Chapter4-2
"物騒な噂"が再び"ただの噂"として認識し始めた頃、魔法学校の入学式当日となった。
三日前、カルシが調整の終わった魔法道具を取りに店へとやって来た時、エルミスは噂の詳細を再び情報提供者だったカルシに伝えると"東地区から!?"と驚く顔が今でも鮮明に思い出せるほど、やはり長く広く噂が広まっていた事に驚いていた。
魔法学校の入学式当日。身長、体重、魔力量検査があり、エルミスとエルミスの父親も魔法学校に出向く日だ。家に帰っていたエルミスはいつもの様にシャツとつなぎを着て、作業ベルトを巻いた上に袖を結ぶ。一応ストッカーポーチを開けてプレートと"検査に必要な物"がある事を確認し、神代の書物の入っているポーチを軽く手でぽん、と叩いてきちんとある事を確認すると、父親と共に家を出る。母親は既に入学式の準備で家を出た後だった。
「そういえば、今年は第一王女も魔法学校に入学するんだってね」
「げ、"アイツ"結局魔法学校にいくのかよ」
「どうしても第一王子と同じ魔法学校に行きたいって言ってたみたいだよ。リンギルが言っていたから相当耳にタコが出来るぐらい聞かされていた様だ」
「王さま…。いやでも確か前に"南のフェオス地方にある国際学校に通うのよ!"なんて言ってたような…」
「"お兄さんに合えなくなる"からじゃないかな?王族を護る騎士団に第一王子が入団しなかったからね」
魔法学校に向かって歩きつつ、父親の突然の一言にエルミスは眉間の皺を深めた。第一王女を"アイツ"と呼ぶエルミスは、無論兄である第一王子にくっ付いてくる第一王女を良く知っている故のものだ。
王族の血を持つ者は現在計十二人。前国王は四人の子を設け、長男である現国王に王政を渡し、静かに余生を楽しんでいる。現国王と王妃に二人の子が生まれ、第一王子と第一王女として皆から愛されているのだが、エルミスにとっては幼馴染と、幼馴染の妹として考えているため、第一王女も身近な存在なのだ。
"兄に合えなくなるから南のフェオス地方にある国際学校ではなく、魔法学校に変更した"ということは、騎士団に入った兄を護衛として側に居させる計画だったに違いない。だがギルドに入ってしまったため、"魔法学校の行事ごとで護衛や警備をする兄目当て"に変更したのだろう。
第一王女は兄第一の兄ラブだ。何が何でも側に居たいという我儘が発動した事に、痛みそうになる頭をなだめる様にこめかみを指で押さえる。
人の波がいつもより多いと感じるのは、やはり卒業式同様様々な地方から魔法学校に入学する子と親が居るからだろう。まだ着慣れていない制服を身に纏っている子と共に歩く親は、ただでさえ厳しい魔法学校入学試験を合格した子を誉と思い背中を押したいのだろう。
(大事なのは、入学式だけじゃないんだけどな)
魔法学校で最も大事な時期は、他属性を二つ重ね掛けて初級魔法を使用する在学三年からだ。最終的に卒業の最終必須項目の一つに、中級魔法を他属性二つ重ね掛けを行って合格するものがある。学力も必要ではあるが、在学生がもっとも躓くのが他属性で重ね掛けして発動する中級魔法なのだ。途中で付いていけなくなった者が学び舎を去るのは勿論、卒業試験に合格できず去ってしまう者もいる。
器用な者や天才と呼ばれる部類の者以外は、諦めずに努力をせねばならない。だが努力も方向性がある。その方向性を掴めなかった者に合格の判は貰えない。貰えない者の大半は"天才の背中を追う"努力をしているのだ。天才はそもそも発想が違う、天才と肩を並べて考えることは無理だからこそ、天才の背中を追う努力をしてはいけない。
エルミスは昔、天才の背中を追って行き詰っていた幼馴染に、正しい努力の仕方を教えたことがあった事を思い出した。やれば出来る幼馴染は、今では立派に主席として卒業した為、やはり努力の方向性というものは大切だとエルミスは考えている。
「大きい学校だけあって、やっぱり毎年入学式は人が多いね」
