Chapter23-7
ピザを平らげて残った紙を綺麗に畳み、紙袋の中へと戻して片付けたエルミスは、朝にラグダーキで買っていたジンジャークッキーの袋を端から引き寄せて祖父の方に寄せれば、かさかさと紙袋の音を軽く立ててクッキーを一枚摘まんで口に放り込む。生姜の爽やかな味がふんわり漂う軽やかな味とは裏腹に、話の続きはまだ重さを保っていた。
「扱いに困ったのは教師だけではない。周りの生徒もまた、あまりの秀才の為に近寄りがたかったようじゃ」
「……じゃあ、つまり、あの生徒数の多い魔法学校で独りだったのか…?」
「うむ」
嫌でも友達の一人や二人出来てしまうと言われる魔法学校で独り。それでは学業に続く"集団生活"が出来ない。"学校全体"が秀才を持て余してしまっている状況で、教員も、当時の学校長も頭を抱えていただろう。
「……だれか友達にならなかったのかよ」
「なったんじゃよ。ワシに相談してきよったモンがな」
「!?爺さんに……?」
「学校長、お客様が先ほどお見えに……」
校舎全てを回り、これから学校長室へと戻ろうとしていた学校長の元に、事務員の一人が走ってやって来ると、少々慌てた様子で来客を伝える事務員に対し、学校長が該当する一人を思い浮かべる。
「"勝手に邪魔する"って言わなかった?」
「仰っていました……」
「ふふ、そう。貴方まだ事務員として入って一年目だったわね。今度から"あの人"が来た時は、相手にしなくて良いわよ」
"しかしそれではあまりにも、"―――と、狼狽える新人事務員に対して学校長は片手をひらひらと動かし、"いいのいいの、"と軽く笑って階段を登っていく。
途中すれ違う教員と予定等を手短に語り、生徒には笑顔で挨拶を交わして己が作業すべき部屋にたどり着いた学校長は、手慣れた手つきでドアを開けると、"来客"は既にソファでゆったりと寛ぎながら、ローテーブルに様々な菓子を並べていた。
「もう始めておるぞ、サーラサ」
「アスピス、いい加減私の可愛い職員たちを困らせるのはやめて頂戴な」
「はっはっは、見た事のない新入りはついつい気になってしまう。"昔からの癖"だ」
簡易厨房で珈琲も居れたのか、既に二人分のティーセットが菓子を挟んで並んでおり、空いているソファに座った学校長―――"サーラサ"は、丁寧にロングスカートを手で押さえてソファに座る。
目の前で菓子を選別する"アスピス"と呼ばれた老人は、庶民に近い貴族衣装を身に纏いながらも気品は溢れており、小さな丸い眼鏡越しから学校長を見ると、そのまま包装紙に包まれた菓子を渡す。
「随分としょんぼりしているじゃないか」
「……貴方だけよ、そうやって人の顔を事細かく見過ぎるのは。"公務を放り出して"どうしたのよ"元国王様"?」
「今はただのアスピス。そしてお前の"初めての友達"、そして今日は初めて友達となった記念日だ」
そう言った"元国王"―――アスピスは、右中指に嵌めた指輪を光らせて宙に文字を走らせると、空間魔法によって仕舞われていた小さな花束を取り出してサーラサに渡せば、自ら持ってきた菓子の包装紙を開けて食べ始める。
「毎年律儀ね、有難う」
「それで、なにをしょんぼりしとった」
「フラれたのよ、貴方の幼馴染のお孫さんに」
「おぉ!カルキスの孫か!カルキスも、子供のレオンも、孫のエルミスも、口を開けば"鍛冶学がないから~"だ。シゼラスだけじゃない、他の鍛冶屋も口を揃えて魔法学校には鍛冶学がないから入らないと言う。いっそのこと作ったらどうだ?」
ロドニーティスの血縁三人を真似るアスピスに、サーラサは"それ似てるの?"と眉を顰めながら首を傾げつつ受け取った花束を花瓶に生ける為再び立ち上がる。色とりどりの花に目尻を緩めながら瓶に水を入れて、花束を束ねていた包装紙を丁寧に取り花瓶に生けると、せめて長く持つようにと杖を懐から取り出し花に魔法を掛ける。
「鍛冶学に関しては第四大陸のイガンダス国には負けちゃうもの。需要と供給は疎らの方がいいわ」
「それは言えている。ではもうちぃと良い誘い文句を考えとかんとな」
かさかさ、包装紙を破る音とぽりぽりと焼き菓子を噛む音が、壁一つ挟んだ生徒達のはしゃぐ声と混ざる。花瓶を持ってローテーブルに置いたサーラサは、華やかな色達を見つつ、"それが出来るならばとっくに考えている"と考えを浮かべて隅に追いやった。
「……アスピス、そう言えば今まで聞いた事なかったけれど、なんで"声を掛けた"の?」
「なんでって、"友達になりたかったから"に決まっておるだろ」
「クラスも違っていて、尚且つとっつきにくかった私に?」
「出会い頭にビンタされんだけマシ」
