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Chapter2-2

挿絵(By みてみん)





 馬車を下りながら"お気を付けて帰ってください"と母親が御者に言うと、優しい笑顔と共に馬車が帰っていく。



「懐かしいわねー…見学として生徒達と見に来て以来よ」

「母さんこっち」


 懐かしむ母親の声を聴きながらエルミスが遺跡の中へと入っていくと、子供の背中を追いかける様にリーラも遺跡の中へと入れば、見学者が熱心に石板を眺めている様子に関心をしている。


 古い情報は一見意味のない物かもしれないが、なにより"そこに人が居た"事を伝えている貴重な資料は、夢とロマンと歴史が詰まっているのだ。一般の人たちがこうして少しでも昔のものに興味を持つことは良い事だと考えつつ奥へと進んでいくエルミスの背に付いていくと、道具置き場の様な小さな部屋へ曲がっていった。



「…ここ?」

「そう。それで…これ」



 ごそごそと本一冊でいっぱいになるポーチから家宝として護られていた本を出すエルミス。子供の手の中で本が青白い光を放っている事に気付き驚きの表情を浮かべていると、その本を持ったまま子供の手がするりと壁を抜けている事で更に驚きの表情を濃くした。

 ん、と本を差し出して触れさせようとするエルミスに、リーラはおそるおそる本をしっかりと持ちながら親子で壁を抜ける。



「…なんてこと、こんな空間があっただなんて…」

「この本がなけりゃ入れなかったんだ」

「そういう風に作られた…と、考えた方がよさそうね。防魔法の掛かっている空間であることは分かるけど…、それだと構造的に本は要らないはず。もしかしたら追加で魔法を入れたのかもしれないわ。入口の壁、スキャニングした?」

「した。でも表側だけ…こっち側はまだ、」



 "こっち側"とは、長い廊下に入った方の出入り口だ。リーラの言葉に表側だけしたことを伝えつつ、エルミスは青白く輝く壁をスキャニングし始める。魔法文字が上から下へとするりと落ち、情報の数々が掛かれた魔法文字が現れた。



「よ、読めない…」

「…母さんの言う通り、この壁は元々本が無くても通り抜け出来る感じだったようだが、追加されている魔法文字が、下巻の本を鍵として入室しないと通り抜け出来ない様に書かれてるぜ」

「やっぱり!お母さんの読みも中々ねぇ~!」



 得意げに胸を張りながらさらりと後ろ髪を手で払う仕草をする母親を子供っぽいと子供であるエルミスが心の中で思いつつ、そのまま長い廊下の様な空間を進んでいく。ひやりとしている空間は変わらず青白く光る魔法文字が呼吸の様に点滅している、きょろきょろと周りを見ながら進むリーラにエルミスが少し首を傾げると、そのままぴたりと止まりエルミスの襟を掴んで停止させる。



「ぐえっ」

「あら。…もう作動した後なのね」

「なんだよ母さんいきなり、」

「エルミス、あなたちゃんと見てなかったの?ほら、ここを見てみなさい」

「んー…?…げっ!と、トラップ…」



 停止させた母親に一瞬首を圧迫される息苦しさを感じて抗議するも、指をさす方向にエルミスは注視すれば、壁に埋め込まれた小さな細長い棒を見つけて顔が引き攣る。すでにひびがはいっているストッカーに心当たりがあり、あの水の壁を発生させた発動源だと断定すると、引き攣らせている子供の顔を見てリーラがやっぱり、とため息を吐いた。



「まぁ仕方ないわ。こんなに青白く光ってたら分からないもの、今無事ならいいのよ」

「母さんはよくわかったな…空っぽのストッカーだぜ?」

「経験がものを言うのよ」



 わしゃわしゃとエルミスの頭を撫でながら母親は歩き出す。そのまま特になにもトラップが発動することなく開いたままの扉に到達すると、リーラはその空間に入り昨日のセリーニの様にくるりと広い空間を一周し始めた。


 その間にエルミスは円形の空間に刻まれた文字を一つ一つ見ていくと、どうやらエルミスの読み通り、上巻は材料と材料を混ぜる割合が事細かく書かれていた。空間をびっしりと埋め尽くす情報量に"一冊分よく刻めたな"と逆に感心さえする。



「エルミス、この空間はスキャニングした?」

「ん。鍵の起動方法と、あと外に魔法の効果が漏れない様になってる」

「そう…じゃあ、エルミスに頼もうかしらね」



 そう言った母親は内ポケットに手を入れて薄青色の用紙――特殊転送魔法陣設置許可書を取り出した。



「外と中で魔法が遮断されているから、この特殊転送魔法陣を空間に組み込まなければいけないの。一度ここの空間に組み込まれている魔法遮断文字を全てばらした後、特殊転送魔法陣を組み込んでくれる?」

