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Chapter4 宝の価値

挿絵(By みてみん)




 物騒な噂を耳に入れてから約一週間、その後特別大事になるような続報は無く、本当にエルミスの脳内の片隅に留まる情報となった頃、大きな木箱四つに鞘付きの魔法剣と衝撃吸収材が巻かれたブレスレットが、みっちりと隙間なく敷き詰められている。蓋を閉め、万が一転倒によって開かない様に木を当てて釘を四本打ち付け、反対側にも同じように打ち付け固定すれば、エルミスはぐぐ、と大きく伸びをして肺に留まっていた息を吐いた。



「おわったぁ~~!!」

「お疲れエルミス。よく頑張ったね、父さんもありがとう」

「ほっほ、気にせんでいい。ワシも久々に工房に立ったがまだまだ腕は落ち取らんようじゃの」




 男三人で大仕事を終わせた喜びを分かち合いつつ、冷却箱からソーダの入った瓶を三本取ると、カコンッと瓶の蓋を開けて甘みのあるそれを一気に煽る。集中力が一気に無くなった身体に甘辛く染みるソーダが美味い。半分ほど飲んだエルミスはぷは、と瓶口から唇を離して一息つく。



「何とか期限に終わって良かったよ。さてと、連絡連絡…」

「丁寧さは二人とも申し分ないが、スピードはまだまだじゃの」

「そりゃあ爺さんの領域に行くまで、まだ時間食ってねぇからな」



 作業椅子から立ち上がったレオンは、魔法学校の事務員に修理が出来た事を連絡する為に、魔法通信機がある簡易寝室へと消えていった。大らかに笑いながら語る祖父にエルミスは至極真面目な顔で反論する。



 正しく年の功。レオンの父でありエルミスの祖父である老人は、昔よりも体力は落ちたと語る。だが体力をカバーするほどの"手際の良さ"が作業スピードを上げており、レオンが二本、エルミスが一本魔法剣を修理する間に祖父は五本修理している。決して手抜きはしておらず、二人とほぼ変わらない修理完成度を叩きだしているのだ。



「なに、エルミスもそのうちワシみたいになる」

「…本当に?」

「うむ、エルミスはワシの孫じゃからの。レオンと共に筋は良い、経験を積めば手際が分かってくる」



 にこりと笑いながら瓶を煽って飲み干した祖父に、エルミスも同じように残ったソーダを飲み干し作業椅子から立ち上がって、祖父の手にある空瓶を受け取って水で濯ぎケースに戻す。


 不純物を叩く度に床が汚れる。水拭きしないといけないな、とエルミスはモップを手に取り水に付けて湿らせていると、簡易寝室から戻ってきたレオンが重い木箱を一つ持ち上げ始めた。どうやら工房から運ぶ様で、エルミスはモップを立て掛けてレオンの手伝いをするために持ち支えながら工房のドアを開ける。



「今から来るのか?」

「うん、"すぐ向かいます"って言ってたからね、っと…やっぱり重いなぁ」



 工房に戻り、そして再び木箱を持ち上げてカウンター横に置くのを計四往復。流石に重たかったのか腕を揉むレオンを見たエルミスは、今日は店の片づけと店番は自分がすると言い、その提案をレオンは笑顔を見せて好意に甘える事に決めた様だ。



 祖父を連れて帰宅していく父の背中を見送ったエルミスは、一先ず工房の中を綺麗にするために椅子や机を簡易寝室の方へと追いやって、チリやほこりを軽く箒で追いやりながら塵取りでしっかりと取り、水で濡らしたモップでしっかりとコンクリートの上を磨き始める。すぐに真っ黒になるモップを水で洗い流すのは手間だが、その手間を惜しまないのが綺麗になる近道だ。




 ざぶざぶ、と水で汚れを洗い流しつつ床を磨く事十五分と言ったところだろう、終わったと同時に馬車の音が近付いてくるのが分かる。モップを丁寧に水で洗って工房の外へと持っていき、乾かすために陽射しに当たる場所へと置きながらカウンターを出ると、近付いてきた馬車はシゼラスの前に止まった。

 ぞろぞろと荷台から用務員であろう大人達が降り、荷台に木箱を積んでいくのを見たエルミスは"やはり父親はおっとりしているが、鍛冶屋だから力は強いんだな"と、大人三人で運ぶ木箱を見ながらしみじみと感じた。



「シゼラスの方、サインを頂けますか?」

「はい!鍛冶屋…シゼ、ラス…っと、」

「有難うございます。料金は入学式の日に銀行へと入る形になっています」

「了解です、店主に伝えておきます」



 荷物を全て運び終わった用務員達の一人が、エルミスに向けて書類にサインを求めた。魔法学校の校章が描かれている書類にちらりと目を通すと、どうやら納品完了と納品金額請求許可書の書類だっただめ、エルミスはペンを持ち店名のサインをする。サインを書き終わりペンを返したエルミスは説明を聞いて軽く頷きながら、帰った店主もとい父親に話すと伝えると、ぺこりと頭を下げて礼を言った用務員は荷台に乗り込んだ。

