1.出会い
2019/08/28 誤字修正
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私の人生は、ここから始まる。
ここで、ご主君と出会うことが叶わなければ、今の私は無かったであろう。
あの日のことは年老いた今でも私の中に鮮明に残っておる…。何せ、かようなことなど一体誰に説明すれば理解を得られるのか…あの日から長い間このことで苦しんできた…。
どのように評価されるか気になるがそれは儚き想い。私が見てきた全てをここに記し、遠い未来から来た私がこの戦国の世に生きた証を残しておこう。
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おぎゃぁ!おぎゃぁ!おぎゃぁ!
(…?)
おぎゃぁ!おぎゃぁ!おぎゃぁ!
(赤ん坊の泣き声が聞こえる…?)
「おぎゃぁ!おぎゃぁ!おぎゃぁ!」
(俺が泣いているのか!?)
俺は辺りを見渡した。…が何も見えない。いや、見えているのだが、ぼんやりとしか見えていない。そして泣き声は俺自身が何かを求めるように続けられている。俺の意思では泣き止むことができない。
俺は混乱した。
一体、ココは何処なんだ?身体を動かそうにも思うように手足が動かない…。俺は何かに包まれている?
「ちちうえ!」
(な、なんだ!?)
突然の声に俺は驚いた。
ガサガサと音が聞こえ、土を踏む足音が近づいてきた。その音が俺のすぐ側で止まった。…ここは外か?そういえば陽の暖かさを肌に感じる。
「ちちうえ!此処に赤子がおりまする!」
たどたどしい言葉使いで声がすぐ側で聴こえた。
(子供の声!?)
「おぎゃぁ!おぎゃぁ!おぎゃぁ!」
俺の鳴き声がいっそう大きくなる。…俺と言っていいのかわからんが。
何かが近づく気配を感じた。
「奇妙丸様!触れてはいけませぬ!」
大人の声がして、いくつかの足音が近づいた。
…奇妙丸?
「だが、長門守、泣いておるぞ!」
…長門守?
どういうことだ?
嫌な予感がする。(嫌な予感しかしない)
ここは…どこだ?(わかる気がする)
ここにいるのは誰だ?(違うと思いたい)
俺はますます混乱した。
バガラッ、バガラッ!
聞いたことも無い音が響き、ブルルンと大きな息を吹きかける音がして、俺の側に何かがやって来た。…さっきから「何か」しか言ってないが見えないのだから仕方がない。
「ちちうえ!」
子供の声が、やって来た何かに声を掛けた。ぼんやりとしか見えない俺には、何かが蠢いて俺をじっと覗きこんでいるように感じて、恐怖した。
ついでに言うと、漏らしていた。赤子なんだからしょうがないと後で自分に言い聞かせたのだが。
「…母親は死んでおるな。」
低いのか甲高いのかよくわからない声が響いた。
(母親!?)
「でも、あかごはいきておりまする。」
子供が言葉を返す。
「…放っておけ。じきにこの赤子も死ぬる。」
(え!?)
俺は更に恐怖した。ここがどこだかわからんし、見えないし、誰かが俺を見て、見殺しにしようとしているし…。
「では、奇妙がひろいまする!」
(なんと!)
「…なんだと?」
声色が変わった。見えていない俺でもわかる。怒気が含まれている。俺の泣き声が更に大きくなった。
「…畜生を飼うのとは訳が違うぞ。」
「わかっておりまする。ですが、奇妙はこのあかごをこのままみすごせませぬ。」
子供の声が聞こえた後、暫く会話が途切れた。俺はドキドキしている。この男(子供の父親であろう)の返答次第では、俺は訳も分からないままここで野垂れ死にが決定する。
「お殿様。」
別の方向から綺麗な声が聞こえた。女性だろう。…いやいや、「お殿様」と呼んだぞ。
やばい。
やばいしか言えない。
「私からもお願いいたします。せめてお命だけでもお助けできませぬか。」
うお!天の声!そうだ!助けてくれ!
