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10.三好義継という男

〇〇という男シリーズの四人目です。

お気づきの方もいるかもしれませんが、「10.~という男」で統一されています。



 野田城への攻撃は既に始まっていた。


 俺が野田城の東方の門に到着した時には、開いた門の内側で激しい戦いが繰り広げられており、周囲には鉄砲やら弓矢やらで倒された足軽の死体が積み上げられていた。

 無謀ともいえる突入。これを指揮しているのは三好左京大夫様である。本来の一番手は池田様の部隊であったが、左京大夫様が抜け駆けして野田城東方の門に一番手で張り付いたのだ。


 野田城は先の福島城とは異なり、城内には多くの兵が待ち構えていたようで、三好兵が城内に入ったところで鉄砲の集中砲火を受け、多くの足軽が倒れて行った三好兵は城内に陣を確保しようと味方の死体を盾に突入を繰り返すが死体の数を増やすだけで次の曲輪に到達できずにいた。


「三好様!」


 俺は門前で歯ぎしりする左京大夫様に声を掛けた。鬼面の俺を見ると手招きされ俺は慌てて駆け寄った。


「言いたいことは後で聞く。この状況の打開だけは我にやらせろ。」


 頑なな回答。一瞬怯んだが、追いかけてきた雑賀殿の言葉で我に返った。


「小僧、俺を使え。この城の作りは俺が理解している。」


 左京大夫様が俺の後ろから声を掛けた男を見て不愉快そうな表情をした。…まあ当然か。パッと見は足軽にしか見えないからな。多分この男が雑賀の者とも分からないだろう。


「雑賀殿、この門以外の攻め場はあるか?」


 雑賀殿は木の枝で素早く地面に絵を描いた。


「ここから川沿いに北に回ったところに、中に通じる水路がある!敵は東門に集中して兵を配置しているようだから、少人数で潜入し…ここに配置された鉄砲隊、弓隊を蹴散らせば、東門側の兵はその隙をついて南の曲輪に張り付ける!…どうだ?」


 枝で絵を描きながら雑賀殿は俺の顔を覗き込んだ。さっきちらっと東門から北側を見たが、十数名の弓隊がこの辺りにいた気がする。


「中に入って蹴散らすまではいいだろうが…その後はここに配置された鉄砲隊の餌食であろうな。」


 左京大夫様は東門の左手に櫓を書き加えて枝でとんとんと叩いた。俺は左京大夫様を見返した。目が合う。この水路から潜入する奴らは死を覚悟する必要がある…か。


「赤西隊を呼べ!」


 左京大夫様が部下に命じすぐさま若い男がやってきた。


「赤西!貴様の命を貰う!ここから川沿いに身を隠して進むとこの辺りに城内に通じる水路がある。ここを潜って中に入ったらここにいる弓隊に襲い掛かれ!」


「は!」


「…水の中を進む故、服は全て脱ぎ捨てろ。脇差のみで行け!」


 赤西という男の表情が変わった。敵がいる城内に裸で行けという命令は「死ね」と同義。俺は拳を握り締めた。


「直ぐに支度いたします!」


 そう言って左京大夫様の側を離れた。まもなく二十名ほどの褌一丁の兵がやってきて、左京大夫様の前で跪いた。


「……行け!」


 左京大夫様の号令と共に男たちが堀へと走っていった。左京大夫様はじっとその後ろ姿を見つめておられた。




 将とはこのような辛い命令も下さねばならぬものなのか。



 俺はこの先、将としてこのような命令を下すことができるであろうか。




 やがて水路を見つけた赤西隊からの合図を受け、左京大夫様が東門への突入を再度命じた。百名ほどの足軽が歓声を上げて中に押し入り、四方から鉄砲と矢の雨が浴びせられ、バタバタと兵が倒れていく。俺は左手にある櫓を見上げた。数名の鉄砲兵が下を走り回る足軽を撃つべく銃身を出している。


「雑賀殿、あすこの兵を撃つことはできるか!?」


「無理です。」


 即答。余りの即答に怒りが込み上げてきた。


「あの櫓によじ登って「無理に決まってるで…」だったら何もせずにここで待ってろと言うのか!」


 俺は雑賀孫一の胸元を掴んで持ち上げた。


「ぐっ…小僧如きが熱くなってんじゃねぇ!…く、苦しい!!」


 俺は孫一を投げ飛ばした。側にいた兵から竹の盾をふんだくると、両手で構えて門へと向かった。


「お、おい!鬼面殿!何をする気だ!」


 五月蠅い!俺は見過ごせないんだよ!何を言われようが見過ごしたくないんだよ!









