Chapter2-5
「西地区から移動用魔獣サムルクを使って、王都に被害を及ぼしている一頭のフレースヴェルグを光属性の魔法で退治する為に向かっていた時だ、」
「……」
産業地である西地区は特に重い荷物を長距離運ぶため、馬車よりも貨物移動用の魔獣で運ぶ産業も多く、西地区に大損害を及ぼしたフレースヴェルグを全て光魔法で一掃した後、リーコスは王都へと逃げた一頭を追う為に護衛二名を率いて、産業地で一番移動速度が速い優秀な魔獣サムルクを借り王都へと向かった。
馬を使うよりも、空を飛び速度も速い魔獣サムルクであれば、突風の様な風を発生させるフレースヴェルグへと近付くことが出来るという、貨物移動用として魔獣を飼いならすプロの目の判断だろう。
馬だと訳半日掛かる道のりを二時間という猛スピードを出したサムルクの背は、少しでも身体を逸らすと突き抜ける風に持っていかれてしまう。ベルトと手綱をしっかりと持ちサムルクの頭と首に身体をぴたりと付けて風を避けながら近づいてくる王都の上空をリーコスは凝視すると、とても小さな点が見えた。遠くから凝視して見える点であれば、それは間違いなく近付けば大きいものだと分かる。
手綱を持ったまま"あの空中にある点に進んでくれ"と、言葉が分かるサムルクに伝えながら最速であろうスピードに耐えつつ、空中だと関係のない関門の上を抜ける。小さな点だった物体は次第にシルエットがはっきりと分かるようになり、西地区で暴れまわっていた魔獣フレースヴェルグの一頭だと確認すれば、王宮へと頭を向けて大翼を動かしている最悪の事態も同時に把握する。
『 神言 』
リーコスは風に手を掬われない様、手綱をベルトに繋いで解けない様に括り付けながら鞘から魔法剣を抜く。光属性特有の金色に輝く魔法文字を描きながら魔力を乗せ、三本の黒い魔法文字を帯びているフレースヴェルグの姿をしっかり目で捉えた。
『 我が聖なる断罪の剣 神の名代として意思を唱えよ 』
魔力の乗った一本の輝く魔法文字がリーコスの身体を包み込む。パキン、と割れるストッカーは粒子となり強風に乗って消えた。空になったスロットに満タンのストッカーを差し込めばカチリと小さく音が鳴る。
『 悪しき呪いを絶ち向き 包む光は闇を葬る 』
二本目の魔法文字が完成する。くるりくるりと回る二本の魔法文字は次の魔法文字を待つかのように輝いている。
『 闇の力を纏う者よ 神の光を持って闇の楔を打ち砕く 』
三本目が完成した。リーコスの身体を軸にして回る魔法文字を最後の呪文と共に重ねて発動する手前まで用意するが、大翼を動かすフレースヴェルグに魔法が届く範囲まではまだ少し掛かる。
しっかりと目で捉えたまま近付き、あと少しと思ったその時、一筋の箒星がフレースヴェルグの身体へと吸い寄せられる様に飛んできた。
「…!?」
ぴたりと止まる大翼。高度がゆっくりとスローで落ちる光景がリーコスの目に飛び込んだ。
一体どこから?驚きを秘めたまま箒星の発生源を探ろうとするが、上空はるか上の為完全な発生源が分からない。次にリーコスの目に飛び込んできたのは、フレースヴェルグの上に現れた魔法陣だ。三本の黒い魔法文字が分解され吸い寄せられていくその光景に、光属性と"似た"魔法を使う者がいる事を知る。
だが決定的に似た魔法と断言するのは、リーコスが光属性を使う時の魔法陣ではないからだ。一体誰が、と考えている合間に分解され完全に魔法文字が無くなったフレースヴェルグは落ちた高度を上げて飛び去った。
時間が経過した魔法文字は無効となり、粒子になって消えていく。未だ驚きを隠せないリーコスは魔法剣を仕舞って、箒星…もとい妨害魔法が放たれた方角を計算してにサムルクを誘導させると、見えた場所は魔法電波塔だった。
「ここなら一番フレースヴェルグに近付けるが…、…ん?」
こつんこつん、と靴音を鳴らして魔法電波塔の屋上を歩きつつ魔法を使ったであろう人物を探すが既に居らず、地上を覗き見ても後片付けで忙しそうに動く国民で判断が出来なかった。
