Chapter21-6
激動の時間による疲れか、レヴァンは寄り道することなく真っ直ぐ家に帰り玄関を開けると、姉の履いているブーツと祖母の靴があった。風呂へと続く洗面脱衣所の扉が閉まっているので、姉が入浴しているのだろうと推測しながら祖母が居るであろう部屋へと向かい挨拶をすれば、笑顔を向ける祖母に釣られて笑顔を向けるレヴァン。
祖母の質問に身振り手振りを加えて答えていたレヴァンに、入浴を済ませて私服に着替えた姉が何かを持ってきた。
「はい、レヴァン。これ」
「……?……!!」
愛らしいながらもシンプルな便箋を渡されたレヴァンは、一体なんだろうと裏を見れば、右端に書かれた"レヴァンくんへ"の文字。姉の文字ではないそれは、なんども勉学を教えてくれた姉の大切な友人の筆跡だと分かると、祖母に一言謝りを入れて部屋を出る。
「レヴァンは一体どうしたんだい?」
「思わぬ手紙にびっくりした様です。おばあちゃん、そろそろオードブルの仕込みでもしましょうか」
「そうだね、そろそろ……よいしょ。セリーニ、何食べたい?」
「んー……久々におばあちゃんのトマト煮込みが食べたいです」
レヴァンの顔色が真剣になった様子を見た祖母の言葉に、セリーニはフォローを入れてレヴァンを一人にさせようと気を使えば、上手く祖母はセリーニの言葉に引っ張られて話題をレヴァンから食事の話へと切り替える。
その会話を背に聞きながらレヴァンは自室へと続く階段を登って便箋の糊を丁寧に剥がすと、自室のドアを開けベッドへと身体を横たえながら手紙を取り出した。
「……うそだろ、いつのまにこんな手紙用意したんだよネリアさん…」
"レヴァンくんへ"
綺麗な字が並んでいた、それが第一印象だ。
"レヴァンくんがこれを読んでいるという事は、きっとセリーニに渡してもらったのかな?"
「あたってる……」
"初めて会った時は、セリーニのお家に遊びに来た時だったね。あの時は、セリーニと一緒で大きい子だなぁっていうのが第一印象でした。"
そう、初めてネリアと出会った日は、学校帰りの姉の友達がやってきた、という認識だった。祖父の修業へと出掛けた後、そのまま帰ってくるときは大抵祖父と姉のペアなのだが、そこに見知らぬ女の子がくっ付いていたのだ。
背丈の関係上見下ろす形になったレヴァンと、見上げる形となったネリア。セリーニの紹介によって互いの名前が判明する。
"勉強が苦手だって聞いて初めて勉強を教えた時、「あ、この子は勉強が出来ないんじゃなくて、しなかっただけだな」って見抜いてました。理由は聞かなかったけど、サボったのかな?"
「そうそう、勉強なんておもしろくねーからサボってたんです……」
手紙の一つ一つに相槌を打ちながら昔の事を掻い摘んで思い出す。
勉強は苦手だった。面白くない。唯一面白い実験のみ。それ以外はほぼ全てサボり気味だった。けれどネリアは勉強が苦手な理由を聞かず、レヴァンがやれば出来る事を見抜いていたのだ。人が言いにくい事を決して深追いすることなく、真剣に向き合って分かりやすく勉強を教えてくれたネリア。
"セリーニがね、「レヴァンは勉強が出来ないからギルドに行くって言うんですよ?」って言ってたから、この手紙に書いておきます。レヴァンくんはギルドより研究員の道に才能があると思います。"
「まじ!?なんで、」
"理由を聞きたいかと思うので書いておくね?まぁ半分ぐらいは、私の勘。でもレヴァンくんはやろうと思えば諦めずに勉強も頑張ったよね。私が教えた勉強は、丁寧に教えたつもりだけどスピードは速いです。ついてくるレヴァンくんは相当頭の回転もいいし、一度火がついたら必死に食らい付いてくるところが研究員に向いています。ギルドを目指すというのなら止めないけど、私はレヴァンくんが一生懸命実験する姿を見るのが好きでした。"
「―――!!」
これはあくまで実験する姿、という限定された意味合いの"好き"だろう。だがその言葉はとてつもなくレヴァンの心に刺さった。
姉からネリアの死を伝えられた時は、"姉の大切な友人が死んだ"という認識だった。姉と共に遊び、時には勉学を教えてもらい、そして時に自分の話に相槌を打ちながら聞いていた年上の女性。遠くの様で身近にいたその女性の死を受け入れたのは葬儀の時だ。
