Chapter3-3
シゼラスを後にしたセリーニは、そのまま魔法学校までの道のりを歩きながら、担当している地区の被害報告を受けていた。屋根やガラスに家畜小屋、花瓶や衣類など様々な被害報告が上がっていた。魔法学校に近付く度に被害状況は軽減しているようだが、飛んで来た物で何かが割れるといった二次災害が多かった。
「うちは店の屋根に付いてたシートが飛んで行ったよ。大風で畳んでたんだけど、どうやら余りの風の強さに骨組みごと飛んでいったようだ」
「…本当ですね、根元から持っていかれている痕があります」
外壁と繋いでいたであろう毟れている場所が、きっと屋根の部分になっていたシートを張る骨組みがあったのだろう。アンカーがあった穴が開いており、骨組みごとばっさり飛ばされたようだ。シートならばあの大風で遠くまで飛ばされているだろう、なにより骨組みが無事かどうかも怪しい。
「ではまた詳しい被害額が出次第、修理費請求の書類を持ってきます」
「あぁ、よろしく頼むよ」
敬礼をして担当の店から離れると、そのまま魔法学校へと一直線に向かう。
魔法学校とギルドは切っても切れない関係だ。魔法学校から優秀な卒業生が入隊しに来るのは勿論だが、行事ごとの警備はほぼギルド隊が出向いていることが多い。広大な敷地の中に何の施設があるかなどは卒業生の方が圧倒的に理解している為、咄嗟に現場へと駆けつけるのが圧倒的に早い。余程大きな行事ごと出ない限りは、王宮の護衛をする騎士団の団員を出動させる事なくギルド隊員で賄うことが出来る。
セリーニは決して魔法学校卒業生ではないのだが、行事ごとの多い魔法学校に出向いて警備をしていた為、粗方敷地内になにがあり、校内のどこに何があるかは把握している。
中央ギルド施設と然程変わらない巨大な門を潜って来客用の玄関に足を踏み入れると、受付の小窓を一回軽くノックしてギルドカードを内ポケットから取り出す。職員の男性が書類から顔を上げてセリーニの方を見ると、軽く笑顔を向けながら窓を開けた。
「ギルド隊のセリーニです。ロドニーティスさんの依頼でこちらに参りました」
「伺っております。では、ご案内しますね」
受付と玄関を繋ぐドアから職員が出てくると、こちらです、と一声掛けて先頭を歩く背中に付いていく。階段を上り、角を曲がり、また階段を上った後長い廊下を歩き進めていきながら、セリーニは脳内で校内図を展開しながらどこへと案内されるか予想していると、一つ可能性がある場所を弾き出す。
(職員室や来客室は反対側で…ここは生徒の教室が一番良く見える場所…、まさか、一番偉い方の…?)
セリーニの予測は、すぐさま正解という答えを与えてもらう事になる。ぴたりと職員が該当する扉の前に立ち、コンコンとノックを二回して中に居るであろう者に声を掛けていた。短い返事は入室可の合図、職員はセリーニを中へ入れる様に扉を軽く開けて待っていた。
「失礼します…!」
「ようこそ、ゆっくり座ってください。オーニスも案内有難うございます」
「お帰りになる際はどうしましょう?」
「私が送ります」
「了解しましたロドニーティス先生。では、私はこれで」
オーニスと呼ばれた職員は頭を下げて静かに扉を閉めると、セリーニは扉の閉まる音と同時に少しだけ背筋を伸ばす。温厚そうな学校長は幾度となく見た事のある方だが、その斜め前に居る職員は初めて見る。だが、何処となく見覚えがあるのは、その女性はエルミスにとても似ているという事だ。
「あなたがセリーニ・アンティさんね。私はリーラ・ロドニーティス。息子のエルミスがお世話になったわ、ありがとう」
「いえ、とんでもないです…!セリーニです。Cクラスに所属しています」
「あら…その魔法道具…」
握手を求めたリーラに、セリーニは脇に紙袋を抱え両手でその手を受け止めると、しっかり握手をする。にこり、と笑っていたリーラは、初めに紙袋へと視線を向けて"あら、コラーリちゃんの、"と思っていたが、ふと気になったのは細いブレスレットだ。見た事のある装飾は、すぐに誰が作ったか分かる。
「エルミスに作っていただいたんです」
「でしょうねぇ…あの子の装飾技術は夫に似てセンスあるもの」
「あら、私にも見せてもらえるかしら?」
「は、はい…!」
