Chapter24-18
灼熱と極寒、イガンダス国の厳しい気候には似つかわしい上半身裸の魔族は、隣で熱いと文句を言う獣耳の魔人亜種の言葉を聞き流しつつ、粛々と執り行われる式典を遠くから見下ろす。
王の地位を全うし前王となった者は、基本的に国王の裏で政治に加入したりすることがあるのだが、今回国王となった青年の最初の仕事により、一切手が付けられなくなってしまい焦りを帯びている。
「吸血鬼、」
「……はい」
「あの装飾剣、何があった」
何があった、という事は"スキャニングしろ"という事だ。スキャニングの使える魔族を従えるイスキオスはそう言うと、獣耳の魔人亜種の一歩後ろに控えていた魔人が一歩踏み出し簡易スキャニングを掛け始めた。
紅い瞳に青みが掛かる。スキャニング特有の瞳を輝かせて装飾剣を粗方読み取った吸血鬼が口を開いた。
「……闇魔法が解除されています」
「あぁ?んじゃあ第一王子がやったのか」
「そのようです」
「掛け直しは出来るか」
「…………出来ません。光属性の魔法陣が完璧に剣身の芯に刻まれています」
そう吸血鬼が言えば、後ろ髪をばりばりと掻いたイスキオスが面倒だと言わんばかりに顔を顰める。予想外の展開で面白くないのか、ブーツの爪先をこつこつと地に当てながら大きくため息を吐いた。
「しゃーねぇ、とりあえずあの宝剣に誰が魔法陣を刻んだかだけ調べておけ。どうせ王族以外触れねーし、俺たちがどうこうできる代物じゃあなくなっちまった」
「……畏まりました」
「もうここの監視は終わリ?」
「いんや、まだまだ争いは堪えん。数は少なくなるだろうが、無くなるわけじゃあねぇから続けとけ」
"俺は今から殺しに行く。現地解散、贄はスキアに持ってけよ"―――そう言ってその場から離れたイスキオスの背中を見送った獣耳の魔人亜種―――エスリーアは、隣に居る吸血鬼をちらりと見た。
「もしかしてあの子?」
「……だろうな、あの刻み方の癖はそうだ。俺たちが触ったら爛れるほど完璧だが、素材が素材だ、闇属性を弾くのは精々一度ぐらいだ」
「ジューブンだロ、その一回でえぐいダメージ喰らうんだしナ」
「…………そうだな。……戻るぞ」
足元に広がる魔法陣へと身体を沈ませていく二人は、イスキオスが堂々と王城の室内に繋がるバルコニーへと降り立ったのを見ながら空間魔法の先に広がるアステラスの地へと身を下ろした。
前王という地位になった男は、予想を反する展開に頭を混乱させていた。
無理もない、必ず死をもって決定とする王位継承争いに、まさか候補者全員が生きているという事実。王位継承争いとなった際必ず起こる呪いを解除するとは思わなかったのだ。
隠居するための新しい部屋へと向かった前王は、少々乱暴に扉を開けて室内へと入る。真新しい家具の香りに混じる外の乾いた香りに思わずバルコニーを確認すれば、閉じている筈の格子硝子窓が開いておりレースカーテンが緩く揺れていた。
前王は思わず腰に据えていた剣を抜いて背後を斬らんと振り回すも、その腕を瞬時に掴まれ止められてしまった。
「勘が良いじゃあねーか。それでこそイガンダス国の前王、ってか?」
「……誰だ貴様は、」
「イスキオス。覚えなくてもいいぜ」
骨が軋む音がするほど握られている腕。前王はその痛みに剣を手から離してしまったが―――、唯では転ばない。空いていた片手で瞬時に柄を掴んでイスキオスと名乗った魔族らしき男の腹に一刺しすれば、一瞬顔を歪ませたイスキオスはにたりと笑ってその腕もがっしりと掴む。
「いいじゃあねぇか……それでこそ国を一人で護った王の意地だな。歴代の王の中じゃあかなり闘争心のある方だ」
「っ……はっ、長寿命の魔族らしい意見だ。それで、私に何か用かね」
「あぁ、命と魂を貰いに来た」
イスキオスの言葉に前王はさして動揺の色は見せなかった。常日頃国と身を狙われているからだろう、折れそうになる腕の痛みで顔を歪ませている以外は至極落ち着いている態度にイスキオスも関心を寄せると、未来の死人に質問を投げかける。
「前王、冥土の土産に持ち込む前に一つ教えてくれや」
「……なんだ」
「 なんで装飾剣に掛けられた呪いを解こうとは思わなかった? 」
魔族の口が歪んでいる。完璧な笑いだ。興味と面白さが口元を歪めている。質問に対する答えを導き出す前に、前王は思わず呼吸を忘れるほどの"なぜ"が脳を埋め尽くした。
前王が昔、王位継承争いをする為に王から装飾剣を貰うと同時に言われた言葉を思い出す。
