9.京での出会い
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1565年、平戸からとある集団が京に到着した。京は既に真っ当な状態ではなく、彼らは荒れ果てた街と武家同士の争いから逃れるため、堺に向かい商人と繋がりを持った。やがて京を手中に収め、堺を服属させた織田信長様を見て「日の本の国王」と見定めたゆえに商人に近づいたそうだ。
1569年2月に二条城の建設中に信長様と最初の謁見を行うが、その後しばらくは信長様から遠ざけられていた。だが、伊勢攻略から戻って来られた信長様に拝謁を求めて岐阜に逗留。やがて面会の許可が下りて、10月に正式な場での謁見となった。
出席したのはイエズス会の布教兼通訳を務める司祭、ルイス・フロイス殿。当時、仏教とは違う宗教として信長様は興味津々であったと聞く。そして上手く権力者に取り入ることに成功したイエズス会はこれ以降、勢力を拡大していき、やがて仏教を信仰する者たちと対立していく。
会見で信長様は京での布教を認められ、以後、フロイス殿は織田家の庇護下で大きく活動していく…。
だが、フロイス殿の話は別の機会に書くとしよう。
今は…あのお方との出会いについてであろう。
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11月。秋も深まった季節。
俺は小折城に来ていた。久しぶりにお会いする姫様は年が明ければ9歳になる。前にお会いした頃はまだ幼く、はしゃいでおられたが、幾分大人になられたようで、落ち着いた雰囲気で俺に挨拶をした。
「お久しぶりに御座います、旦那様。」
“旦那様”と呼ばれて俺は恥ずかしくなり視線を下に向けて頭を掻いた。白い手が伸びて俺の鼻をきゅっとつまんだ。そして俺の顔を上に向ける。
「なかなか戻って来られぬので、忘れられたのかと思いました。」
鼻をつままれたまま、姫様は頬を膨らませる。
「申し訳ありませぬ。」
「畏まった言い方は嫌いです!」
「………ごめん。」
ようやく鼻が解放されたかと思うと、ふわりと抱き付かれた。
「…早く本当の夫婦になりとうございます…。」
姫の切実な思い。ひたむきな思い。痛い程わかる。だが俺は未だに引きずっている。自分が“父無し子”であることに。“転生者”であることに。俺はしがみ付く姫をそっと引き剥がした。
「…姫、私はまだ屋敷を与えられておりませぬ。きっと奇妙丸様が幸せな私たちを僻んでお与え下さらないのだと思うのですが。」
姫はあははと笑った。
「屋敷を得たならば、必ずお迎えに参ります。義父殿にも申し上げております。…もう少し、お待ちください。」
姫様は小さく「はい」と返事された。
俺と姫様の、甘いひとときであった。
俺はこの先に訪れる不幸など…露ほども感じていなかった。
義父、生駒家長様は忙しくされていた。
伊勢攻略時もそうであったが、次の戦に備えて、兵糧、武具、浪人の調達で国を跨いで跳び回っていたそうだ。家長様だけでなく、熱田衆や土田衆、近江の商人までも駆り出され、または堺や寺社衆から銭を要求しそれらが岐阜に集められた。
「お前には先に言うておこう。年が明けて田植えの季節になれば越前へ向かう。この戦は先の伊勢とは比べ物にならぬ程の大掛かりなものになるはずだ。我ら生駒もここで働きを見せねばならぬ。」
家長様は生駒の置かれた立場を俺に説明してくれた。
生駒家は本家筋の小折を本城とする家長様と、土田より養子を迎えて美濃統一後に生駒姓に変えた親重様の二家からなる。家長様には本家を継ぐ子がまだおらず、娘の姫しか子がいなかった。家長様は小折の家督を弟に譲る気でいるようであった。そして自分は、清洲で奇妙丸様にお仕えすると言われた。…そんなに娘の側に居たいのですか?と聞きたかったが、それを堪えて「それは奇妙丸様にとっても良きこと」と話を合せた。
後で知ったのだが、生駒宗家は他の商家と比べると、あまり活躍ができていなかったそうだ。家長様は堺や、京の商人とも繋がりを持ち、独自ルートで鉄砲も入手できるほど信長様に貢献している。久通様も各国を跳び回る兄に変わり本家の商を堅実にこなしている。だが、槍働きはあまりなく、この二人以外の活躍が最近乏しくなった。
理由は単純で、他の生駒衆がお互いに足の引っ張り合いをしているのだ。
桶狭間以降、商家は情報収集の役目を負いその地位を確立させた。武家と親密な関係を築くことのできるこの役目は、商家内で奪い合うことも多く、特に生駒衆はこれが顕著に現れていたそうだ。…俺のせいで。宗家の娘が寝取られ(まだ寝てないが)しかも家督継承権は放棄させられ、且つ当主には子がいないとなれば周囲は色めき立つ。それが段々とエスカレートし足の引っ張り合いになっていた。
