第1話 見覚えのない場所
「————っ。んん…………。ん?」
眩しい。
ベッドの上で目が覚めた。
それはもう列車の固いベットと同じぐらいの。
でも、その割には体はあまり痛く……あれ、ここ、どこだ?
とりあえず起き上がって周りを見渡してみた。
どうやら石造り……というより、巨大な岩を掘って作た部屋にいるみたいだった。
半開きになっている木の扉から差し込んでいる光が直線にベッドを通って凹凸のある壁を照らしている。
室内には手作り感満載の机と椅子に埃かぶってないチェストにが置かれている。
その他には……というか、他じゃなくって1番大切なことなんだけど、
————女の子が僕の隣で寝ている。
いや、語弊があるね!
女の子が僕の寝ていたベッドに突っ伏して寝ている。
僕はベッドの上で寝ているのに女の子はほぼ床で寝ている。しかも、机の上の様子からするに女の子の、多分この子の部屋だ。
さらに、部屋に一個しかないベッドを占領というオマケ付き。
……彼女が起きたら謝ろう。うん、そうしよう。
にしても、本当にここはどこなんだろう。
それ以前にここで寝た記憶はもちろん、来た記憶も無い。
こんなこと言っても信じてもらえないだろうけど本当に覚えていない。
昨日、どこで、だれと、何を、この中の1つも思い出せない。
「んぅ〜〜〜〜っ……ん〜…………」
女の子があくびを噛み殺しながら両手を上げて伸びた。そして挙げた腕を元に戻さずにちょうど僕の大腿の所に腕がダイブした。
痛くないの?
しかし、まぁよく寝る人だ。二度寝だよ、二度寝。
「…………」
「『神よお許しください』」
忘れるはずがない魔術の結語。
ふと思いついたのを詠ってみた。詠ったというか詠っていたというか。本当無意識で口に出していた。
下手したらこの部屋吹き飛ぶかもしれないのに。……危ない危ない。
こんな僕でも魔術、というものは人だろうが壁だろうが地面だろうが岩だろうが吹き飛ばせるし頑張れば……いや、できる人なら山にも簡単に穴を開けることができる。——そんな、術だ。
さすが、魔術に『魔』の字がついているだけはあるよね。
『魔』というのは遠い昔から変わらず強いモノにつけられる文字だ。例えば悪魔とか。悪くて強い、敵だ。
そういえば、何でこの魔術の結語"忘れるはずがない"んだっけ。どんな効果の魔術かもわからないのに。
本格的に僕、やばい気がする。
考えたくはない。考えたくはないけと、もしかして……
————記憶喪失?
そんなことが脳裏をよぎる。
落ち着いて思い返してみればそうだ。起きる前のことなんて何一つ覚えていない。
名前も歳も出身も友達だって、崖から、空から、何かに跳ねて落ちたとしても思い出せる気がしない。
というか、今まで僕が生きていたことの方が不思議で仕方ないよ。
突然目の前に神様の使者が降りてきて、
『貴方は神の使いであり、たった今天より使わされました。この世の幸せを守り願いを叶えてください』 なんて言われる方がよっぽど信じられるぐらいだ。
いや、さすがに、自分でもどうかしているとは思うけど。
「……おーい、魂抜けてない?」
寝起きらしいふにゃふにゃした声だった。
声の主は今まで寝ていた……成人して1、2年。つまりは17歳ぐらいの暗めの茶髪に良く映える緑の目の女性だった。
ベッドに突っ伏して寝るしかなかった、彼女だ。
「おはようござい、ます?」
「なっ、なんで疑問系なの。朝だよ。ん、朝かな……?」
そう言うと彼女は急に立ち上がり、立ち眩みでもしたのか若干ふらつきながらドアの所まで行き勢いよく開け放った。
そして、わずかに見える青い空を見上げ頷いてこちらに戻って椅子に座った。
この間、約7秒。
「朝だった!」
「……天然というか不思議というか」
「聞こえてるからね? 心の声だだもれだよ?」
「えっ……」
なんてこった、本当に無意識だった……。
ま、まぁ事実……事実だからなぁ。
「えっ、じゃないから! もう、私は不思議キャラでもなんでもないですぅ〜!」
ぶぅ、と頬を膨らまして笑いながら怒ってきた。
うんどっちかにしようか。
「ベッド占領していたみたいで、ごめんなさい」
「気にしないで! しっかり寝れたから。 まぁ、おはよう! 具合悪かったり痛いところとか……無、い?」
変に言葉に詰まられた。
別に腕も足も欠けてるわけでもないし、もちろん動く。両目も見えるし耳も聞こえるし話せてるはずだしおかしいところなんてどこにも無いはずなのに。
「うん大丈夫。どこも痛くないです」
「じゃあ……どうして泣いてるの?」
え?
「泣いてなん、か……あれ?」
目の中に何かが入ったわけじゃない。ましてや、悲しいことや辛いことがあったわけじゃない。
それなのに、涙が止まらない。理由なんてないのに涙がでてくる。
別になにも思い出せないことが辛いんじゃない。そっちの方が正しいような気がするから。
なんで僕は泣いているんだろう。
「辛いことがあったときに人は泣くんだよ。泣いている理由がわからないのなら、それは心が泣いているんだよ」
泣いているのなら、僕の知らない居たのかもわからない僕だ。
やっぱり少し寂しいのかもしれない。恵まれていたんだろうな僕は。
「……あの、僕記憶が無いんです」
「へっ?」
「どうしてここにいるのかも何もわからないんです」
「えっと……あー……うん」
そりゃ混乱するよね。
急に目の前の男が泣き出した上に記憶が無いなんて言いだしたら。
「じゃあ名前は?」
あれ?
「あ、これは私から言うべきか! 私は……ティア。テとイとアの3文字、覚えやすいでしょ。本当の名前はもう少し長いし呼びにくいからこっちでよろしく!」
「……どうもティアさん。ごめんなさい名前覚えてないんです」
「そっか。じゃあ年齢!」
「あはは、それも全く」
「ん〜、生まれたところ!」
「さ、さぁ?」
「お母さん」
「お父さんもわからないです」
「あ、性別!」
「男です!」
薄々気づいていたけど遊んでるよね?!
少し前の僕へ、心配するだけ無駄でした。むしろ遊んできます。
「本当に……?」
「…………」
あっているよ、ね?
そもそもなんで僕は男ってわかってるんだろ。いや、それこそ本当に忘れたらまずいと思うんだけど……どうしよう、これで女の子だったら。
違和感は無いんだけど…………。
「ぷっ、あはははは! なんでそんなに考えるの。記憶が無いのに気づいた時と今、どっちが焦った?」
「間違いなく今です。じゃあ僕は男であっているんです、よね?」
「さぁ?」
「さぁ?!」
そこは頼むから肯定してよ!
いやされても困るのかな?
まぁ色々疲れた朝だった。
涙もいつのまにか乾いていた。