多くの涙が零れ落ちる場で一切の涙を見せることなく見送る姉に、自分も涙を見せまいと爪を食い込ませる程拳を握って耐えながら、魂の痛みを取り払う安らぎの儀を見送る。痛かっただろうから、せめて安らぎの儀で痛みが無くなればいいな、と考えながら葬儀が終わった帰り、いつも姉の隣に居たはずの人物が居ないという違和感に心が澱んだ。
ネリアと出会ってから、殆ど彼女共に過ごし、歩んできた二人の背中を見ていたレヴァンには、それがとてつもなく"寂しい"と感じる瞬間だった。
心がぼんやりとする。手に力を入れようとするも、力の入れ方を忘れたかのように関節が軋む。このまままたぼんやりとした生活を送るのか――――、そう考えながら一日を過ごした後、姉が正式的にギルドへと入隊した。
『ねーちゃん、なんでギルドに入ったんだ?』
『困っている人の力になりたい、という理由では不満ですか?』
『……研究員とかじゃダメだったのか?』
正式にギルドへと入隊した朝、真新しい隊服に身を包んで朝食を取る姉に質問した事があった。確かに困っている人の力にはなれる。でもそれならば態々専門学校を中退せずとも、卒業してからでも充分間に合う。なにより姉は賢い。研究員として頭を使った仕事でも人を救えるはずだ、レヴァンはそう考えて質問を更に続けると、姉の笑顔が返ってきた。
『この格好を、ネリアが楽しみにしていましたからね』
『……』
姉は、もう居ない友人の為にギルド隊服に袖を通した。どんな会話をしたのかは常一緒には居なかった弟の自分には分からない。だが姉の笑顔は何よりも物語っていた、"一番やりたいこと"であるという事を。
姉は前に進んでいる。自分はこのままでも良いのか、そう思った。面倒でやらなくなった勉学を一生懸命やったのも、姉の友人の教え方がとても良かったからだ。
だが教えた方良かったから進んでやろうとしていたのか。答えは、
『――――いや、ちがうな』
姉に負けじと色んな話をした。勉強の事、クラスの友人の事、家での姉の事、自分の事。そして必ず笑顔が返ってくる。勉強が上手く出来たら褒めて笑い、クラスの笑い話に笑い声を上げながら笑い、家で姉がやってしまった珍しいドジを告げ口すれば唇に人差し指を当てながら内緒にすると言いつつ笑顔を向ける。
あの笑顔が好きだった。もうあの笑顔が見れない、姉とはまた違う安らぎを与えてくれるあの人がもう居ない。
『あーあ、遅いんだよおれ。もう居ないときに気付くとかよ……』
"もし研究員を目指すなら、レヴァンくんはやれば出来る子だから、勉強をいっぱい頑張って、立派な研究員になってほしいです。そして私を超える様な頭脳になって、世界で活躍してほしいです。でも煮詰まりすぎたら、ちゃんと休憩してね。レヴァンくんは頑張りすぎてオーバーヒートすることがあるから"
「げげ、エルミスと同じ事言ってる……!もしかして天才はサボるのも大事か……?」
中毒症状を引き起こす薬を解明する時にエルミスから言われた言葉を思い出したレヴァンは、ネリアが綴った言葉に休憩も大事だという事を改めて心に刻みながら便箋を捲って二枚目へと目を通す。
二枚目は半分ほど文字が綴られていた。一枚目と同じような事かと思っていたが、どうやら流石は姉の友人らしく姉の事が書かれていた。
"私が居なくなっても、姉弟二人で支え合って頑張ってね。セリーニはきっとギルドに行くと思うし、強いから中央に行くかもしれない。もし行くことになったら、連絡とり合って気に掛けてあげてね。セリーニも喜ぶと思う。"
「ねーちゃんが中央に行くことまで予想してたのかよ……すげーな。ん……連絡は取り合ってるから安心してくれ」
"最後に、初めて出会った時、ちょっとカッコイイなって思いました。こういうのって、一目ぼれって言うのかな?なんてね。でももう少し一緒に居たら気持ちが分かったかもしれない、そこが悔しいところです。勉強も遊びも休憩も、一生懸命頑張ってください。ネリアより"
「…………まじかー、まじかー……」
便箋に綴られた文字を往復して何度も読み返す。まさか自分と同じような感情を持ちかけていただなんて、初めて知った。頬が熱い。レヴァンは便箋を封筒に仕舞って勉強机の大切な物入れとなっている引き出しに仕舞うと、祖母と姉の手伝いをするために自室を出たのだった。
ホワイトチョコレートってカカオ油とお砂糖で出来た糖と脂肪で出来ている…こんばんは!!
タイムラプスで手元動画を撮りながら絵を描くと、すごく「絵を描いてる」気分を味わえます。お試しあれ。もう試してる?デスヨネー。
明日は水曜日でおやすみです!明後日お会いしましょーう!