 御者の指示で馬はゆっくりと歩き出し、そのまま店の角を右曲がり、もう一度右に曲がって魔法学校に向かった馬車を見えなくなるまで見送ると、カウンターに戻ったエルミスは一先ず背の高い椅子に座って店番を始めた。





 一週間を過ぎれば暴風被害に見舞われていた場所が段々と修理によって綺麗になり、暴風前と然程変わりない街並みに戻っている。西地方の被害も粗方復興してきたようだが、重要文化財などの修理はまだまだ時間が掛かるらしいとラジオニュースで伝えられていた。

 カウンターに置かれているラジオを付けてチャンネルを変える、いつも聞いているバラエティーチャンネルに設定してほんの少し音量を絞ると、エルミスは椅子から降りて工房からスイッチストッカーを作る道具を一式引っ張ってきた。



 硬い飴硝子に魔力を通すと、まるで水飴の様に柔らかくなったソレを、麺棒を使って薄く延ばしてシート状にする。勿論シート状になっているものは売っているのだが、薄すぎる為ストッカーの加工に向かない。だがストッカーを作る手間がそもそも掛かるわけでもない為、職人はほとんど塊を買って加工している。



 シート状の需要が無いのかと問われるとそういう訳でもなく、どちらかと言えば詠唱短縮魔法陣などの補助魔法陣を刻むために買うことが多い。十枚束になって売っているシート状の飴硝子は人間の手では造りすのが難しいほどの薄さを誇っており、そこまで伸ばす技術と手間をかけるならシート状を買う方がいいのだ。



 ある程度伸ばした飴硝子に、魔法陣の掛かれた専用の判子を手に取る。小さいが精密に書かれた魔法陣は、火の基礎魔法陣が刻まれている。等間隔にぺたぺたと押していき、縦横五センチの感覚でスケッパーと呼ばれる菓子やパン作りなどで使われる道具を用いて切る。勿論専用の道具だったり、一気に切る道具もあったりするのだが、そもそもストッカー専門店もない為、片手間で作っているシゼラスでの需要はあまり無い。


 全て切り終わった飴硝子を工房の中に入って魔法炉の中に放り込むと、特殊硝子に手を当てて魔力を流しながら操作する。マナに浮かんでいる飴硝子が一気にくるりと巻いてスイッチストッカーが出来上がった。鋼の網で掬い取り緑色に発光するスイッチストッカーに魔力を通すと、マナ特有の緑から優しい赤に変化し、魔法陣に光が灯る。これで完成だ。



「あと三属性も作っとくか…」



 鍵付きの棚にスイッチストッカーを仕舞い、飴硝子の塊を三つ手に取って工房から出ると、エルミスの目に小さな出店のワゴンが通りかかった。




「おい、プラティー」

「…あ!エルミス!やほー」



 エルミスが声を声を掛けると、プラティーと呼ばれた女の子がニカッと笑ってワゴンを止める。明るい茶髪を一つに束ねてサンバイザーを付けている女の子は、エルミスと同い年であり、ラグダーキの持ち帰り品物を街中で歩き売るバイトをしながら、アステラス国の東区域にある商業専門校に通っている。今の時刻は十二時半、この時間帯はバーではなく食堂になっているラグダーキに昼食を食べに行っている筈のエルミスが自店に居る為、プラティーは珍しそうな顔をして近付く。



「めずらしいじゃん。こんな時間にお店にいるなんて。お昼、終わったの?」

「いや、今昼だって気付いた」

「集中するとすぐにご飯忘れるよね、エルミスは…そうだ!まだ品物あるけど、よかったら食べる?」

「在庫処理なら付き合うぜ」

「助かるぅ~!今日はいつも買ってくれるお客が南に行ってて居なくってさ、その分だけ余ってるの」



 ごそごそとワゴンからミートパイとブルーベリーパイを取り出したプラティーは、丁寧に紙ナプキンで包んでカウンターの上に置き、"これはおまけ"と一言付け足してラッピングされた四つ入りマドレーヌを隣に置いた。五百レクトね、と言う言葉にぴったり払ったエルミスは、一先ずミートパイを手に取り一口齧る。


 サクサク、と口当たりの良い外側のパイに歯が入り込み、ほろりとしたコクのある牛ひき肉にきのこ、玉ねぎ、ニンジンが食感も楽しませていた。ソースとトマトソースの香りに、パイ生地のバターの香りが合わさってうまさを引き立てており、エルミスの口内を牛肉の旨味で満たすパイだった。