「そういや、今年は母さん一年生の担任になるんだろ?」
「去年は四年生の担任だったからね。本当は学年主任の話も出てたみたいだけど、どうやら断ったみたい」
魔法学校の正門は相変わらず人が多く、卒業式同様検問があった。やはり外部の者が出入りする為、危険物の持ち込みを検査するのだろう。入学式参加者のブースとは別に、検査関係者のブースがあった。その少ない列の後ろに並んでいると、レオンは同業者に挨拶を交わして軽い立ち話をしている。エルミスはそれをぼんやりと見ながら前へと進む列を歩くと、すんなり自分たちの番になった。
「プレートの提示をお願いします」
「はい。…っと、」
エルミスはストッカーポーチからごそごそとプレートを取り出すと、ギルド制服を身に纏った隊員にプレートを渡す。プレートに書かれた番号と書類に目を通してチェックマークを入れる隊員と、レオンとエルミスの身体をぱんぱんと軽く叩く様に全身触って、危険物が無い事を確かめ終えた隊員が目を合わせて頷く。どうやら確認が終わったようだ。
「ご協力有難うございます。こちらはプレート代わりになりますので、無くさない様にお願いします」
「はい。…エルミス持ってて」
「ほいほい」
ギルド隊員がプレートの代わりに小さな厚紙を渡してきた。二十六と書かれた紙を受け取ったレオンは、エルミスの作業ベルトに掛かっているストッカーポーチを開けて厚紙を入れると、再びポーチを閉じて歩き出す。番号で呼ばれるため、分からなくなった時の保険として厚紙が渡されるのだが、二十六は決して覚え辛い数字ではない為肌身離さず持つ必要性は無い。
目的地である多目的ホールに行くため来客用玄関にたどり着くと、深緋色の髪を持つギルド隊員がエルミスに向けて軽く手を振った。きらりと太陽の光を反射する細いブレスレットが目に入る。
「エルミス!エルミスのお父様もお久しぶりです」
「お久しぶりセリーニさん」
「おっ、セリーニじゃねーか。今日は見回りか?」
「いえ、エルミスご一行の護衛です」
「……!?」
来客用玄関でエルミス一行を待っていたセリーニは、エルミスの驚く顔を見て苦笑すると、ごそごそとポケットから一枚のメモを取り出してエルミスへと渡す。メモを受け取ったエルミスと、そのメモを覗き込むレオンをセリーニは見ながら、読み終わるのをじっと待った。
「親愛なるエルミスの御父上とエルミスへ…」
『 今年も魔法学校の魔力量検査に参加するという事で、護衛に自分が付こうと思っていたのですが、必須クエストが入ってしまったため不可能になってしまい申し訳ない。 』
「いや、申し訳ないとか思わなくてもいいんだぜ過保護リーコス…」
『 去年や一昨年、その前の年は在校中だった為、側にいる事が可能でしたが、今回出来なくなってしまった私の悲しみを、幼馴染は今感じ取ってくれているかと思っています 』
「こいつ…手紙の書き方が拗れてやがる…」
『 今回は卒業式同様腕の立つ護衛を付かせる事にしました。もしかすると検査で妹が世話になるかもしれませんが、その時は厳正な検査をよろしくお願いします。 』
「追伸…エルミスへ、終わったら工房に寄るので待っていてほしい。…君の大事な幼馴染リーコスより。って…もっと端的に書けねぇのかアイツは…!」
長ったらしい!とぶつくさ言いながらメモをストッカーポーチに仕舞ったエルミスは、肩を揺らして笑う二人と共に多目的ホールへと歩き始める。
エルミスが父親にくっ付いて魔力量検査に参加したのは四年前だ。総合義務学校が始業式前の休みに入っていたのと、祖父の代わりとして、そして幼馴染のリーコスが入学したというきっかけが重なった参加だった。
入学式に参加後、すぐさまエルミスの元に来たリーコスの魔力量を計り、そのまま一歩も動く事無くエルミスの側でにこにこと笑いながら働きっぷりを見る第一王子に、周りの検査員や生徒も若干やりにくそうだったのを思い出す。……まぁそれは一年だけで、後の三年間は第一王子も会話に混ざって和気藹々とやっていたのだが。
