Chapter24-6
「エルミスはそのままね」
「呪文を復唱しなくていいのか?」
「しなくていいよ。復唱したら逆に"馴染んじゃう"かもしれないからね」
ブレスレットのスロットにストッカーを挿し込む母親の言葉に、思わずエルミスは復唱の類を聞く。"馴染む"というのは言葉通り、身体に影響を及ぼす魔法の類は、あまりにも完璧すぎると馴染んでしまうという事だ。馴染んでしまえば正常に戻す事が難しく、余計な手間も掛かってしまう。
エルミスは"正確性"が高く、故に"馴染む"リスクが大きい。母親や王妃は"正確性"こそあれど"どこを抜けば良いかまで分かる正確性"がある。つまりエルミスよりも場数を踏んだ器用さがあるということで、"そういう所凄いよなぁ"と、母親と王妃の凄さを改めてエルミスは実感する。
「 王族権限 」
杖をエルミスの方に向けながら王妃の詠唱が始まった。王族権限の一言により、エルミスの頭上を飾るティアラが輝きを帯び、一本の魔法文字がくるりとエルミスを中心に回り始めた。あれほど賑わっていた使用人たちが静まり返り、王妃の魔法を見守っている。
「 我、イスティア・フィーニクスが、汝エルミス・ロドニーティスに、神の赦しを得て奇跡を起こす 」
王妃の言葉と共に、エルミスの周りを回っていた魔法文字がパキン、パキンと割れていく。見辛いヴェール越しの魔法文字を見るに、ティアラ自身に掛けられていた鍵を外していたらしい。どれだけ厳重且つ扱いが難しい道具なのか、とエルミスは考えていると、母親が右手をエルミスの方に掲げて呪文を重ね始めた。
「 重唱 十日余の半月光 揺蕩う星の雫 天と地を違う幻想の香箱 」
母親の呪文がエルミスの周りを囲い、くるりと回る。いつもはエルミスとほぼ同じ綺麗かつ正確性のある魔法文字なのだが、今回ばかりはエルミスの身体に馴染まない様、ほんの少し癖のある魔法文字になっている。
「 "変転" 万物の守護 脅威たる無の檻を破壊せし一条の閃光 」
(うわっ、母さんとんでもねぇ防魔法施そうとしてやがる……!)
変転の言葉により他属性の呪文が開始されると同時に、母親の口から飛び出してきた呪文のチョイスに流石の息子であるエルミスの少し顔を青ざめる。
"万物の守護"――該当する人物を対象に守護をする、ここまではなんの変哲もない防魔法の一文だが、問題は"脅威たる無の檻を破壊せし一条の閃光"だ。
"檻"は時に悪を閉じ込める守護となるが、裏を返せば人を閉じ込める為の枷になる。"無の檻"は、無理やり防魔法を突破しようとする際に発動する魔法を、一時的ではあるが"無かったことにする"魔法だ。魔力を形成して魔法文字にする際、多大な魔力を使用し、尚且つ形成するのが難しい魔法文字な為、使う者も相当慣れてなければならない。
そして"一条の閃光"は、もし"無の檻"ほどの威力を使用してきた術者に対し、一時的ではあるが視界を奪う程の眩しい光を脳内で錯覚し、魔法文字を形成を中断し、再び形成しようとすれば魔法文字が乱れる。目を開いていようが閉じていようが眩しい光を錯覚で見ている為、魔法を扱うどころの話ではない。
―――そういう魔法を、防魔法を突破しようとする人間に容赦なく宛がおうとする母親に、思わずエルミスは"今日一日絶対に大人しくする"と心に誓う。
「 我が加護 汝に安堵と静穏を与える者也 」
エルミスの周りを回る二本の魔法文字が括られ一つになり、頭上から魔力の輪が降り注ぐと同時に、エルミスの襟首が"何か覆われている"という感覚がやってくる。ドレスルームに居るエルミス以外の全員が"おぉ!"と声を上げると同時に、母親の満足そうな表情が"成功"を物語っていた。
