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4.京を目指す



 1568年元日-


 岐阜城の大広間で、年賀の宴が行われた。

 今年の挨拶は、柴田様。腹に響く様な太い声で「おめでとうござりまする!」を叫び、信長様は苦笑されていた。


 その後、帯刀(たちわき)様が正装で登場され、簡易ながら元服の儀が執り行われる。


 古渡 帯刀 信正


 信長様より一字を拝領し、字はそのままとした。びっくりしたのは姓を「古渡」にされたこと。…ということは三郎五郎様の養子になられたということ?…後でお聞きしよう。


 俺は、久しぶりの宴への参加…といっても廊下に膝をついて警護にあたっているだけだが…でじっと様子を覗っていた。


 久しぶりとはいえ、以前とは雰囲気が異なっていた。木下様や美濃衆など家臣席の数も増えたということもあるが、家臣同士の会話に笑顔が増えているのが印象的だ。

 だが、笑顔を見せておられない方が数名。林様がむすっとしているのは、まあ当然だが、古渡様、丹羽様、そして信長様にも笑顔が無かった。こうなると信長様の挙動が気になる。暫く周囲の雰囲気を気にしながら見ていると、杯を置いて、御台様の手を引っ張り立ち上がった。その瞬間に会話が途切れ、一斉に皆が信長様を見られた。


「…儂は飲み過ぎたようだ。後は好きに楽しめ。」


 そう言うと御台様の手を握ったまま、広間を出て行かれた。見れば古渡様が無言でその後を追っていた。信長様は廊下を進み、俺の横を通り過ぎる時に


「先に行ってる。頃合いを見計らって五郎左を連れて来い。」


 と言って先へ進まれた。俺が信長様から声を掛けられたので、横にいた大橋与三衛門様が驚かれていたが、見なかったことにしよう。


 宴は木下様の猿の踊りが始まり大盛り上がりになる。俺はその様子を覗ってから、丹羽様の側に近寄り、小声で用件を伝えると、無言で立ち上がられたので、先行して女房館まで案内をした。

 案内途中で丹羽様に話しかけられる。


「吉十郎も呼ばれておるのか?」


 鋭いお方。どうしようか悩んで正直ベースで返答した。


「毎年、この日にお呼び頂いております。」


「…そうか。」


 丹羽様はそれだけ言うと、無言になられた。



 女房館では信長様の御子達と女房衆が楽しげに菓子を食しており、その中心で信長様と古渡様が酒を飲まれていた。二人ともここでは笑顔である。


「丹羽様をお連れしました。」


 俺の声に一同が一旦会話を止め、丹羽様に会釈をする。


「丹羽殿、ようお越し下さいました。ささ、どうぞこちらに座られませ。」


 御台様が丁寧な言葉で丹羽様を手招きされた。丹羽様はよくわからないと言った表情で部屋に入り、勧められるままに座る。

 ちょうどその時、奇妙丸様と帯刀様も到着された。


「無吉!何故私に声を掛けぬ!気がついたら居らぬから慌てたぞ!」


 入るなり俺にわーわー言われたが、しょうがないじゃん、呼べと言われたのは丹羽様だけなんだし。


 暫く和やかな会話が進む。


「無吉」


「吉十郎に御座います。」


「どっちでもええ、お前八右衛門(生駒家長様のこと)の娘を娶ったのであろう?まめに会うているのか?」


 信長様はいつもながらに突然質問される。


「暫く会うておりませぬ。」


「会うてやれ、奇妙、暫く暇を出せ。でないとできるもんもできぬぞ!」


 下世話な話になりそうだったので、すぐさま反論した。


「御館様、姫はまだ7歳です。」


 …なに、その初めて知りました的なお顔は?奇妙丸様は苦笑され、この場を収めるため助け舟を出してくれた。


「帯刀も、古渡の叔父上の娘を貰ったのであろう?…可愛いのか?」


 …それは矛先を変えただけの様な気もするがまあいいか。おいおい!帯刀様、何で照れるのですか!そこはぴしゃりと言い返すべきでしょう!


「…私は二人が羨ましい。二人は相手の事を知っており、会うこともでき、会話もできる。…私はまだ名前しか知らぬ。どのような女子(おなご)でどのような声で、どのようなものが好きなのか…だから何も想像ができぬ。」


 奇妙丸様はしんみりとした口調で言われた。事情を察する皆は、どう返そうか返答に詰まってしまった。


「フフフ…。奇妙も文を書くと良い。儂も武田の坊主に物を送る予定だ。文のやり取りをし、互いを知り合うたらよかろう。…だが、どうせ武田の坊主に中身を検められるはずだ。余計なことは書くなよ。恥ずかしい思いをするのはお前だからな。」


