19.再び尾張へ
投稿し忘れた59話です。
今頃になって投稿することになり申し訳ありません。
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“織田の名は本家のみ”
1580年前半には、信忠様を除いて信長様の親族は皆「織田」「津田」の名から別家の名に変えられた。信忠様の御兄弟は全て他家の養子となり、信長様の御兄弟も名家の養子となってその名を変えられた。
私も親族扱いだったようで、“津田”からその名を変え、再び信忠様にお仕えする身となった。
この制度はたった一人の例外を除いて今もなお続いており、信忠様の御子は嫡子以外は他家の養子となって安土を離れている。
日の本を安土より統治する王は唯一人。
だが養子に出すことによって、全国の名のある大名はいずれも織田の血を引く男子が継承し、織田幕府の基盤がますます磐石。当主の血を引く子は男子であろうが女子であろうが無駄にはならず合理的な方法だと思う。
だがこの制度が思いも掛けぬ展開を運ぶきっかけとなってしまったのは事実である。
その話は後に語ることとしよう。
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1573年9月。
浅井、朝倉を滅ぼした織田家は論功行賞で重臣達の配置換えが行われた。
元服を済ませた奇妙丸改め勘九郎様は尾張下四郡と伊勢長島が与えられ、独自の軍団を編成することを許された。現在組織の再編中で俺もその中に加わることになっている。
柴田様は越前一乗谷の再建を任されると同時に加賀の一向門徒の鎮圧を命じられた。また旗下の前田利家様が新たに越前前田家として独立することが許され、荒子前田家から何人かの家臣が異動になったらしい。
丹羽様は若狭を与えられた。織田家では奇妙…勘九郎様を除いて初の国持ちである。丹羽様への信頼の高さが窺い知れる。今は若狭の国人を支配下に置く為一時的に信長様の元を離れているが、三月もすれば丹羽様独自の軍団を編成なされるであろう。
羽柴様は近江国内に所領を与えられた。後に長浜と呼ばれる地を拝領し此度は大きく出世なされた。
塙様は引き続き、対本願寺の大将として平野郷に留まられ、その配下に旧幕臣や堺衆、土田生駒衆、池田様が与力として従われる。
京は明智様に任された。これまでは山科を中心に古渡様が管轄されていたが、二条から公方様が去った今は明智様が二条城を居として公家衆を御する役目を担われた。
そして古渡様は…山科館にて隠居なされた。
全ての任を解かれ、養子であった帯刀様は母方の塙様の御養子へ、俺は池田様の養子に出され、自らの名も“山科淡休斎”と変えられた。悠々自適な隠居生活…ではないらしい。どうやら西野衆や瀬田衆を使った内外の監視役を仰せつかっているらしい。現代風に言えば忍の頭領として信長様直轄の裏方任務だろう。
三介様と三七郎様は伊勢に向かわれた。後見役として伊勢に広い顔を持つ滝川様に北伊勢が与えられた。そして勘九郎様に合力するよう言い渡されている。
そして俺は、三人の嫁と郎党を引き連れて清洲に引っ越した。
此度の異動は再び織田勘九郎信重様の家臣として働く為である。…と言っても正式な手続きはこれからで、一先ず津島で大橋重長様から屋敷をお借りして仮住まいとし、俺は茜と二人で清洲に挨拶に赴いていた。城につくと御殿の客間に通され、二人で主を待った。
池田家の娘、咲どのとの婚姻で茜と離縁になるかと思ったが勝三郎様は、茜ごと俺達を受け入れてくれた。そんなわけで正室は茜のまま、新たな側室に咲どのが入り、俺が勝三郎様の養子にもなった。
ここに来る前に山科館で咲どのとの祝言もあげた。咲どのは俺の嫁になることを大いに喜び、孫十郎が複雑な表情で俺を見つめ、茜は終始ニコニコ顔だった。特に茜が咲どのにどう出るか不安だったのだがそれは杞憂に終わり、側室として彼女を受け入れてくれたようだった。咲どのも年上ではあるが茜を正室として敬う姿勢を示したため、特に問題は起こらずにここまで来ている。福は姉が二人になったと単純に大喜びしている。三者三様であるが、俺はこの三人を幸せにできるのであろうかと不安でもある。
あれこれ考えているうちに廊下から足音が聞こえたので俺は平伏した。茜が俺の後ろで同じく平伏する。障子の開く音が聞こえ足音が近付き…俺は抱きしめられた。
「……よくぞ、よくぞ戻ってきたな無吉。」
勘九郎様のお言葉に俺は堪えきれず涙を流した。
「き…きびょう…ばる…さば!」
「お前はすぐ泣く!いつからそんな泣き虫になった?」
「だっで!だっで…!」
「わかったわかった!さあ、母上にご報告に参ろう!茜殿も一緒に!」
泣きむせぶ俺を二人に宥められ久昌寺に向かった。
織田家の後継者として元服された者ともなれば、周囲に侍る者も大きく増えるようで、出かけるとなれば、先触れが先方に向かう。今回は久昌寺に坂井久蔵が向かった。因みに小姓として仕えていた者達は皆馬廻り衆として仕事を行っている。
俺は茜と一緒に馬に跨り、勘九郎様と小姓を何人か引き連れて半日かけて久昌寺に到着した。既に先触れが連絡しているので、迎えの準備は整っており、舞さんが俺達を出迎えてくれた。