「うめぇなこれ」

「キッチン担当の作るパイって美味しいから、店に出してもすぐになくなっちゃうの。今日のエルミスはラッキーよ」

「そういやいつもショーケースの右端だけ売り切れ札が立ててあったが…あそこがパイゾーンか」

「九時と三時に焼き上がるんだけどね、お店に出すと大体三十分ですぐに売り切れちゃうの。ワゴンで持っていくときは昨日のうちに予約注文を受けて持っていく方式だから、欲しい人には当たるんだけどね」

「なるほどな。いっつも空っぽのワゴン押してるから何が入ってるのか知らなかったぜ」



 もぐもぐと咀嚼しながらパイとフィリングを味わっていると、ふと思い出したようにエルミスは咀嚼したパイをごくりと飲み込んでプラティーに話しかける。




「なぁプラティー。お前んとこの学校で"呪いの魔法道具"の噂聞いたことねぇか?」

「あ!知ってるそれ!半年ほど前に友達から聞いたことあるよ~」

「半年…!?そんな前からあるのか…!」

「うん。まぁ友達も鍛冶職人の娘だから、嘘っぽいよねって言ってたけど…なんでそんなに驚いてんの?」



 サンバイザーのつばを指で摘まんで軽く位置を直しながら言うプラティーに、エルミスはカウンターに身を乗り出す勢いで驚きの声を上げる。その驚きの声にプラティーも驚くと、カウンターに肘を置いて凭れ掛かりながら首を傾げると、エルミスは驚いた理由を説明し始める。



「噂はカルシから聞いたんだが、"卒業する前"って言ってたから最近の話なんだなって解釈してたんだが…」

「それよりもっと前だね~。確か秋ぐらいだったかな…東区域では結構有名なネタになってたんだけど、中央区域まで噂がやってくるのが遅かったんじゃない?」

「…まぁ、そう考えるのが筋だろうな」


 王都アステラスは大きく西地区、東地区、南地区、北地区、王宮周りの中央地区と区別されており、東地区の専門校へ通っているプラティーが半年前に聞いた噂が人から人へと渡り、中央地区の総合義務学校に通っていたカルシの耳に届いたのだろう。風の噂とはよく言ったものだ。



「今も噂になってるか?」

「当時より声は大きくなってないけど、すごく落ち込んでたり、気性が激しくなった~なんて噂はどことなく聞いたよ。まぁ近頃忙しいし物騒だから、気の迷いじゃないかなんて話も上がってるけどね」

「へぇ…」



 私も最近勉強に付いていくのに必死で、すごく落ち込む~!と、全く落ち込んでいる声色ではないプラティーを余所に、エルミスはブルーベリーパイを手で掴んでがぶりと噛みつきながら、脳内に留めていた"噂"の処理を"ただの噂"ではなく"奇怪な事件"に昇格させる。


 はっきり言っておかしいのだ。そこまで噂が長く続き、そして二つの区域を跨いで広まっていながら、なぜギルドのお偉いどころや行政の者が動いていない。少なくとも人が死んだ、あるいは道具によって体調が変わるとなれば、違法物製造でお縄に付く。そのためギルド内で必須クエストとして調査してもおかしくはない"噂"なのだ。子供の悪戯にしては物騒だが、子供は素直でもある。人を殺す嘘を吐くほど子供は意地悪ではない。



「まー、全域に噂が回ったら流石にギルドとか役所のお偉いさんも重い腰上げると思うし、話のネタに置いておけば?」

「おう、そうだな。今度知り合いにも噂を広めておく」

「こうして噂が広まっていくのねぇ…っと!そろそろ戻る!じゃあね、エルミス」

「気ぃつけてなー」



 腕時計を見たプラティーは慌ててカウンターに凭れていた身体を起こし、ワゴンの取っ手をしっかり両手で掴んで押しながらエルミスに軽くウインク一つ送ってシぜラスの前を去っていく。ラグダーキで働いている者は、なぜかウインクで挨拶をする決まりでもあるのかは分からないが、全員ウインクが上手い。甘酸っぱいラズベリーと牛乳のコクがあるクリームチーズのパイを頬張りながら手を振ってプラティーを見送ると、手に付いたパイのカスを軽く舐めて紙ナプキンで拭く。



(東地区か…)



 広い王都は馬車や馬、自転車等使わなければ、南から北へ向かうのは少々苦労する。それほど広い王都の東区域からゆっくりと中央区域に噂が風に乗ってきたのであれば、少なからず不安に思う者がギルドに駆け込んでいる筈なのだが、なぜかその様な情報は流れてこなかった。


 ただの噂なら悪質で済まされるが、とエルミスはラッピングされたマドレーヌを一つ取り出しぱくりと口に含むと、噂を再び記憶の片隅に置いてスイッチストッカー製作の続きに取り掛かった。






次も19時前後更新予定ですが、間に合わなければ21時に載せるというお決まりの言葉を置いておきます…。皆さんアイスボーン、楽しんでますか?私はモンハンシリーズはワールドから始めた初心者ですが、とても面白いです。はやくアイスボーンもやりたい…:)

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