Chapter19-3
無理をして魔法文字を形成した疲れか、深く背凭れに上体を沈めるナノス代表は、理由を聞きたげなエルミスの灰白色の瞳を見る。
「――公に出ていない話だが、私と娘を除く、防魔法をメンテナンスする管理官四人全員、魔力中毒によって入院している」
「「――……!!」」
「空のストッカーで魔力を全て抜いたが、身体の損傷が激しく、目を潰して入院している管理官もいる」
皮膚を剥ぎ出血多量で死ぬ。管理官たちは、きっと暴走した魔力に身体が拒絶反応を起こし、その痛みで身体を傷つけてしまったのだろう。
公にしていないのは市民のパニックを避ける為であるのは、ナノス市民でないエルミスでも分かる。絶対的防魔法を管理する者達が中毒症状によって入院していると分かれば、防魔法のメンテナンスに関して市民の不安が募る。それを避ける為にも、まだ無事だったナノス代表や、娘であるメリシアが他の管理官達の穴埋めをしていたのだろう。
それでも、なぜ"防魔法の権限"を譲渡したのか。その答えはすぐにやって来た。
「本当であれば、今日の防魔法メンテナンスは私だった。だが、びっくり風邪のような症状が今朝現れ、メリシアが代わりに防魔法メンテナンスをする事になった」
「……それは、普通じゃあないですか?」
「そうだな、普通だ。代わりが居れば代わってもらう、それが普通だ」
エルミスも、父親が手を離せない場合は代わりに店番をしたりすることもある。代われるものなら代わるのが普通であると。
「だがね、その普通に隠れる者もいる」
「――どういう、」
"ことですか"、そう続けようとした時、強烈な破裂音が三人の鼓膜を強く震わせる。
目を閉じ深く椅子に座ったままのナノス代表とは対照的に、レヴァンとエルミスは一斉に窓へと視線を注げば、まるで雪の様に降り注ぐ魔力残滓。そのまま目線を上げていくと、天に一番近い一本目の防魔法文字がぼろぼろと崩れていく光景にレヴァンは青ざめていく。
「まじかよ……」
振り絞ったその言葉を最後に、レヴァンは唯々首を左右に小さく振りながら絶望の表情を浮かべており、エルミスは崩れる防魔法文字を黙って凝視した。
「エルミス君。メリシアとネイド君が付けている結婚指輪が、魔法道具である事を知っているかね」
「は、はい…普通の指輪じゃないので気になってましたが……」
「そうか、……あれは、」
"あれは、魔法共有魔法陣が刻まれている指輪だ"
その言葉を聞いたエルミスは、血相を変えて代表室を飛び出した。"娘を頼む"と、エルミスに聞こえない様呟いたナノス代表。その後姿を唯々見送るだけになったレヴァンは、一定時間が経過したナノス代表の脈を再び図る。
「あの、なんでエルミスに権限を?」
「私が使い物にならない事と、スキャナーである事、使おうとした魔法の魔法文字が綺麗だった事、そして君が渡しているであろう特効薬を持っているという事。……ナノスの防魔法を壊そうとしているのは、"魔法共有魔法陣"が刻まれている指輪を持ち、ナノスに薬物中毒事件を巻き起こした犯人――、ネイド君だからね」
「なっ……!?な、なんでネイド先生が、」
脈を計り終わり、ノートに書きこんでいたレヴァンの右手が止まる。出てきた名前に信じられないという表情を浮かべていると、ナノス代表は己の右手中指に嵌っている指輪を抜いて机に置く。
少し傷のある指輪だが、レヴァンはその指輪を注意深く観察する。内側に小さな魔法文字がびっしりと刻まれているのが見てわかるが、細かすぎて何が書かれているのかも分からない。
「これは、防魔法の管理官になった者全員に贈られる指輪だ。最低限の補助が掛けられるようになっていてね……、その一つが"魔法共有"という、"同じ魔法を扱えることが出来る"というものだ」