出会い頭にビンタ、それはアステラス王国で知らない者はいない有名な"前国王夫婦の出会いの場面"だ。孫の世代まで語り継がれているそのビンタは入学式に発生しており、サーラサも遠目ながら目撃している。
友達という友達が幼い頃から殆ど居なかったサーラサは、"勉学さえ出来ればいい"という思考だった。学校生活を卒なくこなし、とりあえず卒業をすればよいと思っていた。
なんとも、なんの取り留めのない、ただの学校生活。そこに出くわしたのが、
「"俺に勉強を教えてくれ!"―――なんて、普通に今考えても、王族の人間が頼む頼み方じゃないわ。今の貴方もそう。偶にはマナー教室でも通ったらどう?」
「マナーはフォークとナイフ、服装と挨拶ぐらいで充分だ。あとはレディーファーストさえ覚えておいたら世渡りできる」
「そのレディとの接し方が今でも身についていないって言っているのよ」
ぽんぽんと会話を交わしていきながらも、互いに忙しい身、こういった会話が楽しいと互いに理解しているのだ。珈琲を飲みながら一息ついたサーラサにアスピスはくしゃくしゃと笑いながら菓子を選別する為に視線をローテーブルへと向ける。
「だがサーラサ、お前はちゃんと私に勉強を丁寧に教えたじゃないか。そして教えるという才を見出し、皆に勉学を教えるまでに至り、そして教師の道を目指した」
焼き菓子を選ぶ視線は、カップをソーサーに置いたサーラサへと向けられる。その真っ直ぐな視線に気付いたサーラサは、不覚ながらにも全てを見定めてきた元国王の視線に背筋を正してしまう。学生の頃と変わらず不敵な笑みだけは健在だと、どこか懐かしみながらソーサーをテーブルの上に置き、肩を竦めて軽く視線を誤魔化す。
「でもそれじゃあ理由になってないわ。なんで友達になろうと思ったの」
「お前がつまらん顔して学校生活を送っておったからに決まっておるだろ」
「――――――貴方が声を掛けるまでは、中間報告の生活態度は最高ランクSSよ?」
「そんなもん全くアテにならん」
アスピスの言葉にサーラサは思わず言葉を詰まらせる。"卒なくこなしていた"だけであって、決して楽しいとは思っていなかった。だがやはり、それを見せることなく学校生活を送る事で、教師に要らぬ迷惑を掛けないようにと過ごしていたのだ。それを、"つまらん顔"と言い切りながら菓子を頬張る友人になんとか言葉を吐き出したが、手で掃うように軽くあしらう仕草をしてアスピスは言葉を返す。
「せっかくの四年間、どう過ごすかは個人の自由だとは思っているが……一人より二人の方が楽しいだろう。"他人を理解するには、まず話しかける事から始めろ"と、カルキスは言っておった」
「……」
「他人の評価と、実際に喋ってからの評価っていうのは大きく変わる。お前は才女と呼ばれていたが、人と接するのは総合義務の生徒以下。つまり生まれたてのヒヨコちゃんだった」
本来教師が"ヒヨコちゃん"を見抜かなければならないが、生活態度の項目に最高ランクSS書き込んだ。つまりそれは、サーラサが本当に卒なく学校生活を熟した結果であり、"全くサーラサを理解していなかった"結果だった。
"そう言った教師を生み出さない為に、お前は教師を目指したんじゃないのか、サーラサ"―――そう言ったアスピスの瞳は、サーラサの心の内を読んでいるかのようだった。
当たっている。もしかすれば、アスピスと出会わなければ永遠にただの才女として終わっていただろう。そして、人付き合いを苦手としていただろう。なにより、学校を楽しいものだと思わなかっただろう。
「お前は教師になり、そして学校長となってから実によくやっている。賢すぎてとっつきにくい者も、奇抜な趣向をもっていて近寄りがたい者も、全員"才を伸ばし"て魔法学校を卒業していった。お前が"学校とは楽しいものであり、教師と生徒の成長の場"だと考えを変えたからだ」
「……給料でも上げてくれるのかしら?」
「会議にでも出しておく。……お前がもし、唯の才女として卒業したら、きっと今この魔法学校は、"唯難しいだけの魔法学校"となっていただろう。教師の質が良いと評判は来ておる。――――これからも励んでくれ。大親友」
ソファから立ち上がってひらりと手を振りながら学校長室から出ていく親友の背中に"言われなくてもそのつもりです"と、親友は返した。
まるおともふこかわいすぎんよ……こんばんは!!
今日は無茶苦茶いい天気だったので、まず鳥さんたちを日光浴させつつ優雅に朝食。パンと昨日作ったティラミスケーキと麦茶。そして流れるせやねん。うーん、おしゃんてぃ。
今日の小説の区切る箇所長くない?って?そんなんいつもの事やないですか!!本当は私も「ちょっと長いかな~」って今思ってたんですけど、「まっ、いっか!今更よ今更!」と、いつもの感じで載せちゃいます。