Chapter20 最終新人研修三日目-3
ネイドが手に持つ紫色の輝きを纏うストッカーを斬ろうとしたセリーニの剣先は宙に留まったままであり、セリーニの身体も時が止まったように動くことが出来なかった。
「(身体が……動かない……)」
「ごめんねアンティ君、君にはまだ"結果を取る要素"がある。少しそのまま、大人しくしてね」
防魔法制御装置のパネルを操作するネイドはそう言いながら、空に舞い落ちていく紫色の光を見つめた後、振り返ってセリーニと向き合う。
"結果を取る要素がある"から"生かす"のか、防魔法制御室に踏み入った者の行動を制限しているであろうネイドの行動に、イマイチ理解が追い付いていないセリーニは眉間に皺を寄せたままレンズの奥に潜むネイドの瞳を視線で射抜いた。
「さて、どこから話そうかな。まず、この実験の最初から行こうか」
「……ネリアですか」
「そう、ネリア君だ。"惹起の誘花"の種を使った興奮作用と魔力麻酔を使った最初の実験体」
"実験体"という言葉にセリーニは宙に留まる己の剣を強く握った。彼女をそんな風に呼ぶな、と声を大にするのを代弁するかのように、剣が小さく音を立てた。
「彼女は身体が弱かったからね、まず身体の弱い者をどれだけ惹起の誘花の効果で"健康になる"錯覚をさせるか、という実験から始めた。身体の弱い人間はどれぐらいの量を投与すれば維持するのか、錯覚は本当に身体を健康へと導くのか。――自由の利く身体になり始めて幸福が増していく……ネリア君は最適な材料だったよ」
まるで思い出話を語る口調で話すネイドに、セリーニは裏唇の端を噛んでふつふつと湧き上がる怒りに耐える。はためく白衣のポケットに両手を入れて至極リラックスした表情を浮かべているネイドは、目を瞑って語りを続けた。
「ネリア君は病弱だったからこそ、前向きな思考を持っていた。身体が良くなってきたと分かったネリア君は、薬の興奮作用と相まってか向上心が増していた」
「……」
「本来ならば、完全に身体機能も向上する実験と、興奮作用が最大限にまで引き出されたと同時に魔力暴走の限界に達した時、最大限の絶望を与える予定だったんだけど……少し予定が狂った」
「……長期休暇の勉強会欠席ですね」
「そう、本来長期休暇は必ず参加していたネリア君を見れなくなってしまった事だ」
"予定が狂った"という事は、本来計画していた事とは違う事が起こったという事。セリーニはそれが専門学校三年へと上がる前の、冬の休みである事をネイドに伝えると、ネイドは肩を軽く竦めてため息を吐いた。
「けれど、結果的にそれが逆に功を奏した」
遠くの方で聞こえる悲鳴がセリーニの耳を掠め、ネイドがセリーニに背を見せ防魔法制御室から地に居る市民たちの様子を見る。
どんなに良い眼鏡を掛けていようと、人は点ほどにしか見えないであろうその光景をじっくりと観察し、白衣のポケットからノートを取り出してなにやら書き込む姿を、セリーニは動かぬ身体を藻掻こうと努力しながら唯々見るしかなかった。
「魔力の弱い者から順当に始まっている…良い調子だ。――失礼、続きと行こう。結果的に功を奏した理由はね、本来ならば最大の絶望を持って反応を見るはずだったけれど、それはあくまで私が干渉する事になってしまう事だ。足が着くことだけは避けたかったからね……」
「……結果的に、薬によって暴走した魔力を解放しようと、無意識に身体が防魔法の外へと動く事に気付いた。足が着かない方法だと気付いたと……」
「うん、そうだ。そしてその森で密やかに死んでいく者達が、最大の幸福と絶望を抱えながら死んでいく光景も、たまに見ていたよ」
独りでに死んでいくその姿を思い出したのか、恍惚とするネイドの表情に、セリーニは唇の薄い粘膜を歯で食い破り血を流しながら、怒りと嘆きで渦巻く心を冷静に保つことで精一杯だった。
ノートを白衣のポケットに仕舞ったネイドは、再びセリーニと向き合う。血の出ている唇に気付くと、一歩、二歩、三歩と距離を縮めながら宙に留まったままの剣を避けてセリーニの唇端を親指で拭った。
カイジの映画初めて見てます。思った以上にカイジくん叫んでますやん。
chapter20が始まりました。少しながーいページが相変わらずあるので、皆さんお時間があるときにじっくり読んでいただけると嬉しいです。
そろそろ木にみかんを刺す季節がやってきましたね。