「宗舞尼殿、久しぶりだ。積もる話もあるがまずは案内してくれ。」
勘九郎様が急かしたので、俺は舞さんに会釈だけして吉乃様の墓へと向かった。林の手前の日陰に並んだ墓。左から先祖代々の墓が並んでおり、右から3つ目が吉乃様。そして家長様、久通様と並んでいる。
3人は1つずつ順番に手を合わせた。そしてしばらく墓を見つめていた。俺も昔を懐かしんで想いに耽っていた。
「義母上から聞いた。…私は本当は正室の子であったそうだな。」
勘九郎様はじっと吉乃様の墓を見つめながらつぶやいた。俺はその御主君の横顔を見た。
「その様子だと知っていたようだな。何故黙っていた?」
「…御台様の御立場を考え、私から言うべきではないと判断いたしました。」
「そうだな。今でもそう思う。これだけ織田家が大きくなっても義母上の御立場は微妙だ。岐阜では肩身が狭かろう。清洲であれば新五郎(斎藤利治)もいるし、ゆるゆると過ごせると思う。」
「良きお考えです。」
「だが、義母上は父上の事が好きだからなあ…。」
俺は吹き出した。そうだ、確かにそうだ。あの方は信長様のみを生き甲斐にされている。
「それに、大殿も御台様の識見を頼りにされております。」
「…清州にお呼びするのはもう少し先にするか。私もまだここに眠る母を母と呼びたい気持ちが残っているし。」
「勘九郎様、このお方は…私にとっても母であったのですよ。」
「そうだった。私たちは兄弟だからな。」
「…類姉様は羨ましいです。私は類姉さまと遊んだ記憶が御座いませぬ。」
羨ましそうに茜が口を挟んだ。勘九郎様が笑った。
「だが、その代わり無吉にいっぱい遊んでもらっていたそうだな。」
茜は顔を真っ赤にして俯いた。いっぱいではないと思うが幼い姫の遊び相手になっていた頃を俺も思い出した。
「茜殿、うかうかしてると他の嫁に子を先に産ませてしまうぞ。」
「大丈夫に御座います。こう見えて吉十郎様は律儀な御方です。」
そこまで言って茜はまた顔を赤らめた。もうそれ以上喋るな。俺まで恥ずかしい。
「積もる話もあるようですので、寺に戻られてはどうですか?」
頃合いを見計らって舞さんが声を掛けてくれた。俺達は立ち上がって寺に戻ることにした。既に夕暮れである。今日はこのままここに泊まることを提案し、久蔵が清洲に知らせるために一礼して出て行った。久蔵が俺を恨めしそうに睨んだことは俺の中だけに留めておこう。
夜。
寺のもてなしを受けた後、茜を舞さんに預けて俺は勘九郎様と二人きりで夜空を見上げながら話をした。勘九郎様が小姓を全員遠ざけたので、本気の二人きりである。暫くは二人とも無言だった。俺は勘九郎様にお聞きしたいことがたくさんあり何から聞けばよいか思案した。そして口を開く。
「…林様は如何ですか?」
「…道意(松永久秀の出家号)が来てから力を貸してくれるようになった。…何があったのだ?」
「林様と道意様は似たところがおありです。道意様が三好義継殿に思うところがあったように、林様も大殿に思うところがあり、その子にも同じ気持ちがおありでした。」
「…道意が説得したのか?…いや何故お前がそれを?」
勘九郎様は視線を俺に向けた。俺はにっと笑った。勘九郎様は呆れた表情をされた。
「林様のお力は役に立ちます。存分にお使い為されませ。林様は必ずや応えてくれるでしょう。」
「わかった。林の爺の力で三河をかき回そう。」
「やはり徳川家は邪魔ですか。」
「と言うより家康が曲者だ。信康の代になれば御しやすいと思うのだがな。」
「では、岡崎三郎様と家康様とで対立させては如何ですか。」
「いいね、それ。」
「それと畿内へ迅速に兵を出せるよう講じる必要が御座います。」
「次の戦場は大坂か?」
「或いは阿波かと。」
「坊主と三好か。ならば舟が居るな。…だが船を作る銭がない。」
「九郎左衛門様に用立てて頂きましょう。堺、平野からであれば銭は湧いてきます。」
勘九郎様は肯いた。
「次は西国です。」
「…毛利か?」
「はい。今は織田家とは良好な関係です。ですが、我らが西国を目指せば、必ず立ちはだかる相手となります。」
「どうする気だ?」
「今の内に毛利内部あるいは周辺の国人と繋がりを持てれば…」
そう言ってから俺は勘九郎様と目が合った。慌てて目を伏せ頭を下げるが、勘九郎様はニッと笑うだけであった。やはり俺のことを家臣としてではなく友として接しておられる。
「心当たりが御座います。先の天台座主様が西国に居られると聞きます。」
「あ奴は織田家を嫌っているのではないか?」
「座主様には御子が御座います。」
「何!?……もしや連れ立っていた若い従者か?」
「私の見立てでは、その御子とは交渉できると考えております。」
「……そうか、毛利が座主様を庇護されているのか。藤吉郎に探らせてみるか?」
「いえ、細川様の伝手を使いたいと思います。」
「兵部大輔?……ほんとにお前は顔が広いな。」
「それから…「まだあるの?」」
勘九郎様は思わず声をあげた。
「まだまだ御座います。」
「…たかが3年と思うていたが…お前はその間に一体どれだけのことを見て来たのだ?…まあいい、今宵は全部聞こう。1つずつ話せ。」
「は。」
小折の夜は更けていく。