「しっかし、アイツまだ新人なのに、もう必須クエストなんて受けてるのか」
「総隊長の引き抜きでパーティーに入っているんです。新人ばかりを集めているので、実質研修みたいなものですね」
「なるほどなぁ」
同業者に声を掛けられた父親が、世間話や近況を離す背中をセリーニと二人で見つつ、新人であるにも関わらずリーコスが既に必須クエストを受けるほどになっているのかと思ったエルミスは、なんとなく思ったことを口にする。ぽつりと呟いた言葉をセリーニが丁寧に背景を語ると、エルミスは納得したように軽く頷いた。
重厚な二枚扉は既に開け放たれており、中に入ると巨大なホール全てに仕切り板と机、そして椅子が置かれている。仕切り板には番号が書かれた紙が貼られていて、番号は二百までだが、連れが居るところも多いので椅子と机は二百以上ある。二十六の数字まで歩いたエルミスは、仕切り板との間に椅子が二つ机が一つ置いてあるスペースへとたどり着くと、必ず持参せねばならない"ある物"をストッカーポーチから取り出した。
「それは?」
「これか?これは色見本だ。スキャニング出来る奴は必ず持ってる必須品でな、人の魔力量を目視で確認できるモンだ」
「目視…が、出来るんですか?」
「あぁ、オレたちはスキャニングしたら勝手に魔力量をパーセンテージで計れるけど、スキャニングを受けている本人は分からないだろ?不正や嘘の報告をしない為にも、色とパーセンテージを伝えることになってる。必ず持ってくるように学校側が言うほど大事な物なんだぜ」
「便利なものがあるんですねぇ…」
小さな四角い箱の中心に小さく白い光が灯っているそれは、一見アンティークの様な可愛らしい置物だった。エルミスはそれを机の上に置かれている書類の隣へと置き、四枚ほどある書類を軽く捲って目を通す。二十六番のブースへと来る生徒の名前ではなくクラス番号が書かれているそれを粗方見終わると、色見本の箱を重しの様に書類の上に置く。
「セリーニ、ちょっとここで待っててくれ」
「…?ついていかなくていいんですか?」
「ホール内を移動するだけだ。今のところ知り合いばっかりだし危害を加える奴はいねーよ」
ガタンと軽く椅子の音を立ててエルミスは立ち上がると、セリーニを待機させてホール内を歩き始めて周りを見渡す。目的の物を見つけたエルミスは、近くに居る事務員に話しかけて一つ取ると、そのままもう一つの目的であるブースへと向かった。
「おーい、カネリさん」
「…お、ロドニーティスの坊や!久しいね。元気だったかい?」
優しいシナモン色の髪をバンダナで巻いた女性へ"カネリ"と声を掛けたエルミスは、ニカッと笑って側へと寄る。確認していたであろう書類を置いたカネリは、柔らかなエルミスの髪をわしゃわしゃと撫でて出迎えた。
「元気だよ。父さんも母さんもね」
「そうか、お前のママには先に挨拶したんだが…検査が終わったらお前のパパに声を掛けてくるよ。それにしてもまだ小さいねぇ…ちゃんとメシ食って寝てるのかい?」
「うっ…まぁほどほどには」
ぐりぐりと撫で繰り回したエルミスの乱れた髪を軽く直してから手を離したカネリという女性は、エルミスの両親と友人であり、腕の立つ指輪鍛冶師でもある。東区域に店を構えているため、関門を抜けて東地方に出向く者達の御用達店の一つだ。ほらっ、と包みに入った飴を渡すカネリに、エルミスは礼を言って受け取りながら包みから飴を取り出して口に放り込むと、甘酸っぱいイチゴの味がふわりと広がる。
「カネリさんに聞きたいことがあったんだ」
「なんだい?」
「少し前、東区域で"不良品の魔法道具"が出回ったりしてた?」
「不良品…そういや少し前に、去年製造された指輪タイプモデルの一つだけえらく打ち直しや内部構図確認の要望が出てたよ。アタシのところにも、十個ほど回って来たけど、特別悪いところも無くて診断料だけ取って返したことがあったね」