「おぉー!!だぁいせいこうっ!!いや~、さっすが私だわ~。っていうか、私も髪色を"プラチナブロンド"に染めたらこれぐらい雰囲気変わるのかしら?」
「髪の色がそのままでしたら、きっと学生時代のリーラと瓜二つですわ。エルミス君、見てみる?」
「ん、んん……」
きゃいきゃいはしゃぐ二人の言葉に、どうやら髪の色が変わっている事まで気付いたエルミスは王妃の言葉に頷くと、使用人二人が手際よく全身鏡を持ってきた。
「……オレ?」
「そうそう、オレちゃんよエルミス。ただ人前では"オレ"禁止よ?"私"か"わたくし"って言うように」
全身鏡に映っていたのは、紛れもなく別人。そう思う程、髪型と目の色、そして化粧で変わるものだとはっきり理解できるまで、何となく右手を上げてみる。自分と同じ動作をする長いプラチナブロンドの髪と深青の瞳を持つ鏡の人物に、"オレだ……"と、考えつつ半ば驚きを隠せないでいると、ドレスルームにノック音が響いた。
「失礼しますわ。お兄様の婚約代理の方がいらっしゃるという事を耳に挟みまして、第一王女たるわたくし、ご挨拶にお伺いいたしました!」
「こ、こんにちはイエラ第一王女」
ドレスルームが絨毯張りでなければ、今頃ヒールの音が反響していただろう。それほど勢いよく近付いてきたイエラに、エルミスは少し声のトーンを上げて出来るだけ女性らしく振舞ってみたが、顔をまじまじと見るイエラに若干顔が引き攣る。
きっとイエラの事だ、"大好きな兄の余計な虫は誰だ"という感情で突撃してきたに違いない、そうエルミスは考えつつ上から下までじっくり眺めるイエラのチェックを無言で受ける。
「………ロドニーティス先生の親戚の方でいらっしゃいまして?」
"そう来たか…!"と、イエラの回答にドレスルーム内全員の心の声が重なった。リーラとイスティアが顔を互いに寄せて耳打ちを始める。
「(もしかして、リーコス君にも黙っていればバレなかったりするかしら?)」
「(流石にイエラよりずっと一緒に居たリーコスだと分かりそうですわ。そうでなければ完全に魔法が馴染みすぎてしまっていて、掛け直しも必要かと思いますの……)」
首を傾げてひそひそと会話をしている大人に視線を向けたイエラに、慌てて"なんでもないわよ~"と誤魔化す大人二人。間髪入れずノック音がドレスルームに響き渡ると、次に入ってきたのは噂の中心だった。
「失礼します。母上、今日一日の代理を立てて頂き申し訳ありません、本来ならば俺が代理を、」
「リーコス。一先ず代理を引き受けてくださった"彼女"にご挨拶を」
ほんの少し早口で語るリーコス。どうやら相当申し訳なさが積もっていた様だとエルミスは何となく思っていると、そんなリーコスを制止させた王妃がエルミスの方に視線を向けると同時に、リーコスの目線がエルミスの方へと向く。
「……―――………、――――――エルミス?」
「………エルミス!?」
「流石ですわリーラ、常共に居る者には分かる程度の魔法威力、決して完全に馴染んでいない小さな匙加減……!」
「完璧すぎてもはや私の才能が怖い、ってか……!」
ぱちーん!と互いに上げた手を叩いてはしゃぐ大人達。
まさか兄の幼馴染であり、己の幼馴染である者が女装しているという事実に目玉が飛び出るかという程目を見開いて驚く主役。
そして、"どこかでこのような提案を言ったような……"と、自分で言ったジョークをほんのり忘れている第一王子の姿がドレスルームの一室で起こった。
あつもりぃ!!!!!!こんばんは!!
あつもりたのしい!!たのしい!!あつもりたのし……フータくんもうちょっと寄贈数増やしてくれないと、君のテントの周り虫とさかなだらけになってるよ……
あつもり、ちょっとだけ不安要素もあったんですが、思ったほどやり込み要素が多くて不安なんてどっかいきました。たのしい!