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12.越前出兵のその裏で

2019/08/28 誤字修正

最も辛辣なご意見を頂き、一番修正を行った箇所になります。



 1570年4月20日。


 織田家は、越前国敦賀郡に兵を向けた。


 三河、畿内の援軍を含めて三万五千。


 尾張、美濃には、坂井様、池田様を残し、江南には森様を配して補給路も確保し、万が一に備えて、奇妙丸様を岐阜城に登城させての万全の体制であった。



 だが……



 俺は知っている。……この戦いは敗北することを。


 俺は知っている。……ここから信長様の苦難が始まることを。




 そして俺は知っている。……この戦をきっかけに、明智様は信長様の直臣として扱われていくことを。




 …と言ったところで、今の俺にはどうすることもできず、ただ奇妙丸様のお側に仕えて行く末を見守るしかなった。今回の出兵についても、奇妙丸様に岐阜に入るよう命令が下され、河尻隊と共に美濃防衛の任務を請け負っていたが、実際はまだお飾りの大将にしかすぎない為、金華山山頂の天守から北の方角を見るだけの毎日だった。

 日に二度、河尻様の戦況報告を受けるだけの毎日である。



 4月26日。

 今日も奇妙丸様と天守から外を眺めていた。


「若殿、河尻様がお呼びに御座います。」


 下から坂井久蔵殿の声が聞こえ、奇妙丸様と二人で下の間に降りて行く。

 報告は敦賀郡の諸城を攻略し、金ヶ崎城にまで到着したとの内容であった。


「ここを降せば、越前と若狭を結ぶ幹線路を封鎖できます。若狭は越前からの救援を受けられず、織田家に降ることでしょう。」


 半兵衛様が穏やかな口調で説明し、河尻様がこれに同調する。


「金ヶ崎を抑えれば、朝倉も迂闊に南進することはできなくなる。…普通ならばここで一旦守備兵を置いて撤退し朝倉との交渉であろうが、大殿様はこのまま茶臼山あたりまで進軍する気でおられる。そうなれば長期遠征の可能性もあるため、我らは周辺国の動向に気を配る必要がある。」


「そうですな。今気になるのは京の足利様と甲斐の武田くらい…。そうそう、近江の六角も何か起こしそうですな。」


 …半兵衛様でも浅井はノーマークなのか。


「浅井様はどうですか?此度の戦に反対されたとか?」


 俺の意見に皆がきょとんとした。


「浅井様は、出兵直前に通達を受けたことに声を荒げたそうだが、出兵には反対しとらんぞ。」


 むむむ。そうなのか。だが、此度の戦には準備が整っていないことを理由に参加していないのは事実。今周辺で一番兵力を残しているのは浅井家なのは間違いない。注意を払ってもいいはずだ。


「浅井は確かに家臣の中に朝倉派がいる。だが、新九郎長政殿と市姉さまがおられるのだ。何の心配もない。」


 俺は食い下がった。しかし、奇妙丸様も河尻様も心配するなの繰り返しで、相手にされなかった。実の妹を質にと差し出した相手を裏切る様な真似などせぬと言いたげだ。


 だけど。


 浅井新九郎様の前妻は今どこでどうしているのか!?


 俺はそのことに触れることで、奇妙丸様の怒りを買いそうな気がして、口にすることができなかった。





 夜。


 俺は灯明皿の明かりを頼りにいくつもの書状を書いた。書きあげた書状を読み返す。文末には奇妙丸様の名を書いた。我ながら上出来だと思いながら綺麗に折りたたんでいく。


 俺がやっているのは、文書の偽造だった。


 奇妙丸様の名で近江の監視を命じる内容。

 奇妙丸様の名で浅井から織田に内応するよう説得する内容。

 奇妙丸様の名で浅井先代当主を拘束する命令の内容。

 どれが使えるか、どれほど有効に使えるかわからない。だが準備しておくに越したことは無い。


 俺は折り畳んだ書状を懐に仕舞おうとした。


「……無吉、何をしているのです?」


 聞き慣れた女性の声にびっくりして声をあげ慌てて手で口を押えた。そしてゆっくりと振り向く。


 そこには白い夜着に小袖を羽織っただけの御台様が立っておられた。俺は慌てて平伏する。


「御台様、そ、そのような御恰好でこのような所に来られては…。」


「無吉ならば構わぬ。」


 俺が構う。俺は顔を上げることもできずひたすら頭を下げていると俺の目の前にしゃがみ込み、顎をくいっと上げさせられた。そのまま御台様の腕の動きに合わせて折りたたんだ身体を上げた。御台様のもう一方の腕が伸び、俺の懐へと忍び込んだ。


 俺は、ごくりと喉を鳴らした。


 何をされているのだ?


