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1.岐阜城の月夜

今話より第二部になります。

舞台は織田信長が岐阜城主になり、名実ともに周辺諸侯と肩を並べるようになったころになります。

主人公は数え9歳です。



 ~~~~~~~~~~~~~~


 1567年8月-


 西美濃の国人達が織田家に帰順する確約を取り付けると、国人達から差し出される人質を待たずして、柴田隊、丹羽隊、佐久間隊を主力とした軍を編成し、東、西、南の三方から進軍。一気に井口を包囲し城下の街を焼き払った。

 城主斎藤龍興と近臣らは城を捨て、稲葉山城を脱出し、船で長良川沿いに伊勢へと逃亡した。

 信長様は、斎藤道三から「国譲り状」を受け取ってから実に十年の歳月を掛けて美濃奪還を達成した。


 美濃を手に入れた信長様は論功行賞を行い、勲功第一に丹羽様を挙げられ、次いで柴田様、佐久間様となった。


 私は、奇妙丸様の小姓となってからの最初の戦であったが、実際に合戦には参加しておらず、奇妙丸様の側で燃え盛る井口の街を眺めているだけであった。


 ~~~~~~~~~~~~~~




 美濃を平定された信長様は、斎藤道三の居城、稲葉山を自身の新たな居城にすべく、国人達に賦役を命じた。尾張美濃の各地から人夫が集められ、焦土と化していた井口は再建され、稲葉山の頂に建てられた天守も再築された。麓にも巨大な広間を有する御殿が建てられ、平時は麓で、有事の際は山頂にて活動できる仕組みを作り上げた。

 そして城の完成に伴い、信長様は城の名を「岐阜城」と改められ、尾張、美濃の二か国太守を称された。

 信長様は家臣一同を集め、二か国太守を祝う宴を催した。

 親族衆からは、

  古渡 三郎五郎 信広様

  織田 三十郎 信包様

  織田 九郎 信治様

  織田 勝十郎 信照様

  織田 孫十郎 信次様


 家老衆として、

  柴田 権六郎 勝家様

  丹羽 五郎左 長秀様

  佐久間 半羽介 信盛様

  林 佐渡守 秀貞様


 その他に、

  森 三左衛門 可成様

  中川 八郎右衛門 重政様

  坂井 右近将 政尚様

  滝川 彦右衛門 一益様

  塙 九郎左衛門 直政様

  河尻 与兵衛 秀隆様

  蜂屋 五郎八 頼隆様

  池田 勝三郎 恒興様

  浅井 新八郎 政澄様

  小折生駒 八右衛門 家長様

  熱田加藤 図書助 順盛様

  津島大橋 清兵衛 重長様

  土田生駒 甚助 親重様

  千秋 四郎 季忠様


 美濃からは、

  堀田 道空様

  蜂須賀 小六 正勝様


 …錚々たる顔ぶれであった。


 俺はこのようなオールスターの宴に参加できる身分ではないため、別室で一人奇妙丸様をお待ちしていた。亀さんの計らいで膳を用意頂き、一人で黙々と食べていると、衾がすっと開いて艶やかな着物を召した女性が入ってきた。俺は膳を横に移動させ、その女性に平伏する。


「無吉、一人で食事とは寂しいのぅ。」


 俺を幼名で呼ぶこのお方は、信長様の正妻、お濃の方様。元服した俺を未だに子ども扱いするのだが、それはそれで心地よい。


「仕方がありません…奇妙丸様の小姓はまだ私一人故。」


 御台様はすっと俺の前に座られた。


「そうね。そこで介様(信長様のこと)から貴方に言伝があります。近々、奇妙に清洲が与えられます。城主となるのだから、家臣も必要でしょう。奇妙に必要な家臣を考え報告せよと仰せです。」


