Chapter21-3
綺麗な部屋だ。整頓されていて、所々に女性特有の可愛らしいマスコットが飾られている部屋にエルミスは座っている。
『……え?』
なんでこんなところに居るんだ?という言葉は、ドアの開閉音によって遮られた。音の方へと振り向くと誰も居ない。再び元の姿勢へと戻った時、目の前に一人の少女が居た。
『……!?』
『あ……驚かせちゃった?ふふ、ごめんごめん……君、セリーニの大事な人だよね』
驚きの表情で見つめるエルミスに対し、少女は肩を軽く揺らして笑った後、緩く目尻を下げて微笑みながら語る。響く声、決して部屋の材質がそういったもので出来ているという訳ではなく、直接エルミスへと声が届いているからだろう。
こういう時、いつもは先祖らしき人物がいるはずなんだが……、とエルミスはきょろりと一通り部屋を見るがその気配も一切感じれない。
『あ、もしかして女の人探してる?』
『ん。いっつも喋れる状態は女の奴がいる時だけだからな……』
『そっか…、今ちょっとだけこの場所借りてるの。私がここに留まれるのは、君の中に残ってるセリーニの魔力分のみ』
少女は人差し指を出してトン、とエルミスの腹を軽く突く。己の魔力は回復してきていると感じながら、その分セリーニの魔力が減っていくのも同時に感じる。
先祖らしき人物から借りていると言った少女。どういった魔法なのかは分からないが、今目の前にある事実が全てだ。
『名前、聞いていい?』
『――エルミス』
『そう、エルミス。うん、綺麗な名前。エルミス、君に一つ、セリーニに伝言をお願いしたいんだけど……いい?』
『ん、いいぜ』
名を聞いた少女は二回ほど頷いてエルミスの名を呼ぶと、真っ直ぐに灰白色の目を見る。その濁り無い瞳と澄んだ表情、そして伝言というワードに、この少女が"セリーニの親友"だと直感が働いた。
『おばあちゃんの研究所、机の引き出しの裏に手紙があるから、読んでね』
『……それだけか?他に伝えたいことがあるなら言うぜ?』
『大丈夫、手紙に全部書いてあるから……。もう時間もないし、後は君に』
『……オレ?』
時間が無い、そういう少女の身体は燃ゆる赤色の魔力が溢れ、天へと登っていく。空間も薄れていくその光景をエルミスは視界に捉えながら、少女の言葉を待った。
『私の分まで、セリーニと一緒に居てあげてほしい。出来れば、でいいよ』
『……』
『ふふ、呪いみたいな言葉だよね。でも私は、君だったらきっと、セリーニと一緒に居てくれると思ったんだ。だから、出来ればでいいよ』
『……いいぜ。"常連"とは死ぬまで付き合うのが鍛冶屋だ』
出来ればでいい、そう言った少女はどこまでも優しかった。きっとその優しさにセリーニも触れたのだろう。その優しさをしっかり受け止めたエルミスは、相手がその心配をしないようにと最も分かりやすい言葉で返した。
エルミスの返答に一瞬目を見開いた少女は、改めて笑顔を見せる。もう言葉を発する事は無いのか、軽く手を振って見送りをすると同時に、急激な目覚めの予兆がエルミスにやって来た。
瞼に薄らと映る血潮。手の筋肉と瞼の筋肉をぴくりと動かせば、側に誰かが居る気配に瞼をゆるりと上げる。
まずエルミスの視界に飛び込んできたのは白い天井だ。次にカーテン、そして次に顔を覗き込むリーコス。ぼんやりと灰白色の瞳で状況を確認した後、"今のうちに"と腰に手を伸ばすが肝心なポーチが無い。
「なにを探している」
「ぽーち……めもちょう…セリーニにでんごん……」
「セリーニ隊員に伝言ならば通信機で送ろう。俺が送るから言葉として伝言を言うといい」
エルミスがポーチを探す仕草をしている事はリーコスにとって分かりきっていた事だが、何を必要としているかまでは分からなかった。質問をすればメモ帳と呟くエルミスに、リーコスは机の上に置いた作業ベルトに手を伸ばそうとした時、セリー二へと伝言がある事を耳に入れ腕を引っ込める。
未だぼんやりとしているエルミスを見ながらベッドに座り、通信機を操作しながらエルミスの伝言を送信する準備を完了すればエルミスの言葉を待つ。
「"おばあちゃんの研究所、机の引き出しの裏に手紙があるから、読んでね"。だと、」
「……送った。なんだそれは」
「でんごん、んんー……!!はー、良く寝た……街はどうなった?」
ぐぐ、と大きく伸びをしたエルミスは街の様子をリーコスへと聞く。自分が行った防魔法文字修復は即席と言えどほぼ完璧に直したはずだが、それはあくまで自分の評価でしかない。通信機に返事が来たのか、軽くやり取りをしているリーコスは通信機の操作を止めると、改めてエルミスの方へと視線を向ける。
「街を襲ってきた魔獣は全て退治、住民の中毒症状は配られていた空のストッカーと、途中研究員達が作った薬の投薬によって症状の軽減で済んだ。エルミスが直した防魔法文字は正常に機能しているよ」
「そか……よかった。後で権限返しに行かねぇと……」