俺は必死で叫んでみるが、全て赤ん坊の泣き声に変わってしまった。
暫く俺の泣き声だけが響く。見えないだけに状況がわからなくて怖い。
「ふん!…。では、類、貴様が面倒見てやれ!」
「お殿様!」
別の方角から、違う男の声が聞こえた。
「うるさい!珍しく奇妙が興味を持ったのだ。類もこう言うておる!…やらせてみるのも一興だ。長門!赤子を拾え!」
怒鳴りつけるような口調で指示され、何かが俺を持ち上げた。俺はより激しく泣いた。
「ど、どうすれば!?」
どうやら俺を持ち上げたのは“長門”と呼ばれた男らしい。小便垂れ流しの俺を両手で上に上げ、オロオロしているようだ。
「あらあら…。長門様、私にお貸しくださりませ。」
「いや、吉乃様!御身体が汚れてしまいます!」
「構いませぬ。」
俺は、柔らかい何かに抱かれた。そして、何か顔にをモギュッと押し当てられ、コリコリした何かを口に咥えさせられた。
俺は知っている。この柔らかい何かを。
俺は知っている。このコリコリしたものを。
恥ずかしさが込み上げ、どうにかしたいのだがこの身体は俺の言うことを聞かなかった。俺は自分の意思とは関係なく、必死にその咥えたものをもきゅもきゅと吸い始めた。
「泣き止みました。…お腹がすいていたようですね。もう、大丈夫ですよ。」
柔らかな手が俺の頭を優しく撫でた。…恥ずかしいのだが、俺のお口はもきゅもきゅをやめない。
「おははうえ!れいをいいます!」
子供の声がすぐ下から聞こえた。さっきの子供が俺を見上げてるのだろう。…恥ずかしいから見ないでほしいのだが。
「奇妙様。まだ安心はできませぬ。このまま連れて帰り女房衆でしっかり面倒を見ます。奇妙様もちゃんとお手伝い下さりますよう。」
「わかりました、おははうえ!」
母子の微笑ましい会話が行われているが、その間で俺はもきゅもきゅと吸い続けている。
そして吸いながら、この状況について思考をめぐらせた。
既に結論は出ている。
出ているのだが、俺の中の常識がそれを認めることができず思考が無限ループに陥っている。
だが、事実であると認識しなければならない。
奇妙丸
長門守
類、吉乃様
お殿様
どう考えても、ここは戦国時代だ。
しかも、ここにいるのは、後の第六天魔王、織田信長とその子、信忠だ。
長門とは、岩室長門守重休。信長の小姓を努めていた武将だったはず。
そして類…信忠の母、生駒吉乃のことだ。
何と言うことだ。
俺は戦国時代に来ちまった。しかも赤子…。転生というやつか。…思い出して来たぞ。俺は、トラックに轢かれた。…うん、綺麗に轢かれた。ドン!て。普通に道歩いていただけなのに。思えば、転生させるために轢きました感さえある。
そして、今は昔。
どこかのラノベの話のように俺は織田信長が生きている時代へとやって来た。
なんで?
わかるはずもない。
ラノベあるあるの女神様からチートな能力を貰ってみたいなものも……ない。轢かれて気づいたら漏らし泣きの状態。初回特典みたいなものもない。
そして、俺はもきゅもきゅと、ちく…いや何かを吸っている。そして、何故か安らぎを覚えている。そしてそして何故か睡魔に襲われている。まて、まだ考えることがある。…今は何年だ?あ、思考が……。やばい…寝てしまう…。
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-1559年5月。
尾張清州に私は転生した。
私を生んだ(正確には私の身体を生んだ)母親は名もわからないまま、俺を抱いたまま息絶え。
泣き叫ぶ私を見つけられたのち、お乳を与えられて静かになり、転生初日を終える。
これが、私とご主君とのファーストコンタクトであった。
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生駒吉乃:織田信長の側室で信忠の母親とされています。
本名は諸説ありますが、本物語では「類」とさせて頂きます。