『候補者が揃いし時、王位継承争いの呪いが装飾剣に宿る。一人死ぬごとに呪いが沈み、王の決定と共に眠りに付く。……しかと励むがよい』
"そういった呪いの類"、"呪いが沈むのであれば殺すしかない"―――"王位継承争いとはそういうもの"、……そうだと思っていたのだ。だからこそ、なぜ"呪いを解く"選択肢など浮かぶのか、なぜ自分の息子は呪いを解いたのか、ずっと不思議だった。
「――――考えた事もない」
「だろうな、誰も疑問に思わなった。国の宝である剣に呪いなんて解くのがフツーだ。だが、王位継承争いの呪いだなんだと言いながら、誰もが"殺す事による地位"を納得して獲りにいった」
「……」
その通りだ。殺して沈む呪いであり、尚且つ国のトップへと腰を据えて国を護るのであれば"強い"方が良い。他者を蹴落とし力を見せ、国の強さを見せる事に疑問さえもない。
「―――まぁ、流石に長く続く伝統に疑問視する奴も出てくる。それが今回、運よく装飾剣の呪いも、"俺たちが整えた王位継承争いの仕組み"も、壊す時代が来るのは当然か……」
「なっ―――、どういうことだ……!?」
一字一句聞き逃すことなく頭の中に言葉が反映する。どれほど腕の骨が軋もうが、命を獲ると言われようが動揺する事の無かった前王に初めて焦りの顔色が浮かび上がると、腹に入ったままの剣を抜く為にイスキオスは前王の腹を勢いよく蹴った。
剣諸共飛んでいった前王の元へと歩きながら血の出る腹を押さえるイスキオス。青白い輝きと共に腹が修復されると、"装飾剣だったら危なかったな"とぼやきつつ、壁に背を付けて痛みと戸惑いの色を混ぜた顔を見せる前王の左手に握られている剣を蹴る。
上質なカーペットの上に転がる剣、もはや握る握力も限界だったのか、簡単に転がっていった剣に視線を向けることなく互いの瞳を見れば、イスキオスは空間魔法から取り出した長剣の柄を握りしめて口を開く。
「そのまんまの意味だ。千年と少し前に魔王様が打ち取られた後、魔王様復活の儀には多くの生命と魂が必要だった。イガンダス国は特別資源も豊富な戦場国……王族の生命と魂の質も良く、尚且つ資源を求めてやって来る族の多さに目を付けた俺たちは、千年前の王族になりすまして王位継承争いの体制と呪いを組み上げた」
「……」
「一番厄介だったのは装飾剣に施された光属性の加護魔法陣だ。あれは魔族には触れられんからな……当時王族の中で鍛冶を扱える奴に加護を消し、代わりの魔法陣を刻ませた後殺した」
「……ではもう一つ教えてくれ、千年前の王位継承争いは、どんなものだった」
聞かされる数々、全て魔族の手の内に転がされているものだった、そう気付いた前王は乾いた外の空気に混じる血の香りに"外の警備が数人やられている"と気付くと、最早自分の命が潰える時だと悟る。
「国民投票だったぜ。生ぬるすぎるんだよなぁ……俺の案でここまでイガンダス国は出来上がったんだぜ?」
「そうか……、感謝するよ」
魔族の手によって出来上がった国であっても、呪いを解いた今、イガンダス国を作るのは新しい王だと前王は知っている。
きっと、長きに渡った不変を変えた新王であれば、新しいイガンダス国を作り上げることが出来る。前王として、そして親としてそう確信した前王は、振り下ろされる長剣の刃を見上げながら薄らと笑みを浮かべたのだった。
ブーツの足跡が大理石を赤く染め上げる。青白い輝きと橙の輝きが一つずつ仕舞われたランプを腰に下げたまま悠々と歩くイスキオスは新しい王となった者がいる王室のドアを蹴って開けると、既に装飾剣を抜いて睨むハルコ国王の姿を目に止める。
「いい歓迎の仕方じゃあねぇか」
「何の用だ」
「いんや。お前さんの親父を殺したから、葬儀はしとけよって事を伝えたかったんだ」
「……!?」
"それだけだ"―――そう伝えたイスキオスは王室から出ると、後を追いかけようとするハルコの声を聞き入れることなく数個の魂を贄にして、防魔法の掛かっている場所に空間魔法を展開すれば姿を消す。
ハルコが王室から出ると同時に見えたのは、霞んだ赤い足跡が途中で無くなった光景だった。
明日でchapterが終わります!こんばんは!
明日でchapter24が終わるので、一旦ストック溜めの為に一か月待っててほしいです。一応次回更新は5/16、あるいは五月最初らへんに更新を再開します。したいと思っていますなんて言わず、します!と宣言してケツを叩くんじゃ、、、
一個小話、そしてながーいお話を予定しているので、みなさんそれまで予習(?)しといてね!