「……ところでエルミス、」
「んー?……む、なんだ」
リーコスの報告に安堵の表情を浮かべたエルミスは、防魔法制御装置を操作するための権限を未だ保有している事を思い出し、ナノス代表に返しに行かねばと考えていると、リーコスが話題を変える言葉を発する。何気なく天井を見ていたエルミスは再びリーコスへと視線を向けると、ほんの少し怒っているような気配を感じた。
「研究員と看護師の報告を聞いた。……中毒症状になっていたそうだが?」
「……あー!そうそう、なってたんだよ!」
リーコスの言葉にエルミスは一瞬考えを巡らせ思い出す。
「いつなった」
「昨日の夜だな」
「……自分で対処したのか?」
「いや、対処しようとして全く身体が言う事聞かなかった。すげー苦しかったことまでは覚えてるんだが……気付いたら朝だった」
エルミスの言葉に隠し事をしている様な声色は何一つ現れていない。本当に気付いたら朝だったのだろう。意識が朦朧としている間に魔族が事に及んだのかと考えつつ、自分の手の届かない場所で大切な者が危機に陥ってしまった事への苛立ちが心の中で燻ぶる。
「でもま、生きてるから儲けた」
「……それもそうだが、」
「リーコス、妙な事考えんなよ。オレ自身なんとも思ってねぇんだしな」
上体を起こしたエルミスはリーコスの頭を乱暴に撫でつつ、腕に付いていた医療専用のブレスレットを外す。スロットには空になったストッカーが嵌っており、少ない魔力にも結びつく高精製マナが入ったストッカーが嵌っていたのだろうと推測した。身体の中に保有している魔力は三分の一ほど満たされている為、後は自然回復で何とかなるだろうとエルミスは考えつつベッドから降りて立ち上がる。
「……そういや、リーコスお前魔力薄いな」
リーコスの頭を撫でたり身体に触れる時、身体から発せられる魔力粒子が濃いのだが、随分と消耗していたのか煌めく光の粒子が少ないと気付いた。
机の上に置いてあった作業ベルトを装着しながらそう語ったエルミスに、未だベッドに座ったままのリーコスは"あぁ…"と小さく呟く。
「魔獣退治をね。光属性の魔法を多く使った」
「そうか、お疲れさん。ストッカー渡してやりたいが……ポーチの中全部使っちまった」
「構わないよ。もう新人研修も終了した、自然回復で何とかなる」
いつも作業ベルトを装着する時に鳴るストッカー同士が軽くぶつかる音が聞こえない。セリーニが魔力を提供したと言っていたので、本当に防魔法文字を制作する時は莫大な魔力が必要なのだとリーコスは考える。
コンコン。と小さなノック音が病室に響く。エルミスが軽く返事をすると、一人の看護師が中へと入ってきた。
「あ、お目覚めになりましたね」
「はい。マナ治療有難うございます」
「ふふ、元気そうで良かったです。清算等は必要ありませんので、退院の際は受付に病室番号を言ってください」
「分かりました」
魔法道具の回収と、目覚めるであろう予定時刻に様子を見に来たであろう看護師が笑顔でエルミスに退院の手順を説明すると、魔法道具を回収して病室を出ていく。
リーコスが立ち上がり、さて帰るか、とエルミスが言った時、リーコスの腕に付いている通信機が軽く輝きを帯びる。何かを受信したのだろう、エルミスにはさっぱり分からない他大陸の機械をリーコスが操作をして確認をしている。
「エルミス、セリーニ隊員が今日の夜、うちで食事を取らないかと言っている」
「リーコスも?」
「あぁ」
「じゃあ行く。父さん今日も職人と飯食いに行くだろうし、……セリーニん家のキッシュが美味かったからな。あそこは相当料理が美味い家だぜ」
エルミスが"リーコスも行くのか"という意味で質問をした理由は一つ、"あれだけ自分は無事"だと言っても、未だ己を責める様に機嫌が宜しくないリーコスの機嫌が少しでも回復出来るように傍に居る為だ。何かと幼い頃から、自分に危機が及ぶ場合、それがリーコスの知らない間に起こってしまった時は落ち込みようが凄かった。
露骨に不機嫌になり口数も少なくなっていた幼少期から、表情はそのままだが顔色が薄らと出る程度にまで成長はしている。他人が見ればほぼ分からないだろう幼馴染の表情を、エルミスはしっかりと見抜いているのだ。
"料理が美味い家"という謎評価を立てるエルミスに苦笑したリーコスの機嫌は少し浮上する。エルミスは幼馴染の心のケアに励みながら二人で病室を出たのだった。
仮装大会見るん久しぶりやな、こんばんは!
めちゃくちゃかわいいシオリが病弱ゴリラって言われてるんだけど、不覚にも笑ってしまった。それもうマジカルゴリラやん。かわいい。
ナノス編が終わったら一週間ほど休みがほちいと言っていましたが、二週間下さい。もっとほしいんや!二週間の間にストックを溜めておきたいです。溜めて、とりあえず二週間後に更新を続けながら、次のデカい話を進めていきたいです。