握手を解いた二人は学校長の手招きによって来客用のソファに座ると、セリーニは左手に付けていたブレスレットを外して学校長へと渡す。きらりと輝くブレスレットの淵を彩る草花は、シンプルながらも華やかさがあった。良く出来ているわねぇ、と呟きながら眺めている学園長は、その"良く出来ている"部分が決して装飾だけではないことを見抜いている。
「随分制御感のある道具…貴女に合わせてあるのね」
「…!分かるんですか…?」
「えぇ、この学校長室は私の魔法陣が組み込まれています。入室してくる人の力量を判断できるのよ。あなたはとても強大な力を持っているけれど、制御できない代わりに作られているのが…これね」
学校長はブレスレットに軽く魔力を流すと、五本のマナの路が複雑に入り組んでいながらも均一した美しい仕事がしてあると気付く。マナの路が少ない上に魔力の流れを押さえて制御できるようになっている道具には、しっかりと詠唱短縮魔法陣も刻まれている為、セリーニの様な魔力を制御できない者でも安全に簡易初級魔法を扱えるだろう。
「良い道具です。こういった魔法道具が作れるという事を、今度集まりがあった時にでも王都教員達に伝えねばいけませんね」
ありがとう、と言葉を添えてブレスレットを返した学校長は、とてもいい魔法道具が出来たものだと感心する。
一般的に魔力は幼少からエルミスほどの年齢を境に成長が徐々に止まり、十五や十六で完全に成長が止まる。その間は魔力量に応じて親から譲り受けた道具を打ち直したり、スイッチストッカーが一つ空いた子供用の魔法道具を買って持ち主に合わせる。
だがセリーニの様に魔力量が幼少期から異常に多く、そして制御できない者が極稀だがいるのだ。今までそういった者は、初級魔法が扱えるまで多く練習を重ねるが、失敗という名の暴発してしまう魔法が怖い為、結局使わない者がほとんどだ。
力を引き出すための魔法道具が相手を抑制している。これは魔法鍛冶屋にとって非常に悪手だが、エルミスは敢えて形に囚われることなく行ったのだろう。
「それは金額要らないって、エルミス君は言ったでしょう?」
「はい。試作品で、完成品ではないからと…"魔力量を自在に抑制させながら術を使える道具"が、その…あったと聞いたので…」
「神代の技術ね」
「…はい」
本当は言ってはいけないのだろう、とセリーニは一瞬口籠るが、学校長とエルミスの母親の前だ、敵や悪用する者ではないと判断した為素直に言葉として発すると、言い当てる学校長にセリーニが頷く。そして本題と言わんばかりにエルミスの母親が口を開く。
「今回こちらに来てもらったのは、神代魔法や技術を狙っているであろう魔族側に尋問された際、ほんの些細な質問にも口を滑らせない様に、魔法を貴女にも受けてもらおうと思って…」
「分かりました、えっと…どうすればいいですか?」
「危険に晒される前提で悪いわね…、ここにサインしてもらえるかしら?あ、ペンはこれ使ってちょうだいね」
ローテーブルに置かれていた一枚の書類にセリーニが視線を落として確認すると、複雑に魔法文字が書かれていた。どれも口外禁止に関する条約が書かれており、その下には名前を記入する欄があったが、先に三人の名前が書かれている。口外魔法を既に終わらせた学校長とロドニーティス母子だとすぐに分かった。
「セリーニ…アン、ティ…」
すらすらとペン先を紙に滑らせフルネームをインクで形成する。かたん、とペンを置く音を合図として学校長が呪文を唱えると、均等且つ正確な魔法文字が書類へと降り注ぐ。あまりにも綺麗な魔法文字に、魔法学校という巨大且つ優秀な卒業生を生み出す教員のトップに居る者であると今一度納得してしまうほどだった。
「――はい、ありがとう」
「あの、口外魔法はどれぐらいの効力があるんですか?」
「王族が使う王族権限と、国家のトップにいるギルド総隊長、騎士団長、そして私…学校長の立場として使う国家権限以外は全て跳ね退けるわ」
「つ、強い…」
「ただあまりにも強い魔族にも通用するかは分からないから、そこだけは気を付けてね…私も最近、そんな事をする魔族には会ってないから…」
学校長の口外魔法というのは、それだけ効き目があるという事だろう。ただし国家のトップに位置する者達には信頼があるのか、権力を使って話を聞くことが出来るという事を知る。セリーニは忠告に頷いて心に留めると、学校長の隣にいたリーラがほんの少しだけソファに座り直して話を変える。