 俺は一瞬間を置いて、表情を変えた。


「…え?私が…ですか?」


「そうです。貴方は奇妙の最初の家臣なのです。誰を奇妙の側に置くか考えるのも貴方の役目です。」


 そ、そうだっけ?普通は父親が考えるものじゃないの?と思ったがその言葉は飲み込む。どうしたらいいものかと微妙な顔をして考え込んでいると、


「…直ぐにと言う訳ではない。後日介様に報告なされよ。…ふう、妾も少し食べようかしら…亀!妾にも膳を頂戴。」


 亀さんが慌てて御台様の膳を用意する。俺はここに居てもいいのだろうかと思っていたが、昔を懐かしむ御台様には何も言えず、二人でまったりとした刻を過ごした。



 信長様は宴でしこたま酒を飲んでいたらしいが、翌日から精力的に政務をこなされた。

 古渡様が京から連れ帰って来た人材との謁見。まずは、松井有閑様。このお方は確か、信長様の右筆となられる御方だ。初めて知ったが、このお方は代々幕府に仕えており、義輝様弑逆の時に難を逃れて京に潜伏していたところを古渡様が見つけられたそうだ。三好家に仕える気は無く、織田家に仕えたいとのことで信長様は公家衆との繋がりができると大喜びだった。

 もう一人は意外な人物。志摩の豪族、九鬼嘉隆様。織田家が桶狭間でわーわーやっている頃に志摩の諸豪族の襲撃を受け、兄の浄隆が殺される。嘉隆様は兄の子、弥五郎様と志摩から逃亡し京に潜伏していたそうで、志摩に戻れるならばお仕えするとのことだった。

 その後は村井様を加えて、近江浅井家の使者との面会。浅井家は先々代の亮政の代から越前朝倉家と懇意にしており、朝倉家の支援もあって北近江で半独立領主を維持して来たが、先代の久政の代で近江六角家の圧迫を受け従属する。しかし、当代の新九郎様が脱六角に舵をきり、父を隠居させ六角からの妻を送り返して独立した。だが、浅井単独では六角に抗することは難しく朝倉家を頼ろうとしていたところ、織田家が手を差し伸べたそうだ。新九郎様はこの話に跳びつき、家臣の反対を押し切って織田家との同盟を結ばれた。今は信長様の妹君、お市様の輿入れについて詰めている所だった。


 俺は奇妙丸様が出席されているので、隣の部屋で控えていて、一通り会話を直に聞いた。

 史実を知る俺は、この後の展開を知っている。浅井家の裏切りを皮切りに織田家は10年もの間、反信長包囲網に苦しめられる。「本能寺の変」を回避するにはこの10年をどう対応していくかが大きな鍵になる。俺は、この先の出来事をできるだけ詳細に思い出そうと思案を繰り返した。


 翌日には今度は武田家の使者と面会をした。信長様は武田家とも同盟を組まれるらしい。村井様の話では越後の上杉家にも交渉しており。これで行くと、三河の松平家、甲斐信濃の武田家、越後の上杉家、北近江の浅井家と組むことになる。東の憂いを無くし、全軍でもって畿内へ進出しようという意思が見られる。ひょっとして足利義秋からも接触受けてるんじゃなかろうか。





 この日は岐阜城に泊まることになり、奇妙丸様は信長様が寝所として使われている屋敷に案内された。まだ、女房衆の引っ越しが行われておらず、部屋数は多いが空き部屋ばかりである。今日は御台様も一緒に岐阜に来ているので、久しぶりの少人数での寝室に……ん?このお方は?


 奇妙丸様を案内された女性は、女中が着る着物ではなく多少鮮やかな色でこしらえた小袖をぎこちなく着こなされている。俺の様子で気付いた御台様がくすりと笑われた。


「無吉、このお方は介様の側女でしたの。けれど(あい)も大きくなったので、妾がお呼びしました。」


 御台様の説明が自分のことであったので振り向き会釈される。


「初めまして。りつ(・・)と申します。」


 俺も奇妙丸様も初めて見る方に戸惑い、御台様に助けを求めた。御台様はその様子がおかしかったようで


「奇妙、側女が増えたところで何を動じておるのです。貴方もいつかは側室を何人も持って一族を繁栄させる立場にあるのですよ。」


 部屋に着くと、少女が待っていた。りつ様の御子で、(あい)様といい、奇妙丸様の1つ下だそうだ。


 俺は信長様の子女について考える。

 このお方は恐らく、後年蒲生氏郷の室になる御方と思われる。一般には「冬姫」の名で知られているが、信ぴょう性がなかったのだが…。


 相様のぎこちない挨拶に俺は我に返った。奇妙丸様が相様にあげる菓子を取りに出かけられ、俺は女性人の中に取り残される。


「貴方様が無吉様ですね。…いえ今は生駒吉十郎様でしたね。上総介様よりよくお話を伺っておりました。これからはこの相ともどもここで暮らしていきます。宜しくお願いしますね。」


