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Chapter3-4

挿絵(By みてみん)





 昼を過ぎて三時休憩に差し掛かった時だ。鎚を叩く手を止めて休憩にしようと立ち上がったエルミスは、昼食に寄ったラグダーキの手作り菓子の袋を開けてクッキーを一つ口に放り込む。さくり、と軽い歯ざわりにバターの味が引き立つクッキーだった。美味い、と頷いてカウンターにいる父親にも分ける為に工房から出ると、丁度見覚えのある人物が父親と話していた。



「あぁ、エルミス。丁度良かった、ラディースの息子君が来ているよ」

「久しぶり、エルミス」

「おっ、久しぶりだなカルシ。出来てるぜ、入れよ。あと父さんこれやる」



 濃藍色の柔らかな髪とアイスグリーンの瞳を持つ少年に、エルミスは"カルシ"と名を呼んでほんの少しだけ久しい再会を果たす。息子に、と依頼していたラディースの子であるカルシは、エルミスの一つ下の十二歳で、今年の魔法学校入学予定の秀才だ。交友は父親を通じてだが、六歳から六年間通う総合義務学校では学年が違えど共に遊ぶ日は多くあった。背が伸びたな、と目線がほぼ一緒になったカルシを工房に入れつつカウンターにクッキーの包みを置くと、四枚ほど取った父親は"あとはカルシくんと食べて"と言ってエルミスへとクッキーの包みを返す。

 少し軽くなったクッキーの包みを持って工房のドアを閉めたエルミスは、クッキーの包みを作業台の上に置いて仮調整したブレスレットを取りに行く。完成品、仮調整、打ち直し前と書かれたプレートが貼られている鍵付き棚を開けて、真ん中に置いてあるブレスレットを手に取り再び鍵を閉める。



「結局エルミスは魔法学校に行かなかったんだね」

「まぁな。じゃあ右手出してくれ」

「ん、はい」



 見慣れた父の魔法道具を持っているエルミスに、カルシは自身が入学する魔法学校の話題を持ち掛ける。エルミスと交友関係を持っている者であれば、一年前誰もが魔法学校へと進むと確信していたのだ。それ相応の技術は勿論、頭が悪いという訳でもなく良い方だ。だが総合義務学校を卒業して、鍛冶屋の息子は魔法学校どころか他の進学校にも身を置かず魔法炉に立ち鎚を握っている。

 勿体ない、と思いながらも、どこかエルミスらしいとカルシは考えつつ、指示通りに右手を差し出せば、エルミスの右手がぎゅっとカルシの右手を握る。





「 同調 開始 」



「 魔力纏いし者 力を付けし者 火の揺らめき 駆ける風の瞬き 」



「 汝 我と同調せし者 互い 一つになりし者也 」



 スキャニング魔法による青白い輝きが二人を包み、呪文を全て唱え終わると一気に光が弾けて魔法文字が二人を中心として円を描く。くるりくるりと回る魔法文字は頭上から下に落ちて消え、カルシの情報が全てエルミスの脳内へと入ってきた。筋肉量、魔力量、魔法技術、身体能力、今まで使用した魔法…全ての情報をしっかりと確認したエルミスは総合的に良いと判断したが、もう少しカルシの能力を考慮して今の道具に手を加えようと考える。



「どうかな…?」

「…ん、能力的には良いと思うぜ。ただもう少しだけ道具の調整をしておく」

「どこか悪いの?」

「いや、悪くない。ただお前の属性は"火と風"だろ?相性の良い二属性なら、もう少しだけマナの路を増やして二属性専用の通り道を作るのもいいなと思ってな」



 属性にも相性があり、火と風、水と地は互いの能力をプラスにする。相性の良い属性を身に着けている者は、"得意な属性"であるため魔法威力が他より群を抜く。二種類の属性を身に着けている者は決して珍しく無いが、相性の良い属性同士を身に着けている者はそれほど居ない。

 エルミスは火と水で相性は悪いが、それを感じさせない程の魔法技術が有る為、それほどハンディを背負っているようには見えない。今この場に居ないセリーニも風と地で相性が悪いが、魔力量が飛びぬけて多いのもあってか、魔法技術の無さに歯車が掛かっているのは言うまでもない。



 魔力を持ち魔法を扱う者達の五十パーセントは一属性、相性が特に良くも悪くもない火と地、水と風の二属性持ちが三十五パーセント、相性の悪い属性同士を持つ者が十五パーセント、そして相性の良い属性を持つ者が十パーセントと言われている。世界中で一人しかいない光の属性と火の属性を持つリーコスは一見珍しい枠組みだとは思うが、珍しいのは属性だけであり、属性同士の枠組みで考えると意外にも相性が良くもなく悪くもない為、三十五パーセントの枠組みに入っている。



