Chapter23 人生という勉学
ほんの少し暖かな気候から、肌を撫でる風が冷たいと感じる季節へと変化してきた頃、校舎へと入っていく生徒を見守っている人物が居る一室にノック音が響き渡る。部屋の主が声を掛けると、事務員と共に初老の男性が一人入ってきた。
「おはようございます学校長」
「おはようございますヒオニ研究長。わざわざこちらに来てもらって申し訳ないわね。ありがとう、座って」
"ヒオニ研究長"と呼ばれた男性は一礼して案内されたソファに座ると、手に持っていた鞄を膝の上に乗せ、その鞄の中から小さな透明の箱を取り出すと、ローテーブルの上に置く。コトリ、と小さな音を立てて置かれた透明の箱には、仄かな赤い灯火が揺らめく硝子玉だ。箱の中で動かない様に、布の台座で固定されている硝子玉に視線を向けた学校長は、そのまま揺らめく灯火を見つめる。
「考古魔法学の研究長である貴方であれば、なにか分かるかと思って託しましたが、……どうでしたか?」
「――結論から言わせてもらいます、殆ど学校長と同じ結論です」
「"分からず"、ですか……」
二人して硝子玉に視線を集中させる。
第一王子から「千年前の魔法道具を、シゼラスから預かった物を今の子孫に返してやってほしい、という伝言の元、魂下ろしの一族から受け取りました。情報が読み取れない様鍵が掛けられている為、……出来る限りで良いです、この道具に関してなにか分かる事があれば、その時は元の持ち主であるシゼラスの子孫……エルミスに伝えていただけませんか」――と、渡された物がこの"千年前の魔法道具"だ。
仄かに温かみを帯びる淡い灯火は、一見火のギアが搭載されているランプの元祖かと思う程の小さな道具だが、ランプの元祖にしては"機密"が過ぎる。
ヒオニは鞄の中から数枚束になった書類を出して机の上に置くと、書類を取った学校長が老眼鏡越しに文字の羅列を追う。
「シゼラスの物であると言うのは間違いないのね?」
「はい、昔から使われているシゼラスの刻印が……消えかかっていましたが微かに残っています。千年前の魔法道具の技術は、今の現代技術と神代技術の融合であり、最後の神代技術時代です。その二つの組み合わせによって作られた……謂わば消えてしまった技術による道具です」
刻印を確認するために箱を持ち上げ、手を動かしながら硝子玉に視線を這わせていくと、ほんの小さな傷跡を確認できた。ルーペで確認すれば消えかかっている刻印が見えるのだろう其れに納得の頷きを小さくした学校長は箱を机に戻して書類に再び目を通し始める。
「この魔法道具が誓約によって鍵が掛けられている事は分かっていますが、やはりどのような誓約によって鍵をされているかまでは……」
「分かりませんでした。ただ、少し気になる事があります」
一通り目を通し終えた書類を火属性の初級魔法で燃やした学校長は、ヒオニの"気になる事"と言う言葉に視線を合わせる。
「気になる事?」
「はい。所持していた"魂下ろしの一族が、なぜ預かっていたか"、という事です」
「……!預からなければいけない理由が、この道具にあった……」
その言葉に学校長も少し目を見開いた後、ほんの少し眉間に皺を寄せて思案気な表情を浮かべる。
今の時代の道具技術は"現代技術"と呼ばれる手方だ。日々進化を遂げてはいるが、根本的に"神代文字や技術"を使わない手方として"現代技術"と名前が付いている。神代技術と現代技術が混ざり始めたのが千年前、そこから神代技術は全て消えてしまっている。
揺らめく灯火。これが一体何なのか、なぜ念入りに誓約の鍵が掛けられているのか、二人と又聞きしている事務員一人が小さくため息を吐きながら考えていると、授業開始十五分前のベルが鳴り始めた。
「ただ、決して呪いの類ではない事は確かです。そこは一番最初に調べておきました」
「それだけでも充分だわ、ありがとうヒオニ研究長。また春の出張授業の時はよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、初めて見る千年前の魔法道具を調べさせていただきまして有難うございます学校長。では、また春に」
お互い立ち上がって礼をした後ドア前まで見送りをする学校長にヒオニはもう一礼したあと事務員と共に去っていく。ローテーブルに置かれている箱を手に持ち、いつも座って作業している机に置いた後、椅子に座って家庭用通信機よりも一回り小さな通信機を操作する。
「―――、……あれ、おかしいわねぇ…」
通信機の魔力ホログラムに出ている名前は"ロドニーティス"だ。普段であれば五秒、遅くても十秒で職員室にいるロドニーティス教員に繋がるはずなのだが、今日は随分と遅い。
だが通信は切れることなく繋がった。肝心のロドニーティス教員の姿ではなく、一年主任の男性教員の姿が映っている。
「あら、ロドニーティス先生は?」
〈お休みを取られました。どうやらびっくり風邪の様で……今日びっくり風邪で休みを取った生徒のくしゃみに直撃していた様です〉
「あらまぁ……、昨日のロドニーティス先生の魔力量が少ないわねぇって思っていたけれど…そろそろそんな時期ね。びっくり風邪の傾向が出始めてる生徒を見かけたら、一度簡易検査に掛けて頂戴な」
〈分かりました〉
魔性ウイルスの類であるびっくり風邪、正式名称"魔力量減少風邪"―――魔力減少から始まり、風邪の症状であるくしゃみで周囲に魔性ウイルスを撒き散らすという厄介な症状だ。基本的に魔力量の多い人間には効果のない魔性ウイルスだが、最大値の数値が一定以下の人間には掛かりやすい。
箱の中で淡く輝く硝子玉に視線を向けながら、"暫く預かっておきましょう"と考えていると、校舎の中に入ってきた人物の魔力に気が付き、閉じかけた通信画面に視線を戻す。
「今から来る"ロドニーティス先生のお子さん"をこちらに案内して」
おひさしぶりですみなさん!!こんばんは!!
いやー~~~めちょ休みました。休んでる間に世間はとんでもない事になっていますが、的確な情報を得て対処してくださいね。
小話を二個、つくりましたが、肝心の次のデカい話までまだとりかかっていません。もしかしたらまたストック作りの為にお休みをいただくかもしれません。予告はしっかりしますので、それを目安におねがいします~!
卵チャーハンうまそうやな…。