エルミスの質問にカネリは顎に指を掛け目を瞑り思い出す仕草をする。ぴん、と思いついたカネリは目を開くと、前にあった不思議な出来事を語る。
「他の同業も同じものを検査して何も無かったから、随分不思議がってたのを覚えてるよ」
「今もその指輪タイプモデルは出回ってるか?」
「いや、最近は回ってこないね。製造中止になったかは分からないけど、不良品として出す客が多いと行政に報告がいくからねぇ…」
「そっか、」
「こんな情報でいいのかい?」
「うん、有難うカネリさん」
行政に報告が行ったという事は、少なくとも行政はすでに対処したということだ。だがそれにしては噂が長続きしていることに疑問を持ったエルミスは、一先ず情報を話してくれたカネリに礼を言ってその場を離れると、二十六番のブースへと戻った。
おかえりなさいエルミス、と声を掛けたセリーニに、エルミスは持ってきた折りたたみ椅子を、既に置いてある椅子の隣に広げると、最初に座っていた椅子へと座り、その隣に置いた椅子を指さしてセリーニの方へと視線を向ける。
「座れよセリーニ。ずっと立ってるとオレがやりにくいからよ」
「も、申し訳ないですエルミス。持ってきてもらって…」
「いいって、ほら座った座った。…もうすぐ始まるし、セリーニも手伝ってくれると助かる」
「分かりました!」
ギッ、と軽くパイプ椅子の音を立ててセリーニが座ると多目的ホールに近付いてくる足音が聞こえ始め、身長と体重を計り終わった大勢の新入生がやってくることを伝えていた。一クラスごとに身長体重を計った後、多目的ホールに移動し魔力量を検査し、ジャージ等の寸法を測る為にまた別のホールへと向かう移動コースになっている。
二十六番のブースに二人やってきた。レオンとエルミスの前に一人ずつ立っている女生徒二人にレオンが声を掛ける。
「クラスとクラス番号を教えてくれるかな?」
「はい、えっとA組…十三です」
「A組六十五…です」
生徒手帳を見てクラス番号を言った女生徒たちからクラスと番号を聞いたセリーニは、一致している番号のチェックボックスにペンを滑らせる。
「ありがとう、じゃあ右手出して…緊張しないで、リラックスしてね」
「はい…」
「父さんの言った事と同じ」
「…はい、こう、でいいですか?」
「おう、じゃあ失礼するぜ」
女生徒の右手を取り、左手で色見本を触る親子を女生徒達はじっと見る。スキャニング魔法特有の魔法文字が女生徒の周りをくるりと回り、上から下へと流れ落ちると、二つの色見本はそれぞれ茶色と青色に変化した。
「十三番の子は七十四パーセントだね。ありがとう、もう大丈夫だよ」
「六十五番は五十七。おしまいだぜ、頑張れよ一年生」
「「有難うございました……!」」
親子の言った数値をしっかりと書いたセリーニは、笑顔を向けて女生徒を見送る。それぞれの色を表していた色見本はすぅ…と色が変わって初期状態であろう白色の灯火へと戻った。どの数値で色が変わっていくのか気にはなるが、今聞けるほど暇ではない状態なのが分かるほど、今か今かと待つ生徒たちの列が出来ていた。
橙、紫、緑、黄、…変わる色と共に数値を言う親子。セリーニは、ペンを持つ手を止めずに懐からメモを取り出すと、数値と色をメモにも書き残していく。ひっきりなしにやってくる生徒達を捌く人たちの声が多目的ホールを賑わせおり、静かになる気配は未だにない。緑、桃、藍、四十五、二十九、六十三、…親子が言う数値を書きつつ色もメモに書いていくと、どうやら十パーセント刻みで色が変わる事が分かった。それぞれ該当する色も判明し、頭の中で一人納得しながら書類へと数値を書き出していると、"げ、"とエルミスが発した声で書類から目を上げた。
エルミスのブースにやってきたのは、緩いウェーブの掛かった金の長髪を一つに束ね、蒼の色を持つ大きくまあるい目、整った顔立ちでありながらも愛らしさが漂っており、何よりも周りとは違うオーラがあった。