薬学中心と言えど魔法の知識はある程度学んでいたレヴァンは、魔法共有という魔法は大体ではあるが知っていた。
「防魔法の管理官になるには、スキャナーでなければならないという条件がある。けれどそれではスキャナーの少ないナノスでは難しい。どれほど魔法技術が高くても、スキャナーでない者がいる。その救済処置みたいなものでね、スキャナーと"魔法共有"をして疑似スキャナーを作るんだ」
「魔法共有って、確かお互いが誓約を交わしてじゃないと発動しないんでしたよね?」
「そうだ、よく勉強しているね。誓約を交わしている者がお互いの魔法を共有し、使うことが出来る。私の指輪は今入院している四人と共有し、メリシアの結婚指輪は――夫であるネイド君と共有している」
また一定時間が経ち、レヴァンは脈を計り始める。廊下が次第に騒がしくなり、ノック音が代表室に響き渡る。"入りたまえ"という一言と共に押し寄せてくる職員とギルド隊員達に、"避難の指示を"と一言伝える。
「ネイド先生は管理官の職についてないのに…なんでですか?」
「……メリシアが惚れていたからだろうね。結婚を伝えに来た時、嬉しそうに話していた……――」
明るい笑顔を携えながら、惚れた男と視線を交わしている娘は、左薬指に右人差し指を当ててこういった事を思い出す。
『ネイドさんがね。"僕も力になりたい、スキャナーとしてナノスを支えていきたい"って言ってくれたの。お父さんお願い、ネイドさんと"魔法共有"してもいいでしょう?』
『……大事な娘の選んだ男だ、好きにしなさい』
『有難うございますお義父さん』
「スキャナーとなって、ナノスを支えていきたい。そう言ったらしい。ナノスはスキャナー不足だが、魔法共有にて共有できる人数は最大五人だ…増やしても微々たるもの。スキャナーが不要な場所ではあるが、同時に必要な場面もある、だからこそその申し出がメリシアには嬉しかったんだろう……」
「……じゃあ、あの防魔法を壊したのは…」
「――……きっとだが、ネイド君だ」
その言葉と同時に代表室のドアが凄まじい音を立てて開かれた。一体どういう事だという表情を携えた中央ギルドの総隊長が、脂汗を浮かべながら大きく深呼吸をしているナノス代表と視線を合わせた。
「なんて顔色してんだ代表」
「これでもマシになった方だよ、なぁレヴァン君」
「は、はい!脈も少しずつですけど落ち着いてきてますし、瞳孔のブレが少なくなってます!!」
書類の束を乗せている机まで脚を進めた総隊長が、ナノス代表の顔色の悪さを指摘しながら手首を飾る専用通信機を外して机に置く。その様子をナノス代表は見ながら、マシになった方だと言って経過を見ているレヴァンに話を振ると、急に話を振られたレヴァンは一瞬驚くも、大きく二回頷きながら現在の状態について事細かく報告をした。
「……なんかあったのか?」
「中毒症状だ。今は特効薬の実験に付き合っているがね。さて、総隊長君はこういう事を聞きに来たわけではないだろう?」
「あぁ、……今起こってる防魔法の騒動、誰がやったのか知ってるのか?」
机に置いた専用通信機へと視線を戻したナノス代表に、総隊長は予備として持っているもう一つの専用通信機をポケットから出し、手首に装着して操作をしながらナノス代表の答えを待つ。
「あぁ、ネイド君だ。結婚指輪に魔法共有魔法陣が施してある。今日ここに寄った時言っていたよ、"上手くできるか不安な私の為に、中まで付いてきてくれるの"ってね……」
「……なんで知って尚、メリシア管理官にネイド氏が危険だと伝えなかった」
「それに気付いた頃には、既に身体の限界を押さえるのに必死だったよ。中毒症状になった原因から手繰り寄せ、行きついた先はネイド君だったからね」