 攻城戦のセオリーからはおおよそかけ離れた俺の行動。それは誰も予想がつくものではなかったのか。あるいは俺の無我夢中の行動に(ほだ)された左京大夫様旗下の兵たちが自らの命も顧みずどっと押し寄せたからなのか。あるいは雑賀衆の放つ銃で混乱したか。最終的には南方の門を突破した池田隊と細川隊が西曲輪から本丸になだれ込み、大将である三好長逸と三好笑岩(しょうがん)、三好宗渭(そうい)、三好為三(いさ)の三入道が討ち取られたところで敵方が降伏した。

 この戦いで左京大夫様の部隊の死者は半数を超えていた。俺も一緒になって突撃し、鉄砲の射撃を受けてなお曲輪へと押し進んだ。

 俺の無謀な行動で雑賀の鉄砲衆が城内に入る隙を生み出し、孫一の号令で敵方の鉄砲衆を怯ませることに成功した。また、俺を見た左京大夫様旗下の将兵たちが我が身を顧みず曲輪へと突撃し曲輪の占拠、更なる敵兵の引付けに成功した。東方の門と曲輪が大乱戦だったおかげで、南方が手薄になり、細川様と池田様は比較的楽に攻撃ができた。…全ては結果論なのであるが。


 堺におわす信長様に戦勝報告に向かう道中では池田様は一言も口をきいて頂けなかった。


 野田城攻略後、三好残党の首を検分頂くために三好様、細川様、池田様は堺へと向かった。俺はその一行に強制参加させられた。俺に降った雑賀党も引き連れ、紀伊水軍衆の舟に乗っての移動である。道中、池田様に無視され居心地の悪い中、左京大夫様が俺の元を訪ねてきた。左京大夫様は俺の前に無言で座り一拍俺をじっと見るとすっと頭を下げた。


「…礼を言う。」


 それだけ言ってまた俺をじっと見た。


「某は左京大夫様から頭を下げられるようなことを成した覚えは御座いませぬ。よろしければお聞かせ願えませぬか。」


「何を言っている?お主は重い竹束の盾を2つも抱えて先頭に立ち赤西隊への鉄砲を防いだではないか。私は赤西の命はないものと思っておったのだ。だがお主の働きで赤西は命を拾った。これに礼を言わずして三好の当主足りえぬ。」


 そう言ってもう一度頭を下げた。俺はどう答えていいかわからずオロオロしてしまった。すると部屋の隅で寝ていた孫一殿がいつの間にか起き上がり会話に参加してきた。


「かっかっかっかっか!それだけではなかろう左京大夫殿!我も刀を抜いて切り込んで言ったではないか。」


 左京大夫様は孫一殿をギロリと睨みつけたが直ぐにニヤリと笑う。


「そういうお主も鉄砲でもって殴り込んでおったではないか。」


「自分でも驚きで御座る。大事な筒を使って敵を殴るなんて。」


「不覚にも…心躍ったわ。」


「如何にも。」


 二人は大笑いした。意気投合している感満載…しかし、あの大乱戦に左京大夫様まで参加されていたのか!…いくら頭に血が上ったとは言え、やりすぎてしまった。池田様が怒っておられる理由はこれか。下手すれば三好家の若き御当主様まで死んでしまう事態に…。


 俺はあの後寝込んだんだけど。


「命のやり取り…それは真に恐ろしき事。しかし生き残った後に迎える喜びは得も言われぬ。」


 俺はそんな心境は無理です。左京大夫様はドM認定ですわ。


「血まみれになりながらも、家臣たちと肩を叩きあった感触は…忘れることはできぬ。初めて心を分かち合ったと思う。」


 それほど左京大夫様は家内でも孤立されていたということか。確かに、血筋としては分家にあたり、三好一族の中ではかなり若輩になるが。若過ぎる当主は家臣から舐められると聞いている。故に常日頃から厳格に接するようにしていたみたいだけど…あの戦では俺の暴走に釣られて我武者羅に戦う中で、家臣と己の気持ちを分かち合ったという感じか。だけど…殺し合いを行った後なのに平気で笑い合う心境は俺には分からない。


 武士とは何なのであろうか。武家とは何なのであろうか。この時代の人間ではない俺には理解できぬことなのかもしれない。





 堺に到着した俺たちは直ぐに信長様の命を受け、今井宗久様の屋敷に向かった。門の前では今井兼久(いまいかねひさ)様が俺たちの到着を待っており、鬼面の俺を見つけて会釈された。


「お久しぶりに御座いますなぁ九郎殿。なんやまたやらかしたそうで。」


 堺の商人らしい関西弁での挨拶。


「今度こそ本当に首ちょんぱになるやもしれませぬ。」


「首ちょんぱ…はは、なんやおもろい表現ですな。恐ろし気な言葉のはずやのに、おもろい響きや。…しかし残念ながらそうはなりまへん。まあ、皆様方もおあがり下さい。奥で弾正忠様がお待ちに御座ります。」


