Chapter17-2
「なんかすみません。付き合ってもらって……」
「いいえ、大丈夫ですよ。丁度私も暇をしていましたから。図書館の建築関係の場所までご案内する用事が出来て嬉しい限りです」
そう言って軽く眼鏡のフレームを上げながらエルミスの隣を歩くのは、時計塔でエルミスを驚かせた張本人。
「えっと、ネイドさんは先生なんですよね。学校、暇なんですか?」
「はい。ギルドの合同演習期間だけは、授業がありません。用務員と生徒の監督以外はお休みなんですよ」
ネイドはしっかりとエルミスの目を見て説明する。母親も良く目を見て説明するので、そういった部分はどの地方で教鞭をとる先生特有のモノなのだろうと納得すると、レヴァンが学校に顔を出す以外はフィールドワーク中心だと言った事を思い出す。きっと薬学専門学校も同じように、その生徒の監督が生徒の出席等を確認しているのだろう。
「しかし……まだまだ幼く見えますが、ナノスの時計塔に興味があるのは良い事です」
「歴史あるナノスの時計塔が、どうやって出来ているのか興味があったんで……」
「ふふ、そうですか…僕はいつも生徒に"疑問に思った事を知る事は、決して悪い事ではない"と、そう教えています。私の生徒も見習ってほしいところですが……生まれたころからある時計塔に、興味を持つ事はあまりないらしくてね」
苦笑しながらも、挨拶を交わして走り去っていく生徒に笑みを浮かべて手を振るネイド。そしてノートや教科書をもって近付いてくる生徒の対応をするのを二歩ほど後ろへと離れて見る。
「ネイド先生!痺薬の種類はこの二種類以外に掛け合わせできますか?」
「うん。でもそれは教科書じゃなくて一学年上の参考書に載っているから、学校の図書室で調べてみると良いよ」
「ネイド先生、先週提出したレポートの追記書けました。今渡しておきますか?」
「いや、今週提出の物と一緒でいいよ。…うん、良く書けているから安心して」
「ネイド先生。明後日の勉強会なんですが――」
余程の人気なのか、図書館までの道のりの殆どは生徒の対応だった。だが気になったのは"制服が三種類ある"という事だ。
「ネイドさんは、専門学校の先生って聞いたんですけど……」
「あぁ!そうか、そこらへんはアンティ君から聞いていないんだね。私は専門学校の教員だけど、臨時で総合義務、薬校の授業も受け持つんだ。少人数の生徒と一対一で勉強を教える勉強会も、総合義務と薬校も受け持っているから、教えている生徒は殆どバラバラかな」
だからそれぞれ制服の違う生徒たちがネイドに親しく話しかけ、ネイドはさも当然のように対応していたのかと、エルミスは忙しいネイドの対応に感動していた。下から上まで全ての生徒を教えることの出来る知識があるのだろう。すごい、無属性魔法に特化した母親が聞けば"すごーい!どんなスペックよ!?"と言うだろう。そう考えながら、昨日ぶりである図書館の前までやってきた。
図書館内は、制服を着た生徒から、白衣を着た研究員まで、様々な人たちが利用しているのがエルミスの視界に入ってくる。きょろきょろと広い図書館内を見渡しながら、ネイドの案内で奥へと進んでいくと、ある一角にたどり着く。
「確か……これだ。これが一番時計塔の設計に関して詳しく載っている冊子だよ」
「おぉ……有難うございます!あ、ありがとうございます…」
「ふふ。お役に立ててなにより。疑問に思った事を知る事は悪い事ではない、…疑問が解消されることを祈ってるよ。あ、そうだ……向こうにいって、左に曲がって真っ直ぐのところに座って読めるスペースがあるから、そこでゆっくりと読むと良いよ」
勢いあまった声が図書館に少し広がる。慌てて声のトーンを落としたエルミスにネイドは小さく笑うと、指をさして道を説明する。その指を目で追いかけながら数回頷いたエルミスは、改めてネイドの顔を見て礼を言ったのだった。
「……どこへ行っていた」
「少し案内をしていました。もう完成されたんですか?」
「……そうでなければここには来ない」
「簡単な答えですね。有難うございます」
小さな家の隠し地下室に、黒い影が一つ。ゆらりと彩を灯す紅い瞳を見つけたネイドは、にこりと笑顔を向けながら訪問者に礼を言うと、その礼と共に黒い影から一本のストッカーが投げ込まれた。
「…透明に見えますが、これを挿せばいいんですか?」
「……完全に破壊するまでは時間が掛かるが、な」
「じっくり経過を見れるのが一番の理想なので充分です。有難うございます」
薄らと青白い輝きが小さく見えるだけのストッカーを眺めながら確認を取るネイド。黒い影はネイドが眺める黒のストッカーに視線を向けた後、真っ暗な地下室の一角へと視線を流しながら答える。その返答を聞いたネイドは満足そうに笑顔を保ったまま、割らないように慣れた手つきで戸棚に仕舞った。
「素人にしては、中々上手く出来ているでしょう?」
「……そうだな」
「初めは気泡だらけの、細かな穴だらけのストッカーでしたが、流石に二年も毎日作れば、それなりの形にする事が出来ました」
黒い影は紫色の輝きを帯びる数本のストッカーに目を向けていると、ネイドはまるでいっぱしの職人の様な感想を述べながら、初めて作ったストッカーの歪な形を思い出す。
「……いつ実行する」
「丁度明日は防魔法文字のメンテナンスです。その時に使いましょう」
「……では明日、ツインズをナノスへと強制的に向かわせる。それでいいか」
「はい。引き金の"恐怖対象"はそれで充分です。なにからなにまで…至れり尽くせり、有難うございます」
そう言って軽く頭を下げた後、ズレた眼鏡を押し上げた頃には、既に目の前の紅い瞳はどこにもなく、地下室の明かりを付けると揺らめいていたはずの黒い影はどこにも見当たらなかった。
「相変わらず、魔族という存在は何を考えているのか分かりませんね」
狭い地下室は十歩もあれば一周できるほどの狭さ。訳五歩で机へとたどり着き、椅子に座って腰を背凭れへ預けると、机の引き出しから一冊のノートを取り出した。表紙に"記録LIV"と書かれているノートを広げ、書きかけの部分に新しく記録を付けていく。
「昨日のフローイくんに投与した分で、ほぼ全ての個体に対する一日分の致死量ギリギリが把握できた……」
さらさら。研究をする者にしては規則正しく均等に整った字でノートを綴るネイドは、ペンを止め、ノートから顔を上げてペンを持ったまま顎と唇に親指を沿わしながら考え事を始める。
「後はアンティ君のご友人が、明日の早朝に発症すれば計算は完璧だ……。後は――」
卓上カレンダーに視線を落としたネイド。明日の防魔法メンテナンスは、妻であるメリシアではなく、その父親だ。事が上手く進んでいると思っていたが、最大の難所が待ち構えている事に気付く。
どうやって妻にメンテナンスへと向かうように頼むか…、そう考えながら、視界に入った紫に輝くストッカーへと視線を向ける。
「――……まぁ、明日ナノスは全ての人が"人"では無くなる。それが早まるか、遅くなるかの違いでしかない…」
使ってしまいましょう。手軽な一言で人の命を左右する、ネイドという男はそういう男だった。
今週の水曜日、実は更新してたんですね。多分なんですが、クリスマスという平日に負けない様に、無自覚に更新した可能性があります。けっしてぼっちだからという理由ではありません。本当に。
ホンマやで。