「げ!とはなんです、げ!とは!そんな不細工な顔をしていたら、お隣にいらっしゃる女性がドン引きしますわよエルミス」
「……うるせぇぞイエラ」
「第一王女…!」
眉間に皺を寄せたままのエルミスにずびし、と人差し指で眉間に触れぐいぐいと元に戻そうとする"イエラ"と呼ばれた女生徒に、セリーニが椅子から立ち上がって敬礼すれば、軽く手を上げて敬礼を受け取ったイエラはそのまま座るように誘導する。
イエラ・ロドニーティス。王様と王妃の間に生まれた第一王女であり、リーコスの妹だ。現在の年齢は十二歳とエルミスの下ではあるが、王族だけあって他の同い年よりも大人びている。
……と、いうのは表の顔で。兄に甘えたがり、結婚したい異性ナンバーワンは兄、兄に彼女が出来るものなら査定をする宣言、兄が一番仲良しのエルミスとはライバル、……という兄がとにかく大好きな妹である。
「クラスと番号」
「Bクラス、七十番ですわ」
「右手」
「折らない様に、」
「……」
そう言うなら折ってやろうか、と差し出された右手を掴んだエルミスはその考えを払いつつ集中する。スキャニング魔法によってイエラの周りに魔法文字が回り、上から下へと降り注ぎ、左手で触れている色見本は白から黄色へと変えた。
「三十二」
「三十二…っと」
「今日は朝からお兄様がお出掛けになられたので、てっきりここにいると思っていたのですが…どうやら別の任務の様ですわね」
「はい、ギルドの総隊長の必須クエストに同行されています」
「そうでしたの…お兄様も言ってくださればよろしかったのに」
エルミスの告げた数値を該当するクラス番号の隣に書いたセリーニは、イエラの言葉を聞いてリーコス隊員が居ない理由を説明する。その説明をしっかりと理解したイエラは軽く頷いた後、伝えてくれなかった兄へ向けてほんの少しだけ拗ねた表情を見せた。
「ではわたくしはこれにて、」
「おー、さっさと戻れ」
「全くエルミスはいつまでたってもそう子供の様な…、」
「…?どうしたイエラ」
ぶつくさとイエラがエルミスの居るブースを出て、ちらりと隣の方を見て動きを止める。その不自然な行動に首を傾げたエルミスは、仕切り板の隙間からちらりと隣を見ると、眩い金の塊が机の上に置かれているのが分かった。
動かないイエラはそのままやりとりを見ているようで、次々にエルミスの元へとやってくる生徒は不思議そうにその光景を見ながら次に移動しているが、イエラはその流れに乗ることなく留まったままだ。
「……なんですの、あれは」
「買収だよ」
「……」
ぽつりと呟いたイエラにエルミスはすかさず返す。分かりきった答えだが、実際にそういった光景を見るのが初めてだったイエラはじっとその光景を目に入れる。粗方生徒を捌いたのでエルミスのブースへとやってくる生徒はもう居ない。イエラは揉めている生徒と検査員のやり取りを見つつ、エルミスも仕切り板の隙間からぼんやりとやり取りを眺めていた。セリーニもペンを置いて隙間からやり取りを見つつ耳に集中してやり取りの会話を聞く。
『足りないなら付け加える』
『はっ、無理なモンは無理だ。大人しく結果を受け入れな坊主』
『この俺を"南地区の貴族"だと分かっての事か?お前の店などすぐに潰せるぞ』
「……馬鹿なヤローだな」
「ああいった事、あるんですか?」
「たまーにな。ああいう馬鹿が現れる」
こそりとセリーニはエルミスへと耳打ちして疑問を伝えると、こくりと頷きながら深く椅子に座ってリラックスする。
南区域は貴族が比較的多い事で知られている。貿易が盛んであるため、その権力を有している者達が集まっているのだ。他国との交流が多い南区域の貴族は頭が良くなければやっていけない。だが稀に、そう…隣にいる様な稀なケースもあるのだ。
『潰したら次は釣り具でも売るか…ほら、とっととそれ仕舞って戻った戻った』
『貴様…今すぐにその記入を訂正しろ、俺の面子が保てな、』
「其方、なにをしている」