諦めて待機させていたサムルクを使い、王宮を護っているであろう騎士団とギルドに全て浄化出来たことを伝えようと背を向け歩き出した時、遠くの方で太陽に反射してきらりと輝くモノが落ちていることに気付く。
特別気になったためリーコスはサムルクに近付く途中落ちているモノを屈んで拾い上げると、魔法学校の校章が書かれているプレートだった。裏を返すと二十六番と書かれており、魔法学校の者か…?と思いながらも、何処となく見覚えのある一枚のプレートをポケットに仕舞いサムルクの背に乗って一先ず王宮へと向かった。
「そして騎士団員とギルド隊員を第一王子としての立場で労った後、卒業生として魔法学校へと向かい、そのプレートが魔力測定をする職人に配られるものだと分かった」
「……その後プライバシーに厳しい魔法学校を、第一王子として誰の物かを聞いて、オレだと分かったわけだな」
「その通り。流石はエルミス、良く分かっているじゃないか」
机の上に散らばったストッカーたちをポーチに入れ、改めてプレートを仕舞う。きっとストッカーを大量に取った時に落としたのだろう。やっちまった、とエルミスは片眉を下げて反省しつつストッカーポーチのかぶせに付いたボタンをしっかりと留めて自分が普段使っている椅子に座る。
「単刀直入に言おう。エルミスがやったのかな?」
「……」
エルミスは「そうだ」と言いたくとも言えない"状態"になっていた。
素直にはっきりと言いたい、だが言えない様に今朝魔法を施されたのだ。父親が口外魔法の対象外だったのは、神代の書物を既に読めると分かっていたから言葉に出せたのだろう。だがリーコスはその事実を未だ知らない。
だからこそエルミスは、真実を知らないリーコスに沈黙という選択肢を強制的に取らされている。
それを分かっているかのようにリーコスは椅子から立ち上がってエルミスに近付くと、そのまま顎を手で固定して顔を上げさせる。蒼と灰白の色が交わるほどリーコスの視線がエルミスの瞳を固定していた。目は口ほどにモノを言う、エルミスの瞳に映る口外禁止魔法陣をリーコスは見つめたまま呪文を唱える為口を開く。
「 王族権限 」
「…!?」
良く言えば正しい権限の使い方、悪く言えば横暴かつ強引と言えるだろう。エルミスとリーコスを軸として一単語の魔法文字がくるりと回り始めた。
「 我、第一王子リーコス・フィーニクスが、汝エルミス・ロドニーティスに掛かる口外禁止魔法をそのままに、強制命令権を施行、全て言葉にする事を追加する 」
エルミスの身体から解き放たれる様に現れた魔法文字は学校長が唱えた魔法文字だった。その魔法文字に重ねる様にリーコスの王族権限が書き加えられると、そのままエルミスの身体に溶け込む様に魔法文字が入り込んだ。
"王族権限"とは正しく読んで字のごとく、王族の血を強く引く者のみ使用できる絶対的権限魔法。人にのみ対象としており、呪いを解いたり、逆に呪いを言葉として掛けることが出来るほか、強制命令として行動を制限させたり解放させたりすることが可能だ。
今回エルミスの様な強力な口外禁止魔法を付与された者であっても、無理やり魔法文字を書き加えて情報を吐き出す事が出来る。正しく絶対の権限だが、まさか今ここで使われるとは思っていなかったエルミスにとって、ただ驚きでしかなかった。
「さて、改めて聞こう。エルミスがやったのかな?」
「……あぁ、オレがやった」
「一体どうやって」
「これだよ」
ごそごそとポーチから神代の書物を取り出しリーコスへと渡すと、予想していなかったのか怒っているオーラを完全に無くして神代の書物を広げている。
「相変わらず読めないが…」
「オレが読める様になったんだよ。言っておくが、習ったわけじゃないぜ」
「ほう…では、なにか特別な仕掛けがしてあったのかな?」
「まっ、そんなところだ」
ぱらぱらと読めない書物を一通り捲って本を閉じエルミスへと返したリーコスは、作業机の上に置いてあった貸し出し用の魔法剣を手に持ち鞘から抜いて懐かしさを得つつ口を開く。
