20.守勢
…ようやく第二部完結までたどり着きました。
しかし、本能寺の変まではまだまだ先のお話になります。
余談ですが、一部20話の構成で行けそうなので、週に2~3話のペースで投稿できればと思っております。
それでは、第二部の最終話をお楽しみください。
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1570年10月17日-
信長様の命により、家臣一同が岐阜城の大御殿に集められた。
連枝衆(織田一門)からは
古渡五郎三郎信広
織田九郎信治
織田勝十郎信照
織田彦七郎信興
長野三十郎信包
尾張家臣として
柴田権六郎勝家
丹羽五郎左長秀
佐久間半羽介信盛
中川八郎右衛門重政
坂井右近将政尚
滝川彦右衛門一益
塙九郎左衛門直政
美濃家臣として
森三左衛門可成
斎藤新五郎利治
土田生駒甚助親重
蜂須賀小六正勝
稲葉伊予守良通
安藤伊賀守守就
氏家貫心斎卜全
不破河内守光治
近江家臣として
蒲生権太郎賢秀
朽木弥五郎元綱
幕府から
明智十兵衛光秀
一色式部少輔藤長
和田紀伊守惟政
信長様が信頼される者だけが集められており、その目的をこの時点では伝えられておらず、何事が起きたのかと恐々として、主が来るのを待っていた。
後に「岐阜会議」と呼ばれるこの会議で、信長様は諸将に織田家が向かう道を明確にお示しになられた。
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俺と対面した古渡様は、銀閣寺の兵を帯刀様に任せ、岐阜へと向かわれた。そして戻ってきて概ね俺の献策した通りの内容となったことを教えて頂いた。
「最初は儂の手柄にしようと思うたが、やはりできぬわ。三郎にはお前のことを説明し、儂の家臣にすることを了承してもらったぞ。」
そう言うと、巨大な絵地図を俺に投げつけた。それは俺が描いた絵地図。広げてみるとほとんど俺が描いたままの内容であった。
「これが岐阜城で行われた内容だ。」
そう言うと、古渡様は岐阜城での話を続けられた。
信長様が大広間にやって来て上座に座られた。皆が一斉に姿勢を正し、間を合わせて平伏した。
「面を上げよ。」
低い声が響き、下座に座る一同が顔を上げる。一瞬にして汗の臭いが充満する。誰もが信長様を前に緊張の度合いが一気に上がり、掻きたくもない汗が噴き出ていた。
暫く沈黙が続いたが、不意に信長様が声を発した。
「…浅井が裏切った。…何故だ?」
自問の声。誰も答えられる者はなくじっと両手をついて控えている。
「朝倉が従わぬ。…何故だ?…顕如が従わぬ。…何故だ?」
自問のような言葉が続く。そして立ち上がる。
「儂は“天下布武”を掲げ、足利将軍を奉戴し全国に号令をかけた。…それは何故か?」
信長様は扇を取り出し、バッと開いた。何人かの家臣が身体をビクつかせた。
「全ては、乱れた世を終わらせるため。誰かが頂点に立ち、各地の大名に号令を掛けねば、収まらぬ。」
信長様は舞を始めた。扇を掲げ舞いながら話を続ける。
「誰も頂点を目指さず、目の前の土地を奪い合うことに躍起になるのなら…儂が頂点を目指そう…足利では天下に号令を掛けられぬのなら、儂が代わりに号令をかけよう。」
辺りは静まり返り、信長様の舞う音だけが響く。
「儂が全てを引き受け、天下の為にその全てを尽くそう。…それを邪魔する愚かな者共、目先の欲に囚われた者共は……根絶やしにする!」
ぴたりと動きを止めて舞終えると、信長様は扇を仕舞い再び上座に座った。
「…だが敵は一人に非ず。我ら一丸となってもその威力や互角…。儂とて頂に立つ前に愚かなる者共に命を奪われては、後世の笑いもの。…此処は我慢の刻と考える。」
信長様は閉じた扇で膝を叩いた。パンッという乾いた音が部屋中に鳴り響く。
「浅井朝倉は南下する。木下と森は各々与えられた城でその南下を死守せよ。」
「はっ!!」
木下藤吉郎様が返事をする。
「木下の援護は、中川と池田が。中川の援護は柴田が。柴田の援護は佐久間が!…各々が隣り合う隊の援護を惜しまず行え。各隊は連携を密にし、敵の侵攻を止めよ!…我らは今“守勢”である。ならば、徹底して守勢に回り、敵を寄せ付けず、疲弊させ、消耗させよ!……その間に、儂が万の兵を駆って、我に敵対する者を一人ずつ刈り取ってやる!」
「ははーっ!」
皆が一斉に平伏した。
「三郎五郎!」
「はっ!」
信長様の声に古渡様は反応し、一歩前に出る。
「貴様の京の街の総奉行の任を解く。…代わりに全軍の総指揮官を任ずる。」
「ははっ!」
「京に本陣を置き、摂津、河内、和泉、大和、山城、近江の軍を指揮下に与える。周囲の敵から全てを守れ!」
「ははっ!!」
「柴田、森、佐久間、中川、木下、池田は三郎五郎の指揮下に入れ!」
「「「「「ははっ!」」」」」