 信長様の提案に納得されたのか、表情に明るさが戻られた。俺はこの先を知るだけに余計に心苦しい。



 ひと段落ついたところで、信長様、古渡様、御台様が立ち上がられた。これに奇妙丸様、帯刀様が続く。


「五郎左、お前を呼んだ目的はこれからだ。付いて来い。無吉「吉十郎にござい」どっちでもええ!お前もじゃ!」


 そう言うとさっさと部屋を出て行かれた。俺は奇妙丸様と目を合わせて苦笑した。






「五郎左…先の宴、どう思うた?」


 御台様のお部屋での話は、この話から始まった。


「…そうですね。浮かれているといいますか、過ぎたコトで話が盛り上がっているのが多いと感じましたが。」


 そうだ。会話のほとんどが「あのときこうだった」とか「あれは儂のお蔭じゃ」とかが聞こえてた。つまりこれから先の話が聞こえてこなかった…と言うことは?


「…皆様は次に何をすれば良いのか考えておらぬ、と言われますか?」


 俺が質問したことで、丹羽様はぎょっとされたが、うむと肯かれた。


「我らは伊勢という目的がありますが、他の者は美濃平定の目的を達してしまいましたからね。」


 帯刀様が後に続く。古渡様がこれに肯いた。


「本来ならば、領内を安定させるため、領地経営に精を出して欲しいのだが…権六殿にそれを求めるは無理か。」


 奇妙丸様が言うと信長様がガハハと笑う。


「あ奴は、まめな奴じゃ。領地のことも気にかけておる。だが、美濃平定を達成して浮かれておるのも事実じゃ。…儂は当主として、次の戦を用意せねばならぬようじゃの。」


 信長様は小さくため息を吐かれた。まるで「戦などせずに越したことなどないのに」と言わんばかりであった。


「…で、介様、伊勢はどうされるのですか?」


「…伊勢攻略は滝川彦右衛門と九鬼海賊に任せる。以外は儂と共に、京を目指してもらう。」


 その言葉に御台様は怪訝な顔をされた。


「それは、足利様を奉戴し奉ると言うことですね。…畿内の有力者と争うことになりますよ。」


「…そうしなければ、戦を生み出せぬ。」


 信長様の御決意は並々ならぬものもあったようで、北伊勢の攻略を早急に進め、足利家の生き残りを旗頭に京に進出することが決定した。足利家の生き残りは今越前に滞在されている。松井有閑を介して、尾張に来るように仕向け、織田家主導で越前朝倉、近江六角、近江浅井、三河徳川(1566年に改姓された)を従えて上洛する計画を立てた。


「この計画の総奉行は五郎左、お前に任せる。」


 丹羽様は平伏した。



 ~~~~~~~~~~~~~~


 1568年2月


 滝川一益様が兼ねてより調略を行っていた北伊勢に侵攻した。周辺国人が次々と織田方に寝返り、あっという間に北伊勢の豪族、神戸家の居城を丸裸にした。当主、神戸具盛は三七丸様(勘八様のこと)を養子に迎えることで信長様と和睦する。


 同年4月


 同じく北伊勢の豪族、長野氏を攻め、当主長野具藤と和睦を望む家臣との内紛により、当主が追放される。長野家は三十郎様(織田信包様のこと)を当主に迎え入れることを受け入れ、これにより、北伊勢は織田家のものとなった。


 同年7月


 北伊勢を平定した信長様は、前将軍の弟君、足利義秋様を迎えるため、村井様、松井様を越前に派遣した。


 ~~~~~~~~~~~~~~



 一年の計を話し終えた部屋で、信長様は奇妙丸様を呼び止めた。古渡様も丹羽様も帯刀様も、そして御台様もその場に残る。信長様は奇妙丸様の目をしっかりと見て優しく語りかけた。


「此度の足利を奉戴しての上洛…奇妙は連れて行かぬ。」


「何故にござります!?」


「奇妙…儂は織田家の当主で、お前は次期当主だ。そんな二人が揃うて同じ場所に出陣するのは危険であろう?」


「し、しかし!」


「奇妙、儂はお前に戦に出るなと言うてるわけではない。お前はな、儂が掘り返した土を綺麗に均す役割を持ってもらいたいのだ。」


「…。」


「敵を討てば、敵に恐れられ、敵に恨まれ、敵に狙われる。…その役目は儂が担う。」


「ち、ちちうえ…」


「儂はこの日の本を一度壊して作り直す。…お前はその国を治める役を担え。」


 信長様が初めて口にした、「壊す」……。


 俺は何を壊す気でいるのか恐ろしくて聞けなかった。




神戸具盛:北伊勢の豪族で、伊勢国司の北畠の縁戚にあたります。史実でも信長様の三男、信孝を養子にします。ご生母が同じく北畠の縁戚、関氏の支族なので決して筋違いの縁組ではなかったようです。


長野具藤:北畠具教の次男。家臣によって当主を追い出し、織田信包様を当主にしますが、直ぐに復姓されたため、長野家は滅亡します。


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