Chapter20-2
「僕はね、本当はアンティ君も実験対象に組み込んでいたんだよ」
「っ……な。どうして私を……」
言葉を発する度に咥内が血の味を満たす。己も実験対象だった、という事実聞いたセリーニの驚く顔に、ネイドは拭った血を少女の頬に滑らせながら片手で包み込むと、セリーニとネイドの周りに魔法文字が浮かび上がる。その文字が"簡易スキャニング"である事を悟ると、上から下へと落ちる魔法文字は魔力粒子となって消えた。
ネイドはスキャナーではないという事を知っているセリーニは、なぜネイドが"スキャニング魔法を使えているのか"という疑問を抱えていると、予想と大体同じだったのか、頷きを数回繰り返したネイドがセリーニの頬から手を離す。
「やっぱり魔力の底が無い"トゥリアン"には、散布している薬は効きにくい……。アンティ君のような存在は極めて稀、――だからこそネリア君の次に、君を実験台にしようとしていたんだよ」
「……稀な存在であれば、大勢を犠牲にする為の"糧"にはならないのでは」
"トゥリアン"――魔力が無限に溢れる存在として名付けられた名詞。セリーニは魔力の底が無く常溢れている。魔性ウイルスや魔薬による効果が効きにくい事で有名であり、トゥリアン専用の薬が用意されるほど、極めて稀な存在である。
そのトゥリアンであるセリーニの言葉に、ネイドはほんの少し眉を上げて驚きの表情を浮かべると、風で乱れる前髪を血の付いていない左手で軽く掻き上げた。薄らと魔力特有の輝きを帯びる指輪に視線が行ったセリーニは、その指輪が初めて"魔法道具"である事に気付き、スキャナーではないネイドがなぜスキャニング魔法を使えたのかを考えた。
「(まさか……魔法共有…?)」
「アンティ君は良い着眼点を持っている。それが君の強みであり、僕を見抜いた力なのだろう。確かに稀な存在は貴重なサンプルにはなり得るが、万人に効くものではない」
スキャニングは生まれ持った魔法であるため、突然出来る魔法ではない。だが出来ない魔法を唯一可能にする魔法もある。
――魔法共有。
本来使う事の出来ない魔法を、複数の誓約によって扱う事の出来る者と共有し、使用することが出来るというもの。互いに触れて魔力を通し発動するため、本来ならば誓約者と共に居なければならないのだが、魔法陣を使用する事によって誓約者と共に居なくても、扱う事の出来ない魔法を共有することが可能という。
あの魔法道具に、"魔法共有"の魔法陣が刻まれていれば、誓約者は防魔法制御装置付近に倒れているメリシアだ。魔法共有の誓約は死ぬまで有効な為、メリシアが死を及ぼすほどの重体ではない事は分かったセリーニだが、動けない身体ではどうする事も出来ない。
「でもね、僕の知りたいという願望を叶えるに値するサンプルである事は確かだった」
「……幸福と、絶望の感情を得た先の、というやつですか」
「そう。絶望から幸福へと感情を織り交ぜていくアンティ君を見たいと思ってね。ただ、アンティ君は"友人を亡くして"絶望を得ると思ったんだけど……、案外君は前向きに行動を始めてしまった」
まるで他人事のように"友人を亡くした"と言うネイドに、セリーニは藻掻こうとする力を身体に掛けてもぴくりと動かない歯痒さに眉を顰める。ネイドは友人を亡くし、絶望に臥したセリーニを薬によって無理やり幸福を与えながら、逃れられない友人の死という絶望に塗れていく姿を観察したかったのだ。
「専門学校三年生に上がる君をゆっくり実験観察をする計画も、いつの間にか専門学校を辞めてギルドに入ってしまった。驚いたよ、君は悲しいという感情が無いのかな?」
「――……それを、そのままお返しします」
「ははっ。僕に?大丈夫、僕にはあるよ。あっけなく実験が失敗してしまって悲しいとか、惜しい実験体を失ってしまって悲しいってね」
「っ……彼女は実験体ではありません!!一人の人間です!!」
「でも僕にとっては実験体だよ。世の中にいる全ての対象が実験の道具だ、モノが壊れたら悲しむのと同じで、僕にもちゃんとした"悲しい"感情を持っていたよ」
セリーニの端的な言葉にネイドは軽く笑って答えると、悲しいという感情をそのまま伝える。あまりにも人間を"人間として見ていない"その口調に、セリーニは血で染まる歯をむき出しにするほど初めて声を荒げた。食い違うネイドの持論に、セリーニは心に燻ぶる怒りと悲しみで溢れ、もし今身体が動いていれば、即座にネイドの命を奪っていただろうと言わんばかりに剣を握る右手が震える。
「さて、もうじき防魔法の三本目が全て壊れるところだろう…」
"目で人を殺せる"顔をしているセリーニににこりと笑ったネイドは、悲鳴が絶え間なく続く地上を再び確認しようと後ろを振り向き足を床に付けたその時、―――……次の足を運ぶことが叶わなかった。
おかしい、そう思った頃には全ての身体の自由が利かなくなっており、セリーニと同じ状況になっている事に気付いたネイドは、宙を彷徨っていた目線を防魔法制御装置へと移動させる。
小さな背だ。
ところどころ跳ねた癖毛、着慣れしたつなぎの袖を腰で結び、上着部分に隠れているポーチ類は程よく使われいる。特殊パネルに浮かぶホログラムを見ながら操作するその小さな背は、ある項目を指で操作した後こちらを振り返ったと同時に、セリーニの身体に掛かる拘束が無くなった。
重力に逆らうことなく床へと落ちていく剣を腕力で留めつつ鞘に納めると、ネイドの陰になって見えない"誰か"を見る為に身体を横へと動かす。
「長話は終わったか?」
魔力特有の青白い輝きを身体に受けながら振り返えったエルミスは、崩壊を出来る限り防ぐための防御システムを作動させると同時に軽く肩を竦め、苦虫をかみつぶすような表情を浮かべているネイドに真っ直ぐ視線を向けたのだった。
焼きバナナ、美味しい。出来立ての桃のタルト、美味しい。
焼きみかん、ハードルが高い焼いたらなんでも美味しいのかそもそもみかんこそ冷凍ミカンの方が美味しいんじゃないのか人はなぜ反対の行動を取ってしまうのか。
早口。焼きみかん、おいしいんですかね?ちょっと気にはなってるんですけど、生憎あの一個を犠牲にする勇気が無いです。