「明智!」
続いて光秀様が呼ばれ、美丈夫が前に出た。
「義昭様から兵権を剥奪する。これ以上我らと共に戦に出られる必要なし!将軍様には御所にて全てを見守られる様お伝えせよ。幕府の軍は貴様が指揮を執り、三郎五郎に合力せよ!」
「は、はは!」
一瞬のためらいがあったが、返事をする他の幕臣も頭を下げた。
「半兵衛!」
最後尾で控えていた男が返事をした。
「尾張下四郡を奇妙に与える。貴様は奇妙の総代としてそこから一万の兵を編成しろ。」
「はっ!」
「独立した軍として全ての守勢を援護せよ!」
「はは!」
「奇妙!」
この名を呼び、若い声が返事をする。
「…“攻勢”に転ずる時が来れば…半兵衛から兵権を引き継げ。…初陣だ。」
奇妙丸様の顔が紅潮した。
「はい!」
「…なるほど。大殿は、信の置ける家臣を呼び出して鼓舞された訳ですか。」
「そうだ。」
話を聞き終え、俺は感心した。これで奮い立たない将はいない。…と思う。だが、肝心の全軍での大城郭構想についてちゃんと話されていないのではないかと思ってしまった。
「それは大丈夫だ。儂と五郎左で諸将にしっかり説明した。…貴様の描いた絵地図でな。…まったく、こんな構想を考えられるのは貴様くらいじゃぞ。」
俺はニコリと笑って地図を広げた。地図は近江を中心に書かれている。そこには、細かく諸将に配置と連携相手、敵対相手を書き込み、誰が誰と対峙し、誰の援護に回り、誰と連携すれば良いかがわかるようにしていた。
それは琵琶湖を中心に、畿内と東海を大きく包み込む巨大な城郭を成すような形で諸将の配置がなされていた。
織田家大城郭図。
名付けるとすればそんなところか。基本は何も桶狭間の時と変わってはいない。城や砦を線で結んで巨大な城郭を形成させ、互いに援護し合う形にする。それを全国規模でやるだけだ。後は、状況に応じて城郭の形を変えればよい。重要なのは“守勢”であること。こちらは守りを固め、兵力、兵糧を温存し敵を疲弊させる。補給物資は叩き潰すか、こちらに組み込むかしてとにかく衰えさせることが主眼。そのためには、堺や根来に手を回す必要がある。
そして、もう一つの大事な点は、城郭を成す隊とは別に、攻勢の為の軍を作ること。一つは信長様の本隊。尾張美濃近江から集めれば三万の軍勢を作り出すことが可能のはずだ。そしてもう一つ。その役を担えるのは、奇妙丸様しかいない。
故に!
後二年!
二年待てば、守勢から攻勢に転ずる機会が訪れる!
…と言っても史実通りに話が進みそうだ。延暦寺は騒がしいし、浅井朝倉の大軍は、一隊では抑えきれぬから朝廷を動かして和議を結ぶことになるだろう。
俺は絵地図を丸めた。そして古渡様にお返しした。古渡様は興味なさげに丸めた紙を床に置いて俺を見下ろして笑った。
「…儂の養女を娶る形を取ったのだ。“津田”の名をくれてやる。…諱も“忠広”と名乗れ。」
「は。それならば、“吉”の字も今は捨てましょう。…今日より津田九郎忠広と名乗ります。」
「…吉を捨て、十郎から一を引いたか。」
「はい、九郎と苦労を掛けました。」
「はははっ。貴様らしい。…茜は、清洲の皆が何とかして貴様の為にと思うて、俺に託してきた娘だ。今は無理だが、子ができれば生駒の名を継がせることもできるだろう。…大事にせえよ。」
俺は「はい」と返事をした。
部屋の隅には恥ずかしそうに、でも嬉しそうに俺を見やる姫改め、茜が居た。
「…ふん、儂も息子を二人も持つとは思わなんだ。…こき使ってやるから覚悟しろ。」
「は、何卒、ご指導の程を。」
俺は、古渡様に向かって姿勢を正して一礼した。
反信長包囲網は始まったばかり。
これより、織田家は戦に次ぐ戦の時期となる。
津田九郎忠広:架空の人物です。
津田姓は織田家が功を上げた家臣などに与えていたそうです。はっきりとした出元は分かりませんでしたが、織田と同じく格式のある姓として扱われていたようです。織田とは1ランクさがるようですが。
九郎は十から一を引いて、“足りない者”を表現してみました。
三部:京を中心とした話になります。
勿論史実に近い形でストーリーが進んでいく予定です。なので、史実との違いについてはこれまで通り後書きに掲載していきます。
・・・それにしても登場人物が増えました。
歴史物語だから仕方がないのですが、直ぐに書き間違えてしまいます。
これまで通り、誤字脱字をご報告を頂けると大変助かります。
あと、「俺はこう思う!」というのもありがたいです。
どうしても、独りよがりな解釈で進めてしまうところもあり、読者の方からご指摘を頂いて「なるほどそういう考え方もあるのか」とか「そういう解釈もあるのか」と感心させられるところが御座います。
こういったご意見は作者にとっては貴重なお言葉です。
遠慮なくご意見を賜りたいと思います。