びっくり風邪だと思っていた症状が薄れかけてきた途端に起こり始めた気分の高揚、もしやと思ったナノス代表は魔法を使用するが、魔法文字が乱れを起こしてしまい、完全に中毒症状のだと気付いたのだ。
高揚感で塗りつぶされていく思考の中で、なぜ、どこで、と考えた。そもそもびっくり風邪の症状は、治るのに最低でも三日は掛かる。だが今びっくり風邪の症状が"収まりかけている"事態に、今朝に異変が起こった事に気付く。
今朝は娘とその婿にしか会っていない、ならばその二人のどちらか。
己がこうなる事によってどうなるか――そこでふと思い浮かんだのが、"上手くできるか不安な私の為に、中まで付いていくって言ってくれたの"……そう言った娘の嬉しそうな表情だ。
己がメンテナンスを交代すれば、防魔法制御室へはメリシアが入る事になる。普段関係者以外入る事の出来ない防魔法制御室に"中まで付いていく"と言ったネイドは、一見"不安な妻を思う夫"だ、義父という立場でもそう思った。
だがもし"己の身体を薬物中毒にした相手がネイドだったら"と考えた場合、"魔法共有魔法陣"の刻まれている指輪を付けているネイドが防魔法制御室に入ったら――……"防魔法になにかをするのだろう"と考えるのが筋。そう考えを纏め、痛みを訴え始めてきた身体に耐えたところで、二人の少年がやってきたのだ。
「んじゃメリシア管理官も上か……代表がこれじゃあ、魔法を使うのもやっとだろ。他の管理官で症状がマシな奴を行かせるか?」
「いや、まだ無理だ。私の方で良い人材を選んで権限を渡したよ。それより、この通信機は一体……?」
机に置いたままの通信機に視線を集中させていたナノス代表に、絶えずもう一つの通信機を操作して指示を送っている総隊長は"そういやボリューム上げてねぇな"と呟き、通信機を操作していた指を机の方へと向けてボリュームを上げる様に指を動かせば、聞こえてきたのは悲鳴と風を切る音だ。
「誰と繋がっている?」
「その坊主の姉だ」
「え!?ね、ねーちゃん!!」
「こっちからの音声は届かないように設定してある。……進路方向は真っ直ぐ時計塔だ」
ボリューム操作からナノス市の地図へと切り替えた総隊長は、通信相手の点滅を指でさしながら、再び多くの通信文字がやってくる手首の通信機の操作に戻る。
数々の悲鳴と、誘導をするギルド隊員や騎士団員の声が混じって通信機のスピーカーを響かせる。次第に遠くへと聞こえる悲鳴は、やがて風を切る音だけとなった。セリーニを示す点滅は時計塔にあり、時計塔の中が無人である事が音で分かる。
「時計塔の制御管理室は特殊専用魔法陣だろ?行けるのか?」
「非常事態が起こった場合、制御室で制限を掛けなければ誰でも入れるようにシステムが組み込んである」
「そうか……」
それを聞いた総隊長は数人の隊を時計塔へと向かわせるよう手配すると、セリーニ側の音声を発している通信機の魔力ホログラムがブレる。どうやら目的地に到着したらしい。
〈やぁ、アンティ君。君がここに来るのは想定していなかった〉
〈――やはりあなたでしたか、ネイド先生〉
両者とも至極落ち着いた声。それはこの場にいる三人全員が一番最初に思った事だった。
祝箸、ずっと反対側で食事をとり、食べる方とは別にしてって親戚に教えられてきたんですけど、どうやら違うらしいんですよね。それに気付いてからは普通に食べる様になりました。
ブルボンが売ってるストロベリーラッシュ?っていう乾燥イチゴ入りチョコレートが美味しいんですけど、業スーにも売ってるホワイトチョコ&ストロベリーってやつもおいしいです。ただいちご感はちょっと少ないんですけど、ホワイトチョコがめちゃくちゃうまい。さすベルギー。