Chapter23-2
季節が寒さを伝え始めた。
エルミスは寝巻から長袖のシャツに腕を通してツナギをいつものように着た後、作業ベルトを装着して二階から一階に降りる。いつもであれば今日当番である母親が食事を作っている時間帯なのだが、キッチンに立っていたのは父親だった。
「はよー…あれ、父さんの朝食当番って明日だよな?」
「おはようエルミス。そうだけど、今日はお母さんがびっくり風邪の症状が出てるから、お部屋に引きこもり」
「げっ、そうなのか……」
「昨日はエルミス帰ってくるの遅かったから、お母さんと会わなくてラッキーだったね」
そう言いながら適度に焼けたスクランブルエッグをトーストの上に乗せた父親に、エルミスがすかさずケチャップを掛けて皿ごと持っていく。冷蔵庫から野菜ジュースの紙パックを取り出してテーブルに置き、グラスを二つ用意して父親の席に一つ置くと、用意したグラス二つに並々野菜ジュースを注ぎ入れる。
同じようにスクランブルエッグトーストを作り終えた父親が椅子に座り終わると、互いに手を合わせていただきますの音頭をとり食べ始める。暖かな湯気を燻らせる卵の焼けた匂いとケチャップの酸味が、食べる前から"うまい"と伝えていた。
「オレ暫く工房で寝泊まりする」
「それがいいかもね。エルミスはお母さんと一緒でびっくり風邪に掛かる魔力量だから……、今年は移らないといいね?」
「びっくり風邪になると道具作れねぇ時間が出てくるからなぁ……父さんは今日一日母さん見る感じか?」
さくり、とこんがり焼けたトーストとスクランブルエッグの香ばしさと卵の味、そしてケチャップの酸味と甘みが口の中で混ざる。ごくりと飲み込み野菜ジュースで咥内をリセットすれば、もう一口齧って頬張るエルミスの言葉に、父親は一つ頷いた。
「一日目はどうしてもしんどそうだからね。熱もあるようだし、病院に連れて行くから、今日のお店はおじいちゃんが当番してくれるって。もうお店に行ってお喋りしてると思う」
「ん、りょーかい」
朝食は二人分しか用意していなかったので、てっきり祖父はまだ眠っているものかと思っていたが、どうやら違う様だ。既に店に行っていると聞いて、相変わらず早起きだなとエルミスは考えつつトーストを全て食べ終えると、グラスに残っていた野菜ジュースを呷って飲み干した。ぱちんと手を合わせて食器をシンクに運び洗い物をしている途中で、父親が食べていたトーストを置き階段を登っていく。
母親が呼んでいるのだろか、そう考えつつ洗い終えた食器を水切りに置いたところで再び父親が降りてきた。手に持っているのは二枚の書類らしきもので。それをエルミスの方に差し出す父親に、エルミスはタオルで手の水気を拭い受け取る。
「昨日作った小テスト、持って行ってほしいって」
「ん、分かった」
昨日の夜に用意していたであろう小テストは、本来ならば母親が生徒を見ながらする予定だったのだろう。決して無駄にはしない母親の意地をどことなくこの二枚の小テストに感じ取ったエルミスは、コピーをして用意する教師の事も考えて朝一に持っていくことを決めたのだった。
平日の魔法学校の登校時間は随分と賑やかだ。寮から出てくる生徒も居れば、王都出身の生徒も多く門を潜る。見回りの教員に軽く挨拶をしながら来客用の玄関に行くと、事務員がすぐに"学校長室に案内します"とエルミスに声を掛けた。
一度だけ行った事のある学校長室だが、その時は魔法学校が長期休暇だった為静かだった。そろそろ授業が始まるのか、廊下を歩く複数の足跡と話し声がエルミスの鼓膜を震わせている。
(流石に生徒の人数が多いと、すげー賑やかだな……)
どんな話をしているかは分からない、けれど笑い声などが聞こえる学び舎は良い学び舎だと母親が言っていた事を思い出す。
