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Chapter19-6

挿絵(By みてみん)




 慌ただしいナノス市役所を飛び出したエルミスが見た光景は、逃げ惑う市民の姿だ。パニックと言ってもいい。


 その中に飛び込んで時計塔まで移動する選択肢を消去したエルミスは、ナノス市役所の裏側へと回る。



 職員専用の玄関があるナノス市役所の裏は、ほとんど人の気配は無かった。遠くの方で研究員達が避難をしているのが見えるが、今の自分に気付くほど余裕がないだろうと考えたエルミスは、そのままストッカーポーチから使いかけの風のスイッチストッカーを取り出す。



「権限が渡されたって事は、魔法も使えるはずだ。っつーか使えてくれよ、『 風の跳躍 』……!」



 風のスイッチストッカーに魔力を流して呪文を唱えると、淡い翠の魔法文字がエルミスの周りをくるりと回った。本来ならばここでさらりと魔法文字が消えてしまうのだが、どうやら権限はきちんと魔法も使えるらしい。一つになった魔法文字がエルミスの身体をふわりと持ち上げる。



「よし……!」



 地を蹴りナノス市役所の上へと跳躍すると、そのまま屋根を伝い跳びながら時計塔を目指す。跳ぶエルミスの視界には、避難誘導している隊員の姿と、それに従いながらも不安な表情を浮かべている市民の姿が目に入った。市民の誘導先は、どうやら学校敷地内にある講堂の様で。スムーズに行っている様には見えるが、それでも人の列に乱れはある。




 エルミスは屋根に着地し、また大きく屋根を蹴って身体を宙に晒しながら、視線を崩れていく防魔法文字へと向ける。まるで防魔法文字を腐食するかのように、黒い魔力が防魔法文字を崩れさせている異様な光景。エルミスは焦る気持ちを抑えながら身体で風を切る。



「(あれは神代技術で作られた時計塔だ、ある程度の闇属性は防ぐはず。でも防魔法制御装置に直接闇属性の魔力や魔法を当てられたら……分かんねぇ、どうなってんだ……!!)」



 混乱する頭で考えるも、出てくるのは確証の無い予想ばかりだ。だが目に見えるのが事実。完全に崩れた一本目の防魔法文字の魔力残滓がナノスの街に降り注ぐ。


 木々が入り乱れる場所は流石に葉や細かい枝が邪魔をするので地に降りたエルミスは、避難する人々とは反対に走り出す。時計塔は見えるがまだまだ遠く、走り続けていると遠くから大声で何かを伝える少女の声が、走る事で早まる鼓動の音と共にエルミスの耳へと飛び込んできた。




「ツインズがきーたぞー!!その他狂暴な魔獣もきーたぞー!!」




 少女の声は良く響いた。


 その言葉に釣られて逃げる者も居れば、魔獣に対応すべく行動をする隊員達が見える。実際に関門の方で魔獣と戦っている隊員達が居るのか、負傷者などの報告が隊員達の間で交わされているのをエルミスは見ながら走っていると、よそ見をしていた為何かとぶつかってしまった。



「いっ……!!」

「ったぁ……!!」



 互いに地面に尻餅を着くが先に起き上がったのはエルミスだ。ぶつかった相手に手を差し伸べると、黒い衣装を身に纏った少女がその手を見つめた。



「……?」


「ぶつかってごめん。掴まってくれ、起こすから」

「……!!」



 その言葉に少女は手を差し伸べると、しっかりとした皮膚で覆われた手に握られ引っ張られる。勢いを付きすぎて前にこけない様適度に力を緩めたエルミスは、揺れる二つ括りに付いた枯れ葉を空いた片手で取る。



「大丈夫か?本当にごめん。怪我ないか?」

「……な、ない!ないよ!」

「む、ならいいんだが…ここは危ない。お前は……見たところ魔族だけど、防魔法文字が割れた今、魔族もここに居るのは危ないから逃げた方が良い」

「は、はい……!!」

「ん、講堂に皆集まってるみたいだから、隊員の誘導に従えよ」



 ぽんと頭に手を置いて"じゃあな!"と走り出したエルミスの後姿を、黒い衣装を纏う魔族――カルティアは頬を染めながら、その背中が消えるまで其処に佇んでいた。






 あの魔族、さっき魔物が来たって大声上げてた声にそっくりだったな。とエルミスは考えながらも走り出し、とうとう時計塔の前にまで到着する。あれほど芝生で読書や昼寝をしていた人々の影は無く、ただ降り積もる魔力残滓が弾けて消える光景が広がっていた。


 エルミスは時計塔の中に入ると、階段を登って転送魔法陣を探し始める。



「図書館で見た資料だと、確かここら辺に管理官専用の転送魔法陣があったはずだ……」



 図書館に置いてあった資料は、解読不能な図を抜けば一から十まで全て事細かく書かれていた。


 特殊転送魔法陣とほぼ同等の誓約を元にした魔法陣を使っているため、通常であれば登録した人物、または付き添いのみ入る事が可能であり、通常の人間は使うことが出来ない。

 だが防魔法制御室に何らかの異常が起きる、または防魔法文字が修復不可になった場合、"緊急停止"をするために魔力の持つ者であれば入る事が可能と書かれていた。だが――



「っ……だめだ、魔力が通ってない……!!」



 専用の魔法陣は既に魔力が通っていなかった。エルミスは片膝を付いて石床に手を置くと、目を瞑って簡易スキャニングを掛ける。時計塔全てに魔力を通してスキャニングをするわけにも行かない為、専用の魔法陣にのみ簡易スキャニングを掛けると、脳に入り込む情報を読み取っていく。