「エルミス。俺が怒る理由はね、単純に言えば君を"危険"に晒したくないという俺の願いに反して、自ら危険に飛び込んだという事だ。君にも怒っているし、もう少し早く対処できなかった俺への怒りもある」
「む…だが安全は考慮したぜ、一応」
リーコスの言葉はエルミスに良く刺さる。王室御用達というだけあって、王政を良くない者が王族と濃い繋がりのあるロドニーティス家の子を狙った事があった。それは幼少の時だったため今は抗う力はあるが、当時小さな傷を負った時は相当リーコスが感情を表して怒っていたという事を聞いている。だからこそリーコスは今でも式典など多く人が集まるところにエルミスが来るとなると、必ず護衛を一人は付ける様に手配しているのだ。
「考慮しても、だ。今回は無事だったからいいけれど、三本の黒い魔法文字に蝕まれている魔獣や人は狂暴かつ凶悪になっている。エルミスに傷が増えたらどうする?それはエルミスのご両親や俺が悲しむことになる」
「…でもよ、」
「……」
「お前、逆の立場だったらやらねぇの?」
「…!」
エルミスの言葉が怒りの色で染まるリーコスの胸に突き刺さる。
「確かに危険だし、今回無事だったけどよ…。黙って見てるって、結構キツイぜ。出来る力があるなら使ってこそだし、それで少しでも被害が止まるならそれでいい。なぁリーコス、お前は、」
"使える力があっても、黙って光の使者が来るまで被害が出ているのを見てるか?"――そう続けたエルミスの言葉はリーコスの脳内に響いて消える。
自分がもしエルミスと同じ立場であっても、危険と感じて被害を受ける人々を見つめるだろうか。そう考えて絶対にやらないな、と思わず苦笑して肩を竦めた。
「……いや、エルミスと同じようにして、後で怒られるよ」
「だろ」
「だが、必ず安全第一で頼むよ」
「ほいほい」
持っていた魔法剣を鞘に仕舞わず作業台に置いたリーコスは、エルミスの生返事を聞いて完全に怒りを遥か彼方へと飛ばす。聞いていないようでしっかりと聞いている事を理解しているからだ。
「出来るだけ今後も俺が対処する事には変わりないが、もし俺がいないときは頼む……今日は有難う。魔法学校と王宮に逃げた多くの者達が救われた」
「どういたしまして。まぁ、昔からこんなことやってたんだなって解ったし…リーコスもお疲れさん」
リーコスの感謝の言葉を受け取りながらエルミスも労い返す。神代魔法を使っただけで相当な疲労感を感じたエルミスは、昔から光の使者としての責務を熟すリーコスが同じような疲労を受けながらも決して顔色を曇らせない凄さと、努力を改めて理解した日でもあった。
「そういえば…口外魔法が掛かっていたところを見ると、その神代の書物関連は周りに伝えてはいけない様だね」
「ん、あぁ…書物をちゃんと読み取って技術を習得しない限りはな。リーコスもそこらへんは外に出さねぇように頼むぜ」
「ふふ、分かった。ではそろそろ行くよ」
また西地方に向かってギルドクエストを遂行せねばならないリーコス。忙しい幼馴染をエルミスは見送る為工房のドアを開けながら外へと出る。カウンターの仕切り板を越えて、リーコスが通りやすいように軽く押さえつつ黒い制服を身に纏う相手が完全に通り過ぎたのを確認して手を離せば、一回二回と大きく振れる仕切り板が次第に元の位置へと止まった。
「魔獣に乗って戻るのか?」
「いや、魔獣はそのまま西地区に戻るように言っておいた。ギルドに行って馬を調達して戻るよ」
「そか。気を付けて行けよ。夜はあぶねーって母さんが良く言うからよ」
「おや、心配してくれるとは…明日はマナの塊でも振るかもしれないな」
「うっせーぞ、早く行け」
昼とは打って変わって心地よい夜風が二人の髪を優しく撫でる。月明かりと街灯が明かりを与えてはいるが、関門の外は月と小さなランプ一つが頼りとなる為、盗賊や夜行性の獣に襲われる可能性も少なくはない。エルミスはリーコスの心配をしながらも専属護衛が店に近付いてくることに気付き、強いのが三人居れば大丈夫だな、と考えつつリーコスの背中を軽く叩いて送り出す。