 丁寧な言葉使いで俺に挨拶をされるりつ様。おそらくこのお方はさほど身分の高いお方ではないのであろう。仕草もぎこちなく、俺を“様”付けで呼ばれる。

「吉十郎とお呼びください。りつ様、相様。」


 そう言って俺はお二人に頭を下げた。


 やがて奇妙丸様が菓子を抱えて戻って来られ、談笑が始まる。陽が沈み始めたが、信長様はまだ政務を執り行われている為、先に食事を済ませた。相様が奇妙丸様にべったりになったのは見ていて微笑ましかった。



 深夜になり、信長様が館に戻って来られた。既に奇妙丸様も御台様も就寝されており、俺は一人で月夜を堪能している時だった。


「なんだ?まだ起きていたのか無吉?」


 台所から酒瓶をくすねてこられたようで、瓶を片手に部屋の真ん中にどっかと座られた。


「…吉十郎で御座います。」


「フフ、そうであったな。濃からは家臣の話は聞いておるか?」


「はい。先ほど奇妙丸様と話を致しまして、紙に(したた)めました。


 俺は酒を煽る信長様に折り畳んだ紙をお渡しした。信長様は紙を受け取ると片手で器用に紙を広げた。直ぐに視線が鋭くなる。そしてしばらく目を通してまた視線を鋭くした。

 一通り読むと紙を床に置き酒を再び煽った。


「…吉十郎、この人選の目的を説明せよ。」


 久しぶりに味わう“魔王モード”。背中がひりつく。

 俺は奇妙丸様の家臣を選ぶにあたり、一軍を任された時にどのような構成で軍を率いるかを基準に考えた。そしてまず四人の家老格を選んだ。


 林佐渡守様。

 このお方には清洲の総奉行を行って頂く。老齢のため前線でのご活躍よりも、豊富な経験を活かして後方支援を行って頂こうと思う。


 河尻与兵衛様

 池田勝三郎様


 奇妙丸様の両翼を担い、次代の将を育成する活動を行って頂く。


 そして…。


 竹中半兵衛様。


 やはりあの方の軍略は必要だと俺は考えた。



 信長様はこの四人の名前を読んで、“魔王モード・ハイパー”にモードチェンジして俺を睨み付けた。


 岐阜城の月夜に照らされる信長様…ガチで恐ろしい。




松井有閑:信長の右筆として活躍しました。元は尾張の商人と思っておりましたが、調べてみると将軍家に仕える一族だったという話があり、これは面白い!と採用させて頂きました。真実かどうかは未確認です。


九鬼嘉隆:志摩の豪族で、後に信長配下として活躍。1560年に志摩の豪族内でいざこざが起き、13対1でぼこられて当主浄隆(すみたか)を失います。嘉隆は当主の子澄隆を助け京に亡命します。その後、信長の臣下となりますが、やがて党首の座を澄隆から奪います。


相応院:蒲生氏郷の正室で「冬姫」と言われています。実名は不明でしたので「あい」としました。史実では1559年生まれだそうです。


りつ:相応院の聖母で養観院ようかんいんのことです。残念ながら実名も出自もわかりませんでしたので、身分の低い一族の出で「りつ」という名前で最近まで側女だったという設定にしました。史実では吉乃様と同じ時期に側室になられているようです。


河尻秀隆:信秀、信長に従った武将で、美濃平定後に設立された「母衣衆」の黒筆頭に挙げられる超武闘派です。史実では武田家滅亡後の甲斐国主になりますが、直後に起きた「本能寺の変」により旧武田家臣たちの夜討ちを受け討死します。


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