凛とした声が響く。その声の発生源は、ずっとやりとりを見ていたイエラだ。セリーニとエルミスは立ち上がってイエラの傍へと寄って危害が及ばない様に注意を払う。
「何、だと…何もない。あぁ。何もないさ、なぁ?」
「何も無かったな。ほらとっとと戻れ」
「……っ」
歯切りの悪い顔をする男子生徒は、買収した事を隠したいが、まだ目的は達していない為引くに引けない状態になってしまっている。ブースに居た検査員はエルミスも知っている職人で、曲がった事が大嫌いな鎧職人で有名だった。
しっし、と払う仕草をする職人。黙って男子生徒を見ている三人。囲まれている状況に男子生徒は脂汗を一つ垂らしながら手を合わせる。
「頼む、内緒にしてくれ…俺はどうしても完璧であらねばならないんだ…」
「魔力量はいくつでしたの」
「三十八…」
「あら、わたくしよりも多いではありませんか。それは恥ずべきことでして?」
「あ、っ…いや、それは、第一王女様…」
数値を聞いたイエラはやれやれと肩を竦めて男子生徒へと言葉を投げかけると、第一王女よりも数値が低いと分かった男子生徒は口を塞ぐ。意地悪だなぁとエルミスはちらりと意地悪王女を見ると、"何を見ていますの"と訴えかける視線がやってきて慌てて視線を逸らす。
「魔力量をステータスにしていらっしゃるようですが、大切なのは技術。初めから偽装をして手に入れるステータスなど、まったくもって意味などありませんことよ」
「…分かっている、いえ、います…」
「分かっているのであれば、潔く結果を受け入れることです」
「……」
机に置いてあった金の塊を掴んだ男子生徒は、悔しさや悲しさを交えた表情を浮かべながら懐に金の塊を仕舞ってブースを去った。その後姿をエルミスがちらりと見たとき、微かに見える黒い靄に目を擦り、もう一度確認する。
見える。黒い霧。あれは霧か。いや、
「あれは…魔法文字か…?」
「…?どうしましたエルミス、」
「いや…」
なんでもない、と言おうとしたが、妙に気になった。黒い靄、黒という色は闇の魔術特有の色だからだ。
なぜ、と考える思考を過ったのは"呪いの魔法道具"だった。都合のいい話過ぎる、だがその都合のいい話が舞い込んできたのであれば、鍛冶屋としても見逃すわけにはいかない。
「もう終わったから、後は父さん頼むぜ」
「ん?いいけれど…エルミスはどこに行くんだい?」
「さんぽー」
「あ、付いていきます!」
書類を纏めていた父親に一言声を掛けたエルミスは、父の質問を適当に返しつつ色見本を手に取りストッカーポーチへと仕舞いながら多目的ホールから出ていく。その場を離れていくエルミスにセリーニも声を掛けると、レオンに軽く頭を下げて小さな背中を追いかけた。
教室に帰る為にイエラも途中まで二人の後姿を見ていたが、生憎採寸をせねばならない為二人の背中を見送りながら角を曲がる。
だが好奇心と興味を振り払おうと努力すればするほど、ますます気になってしまうのが人間というもので。くるりと身体を反対に向けると、二人の元へと駆けていく。
「わたくしも付いていきます」
「来なくていい」
「あーら、黙ってついてこいの一言も言えませんの?」
「言い返しが兄貴に似てきたぞテメー」
「まぁ!わ、わたくしがお兄様に…」
兄に似てきたという言葉にイエラの脳内で王子スマイルを浮かべる兄が過る。両頬に手を当てて熱さを感じながら照れるイエラを、エルミスは呆れたように見ながらも、戻れとは決して言わない。そのやりとりを見ながらセリーニはくすりと笑いつつ護衛に励むのだった。
今回のあらすじ絵は自己紹介絵に載せれなかったプラティーちゃんです。明日も多分19時に更新予定ですが、前後に更新がなければ21時です。そろそろテンプレ文句で良い気がしてきました。
ブクマ、ありがとうございます。一人増えるだけでとてもやる気がわきます:)
皆さんニンダイで発表されたゼノブレイドリメイク、楽しみですね。私はゼノブレイドはWii版をやりましたが、まだやったことない、という方は2020年にぜひ。