 兼久様の案内で屋敷の奥に案内され客間に行くと既に信長様がごつい男の酌で酒を飲んでいる最中だった。細川兵部大輔様を先頭に、三好左京大夫様、池田勝三郎様が下座に座り、その後ろに俺が、更にその後ろに雑賀孫一が座った。細川様の合図で、俺と孫一で蜜蝋漬けにされた三好残党の首桶を信長様の前に置く。信長様が顎で横の男に指図すると、男は臆することもなくまじまじと首を見つめた。


「…確かに長逸に御座います。こちらは笑岩、宗渭、為三ですな。」


 首を見てその名が分かるということは、この者は三好の一族か…となればこのお方が左京大夫様の父、十河様か。


「であるか。これらを下げよ。皆の者ご苦労であった。特に左京大夫は色々と骨を折ったと聞いておる。特別に褒美をやろう。」


 三好様が深々と頭を下げた。それを見てうんうんと頷いたあと、信長様が首桶を片付けている俺をギロリと睨みつけた。


「無吉…貴様また軍令を無視して突っ込んだらしいな?」


 思わず首桶を落としそうになった。魔王度250%発動…やばい膝が笑い始めた。兼久様、信長様は怒髪天じゃないですか。十河様も青ざめてます。もう少し落ち着かれた方が…。


「弾正忠様、お待ちくださりませ。」


 左京大夫様が頭を下げたまま信長様に話しかけられた。瞬間に魔王度250%が三好様のほうに向き、三好様の顔に汗が流れ出た。


「この者は我ら三好隊と共に攻城戦に参加し、我が家臣の多くの命を救って頂き申した。先ほど褒美を頂けるとおっしゃいましたが、褒美の代わりにこの者の罪を免除頂けませぬでしょうか。」


 な、なに言ってんすか!そんなこと言ったら信長様は余計にお怒りになられるって!…あれ?信長様は怒ってる…けど悲し気な表情…なに?


「兵部大輔、説明せよ。」


「は、左京太夫殿は抜け駆けをされて野田城に張り付き城門を攻撃。城内からの想定以上の反撃に状況は膠着。そこの雑賀党の案を受け部隊の一部を水路から内部に侵入させたあと激しい乱戦となり、九郎殿が左京太夫殿の制止を振り切って竹盾を抱えて大立ち振る舞いをやらかし、更には九郎殿の活躍を無駄にせんと左京太夫殿自ら乱戦に切り込み曲輪を占拠。左京太夫殿の騒ぎに気を取られている隙に我らで本丸まで押し進んで首を取った次第に御座ります。」


 完結明解。だけど俺のところだけなぜ「やらかし」という表現?悪意がある言い方…ごっふぅ!



 信長様の蹴りが俺の腹に突き刺さり、俺は襖を押し倒して隣の部屋へと転がった。


「全く…一歩間違えば左京太夫の命を奪うところだったのだ。そのうえ、左京太夫に庇われるとは…どこまで人たらしなのじゃ。」


 信長様は俺を髪を掴んで部屋の奥へと放り投げた。意識が飛びそうになり必死に耐えて這いつくばっていると手に何かがあたる。見ると…前田慶次郎が幸せそうな顔で寝転がっていた。


「うふ……もう、飲めましぇーん…お許りくらさりまれ…大殿しゃま。」


 ?……酔い潰れた慶次郎?



「十河よ、まだ酒はいけるか?ちょうど良い、此奴と飲み比べをやれ。なに、此奴は直ぐに伸びてしまうわ。」


 俺はこの後どうなってしまうんだろう?蹴られた腹は痛いし、慶次は泥酔しているし、孫一は部屋の隅に移動してくすくす笑ってやがる。分かってるのか?ここから降将として俺の家臣になることをお認め頂くために信長様に説明せねばならんのだぞ。…なんで兼久様までくすくす笑ってんの?




三好義継:十河一存の子として生まれますが、三好義興の死に伴い、長慶の養子となり、長慶の死後、当主となりました。しかし、家内では孤立していたようで、家臣に対して威厳を保つため寡黙な様子を見せていたそうです。史実では、1573年に佐久間信盛の攻撃で自害しております。


十河一存:史実では1561年に病死しています。死の間際に松永久秀が側にいたことから暗殺されたという説がありました。


赤西何某:三好吉継の家臣です。この回だけの登場です。


三好笑岩(しょうがん):三好長慶の父、元長の弟で、三好一族の有力者のひとりです。剃髪してしょうがんと号したそうですが、いろいろな当て字があり、作者は「笑岩」が一番気に入っているのでこれを使いました。


三好宗渭(そうい):三好三人衆のひとりで元長の祖父、之長(ゆきなが)の弟に当たる。剃髪前の名は政生(まさなり)


三好為三(いさ):宗渭の弟で真田十勇士のひとり三好伊三入道のモデルと言われています。史実では1632年まで生きていたそうです。


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