものだと判明する。そのまま持っていた指輪をストッカーポーチへと仕舞い、神代の書物もポーチに仕舞うとしっかり蓋を閉めた。唾液でべっとりとなった皮手袋は、もう使い物にもならないので後で捨てようと裏返してポケットに仕舞う。
「さて、そいつが目覚めるまでのんびりすっか。おう、イエラもサンキュ。採寸、行かなくていいのか?」
「――――…ここで、」
「…あん?」
気を失っている男子高校生が横たわっている隣のベンチにどっかり座ったエルミスは、軽い口調でイエラに礼を言って、魔力量を計った多目的ホールとはまた別のホールに行かなくて良いのか尋ねた。まだ採寸が残っている事は確かであり、今頃イエラを探す者が出てくるかもしれないのだ。
わなわな、と震えているイエラにエルミスはどうしたんだと首を傾げていると、ガシッ!と両頬を両手で固定したイエラは、エルミスの灰白色の瞳を兄と同じ蒼の瞳でがっちり捉えた。
エルミスは、昔からこの兄妹が似ていると思っていた事が幾度もあった。そう、今こうしてデジャヴを感じているのがまさにそうだ。
「今ここで!全て吐いてもらいますわ! 『 王族権限!!! 』」
「や、やっぱりかよー!!!」
エルミスに掛かっている口禁魔法を見破った第一王女は、兄である第一王子同様強引に王族権限を振りかざした。本来は決して安易に振りかざすものではないそれを、兄の幼馴染であればどうでも良いとばかりに使用するこの兄妹をエルミスは毎回一瞬だけ嫌いになる。…すぐに嫌いという感情は無くなるが、強引すぎる二人にエルミスは振り回されているのだ。
エルミスの情けない悲鳴を聞いたセリーニは、初めて見る王族権限の使用に内心感動しつつ、男子生徒が目覚めるのを待ちながらベルトを腰に戻すのだった。
次が比較的短く、その次がどかっと文字数がおおくなりますが、chapter4は残り二話です。19時、いなかったら21時ですよろしくお願いします。
マグマ中山が頭から離れません、助けてください:/