「ん、わかった」

「許可書をスキャニングすれば魔法文字で情報が出るから、頼むわね」



 本来は許可書に魔力を流せば魔法陣が現れ、その魔法陣を地面や床に組み込むことで簡単に設置できる。だが外から中に、そして中から外に掛かる魔法を遮断する空間に特殊転送魔法陣を設置しても、転送空間を繋ぐ部分を遮断されてしまい発動しない。だが組み込みたい空間をスキャニングして魔法文字を出し、転送魔法陣ではなく魔法文字の情報として組み込むことで特殊空間魔法陣はちゃんと発動することが出来るのだ。



 エルミスは薄青色の許可証を受け取ってスキャニングし魔法文字を出す。そして上巻の文字が刻まれた空間に手を付けスキャニングすれば、あふれ出す大量の魔法文字情報にリーラが目をぱちくりさせて驚いた。



「…すごいわねぇ。誰が作ったのかしら…こんな情報量の多い複雑な空間、王宮か魔法学校の校舎ぐらいしかないわよ」



 しかも読めない文字がほとんどだわ、と青白く輝く魔法文字の単語を指でスライドさせながら母親は呟く。エルミスはこの空間を構成している魔法文字を歩きながら探して発見すると、長文の情報文字を指でスライドさせながら特殊転送魔法陣が構成する魔法文字を組み込んだ。



「 限定転移 設置完了 」



 エルミスの言葉と共に魔法文字が一斉に弾けて消え、二人分の人間が立てるほどの魔法陣が薄紫の光を帯びつつ床に現れた。成功よ、とエルミスの元へと近付きながらよく頑張ったとエルミスの頭を母親が撫でる。



「出入口はお店の地下書庫にしたから、魔力を流せば帰れるわ。ただ最初は気分が最悪になるほど気持ち悪くなるから、覚悟する事」

「食ったもん出す?」

「授業で大半の生徒はやらかした事はあるけど…要は慣れればいいのよ。あと、この魔法陣は三人の人間しか登録できないし使えない。お母さんとエルミス、あとはここに来たことがあるギルドの子に頼んで頂戴」

「ほーい…」



 全く冗談の色がない母親の忠告に、呑気に甘いものを食べるんじゃなかったとエルミスは後悔しつつ、三人のみ使用が可能という仕組みを聞きながら魔法陣の真ん中に立つ。エルミスの身体を駆け巡る魔力を足元から少しずつ魔法陣の方へと流れていく感覚に、まるで吸い寄せられているようだとエルミスは考える。そのまま魔法陣の方へと集中して魔力を流した途端、一気に光を放つ魔法陣が魔力に共鳴し、身体全体の感覚が無くなったと分かった瞬間意識がぶつりと途絶えた。








 長いようで短い時間。瞬きほどの速さにも関わらず意識が遥か彼方にある。そういった感覚があの転送魔法にはあると、胃がキリキリ痛む感覚をエルミスは受けながら思った。


 初めての特殊転送魔法は、まず身体の感覚と視覚、聴覚が目覚めた。目の前に広がる見慣れた店の地下書庫の地に足が着いているという感覚。次に本の香りを嗅覚によって感じ取り、そして次に身体の内部が"掻き混ぜられた"と思うほどの"酔い"がやってくる。船に乗った時の波酔いと、道の悪い曲道をひたすら馬車でぐるぐると移動した時の道酔いを同時に胃で受け止めている感覚だ。


 魔法陣から一歩足を出した離れ、ぽつりと置いてある読書用の椅子に座ってびっくりしている身体を休ませていると、魔法陣が紫色の魔力を大量に放出しながら母親が転送してきた。



「あら、やっぱりエルミスもしんどそうね。吐かなかった?」

「……もったいねぇから意地でもしねぇよ」

「炭酸を飲むと少しマシになるわ。まだ冷却箱に炭酸の瓶あるでしょ?」

「ん…ただの水とりんごがある…」



 流石は魔法学校教師と言ったところか。リーラの表情は変わることなくエルミスにアドバイスを送りながら工房へと出る為の階段を上る。がちゃりと重厚なドアを開けて魔法炉の前に立つレオンに"ただいまー"と声を掛けるやりとりを聞きながらエルミスも階段を上がって地下書庫から出ると、工房に設置してある冷却箱を開けて中から炭酸水の瓶を取り、瓶の蓋を専用の栓抜きで開けて飲む。

 しゅわりと口の中で弾ける炭酸が喉を通り、すぅ…と冷たさを感じつつりんごの後味が気分をほんの少し落ち着かせている気がして、そのまま三口ほど飲んだところで急に工房の窓がガタガタッ!と揺れた。



 ごうごう、びゅうびゅうと風が轟く音にエルミスが思わず窓から外を見ると、レンガ道に植わっている木が風に煽られて揺れているのが見て分かる。



「木が倒れそうなぐらいやべー風だぜ」

「今日一日ずっと風が強かったけど…流石に変ね」

「リーラ、あまり外に出ると危険…って、遅いか」



 外のカウンターに続く工房のドアを開けたリーラはそのまま外へと出る。その少しの時間でさえ工房の中に大量の風がなだれ込んでくるのだ。相当の風力である事が分かる。魔法炉の前で道具の修理をしているレオンは妻を止めようとするも時すでに遅く、バタンとドアの閉まる音だけが工房に響いた。