「そんなこと出来るの?」

「できるぜー。第一王子の魔法剣は、光属性専用のマナの路を付けてるしな」

「すごい…!じゃあ頼むよ」

「オーケー、入学式までには仕上げる。いつだっけ?」

「二週間後。三日前ぐらいに来るよ」

「了解」

 


 作業台の上に置いていたクッキーの包みを手に乗せてカルシに向けて"食えよ"と軽く言うと、"ありがとう"と言葉を返しながら一枚指で摘まんで食べるカルシ。"ラグダーキのだ、美味しいなぁ"と言ってクッキーを一口齧りながら思い出したような顔をしたカルシは、クッキーを食べながら修正メモを書いているエルミスに語り掛ける。




「そういえばエルミス、"呪いの魔法道具"って知ってる?」

「なんだそれ?」

「卒業する前ぐらいかなぁ、学校で噂になってたんだよ。段々身に着けた人の性格が変わっていくって…エルミスならなにか聞いてるんじゃないかなぁって思って」

「うーん…そういう話は来てねぇな。父さんの常連もそんな話してねぇし…」

「そっか。まぁ噂だし、実際に見た事ある友達もいなかったから誰かの悪戯かな」



 さくり、さくさく、耳触りの良いクッキーの音と共に"噂"をエルミスに伝えたカルシは、もう一枚クッキーを手に取り食べつつシぜラスに噂の延長線となる情報がなにか入っていないか聞くも、エルミスは首を軽く横に振って初めて聞いたことを伝える。



「でも性格が変わる魔法なんていくらでもあるだろ?妨害魔法にもあるぜ」

「だれもその人に妨害魔法をしてないんだってさ。ただ…その魔法道具を身に着けている人は、性格が変わって最終的に死んじゃうって噂なんだ」

「…その魔法道具自身にあるんじゃねーか?」

「ところが、その魔法道具に細工は無かったんだよ。だから妨害魔法とかじゃなくて、"呪い"の類なんじゃないかって」




 どうやら魔法道具自体に細工はされていないが、身に着けた者が最終的に死へと繋がっている非常に物騒な話だった。怪談や呪いの類は噂話として語られることが多く、そういった話は女子たちに人気なのもエルミスは良く知っている。学校となれば尚更物好きが脅かしの類で使い、やがて噂や呪いの類として紐づけられてしまうのは良くある事だ。



「でもまぁ、誰かの悪戯にしては話が物騒すぎるしな…」

「信じるの?」

「三か月経って噂が途絶えたらホラ話にしていいだろ」

「確かに。噂話は七十五日までっていうし…女子は次の噂を持ってくるだろうから」



 ロマンと無謀な夢を語る男子とは違い、確証のある話と最新の噂話に敏感な女子が三ヶ月ほど噂を重ねて確信を得たときは、何れ問題視されて商業ギルドのお偉いさんや国家が動くだろう。空になったクッキーの包みをゴミ箱に捨てると、カルシが"ごちそうさま"と律儀に返す。こういう細かく礼儀正しいところが秀才カルシの良いところだとエルミスは思いながら工房のドアを開けると、どうやらカルシの父親であるラディースが子を迎えに来ていた様で、カウンターに腕を置き凭れ掛かりながらエルミスの父親と語り合っている。



「おうエルミス!どうだ息子の道具は、」

「こんにちはラディースさん。少し調整したらばっちりだぜ」

「そりゃあ良かった!よし、帰るぞカルシ」

「うん。エルミスのお父さん、エルミス、またね!」



 軽く手を振ったカルシにレオンとエルミスも手を振り返して親子を見送る。豪快な父親と大人しいカルシは一見似ていない様にも見えるが、細かな気配りや礼儀、あと笑った時のえくぼが似ている。完全に姿が見えなくなったところで工房へと戻る為カウンターの中に入ったエルミスは、カルシが言っていた噂を父親へと話す。



「なぁ父さん、身に着けてる奴の人格が段々変わって死ぬ魔法道具の噂、何か聞いてねぇ?」

「凄く物騒な噂だけど、お父さんは常連さんからそういった話は聞いてないなぁ」

「だよなぁ…父さんはどう考える?」

「んー…道具で死に繋がるなら、考えるのは束縛魔法とか道具に細工してあるとかだけど…そうなったらまず道具が魔法で解析されて術者は製造者が分かるし、噂で止まっているなら悪戯と考えるかな」




 父レオンの考察はエルミスとほぼ同じだ。噂は噂でしかない、実害が出れば罰せられる。




「さて…そろそろ魔法学校の道具を直す続きをしようかな」

「オレもやるー」



 父親の言葉にのんびりとした掛け声を上げて工房の扉を開けたエルミスは、やはりどことなく物騒な噂を頭の片隅に置いて作業椅子に座ったのだった。



次はchapter4になります。多分19時更新です、よろしくおねがいします:)

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