Chapter20-11
「一定以上の魔力消費以外、特に異常ありません」
「中毒症状にはなっていないと?」
「はい、魔族抗体が入っていました。そのお陰だと思います。眠っているのは集中力が切れた事による安心感と、一定数の魔力値から大幅に下がった事による回復手段として、身体が睡眠を求めた事による二つです。魔力を一定数値まで上げる為の高純精製マナを一本、用意します」
予め用意されていたのか、病院に着いて早々個室の病室へと案内されたリーコスは、ぐっすりと眠っているエルミスをベッドに下ろして作業ベルトを外し寝かせると、検査をする複数の研究員と看護師を二歩ほど離れた場所で見守る事数分。
検査結果を聞いたリーコスは、とんでもない単語が飛び出してきた事にエルミス自身を見た後、報告している一人の研究員へと視線を移動させた。
「待て、魔族抗体とは?」
「魔族が持つ抗体です。元々魔族には魔薬や、魔性ウイルスによって引き起こされる症状を無効化する抗体を持っています。一定の症状を取り入れ、抗体を作るのですが……中毒症状を引き起こす症状を取り入れて出来た抗体が、その少年の身体に入っています」
研究員の説明を聞いたリーコスは、エルミスが抗体を持つ理由が分からなかった。エルミスは魔族ではない、純人間だ。そのエルミスが、魔族の抗体をなぜ持っているのか――……一抹の不安が過る。
「……、……どうしたら身体に抗体が入る?」
「一応回し食いや回し飲みと言った、粘液接種……くしゃみや咳とかもです。もしかしたらナノスに在住している魔族からもらっているかもしれません」
「―――そうか。分かった」
そう言ったリーコスに"アンティ"と名が書かれた研究員カードを下げている研究員の女性は、内心ほっと胸を撫で下ろしつつ、高純精製マナの用意をするために看護師達と共に出て行こうと一礼をして病室のドアまで歩く。
「(かっ……かっこよすぎる……!!)」
「(アンティさんめちゃくちゃ喋ってたじゃないですか…!!)」
「(めちゃくちゃ緊張した!!あんな顔の整った人間いるの!?)」
完全にドアを閉めて暫く廊下を歩き進めた後、小言ながら一斉に沸く看護師と研究員達。きゃいきゃいとはしゃぐその光景を、休憩スペースでお茶を飲んでいた入院中の患者が、何事かと首を傾げていた。
静かになった病室で眠るエルミスを黙って見るリーコス。
「高純精製マナが必要なほど魔力を消費したのか……本当に、無茶をする」
魔力を持つ者、ある程度の魔力消費は"とても身体が疲れた"程度に留まる。だが一定値以上の魔力消費……言い換えればリミッターを越えてしまうと、身体は急激な睡眠に襲われてしまう。それは"魔力回復"に最も効率的であり、ストッカーのマナを魔力に変える為の力が殆ど無くなってしまっているという事だ。
そうならない為にストッカーのマナを使って魔力補充をするのだが、エルミスはマナが入ったストッカーを、全て防魔法文字修復に使ったのだろう。そしてリミッターを越え、殆ど己の魔力が無い状態でセリーニの魔力を使い、己の魔力へと変換させつつ修復したとリーコスは推測する。
高純精製マナは医療用として開発された魔力変換マナであり、通常売っていたり、エルミスたちが持っているストッカーに入っているマナよりも格段に"雑"が無い。他者の魔力を自分の魔力に変換するよりも、余程回復量が違う事はリーコスも知っている為、大人しく眠っているエルミスが目覚めるのも早いだろう。
高純精製マナを持ってくる前に、リーコスは確認したいことがあった。
(ナノスに在住している魔物が、エルミスと接触したとは思えない。――なら、浮かぶ顔は一つだ、)
無造作な前髪から覗く紅い目、黒に統一された衣装を身に包み、エルミスに危害は加えない――そう言った魔物の顔。
眠っているエルミスの首下に左手を差し入れて上体を起こし、腕で頭を支えながら右手をエルミスの左手へと持っていき握る。眠っているエルミスの表情は至極穏やかで、ずっと見ているとこちらまで眠気を誘われてしまうほどだ。まろい頬に己の頬を寄せたリーコスは、エルミスの身体に己の魔力を流す。
「身体は知っている、そう言うだろうエルミス。―――王族権限 」
普段相手の目を見て発動させる王族権限だが、眠っている相手を見ることは出来ない。代わりに己の魔力を対象者に流し、ある程度の魔力を注いだ時点で発動できるが、目を見て発動させる効率を考えればこちらは非効率だ。
眠っているエルミスの許可なく使ってしまった王族権限。"気付かれたら後で怒られる覚悟"を予めリーコスはすると同時に、エルミスの身体下に王族権限特有の魔法陣が現れた。
「 我、第一王子リーコス・フィーニクスが、汝エルミス・ロドニーティスに掛かる魔族の接触、情報閲覧権を施行、全て魔法文字にする事を追加する 」
呪文が完了すると同時に、エルミスの周りを走る一本の魔法文字。
本来であれば強制的に言葉として情報を開示する方が、何倍もの情報が得られるのだが、眠っている相手では魔法文字一本分の情報しか得られることが出来ない。エルミスではなく、流した己の魔力によって描き出される魔法文字を読むと、腕で支えていた頭を抱き抱える様に胸に寄せ、うなじに掛かる髪をそっと手で避ける。
「―――……」
"魔族による薬物解放、並びに免疫投下。首からの挿入"――魔法文字はそう書き記していた。
首筋に薄らと残る小さく丸い傷跡二つ。かさぶたとなっている其処を指でなぞると、あの魔族の魔力残滓がほんの僅かに残っていた。
「……今だけは礼を言おう」
不服だが、と心の中で呟きつつ、エルミスを再びベッドへと寝かせたところで看護師が入ってきた。
壁に凭れかかりながら専用器具を用意している看護師を見るリーコスは、ふとある事を思いだす。それは魔法学校の歴史書に載っているほど有名な事。
(あの二つの穴…吸血種か……?しかし、吸血種はとうの昔に絶滅したと習ったが……?)
吸血種は既に"絶滅した"――そう教科書に書いてあったのだ。数ある魔族の中で、吸血種が一番優秀であったと同時に、いつの間にか絶滅してしまったと伝えられている。もしあの魔族が吸血種であれば、闇属性の魔法を多用に熟せる事も頷ける。
(どのみち、ナノスでもエルミスと接触をしていた事に変わりはない……注意人物だな)
光属性の魔法を使うリーコスは、今一度あの魔族が危険である事を再認識しつつ、魔力を回復し始めたエルミスを見ながら静かに目覚めるのを待つのだった。
前回のあとがきで「えっ!?多いめって方言やったん!?」と初めて知った方、こんばんは!
さて、chapter20たいありでした。丁度明日お休みの日なのでキリが良くてよかったです。
木曜日、chapter21と共に21時にお会いしましょう~!