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13.新加納の戦い(後編)

2019/08/28 誤字修正

(そなえ)

戦国時代では、1つの戦闘集団を「(そなえ)」と呼びました。

この中には、旗持ち、鉄砲組、騎馬、目付など様々な役目を持った兵が隊列を組んで先頭に挑みます。

一備えの数は300~500程度で、有力豪族などはこれを1~3備え自前で準備できたと言われております。

本物語では2~3備えを指揮する武将の名でもって「〇〇隊」と呼んでいます。多くても兵数二千くらいですね。




 1563年5月。


 美濃の国境は荒れ果てていた。


 織田方の作戦が功を奏し、田畑が被害を受けており、農民たちは徴兵に応じず十分な兵力が整えられない状態であることが物見の報告で分かった。


「こちらは、池田殿、坂井殿、森殿、柴田殿と私の軍で四千は揃えられる。これに殿の本隊を加えれば六千になるだろう。これで新加納に攻め込み、この地を確保する!」


 丹羽様の号令で、旗下の足軽が声をあげた。俺も拳を振り上げる。…行かないけど。


 だがこちらの士気は高い。下準備も入念に行ってきた。川を渡る算段も付いている。(蜂須賀様のおかげで)柴田様の軍が到着するのを待ち、池田隊、坂井隊を先鋒に出陣の予定だ。俺は出陣の儀の準備中。


 進路は既に決定している。松倉城から木曽川を渡り、三井(みい)城を包囲する。三井城を無力化した後は、新加納村に進軍し、そこから斎藤龍興(今年に入り、姓を斎藤に戻した。…ややこしい)の居城、井口城(稲葉山城)から来る軍を迎え撃つ。

 先方は池田隊と坂井隊。これに三井城包囲用の塙分隊を加える。以降は森隊、柴田隊、丹羽隊と順に川を渡り、最後に信長様の本隊を迎える。

 丹羽隊は木曽川の渡しを守備する為に松倉城対岸に残り、残りは新加納へ。斎藤軍は数を揃えられぬであろうから、新加納の村を砦として十分に迎え撃つことが可能だ。


 作戦を立案したのは俺じゃないけど。




 翌日、柴田様が到着され、先発隊は渡河を開始した。川並衆が比較的渡りやすい場所に目印の丸太を立てているので、大きな混乱もなく、池田隊が渡河に成功。続いて坂井隊も渡河を終えた。すぐさま森隊が渡河を開始し、対岸は三井城の包囲に取り掛かる。三井城から数騎の騎乗した兵が出て行くのが見えたが、捕えることはできず。だが、それは想定内だそうで、元々兵を抱え込んでいない三井城は大した抵抗もなく包囲に成功した。


 ここまでは、松倉城にいる俺でも遠目で見て取れた。


 俺は家長様と物見櫓に登り、様子をじっと見つめている。


「…渡河も三井城包囲も特に抵抗がなかったな。…それほど敵兵は揃っておらぬのか?」


 家長様は不安げな様子で対岸を見やっている。もう少し説明してください。俺はこれが初陣のようなもので、何が何だかわからずただ見てるだけなんだ。


「織田上総介様、ご到着!」


 伝令の声に家長様が反応し、櫓を下りて行く。俺はこの場に残り、引き続き対岸の様子を見ていた。




 渡河を開始して一刻。先発隊は新加納の村に到着し、村人を丁重に追い出して簡易の砦を作り上げる。出入口を稲葉山の方に向かって一つだけにして、敵軍を待ち受けた。

 先ほど信長様の本隊も渡河を終えられ、家長様が物見に戻ってきた。


「斎藤軍が出て来たな……。数は二千ほどか。」


 はるか遠くの黒い物体を眺めて家長様は呟いた。俺も同じ方向を見るが、あの黒い塊をどう見たら二千と思うのか全く分からない。

 斎藤軍は新加納村へと続く道沿いに布陣して織田軍に対峙した。(もう俺は見えてないのでここからは家長様にお聞きした内容になる)


 池田隊、坂井隊が村から出て、左右から追い込みをかけるように斎藤軍に向かった。道の両側に自生する林に沿って兵を進め、斎藤軍を挟み込む作戦のようだった。道沿いに兵を進めれば斎藤軍の矢の的になるので、兵の進め方は常道だ。織田軍は矢盾をかざして林を横切る。斎藤軍は牽制で矢を放つが散発的で被害は無い。池田隊、坂井隊は更に進軍した。




 変化は突然起こった。



 斎藤軍と織田軍との衝突を注視していた新加納村にいる柴田隊のすぐ側で突如大声が発生した。全員がその声に反応し声の方を見ると、村側の沼に足軽が隠れていたようで、沼から這い出て大声を上げて長槍で突進してきたのだった。


「小癪な!弓を構えぇい!」


 寡黙な柴田様の大声が響き、弓兵が前に出て弓を構えた。すると突進してきた足軽が突進を止め、突然足元を弄り始めた。訳のわからない行動に弓兵も矢を放つ間を開けてしまった。


 たんったんっ!