 こんなことがバレれば俺は首ちょんぱだ。


 逃れなければ。


 だが、動けない。



 すっと御台様の手が懐から離れ、俺がさっき書いた書状が全てその手の中に納められていた。



 …やばい。


 やばいやばいやばいやばいやばいやばい!!



 俺はやばいを心の中で連呼するだけで指先ひとつ動かすこともできなかった。その間に御台様は取り上げた紙を広げ、目で読んでいった。全ての書状を読み終えると、一枚一枚丁寧に破り捨てた。俺は何も言うことができず、じっと御台様を見つめているだけだった。再び御台様が怪しい笑みを浮かべて俺の前にしゃがみ込んだ。俺は咄嗟に平伏するが、途中で髪を掴まれた。


「お、おゆるしを……。」


 情けない言葉。しかしそれしか言えない。未来の言葉で言うならば公文書偽造を俺はしようとしていたのだ。それを御台様に見つかったのだ。言い逃れはできない。もう許しを請うしかなかった。


「…あなたの書いた書状を読みました。浅井殿を注意する内容ばかりが目立ちます。…何故浅井殿を?」


 籠絡するかのような、甘言に聞こえる響き。俺は頭の中は真っ白で何て答えていいのかわからない。


「浅井が裏切ると思っているの?」


 俺は何も言えない。ぐいっと頭を持ち上げられ、無理矢理御台様と視線を合わせられた。


「…貴方は幼い頃から聡明でした。記憶力も高く、識見も餓鬼ながら非常に広い。…故に介様にも気に入られ、奇妙も貴方を頼っている。」


 御台様の眉間に皺が寄った。視線が鋭くなる。俺はその視線を外すことができず、吸い込まれるように震えながら見ているだけ。…逃げたいが逃げられない。



「……お前は、何故浅井が裏切ることを(・・・・・・)知っている?(・・・・・・)













 …どういうことだ?



 御台様は今なんておっしゃった?


 俺の聞き間違いか?なんで浅井が裏切ることを知ってるのかって聞かれた気がしたが、え…どゆこと?


 混乱に継ぐ混乱。俺は御台様を見るが御台様の眉間に皺は寄ったまま。聞き返すこともできない。

 御台様は俺が青ざめた表情から瞠目した顔になったのを見て、くすくすと笑いだした。髪から手を離し、座り込んで腹を抱えて笑い出した。

 俺は、御台様が何で笑っているのか訳もわからず呆然とその様子を眺めていた。





 御台様と俺は縁側に並んで座った。御台様は縁側から足を投げ出して座り、足をばたばたさせていた。こうやって見るとお転婆姫の雰囲気もなくはない。やがて御台様は足の動きを止め、俺をじっと見た。


「…無吉。貴方に言おうかずっと迷っておりました。貴方がこの世界には本来いない者であることは早くからわかっておりました。…ですが、貴方の目的が何処にあるのかがわからず、様子を覗って来ました。」


 俺は身を固くした。そして御台様を頭の先から順に見返した。


「どうした?妾におかしなところがあるか?」


 …ない。ないのだが、このお方を改めて見ざるを得ない。


「み、御台様はいったい……?」


「妾は貴方と一緒じゃ。未来から転移させられた転生者(チーター)じゃ。」


 俺はこの世に生まれて十年経過したが、初めて横文字を他人の口から聞いた。でも感動も何もない。ただすっと体の中に溶け込んでいくように聞き流せてしまった。恐らくまだ御台様の正体を受け入れることができずにいるのだろう。「転生者(チーター)」と言われても、何の反応もなく次の質問を待ってるだけであった。


「まだ理解できておらぬようじゃな。では質問を変えよう。貴方は、戦国の歴史の何を知っていて、何をしようとしているのじゃ?」


 御台様のお声は右の耳から左の耳へと抜けていく。御台様が俺の表情を見て何かに気がつき、俺の目の前で手を振った。


 俺は反応できず。御台様は次にVサインをした。それでも反応できない。しびれを切らした御台様は立ち上がり、片手を前にかざした。


「…平成、昭和、大正、明治…。貴方はいつの時代から転生したのじゃ?…それよりも前か?それはそれでどんな時代であったのか聞きたいのう?」




 御台様の御言葉を聞いて俺は何だか心が落ち着いた。自分の知っている元号。つまり、このお方は俺と同じ時代に生きておられた方だと納得できたからだ。そして心が落ち着くと、一つの疑問が思い浮かんだ。


 俺は呼吸を整え、座り直した。



 俺はこの時代の誰でもなく、名もなき女から生まれ、たまたま奇妙丸様に拾われてここまで生きてきた。だが、このお方は歴史上の人物として生を受け、信長様の御台所として今に至る。


 明らかに転生の仕方が違う。



「御台様、貴方様は一体誰なのですか?」



 俺の質問に御台様は目を細めて笑みを浮かべられた。


転生者(チーター)

この物語では、未来を知る者という意味でこういうルビを振らせていただきました。

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