冒険者ギルドペイ始めました!
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
超時事ネタで一発。
クスッとしてもらえたら喜びです。
普段から賑わう町の一角。
暮らすには便利だが、行き来に時間がかかるのは問題だなと愚痴りながら、男は職場に顔を出した。
怪物を倒し、それを糧とする冒険者ギルドへと。
「おっはようさん。受付ちゃん、良い依頼入ってる?」
「あっ、いつも通り朝一ですね! それどころじゃないですよ。これ見てください!」
興奮した様子で、男に何やら木板を見せる受付嬢。
男も戸惑いながら、自身の得物である槍を壁に立てかけて木板を受け取る。
駆け出しも対象なのか、ひどく簡単な文字で書かれたそれは……冒険者ギルドペイ始めました、と書かれている。
「ああん? 王国ペイとは違うのか」
冒険者としては、それなりに成功している部類の男は、そう答えて懐から銀色の板を取り出した。
専属の職人が刻み込んだ王国の名前が踊り、周囲を文様が美しく飾っている。
「あれだろ、国のほうで金を預かり、月1で使用分を商人たちが受け取りに来る仕組み。王国内どこでも使えるし、盗賊に奪われても使えない。王宮魔法使いが管理してるから、防犯もばっちり。ただまあ、本人じゃないと使えないし、限度額があるのが不便な時はあるな」
いつの間にか、男の周囲には、駆け出しを含めた冒険者たちが集まっていた。
だからこそ、わざわざ説明めいたセリフを口にしたのだった。
「そうなんですよ。だから、そんな不便さをなくそうと、ギルドマスターが考え出したんです!」
「ふむう?」
そう旨い話はなかなかない、そうは思いつつもまずは聞くだけ聞くかと男はカウンターに向かう。
よっぽど急なのか、受付の中では何人ものスタッフがあわただしく動いている。
どうせ説明するなら、まとめてという思惑があるに違いない。
そう感じ取った男は、先ほどにも増してその役を演じることにした。
その分は、この後の依頼でちょっとばかり気をきかせてもらえばいい、そう思いながら。
「主な特典は、失敗時の依頼金の一部負担、道具を買う金を貸してくれる、獲物解体の手数料補助と請負、乗合馬車の予約等々、か。いいんじゃないか?」
口にして、男も半分その気になっていた。
ただ、手間だと言えば手間なのが、このギルドでないといけないということだろう。
それも、今後は対応する支部を増やしていくことで解決するとのことの説明を受ける男。
「つまりはあれだ。金を惜しんでちまちました依頼しか受けない奴とか、金がねえから水薬も買わずに行くやつ、店の予約を取るのが苦手な奴とかがやりやすくなるってことでいいのか」
「はい! そうです!」
元気いっぱいの受付嬢の笑顔は、この仕組みの成功を疑っていないように見えた。
先に、王国ペイという仕組みが知れわたっているのも大きかったのだろう。
「よし、じゃあ登録するか」
「俺も俺も!」
「私もよ!」
普段と違う賑わいを見せる冒険者ギルド。
登録数がどれぐらいになるかと、カウンターの奥でギルドマスターは未来に笑みを浮かべていた。
その時は、まだ。
しばらくは何事もなく、冒険者ペイは利用された。
「先に水薬を買えてよかったな!」
「ああ! おかげで依頼が達成できた」
時には、命を落としかけた冒険者の未来を救う。
「たくさん狩って来たわ! 解体よろしくね」
「おう、任せておけ」
今までは遠慮していた冒険者により、怪物駆除のペースも上がったりもした。
「ははっ、乗合の相手はお前たちだったのか!」
「俺たち、農家と兼業だからなかなか時間が合わなくて……」
活動時間の増えた冒険者も、これまで以上に活動するようになった。
いいことづくめに見えた、冒険者ギルドペイ。
が、騒動はあっさりと産声を上げた。
「どういうことだよ!!」
怒号のような、悲鳴。
それがギルド内に響き渡っていた。