 槍を持った足軽兵は、地面に伏せて土を被せてあった矢盾を持ち上げ、一列に並んで矢を防ぐ構えを取った。


「矢盾じゃと!?」


 柴田様は突然現れ並べられた矢盾に大いに驚かれたという。

 盾を並べられては矢を撃っても意味はなく、かと言って百名足らずの足軽なので、蹴散らしてくれようと槍兵を向かわせた。


「ぎゃぁああ!」


 声は矢盾を構える足軽からではなく、斎藤軍に向かっていた池田隊、坂井隊からであった。村の側で大声をだして現れた足軽に気を取られた隙に、林の中から伏兵が現れたそうだ。伏兵は短い槍を構え織田軍に襲い掛かり、池田隊、坂井隊共に大混乱に陥った。


「も、戻れ!」


 勝三郎様が退却の声をあげるが、兵達はそれよりも前に村に向かって逃げ出していた。


「ちっ……伏兵か!しかも気付かれぬ様に小細工までしやがって!」


 物見で家長様が毒づいた。その時点で俺は全く分からず。ヤバい事だけはわかったが。


 坂井政尚様も逃げる兵をなんとか取りまとめ、池田様と新加納村に逃げ込んだ。だが、その隙に村の側面に並んでいた矢盾の隊は逃げ去ってしまっており、逃げる織田軍を追いかけて斎藤軍が一気に村の正面にまで詰めていた。


村の後方で待機していた森隊は慌てて部隊を二つに割って二備えの陣を作り村の北側から斎藤軍の牽制に回った。だが、ここでも思いがけないことが起こる。北面から斎藤軍に詰め寄ろうとしていた森隊の前面の一備えが突如として消えた。


 穴が掘ってあったようで、上手く草で隠されており、誰かが穴に落ちると連鎖で穴が広がるようになっていた。そこへ側道に隠れていた弓兵が矢を浴びせ、後面の一備えも隊列を乱し、後退を余儀なくされた。




「…待ち伏せされておったか……。撤退せよ。」


 森隊の後方で控えていた信長様は余りにも冷静な声で指示されたそうで、側に控えていた小姓たちは寒気が走ったと聞いている。


 とにかく、新加納の周辺を確保しようと攻め込んだ作戦は完全に読まれてしまっており、織田軍は柴田様を殿に松倉城へと撤退した。

 三井城の守備兵と斎藤軍との挟撃に遭うかと思われたが、兵力の差が効いて追い打ちされることなく、松倉城にまで戻ることができた。



 俺は櫓の上から一部始終を見ていた。


 一部遠すぎて家長様の解説がなければ理解不能だったが、兵力で勝っていた織田軍が完全に叩きのめされ、斎藤軍は兵力をほとんど失わずに撃退されてしまっていた。


 初めて間近で見た戦(それほど間近ではないのだが)があまりにも鮮やか過ぎる手並みで、何がどうなったのか何度も家長様にお聞きした。



 松倉城に戻った信長様は直ぐに軍議を開き、此度の負け戦についてあらゆることを報告させた。皆が「今までの斎藤軍とは大きく異なる」と口を揃えて言い、物見を放ち稲葉山に凱旋する斎藤軍を調べさせた。




 此度の戦、斎藤方大将の名は竹中某と申しけり。




 物見の帰還を待って再び軍議が開かれた。場所は小牧山。


 俺は、家長様の用事で槍奉行からの注文を聞きに小牧山に来ただけだったのに、信長様に見つかりそのまま軍議の間に連れて行かれ、上座の後方で刀を持たされた。信長様の前に集まった諸将が俺が刀を持たされているの見てびっくりしている。いや、俺もびっくりしている。

 そして、そこで物見の報告を聞いてもう一度びっくりしていた。


 竹中某。


 間違いなく、竹中半兵衛のことだ。


 俺は史実で竹中半兵衛の美濃時代を良く知らない。少数で稲葉山城を乗っ取ったくらいしか知らない。いつ何をしたとかわかってなかったが、あの戦に参加していたということか。しかも大将。…史実通りなのか?だめだ、わからない。で、皆様はどのようなご反応で…?