「……マナを魔力に変える術式が壊れたのか」



 読み取ったのは防魔法文字の一本目である"魔力変換式"が壊れてしまった事による魔力供給不足だった。



「マナの濃いナノスだからこそ上手く魔力に変換して防魔法を強固なものにしてたのか……この時計塔を作ったやつ、ガチで天才だな……ッ!!」



 床から手を離したエルミスは時計塔に沿った階段を二段飛ばしで登りながら、ストッカーポーチに手を入れて自身の魔法道具であるブレスレットを取り出すと、腕に通して使いかけの風のストッカーをスロットに挿す。


 一本の魔法文字がエルミスの周りに描き出され、一つになり風を生み出す。再び風の魔法を使用して長い階段を跳躍すれば、バルコニーに続く広間へと出た。


 外よりも少ない魔力残滓をエルミスは踏み走りながらバルコニーへと出ると、顔を真っ直ぐ空へと向けて見上げる。二つ目の防魔法文字が崩れていく光景に軽く舌打ちをした後、薄らと頂上部の空間へと視線を移動させた。



「時計塔の最上部が防魔法制御室だろ……魔法で移動する手もあるが、上に居る奴に気付かれる可能性が高い……」



 初級魔法では届かない。だが上級魔法による移動は魔力の動きが激しすぎる為、上に居る者に気付かれてしまう可能性が高い。エルミスはどうするか考えていると、ふと資料のある項目を思い出した。



「非常階段……!!確か"もしもの時は使え"って書いてあったな……!!」



 今がその"もしも"だろう。エルミスはバルコニーと時計塔の繋目に移動し、外壁を注視する。段々と石が積み重なっているその"非常階段"は、手すりも何もなく、余りにも危険な"非常"だった。



「……外観重視、オレも似たようなモンだ。好きだぜ設計者さん…!!」



 木々をざわつかせるナノスの風に煽られるのは必須だろうその非常階段に腹を括ったエルミスは、意を決して手すりを乗り上げる。普段であれば防魔法システムが身体を押し戻すよう働くが、今は非常事態でその効果がないのだろう。あっさりとエルミスの身体は手すりを乗り上げ、外壁に足を掛けた。


 下は向いてはいけない。そう書いてあったことを思い出し、煽る風に臆することなく上を目指し脚を上げた。



 






「何の音!?」

「破裂音がするような危険な魔法は森で禁止されています!……っ――、クネーラ隊長、防魔法文字が!!」

「……なっ…!!」



 襲い掛かるツインズを斬っては引き、また斬っては引きを繰り返しながら指定したポイントへと向かうクネーラたちの元に、鼓膜を震わせる破裂音が届いた。


 ビリビリと森を震わせ、木々が騒めき木の葉が落ちる。なんの音だと走りながら大剣に付いた肉片を払うクネーラに、作戦に参加していた隊員の一人が視線を動かして出どころを探ると、遠くの方で崩れていく防魔法文字に青ざめながら報告をした。


 クネーラやリーコス、共に作戦に参加している隊員達も少し空を見上げて確認する。崩れ始めていく防魔法文字が薄ら遠くに見える、その絶望的な光景に視線を地へ戻しながら動揺を抱えた。



「(遠目でしか分からなかったが、あれは闇属性の魔力か……?)」



 地に這う根に足先を引っ掻けない様走るリーコスは、一瞬視界に捉えた崩れゆく防魔法文字に黒い影を見たのを見逃さなかった。



「(優先順位はどちらも同じ、俺は今ここを動くことは出来ない……――が、エルミスなら気付くだろう)」



 目印となってる大木を曲がり走る脚を止めることなく森を駆け抜ける。リーコスはどちらも危険であり、どちらも早急に対処せねばならないのだが、己の身体は一つしかない。けれど"あの場にはエルミスが居る"という事に、きっとエルミスであれば進んで行動に出るだろうと考えると、エルミスを危険に晒すのを覚悟で"信じる"選択を取った。



 急に曲がる人間たちを視界に捉えたまま地を抉る様に巨大な身体にストップをかけ、こちら目掛けて走り出し、大きく地を蹴って飛び込み鋭い爪を振り下ろすツインズに、クネーラは大剣を振り上げて腕を斬り落とし、胴体を後ろの隊員達が魔法で出来た水の矢で貫く。再び肉の塊になるツインズに、再び目的地まで走り出しながら、クネーラは腕の通信機にやってくる受信文字の多さに驚くと、大剣を肩に担いで操作し始めた。



「……マズいわね、防魔法文字が崩れたおかげで、魔力残滓に中てられた内周の魔物が暴走を始めてるらしいわ。早急にツインズを仕留めてナノスに帰らないと……目的地まであとどれぐらいある!?」

「後一キロです!!」

「微妙ね!!ギア上げていくわよ!!」



 一番先頭を走る隊員が、通信機のホログラムを見ながら声を張り上げて答えると、クネーラは全員の気力を奮い立たせるように最後尾から大声を上げる。ちらりと後ろを振り返れば、肉片となっていたツインズの身体は元に戻りかけており、"あと三回ほど相手すれば、目を瞑ってでも殺れそう"と内心冗談を唱え、余裕のない心に敢えて余裕を作った。





これでchapter19はおしまいで、明日の21時にchapter20が始まります~。


あ、今日ぐるないのごち、新しいメンバー発表ですね。毎回美味しそうな料理ばかり出てくるので、目の保養として見てましたが、個人的にやべっち帰ってくるのが嬉しいです。

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