「学校長、そしてセリーニさんも聞いていただきたい。今回王都の魔鳥獣の対処をしたのは、エルミスです」
「まぁ…!第一王子ではなく?」
「エルミスが…」
「はい。対処する業が下巻にありました。学校長が指摘したあのページです」
リーラの言葉に学校長とセリーニが驚く。無理もない、誰もが第一王子が対処したと思っており、また第一王子自ら"こちらで対処した"と報告を騎士団長に言っていたのだ。
「やはりあのページは闇に対抗する光…あるいは、解放の魔法…」
「しかし、なぜ第一王子が騎士団長に嘘の報告をなさったのですか?」
「それが…エルミスがやったって事が偶然バレてね――」
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カパッとフライパンの蓋を開ければ、香ばしい魚介の香りを包む湯気が上がってリーラの鼻を通り腹を刺激する。
チンッ、とオーブンの音がパンの焼き上がりを知らせ、ミトンを付けてオーブンからパンの乗った天板を抜いて鍋敷きの上に乗せる。多少ぐらつくのはエルミスが昔作った手作りの工作の為愛嬌だ。
「よぉーし、パエリア完成。パンもいい感じ…」
「お風呂あがったよ。あとシャンプー詰め替えておいたよ、明日帰りに買っておく」
「グッドタイミング。ありがとうレオン」
「んー…良い匂いだ。鞄とバスケットを取ってくるね」
毛糸で編んだ鍋敷きを食卓の上に置いてフライパンを置き、耐熱の深皿にエルミスの分を取り分ける。工房には火を付けて温める道具がある為、一度に沢山作って別皿に入れる方法の方が簡単で済むのだ。手提げ鞄とバスケットを持ってきたレオンと共にレイアウトを考えながら食事を入れ、バスケットの蓋を閉める。バスケットが万が一鞄の中で寄ってしまわない様に、着替えを敷き詰めて固定し、その上へと綺麗なハンカチを置いた。
「じゃあ行ってくるわね」
「俺も行こう」
「いいわよ、疲れてるでしょ。それに一緒に居たらまたあなたを投げちゃうわ」
「……気を付けてね」
「はぁい」
決して冗談ではない。未遂でもない。既に何度もやったことある事だ。リーラは近付いてきた不審者に対して近くにある物を投げてけん制する癖がある為、無意識に掴んでしまったレオンを投げつけて気絶させる事は何度もあったのだ。手がいち早く出る強い妻を良く知っている夫は、心配する言葉を掛けて見送った。
玄関を閉めて夜道を歩く。街灯は一部ガラスが割れて壊れてしまっている物もあったが、大半は無事だったようだ。人通りは少ないが、犬の散歩をいつもしている家族に"こんばんは"と挨拶を交わしてレンガ道を歩く。上を見上げてみると昼の騒動が嘘の様に美しい星空が広がっている。
「あら、大風だったから雲が無くて良い星空ね…」
「えぇ、私もそう思います」
「!?」
背後から聞こえてきた声に"誰"だと判別する暇を脳に与える前に身体が動いたリーラは、左半身を軸にして右脚を素早く後ろへと回して"誰"かへと叩きこむ。だがその脚は"誰"かの左腕がしっかりと受け止めており、尚且つ夫人に攻撃は無用だと剣を抜く護衛を右手で制する。
「だ、第一王子!」
「公務外ですので…今はギルドAランクにいる、ただのリーコスですよ」
「リーコスくんごめんねぇ…つい…」
「こちらも申し訳ない。エルミスの御母上の癖を知っていながら背後から話掛けてしまったのです。少なからず配慮はこちらからすべきでした」
「…左腕、痛くない?」
「大丈夫です。いつもエルミスの寝相蹴りで鍛えていますから」
慌てて右脚を引っ込めて謝るリーラに、笑顔を向けたリーコスはフォローを入れる。そう…?と不安な表情を浮かべるリーラはリーコスの後ろにいる護衛に軽く頭を下げて謝りつつ、ここに夫が居たら引っ掴んでリーコスに投げていただろうと想像して冷や汗を流した。
「ところでこんな夜遅くに珍しいわね…今からまたどこかに出かけるのかしら?」
「はい。また西地区へと…その前に、」
「…?」