やがて学校長室の前に足を止めると、事務員が数回ノックをする。奥から聞こえる久しい声にエルミスはほんの少し背筋を伸ばすと、事務員がドアを開けてエルミスを中へと案内すれば、にこりと笑っている学校長に向かってエルミスは大きな声で挨拶をする為に、肺に適度な酸素を取り入れて声に出す。
「おはようございます!」
「おはようエルミス君。お久しぶりね、……あら、その紙は?」
「母さんから受け取った小テストなんですけど……もしかして学校長に通さないといけないとかあるんですか…?」
小テストと学校長を交互に見るエルミスに学校長は小さく笑って"小テストを先生たちに届けてあげてください"と事務員に言えば、学校長と同じように笑っている事務員も大きく頷いてエルミスから小テストを預かると、学校長室のドアを閉めて職員室へと向かっていった。
「丁度良かったわ。本当はあなたのお母さん経由で渡してもらおうと思っていたのだけれど……あぁ、そこ座って頂戴」
「は、はい」
相変わらず緊張する、とエルミスは考えつつ、ソファに視線を送った学校長の指示に従ってソファに歩き進めると、ゆっくりソファに座る。沈んでいく腰に"相変わらず座り心地が良すぎる"と思っていると、向かい側に座った学校長がローテーブルに小さな箱を置いた。
エルミスはその箱の中にある硝子玉に思わず"あっ、"と声を上げると、視線を上げて学校長を見た。
「第一王子から頼まれていたから、私と、信頼する者一人が調べておいたわ」
「何かわかりましたか……?」
エルミスの質問に対して学校長は目を伏せ小さく首を横に振る。やっぱり鍵を開けるのは難しいのか、とエルミスはどこか納得したように一瞬硝子玉の方に視線を向ければ、赤い灯火が小さく揺らめいた。
「ただ分かった事は、これは本当にシゼラスが作った物だという事と、決して悪い道具ではないという事」
必ずしもシぜラスが作ったからと言って、それが"魔法道具"である事に変わりはなく、"魔法道具"であるならば"人に対して安全である確証はない"のだ。人を護るのも傷つけるのも"道具"、ならば安全の保障を確かめるのが第一。
悪い道具ではない、という言葉にエルミスは納得の表情を浮かべた後、学校長は話を続けた。
「鍵は誓約魔法によって掛けられています。誓約は……推測するに、特定の条件を満たせば開く様になっているはずです」
「……誓約魔法。三層になっていて、そのうちの一層のみしかスキャニング出来ませんでした、残りの二層の誓約魔法はそれぞれ違う条件ですか?」
真剣な表情で質問をするエルミスに、学校長は縦に首を振った後、小さな箱を手に取ってエルミスへと差し出した。大切に受け取りストッカーポーチへと仕舞うと、タイミングよくチャイムの音が響き渡る。
「ところでエルミス君、魔法学校に入る気は……相変わらずないのかしら?」
「お気持ちは嬉しいんですけど……やっぱり店で道具作ってる方が合ってます」
話を変えた学校長はエルミスに入学の話を持ち掛ける。"相変わらず"というのは、母親に"学校長からお誘いが度々ある"と夕食時に聞いており、その度に入る気は無いと伝えているエルミスの間接的なお断りにもめげない学校長の言葉だ。
「残念ねぇ……じゃあせめて、私に貴方の実力を見せて欲しいの、それはいいでしょう?」
「む……それなら、まぁ」
いいか、とエルミスは心の中で唱えると、ソファから立ち上がった学校長と同じように立ち上がり、二人で学校長室を後にした。
dashカレー見るとカレー食べたくなる罠なんやけどわいだけですか?こんばんは!!!
このあと鳥さんの小屋を掃除します。毎日糞受けとごはんとおみず入れは洗ってますが、月一で金網とかも丸洗いする日を設けているので、月初めは毎回鳥さんを放鳥させて丸洗いしています。
よーしがんばるぞー!