 まぁ母さん強いから何かあっても大丈夫だろうと、エルミスは空になった瓶を水で適度に濯ぎ空瓶が纏まっているケースに入れて、今朝魔法学校から送られてきたであろう大きな木箱に入っている大量の貸し出し用修理を手伝うかと作業ベルトにぶら下がっているポーチから皮手袋を取り出そうとした時、




「…ん?」



 皮手袋が入っているポーチには神代の書物も入っている。いつもであれば触れてもなにも起こる事のないその本から微量の魔力を感じ取ったエルミスは、皮手袋ではなく神代の書物を取り出すと、仄かに表紙が光っている事に首を傾げた。

 何があった…?と中身を開こうとした時、特定されたページだけが輝きを帯びていた。目分量で真ん中のページを開くとまだ光るページには達しておらず薄い紙をぱらぱらと数枚単位で捲っていくと、見覚えのあるページが青白く輝きを帯びていた。



「……、禁忌と闇属性に対抗する為の魔法文字と魔法陣…」



 専用の魔法素材に刻むための魔法陣は道具を作る魔法鍛冶専用のもの、そしてその魔法陣を出現させるための魔法文字は神代魔法を使う者の為に書かれているのだろう。魔法文字を詠唱すればこのページに書かれた魔法陣が現れるはずだ。だがなぜこれが今微力の魔力を発して光を灯しているのかとエルミスが考えていると、ガシャン!と甲高い音と共に工房の窓ガラスが割れ、工房の中を突風が吹き荒れる。



「やばっ…」

「これはまずい…工房の中がめちゃくちゃになる。エルミス、外から木の板を打ち付けるから、手伝ってくれ」

「おう…!」



 バラバラッ!と持っていた神代の書物のページが一気に背表紙まで撫で上げるほどの風。父の言葉にごそごそとポーチの中に本を仕舞ったエルミスは割れたガラスを避けつつ飛んで行った設計図を拾い上げ引き出しに仕舞う。工房の中で素材が風に攫われ踊っている様子にレオンは魔法炉に余計なゴミが入らないよう蓋をして離れると、数枚の木の板と釘を持って工房の外へと出る。その後ろをエルミスも付いていくと、工房の外に広がっていたのは大量の木の葉や割れた鉢植え、飛んできたゴミに商品らしきモノまで風に乗って転がり続けている光景だった。



「エルミスそっち頼む」

「ほい」



 店をぐるりと回って割れた窓までたどり着くと、木の板を左右レオンとエルミスが押さえて窓の木枠に釘を打ち込む様に木の板を止めていく。カンッ、カンッ、カンッ。三回で釘の頭がしっかり木の板まで埋まると、そのまま上、真ん中、下と均等に釘を打っていき割れた窓ガラスを完全に塞いで工房の中に避難しようとしたその時、レンガ道を照らす太陽を隠すように大きな影が一瞬通り過ぎていく。



 ぱっ、と瞬時に上を向いたエルミスの目に飛び込んできたのは巨大な鳥。だがその大鳥は三本の魔法文字が駆け巡っていた。



「エルミス危ないよ!」

「父さん!あの鳥、三本の魔法文字があるの見えるか!?」

「三本…?…いや、見えない」

「…じゃあこれは?」


 ごうごうと風の音が強く、大声を出しながらエルミスは工房に入ろうとする父親に、上空を飛んでいる大鳥を指さしながら確認してもらうが、目を細めて確認した父親は首を振る。何かを思いついたかの様にポーチの中に仕舞っていた薄く輝く本を父親に渡して改めて二人で宙を見上げた。



「…み、見える!だが読めない…」



 レオンの目に映るのは黒い三本の魔法文字と思わしきものだ。だが神代の魔法文字なのかはレオン自身確信は出来ないが、読めない字で綴られた上級魔法である事が分かる。なぜこの本を持つことによって読める様になったのかは不明だが、その言葉を聞いたエルミスは納得の顔を見せる。



「なるほどな…!後で説明するから、父さんはケガしない様に工房に避難しててくれ!」

「エルミス!どこに行くんだい!?」

「"アレ"を対処しに行く!」



 ぱっ、と父親の手から本を取り、木の葉や土、色々なものが散乱したレンガ道を走り出す。背中に掛かる父親の言葉に大鳥を指しながら駆けると、息子の突拍子のない行動に父親は追いかけようとするが、本先でレンガ道に植わっていた木が風圧に耐え切れず折れ倒れてしまった。


 あぶない、と一瞬木に視線を捉えられてしまい、再び前を見ればもう息子の背中は見当たらず、仕方がないので工房の中へと非難したレオンは、飛び出した息子と妻が無事である事を祈るしか出来なかった。






次も夜9時前後の投稿予定です

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