護衛二人に軽く頭を下げてたエルミスは、背中が遠くなるリーコスが軽く振り返って手を振ったのを同じように振り返し完全に見えなくなるまで見送れば、再び工房の中に戻る。
「…お、今日はパエリアだったのかぁ」
椅子にどかりと座って小さなバスケットの蓋を開けると、耐熱皿に入ったパエリアが顔を出した。耐熱皿と一緒に入っていた小さな白いパンもバスケットから取り出して、火のギアが組み込まれた簡易火起こし器に専用の台を組み立て網を乗せ、その上に耐熱皿とパンを置き火をつける。ぽぽぽ、と可愛らしい音と共に小さな火が付き、耐熱皿を温めながらパンを軽く炙っていく。
香り良い魚介とブイヨンの匂い、焼き目が付くパンの優しい小麦の匂いを嗅ぎながら、しっかりと温まるまで魔法剣の修理をするために魔法炉へと放り投げつつ、ゆっくりとした夜を過ごしたのだった。
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「……今日の分だ」
カラン、と金属が軽くなる音が、とてつもなく広い部屋に響き渡る。音の発生源であるランタンの中は、火の魔法では出せない程優しく、そして儚く、なによりも悍ましい無数の小さな灯火で埋め尽くされていた。
「…聊か予想よりも足りないが、一体どういうことかね?」
「……結果だけしか知らぬ故、俺に聞かれても困る」
「フム…"見張り"はどうした?」
「…、…西地区を見回っていた。……王都はそちらの庭だろう、見ていないのか」
「生憎、"避難"していたのでね…」
ランタンを渡された者は、灯火の"質量"を確認して予想していた規定量よりも少ない事を指摘すると、ランタンを渡した者は特に感情を乗せることなく淡々と言葉を紡ぎながら相手へ返せば、くつくつと喉を鳴らし、普段であれば縁のない避難という言葉を紡いだ。
「次の"贄"は既に用意されている。しっかりと命令を聞いて、引き続き用意を頼むよ"吸血鬼"くん」
「……あぁ」
ランタンへと手の平を翳し、ガラスをすり抜け無数の灯火が手の平へと吸い寄せられていくのを"吸血鬼"と呼ばれた者が淡々と眺めつつ、相手の言葉に一言だけ返した。空になったランタンに"何か"を詰め込んだ相手は、カチャンと軽く取っ手の金属が蓋の金属と合わさる音を立てて吸血鬼と呼んでいる者に渡すと、受け取った吸血鬼はそれを懐へ仕舞い、長いローブを靡かせながら外へと続くバルコニーに足を進ませると、手すりに足を掛け飛び降りる。
地に着地する音を聞く事無く一匹の蝙蝠が夜の星海へと飛び去って行くのを確認した人物は、そのままバルコニーを繋ぐ折りたたみ大窓を閉じてその場を後にした。
「はぁ?少なかったっテ?」
「……あぁ」
「やっぱ、王都に進路変更したフレースヴェルグを、アタシが見張ってればよかったじゃないカ」
「…結果は出た。過ぎたこととして置いておく」
深い森の大木の上に建てられた小さな小屋に降り立った蝙蝠は、人型に戻ると小屋のドアを開ける。小さな火のギアで灯されたランプで小屋全体を照らせるほど、その小屋が小さいことが分かる。中は小さな机と椅子、ラジオと簡単な物しか置かれていない。
吸血鬼の報告に不服そうな獣人が眉間に皺を寄せながらも、言葉通り過ぎたことを気にしていない吸血鬼の言葉にフンスと鼻を鳴らして、これ以上は何も言わないと言葉を飲み込んだ。白く長い髪を弄りながら毛並みの手入れをし、くるりと尻尾を巻いた狼の獣人は床から立ち上がって小さな椅子に座り直すと、吸血鬼が懐から取り出した赤く染まるランタンに目を向けくんくんとにおいを嗅ぐ。
「"二人"…随分と生気がないナ」
「……例の工場の廃人だそうだ」
「そうカ…得物の指示はもう出てる、行くゾ」
「…あぁ」
ランプを再び懐に仕舞った吸血鬼と狼の獣人は小屋から出る。高い大木を降りる為に獣へと姿を変えた大狼を吸血鬼は抱え太い枝を伝って降りていき、地面に付く前に地に降ろし蝙蝠へと姿を変えて深い森を進み抜けると、広いアステラス国の中から"得物"を探すために夜の帳を移動するのだった。
次からchapter3になります:)
更新はいつも通りの夜九時前後です