ごそごそとポケットから何かを取り出そうと物色しているリーコスに、首を傾げて見るリーラ。すっ、とポケットから出てきたプレートは、見慣れた魔法学校の校章が描かれており魔法学校の物だという事が分かる。くるりとひっくり返されると"二十六番"と書かれており、それが一体何の数字なのだろうか…と、リーラは脳内で考える。魔法学校の校章が付いているプレートは別段珍しい物ではなく、授業にも使われいるタイプの物だったからだ。外へと持ち出している意図が読めないリーラは不思議そうにそのプレートを見つめている。
「このプレート、何処に落ちていたかご存知ですか?」
「…落ちて?いえ、分からないわ」
「そうですか。…これは"魔法電波塔の上"に落ちていました。"エルミスが発行したプレートである"という事は、こちらで確認しています」
「……!」
「一応、私がいつも通り全て遂行したと伝えておきましたので、"何があったかは分かりませんがご安心してください"」
ピン、と閃く。そして口外魔法が脳内に信号を送っている。そして信号を送っている脳内は伝えている。"すでに、向こうは気付いてしまっている"という事を。
「あぁ、エルミスの御母上には"何もしません"。これ、私が持っていきまので…ヴァリー、セルペン、エルミスの御母上を家まで送ってくれ」
「あっ…、…その、ほどほどにお願いするわね…?」
「はい。"ほどほど"にしておきます」
リーラには何もしないが、エルミスには何かする。伊達に魔法学校の教師をやっていないリーラはすぐに思いついた、"王族特権を使う"と。
リーラが持っていた手提げ鞄を流れる様にリーコスが持ち、ヴァリー、セルペンと名を呼ばれた護衛へと声を掛けると、騎士団服に身を包んでいる中性的な男女が敬礼をしてリーラの側に寄る。
「では、私はこれで」
「き、気を付けてね~…」
にこりと笑って歩き出すリーコスの背中に声を掛けたリーラは、珍しくリーコスが怒っている事に気付いた。滅多に怒る事が無い優秀な生徒ではあったが、幼い頃のエルミスが危険な目に合った事で怒った事がある。決して怒鳴る事はしないが、静かに諭しつつ目で怒りを伝えるのだ。
早速一人ばれてしまった、と魔法学校教師としてあるまじき見落としをしてしまった事に悔いながらも、それがリーコスであったことにホッとしつつ護衛二人に守られながら家へと帰った。
「なるほど…第一王子は気付いていたんですね」
「そうなのよ。真意は分からないけど、友人を思う彼の事だわ。きっと出来るだけエルミスを巻き込みたくない形で事後処理したんだと思うのよ」
「彼らしいわねぇ…でもエルミスくんはその方がいいわ。騎士団もギルドも組織が大きすぎて、何処から情報が洩れるか分からないから…内緒の方が断然安全ね」
昨晩の出来事を全て聞いたセリーニの言葉に、リーラは憶測を交えながらも友人を思う第一王子の行動を良く知ったうえで言葉を返すと、学校長が第一王子らしいと納得の頷きを一つした。そしてこの場に居る三人は、第一王子が改めて頭がキレる存在である事を今一度理解する。
「さて…大事なお話はおしまい。セリーニさん、お付き合いありがとうね」
「いえ、こちらも貴重なお時間を取ってしまいました」
「送っていくわ。では、学校長失礼します」
ソファから立ち上がった二人に学校長も立ち上がって二人を見送る。重厚なドアを閉めて長い廊下を歩くセリーニとリーラ以外の人は見当たらないが、校舎の向こう側には教室で部活動に励む者がいるのがちらほらと見える。こつん、こつんと靴音を鳴らして歩く二人に、リーラの声が割って入った。
「エルミスと仲良くして頂戴ね」
「…はい!」
「あの子、貴女に助けられたって言ってたから…私たちも全力でサポートはしていくつもりだけど、やっぱりどうしても側にいてやれない時間があるの。だから、その時間だけでも貴女が守ってくれるかしら?」
「もちろんです。必ずお守りします」
「ありがとう。ふふ、あなた、昔の私にそっくりね」
男より強いとチャチな男は寄ってこないのよ、と冗談半分本気半分を交えつつリーラが笑いながらセリーニに語ると、"そうなんですか!?"と廊下を響かせるほどの驚く声を上げるセリーニに、リーラはたまらず廊下をリサイタルにするほどの大声で笑った。
次でchapter3はラストです。19時投稿が意外といけそうなのでしばらく19時をめどに上げていきたいと思っていますが、もし更新されていなかったら21時には確実に上がるのでよろしくお願いします。
アイスボーンやりたい:)