「既に大殿には家督についても弟に譲る旨を申し上げている。」
「…久通様にお譲りする条件として、次の戦でも働きを求められているのですね。」
「うむ。」
家長様は本気のご様子で、姫も心配そうな表情をしていた。俺は、姫様を安心させるように頭を撫でた。
「畏まりました。奇妙丸様にも義父のことを申し上げておきます。奇妙丸様も喜ばれることと存じます。…姫様、清洲に移ってもお父上と一緒にいられますね。」
姫様は嬉しそうに笑った。
形上の妻とは言え、姫と楽しいひとときを送った俺は、清洲に戻り独身者たちの手荒い歓迎をひとしきり受けた後、奇妙丸様にご報告を行った。
「…生駒家長については、私からも父上に確認しておこう。かの者の識見も伝手の広さも私には必要なものだ。」
こうして、家長様が清洲に出仕することについては内々で進められていった。
信長様は京と岐阜の移動を繰り返しており、忙しいらしく、恒例であった年賀の儀の二次会はもう出来ないかもしれない。それだけ、信長様が偉い方になられた証拠でもあるが、俺としては寂しい。そこで、奇妙丸様にご相談し、京で奉行を務めている古渡様にお会いしてご相談することになった。
初めは奇妙丸様も「私も行くのだ!」と言われたが、流石にそれは他の小姓衆に止められ、私と半兵衛様で京に向かうこととなった。
京の古渡屋敷は、没落した貴族の屋敷を接収して改築された立派な建物で、半兵衛様は「やはり織田家との口利きの窓口としてこのくらいは立派にしないと」と感心されていた。
屋敷に入り、小姓の案内で奥の部屋へ通され二人で待っていると、帯刀様がやって来られた。既に立派な若武者となっており、俺は思わず頭を下げるのを忘れてしまっていた。
「久しいの、無吉。」
「今は吉十郎に御座います。」
「なんだ?私もこの名で呼んではいかぬのか?」
問われたが、顔は笑っている。
「義母より頂いた名を大事にしたいと思うております故…。」
「…あのお方は、私にもお優しい方であったからな…。だが、そんな話をしに来た訳ではなかろう?義父はまだ幕臣との話をされておる。先に私が用件を聞いておこう。」
「はい、次の年賀の儀の後のことにつきまして。」
「ああ、なるほど。今年は結局できなかったからな。…おそらく次の年明けも、父上は忙しくて無理であろう。それに…。」
「それに?」
「明智十兵衛殿を知っているか?」
俺は一瞬身を固くした。
「…はい、存じております。一月の本圀寺の襲撃で善戦されたとお聞きしました。」
「うむ、あの者は他の幕臣にも評判が良く、父上も十兵衛殿とはよく話をされているらしい。」
やはり、あの戦いをきっかけに信長様は明智様を重用されているようだ。
「行うにしても、十兵衛殿も呼ばれるであろうな。義父も一目置いておる。」
古渡三郎五郎様は、この京の街の治安維持担当と公家衆との折衝役を担い、時には信長様の名代として、義昭様と面会もされる。織田家においては重臣の筆頭でもある。そんなお方も明智様を注視されているとは…。
「で、その御方は、織田の臣ですか?それとも足利の臣ですか?」
半兵衛様が鋭いところを質問した。確か明智様は足利様の家臣として幕府の要職に就いていたはず。
「さすがは父上が智謀の臣としてお認められている竹中殿だ。…今は将軍様の直臣にござるが、父上のことだ、あの手この手で将軍様から奪うと思われる。」
「…ますます、将軍様とのお仲が悪うなりますな。…いや、幕臣たちは既に足利様から離れてしまっているとか…。そのようなこと、この京で口にすべきでなないのかも知れませぬが。」
「貴殿であればわざと噂を流すのではないかな?」
半兵衛様の言葉に口を挟んだのは、古渡様であった。古渡様は俺を見つけると、いつもの笑顔を見せてくれた。
「久しぶりだな、ムキ「吉十郎に御座います。」…そのやり取りも相変わらずだ。」
俺の返しの言葉を嬉しそうに受け止め、部屋に入ってきた。そして、その後にもう一人の男が続いた。
俺は、それが誰なのか直感で理解した。
小綺麗な裃を着こなし、涼しげな表情に…
金柑を思わせるような広く艶やかな額。
高貴な雰囲気を纏いつつも、陰があるような顔つきに冷たい目。
整っているにもかかわらず、周囲に溶け込むようなその所作は……俺には恐ろしく感じられた。
男は、古渡様の勧めに応じて俺達の前に座り、美しい動作で一礼した。
「初めまして。明智十兵衛光秀と…申します。」
俺はとうとう、ご主君の命を奪った男と出会ってしまった。
とうとう、明智十兵衛登場です。
ルイスフロイスの話だと思った方はご免なさい。筆者も何故前半にフロイスの話を描いたかわからないのです。