声の主は、少年。まだ駆け出しとも言える、若者だ。
この街で冒険者を始め、順調に生き残っている……そう評価を受けている。
「どう、と言われましても……」
対応する受付嬢も困惑しきりだ。
それも無理はないかもしれない。
問題は、自分が受付にいないときに起きていたからだ。
「俺はさっきまで護衛の依頼でいなかったんだ! なのに、なんでこんな高給薬を買ってるんだよ!」
カウンターに叩きつけるようにされるのは、少年が見たこともない金額の請求書だった。
普段なら、依頼達成時に差し引かれるために使われるそれが、今は彼の首に添えられた死神の鎌のように感じられた。
どう考えても払える金額ではない。
それは、彼を知っている人であればわかっているはずだった。
「冒険者の買い物に、口を挟まないのがギルドの決まりですから……それに、ちゃんと冒険者証の番号と、承認番号は記載いただいています。ほら」
「ど、どうして……」
差し出された紙には、確かに少年が登録した冒険者ギルドペイの専用番号、それに承認番号が記載されていた。
当然、あてずっぽうで当たるようなものではない。
ギルドとしても、全ての冒険者の顔を覚えておくのは不可能だ。
第一、登録の時には年齢や名前も、必要なかったのだ。
愕然とする少年、座り込みそうになったところでギルドの扉が乱暴に開かれた。
「ちょっと、どういうこと! なんで私が、隣の国まで急に馬車で移動することになってるのよ! 馬車の用意にかかったお金を払えって怒鳴りこまれたわよ!!」
怒りを体全体で示すのは、魔法使いの女。
師匠の元から独立し、いよいよ自分だけの人生が、というところだった。
「ええっと。あ、こちらも予約が入ってますよ。ほら」
「どういうこと……」
彼女もまた、少年のように動きを止めた。
自分しか知らないはずの、番号が誰かに使われている。
そのことに気が付いたときには、もう遅かった。
「あの、お支払いは……」
「出来るわけないでしょ! それに、国外移動は許可がいるはずでしょ! って……そうか、冒険者ギルドペイの特典……」
叫びながら、魔法使いは気が付いた。
冒険者ギルドペイの登録特典の中に、利用者の身分はギルドが保証すること、という項目があったことを。
移動の際の、利便性を重んじた物だった。
確かに、これまでは移動するたびに、各所に顔を出して報告が必要だったのだから。
「そうだ、合言葉の確認は? 王国ペイだと、高額品の買い物にはそれが必要よね!」
「ありません」
ギルドの中が、凍る。
あり得ないことを聞いた、それが共通した認識だった。
高額の支払いが出来なければ、鉱山送りになるのが王国の決まりだ。
だからこそ、王国ペイは支払金額に制限がかかっており、その解除には手間がかかるのだ。
これも、国民が身を崩さないようにという現王の英断だった。
それが、無い。
「その……利便性のために……です」
受付嬢は泣きたかった。
いや、逃げ出したかった。
明らかに、空気が悪い。
自分が悪いわけではないのに、全部自分に押し付けられているかのような視線が怖かった。
「しかし、どうやって番号を知ったんだ?」
「さあ……わかりやすい番号にしていたからだとしか……」
その言葉に、どきりとした少年と、魔法使い。それに他の面々。
被害を受けていない冒険者たちは、その反応を見て確信した。
「まさかお前ら……登録日を……」
「だ、だって!」
額に手をやり、天井を仰ぎ見る男。
冒険者として経験を積んできた男だからこそ、わかる。
冒険者ギルドでは、冒険者の情報を保管しているのだ。
そして、必要であれば閲覧できる。
例えばそう、年かさの冒険者を雇いたい、といった理由。
他にも、冒険者としての登録年月日が保管されている。
これもまた、実績の確認に使われることもあったわけだが……。
「あのー……お支払いは……」
「「できるわけないだろっ!!」」
涙交じりの叫びが、ギルドにこだました。