 俺は、誰にも視線を合わせないように一同の様子を覗った。きょとんとしてる。首を傾げてる。隣の人にひそひそ「誰?」て聞いてる。


「誰ぇだぁ、そいつはぁ?」


 “魔王モード”の信長様に物見の男は萎縮してしまっている。


「あ、あの、若い女子(おなご)のような男と聞きましたが…斎藤の当主の勘気を(こうむ)って稲葉山から退去しており……。」


 後半は聞き取れないくらい小さな声だった。信長様はギロリと一同を見渡した。


「誰か知ってる者はおるか?」


 誰も返事をしない。やはり無名なのか。


「蜂須賀を呼べ!」


 信長様の声で、廊下に控えていた小姓の誰かが走って行った。足音のするほうをみると、上座側の出入り口にあたる戸の前で佐脇藤八様が鬼の形相で俺を見ていた。…だからここに来たくなかったのに。


 やがて蜂須賀様が来られて、軍議の間に入られた。流石に川並衆の代表として、各地で国人達と向かい合っているだけあり、このような場でも堂々とされている。俺が太刀持ちをやらされているのには驚いていたが。


「西美濃の岩手(いわで)の地に竹中という者がおります。近江の近くの山奥故、よくは知りませぬが…当主は昨年代替わりしたとか…。名は……半兵衛重治(しげはる)。」


 でた……やっぱり竹中半兵衛だ。


「若造か。ここに居る誰もが知らぬと言うことは、そもそも龍興に直接仕える者でもないのであろう?何故そのような者が此度の戦で大将なんだ?」


 まっとうな質問。しかし、誰も答えられない。


「恐れながら…。」


 蜂須賀様がまた発言した。


「そもそも、西美濃の連中と美濃の国主は代替わりして(義龍から龍興)から疎遠です。その中で竹中という者が軍政に関われるほど稲葉山の中枢が入れ替わっているとも思えませぬ。何らかの理由で大将を押し付けられたと見まする。」


 丹羽様がポンと膝を叩いた。


「負けるつもりで大将を任せたら…なんと勝ってしまった。」


 森様がこれに続いた。


「お蔭で当主の面目が潰れそうだから、何かと理由を付けて稲葉山から退去させた…か?」


 そして信長様に視線を移す。


「…その若造がどうなったかは今はよい。問題はどうやって我らを完璧に陥れられたのかだ。……無吉どう思う?」


 え?ここで俺に振るの?


 顔のいかつい集団が俺を注視する。俺の左手からの殺気が更に鋭くなる。俺は持たされた刀を落とさないようにゆっくりと一礼して、自分の思っていることを述べた。


「その者の軍才は先の一戦で明白であります。これは、丹羽様が実践されていた、美濃を疲弊させるための侵攻がかなり危うくなります。誰かを美濃に送り竹中なる者がどうなったかを確かめるまで、渡河を控えた方がよろしいかと。」


「下賤の者が知った風で口を…「だまれぇぃい!!」」


 小姓の山口なんとかが俺を罵ろうとしたが、信長様が一喝された。


「…五郎左、攻めるのは危険か?」


「はい。あれほど綺麗に嵌められると、流石に兵たちが怖気づきます。その竹中某がいるいないに限らず、兵に休息を取らせねば、負け戦を癖づかせるでしょう。」


「…であるか。」



 …初めて聞いたぞ「デアルカ」。幾つもの映画やドラマとかで信長様の口癖として描かれていたが、本当に言うんだ。


 信長様は顎に手を当て考え込まれた。一同が信長様をじっと見つめた。


「うむ、しばらく示威行為は中止する。権六は洲股に戻れ。五郎左と勝三郎は松倉で練兵だ。生駒と加藤は鉄砲の調達を最優先にしろ。」


 ははっと皆が平伏した。そして軍議が終わる。俺は素早く立ち上がって信長様の側に寄る。そして信長様の動きに合わせて移動し、殺気ムンムンの小姓衆との接触を回避しつつ、部屋を出た。




 ~~~~~~~~~~~~~~


 新加納の戦いは織田家の惨敗であった。この戦は勝つことを目的に侵攻していたが、何も得ることなく退却したことで、東美濃の国人たちは活気づいた。

 だが、撃退した将は国主ではなく、西美濃の国人。東美濃の国人たちは、この戦で西美濃に目を向けることになり、これを危ういと見た国主、斎藤家は半兵衛重治を自領に下がらせた。そして中枢からの西美濃の締め出しが加速することになった。


 竹中様の鮮烈すぎるデビュー戦。


 後にあの時のことをこう語られた。


「人の視線は常に1つしか見ることができない。複数で同時に何かが起きると、皆がバラバラにそれを見る。だが、複数が少しずつずれて起こると、起きた方に注視する。…私は起こす順番、機会を上手く調整して敵の視線を制御しただけです。」


 それで勝てるのなら誰でも勝てる、と当時の私は竹中様に反論した。


 天賦の才を持つ御方とはこのような方を言うのだと思う。


 ~~~~~~~~~~~~~~





竹中重治:本物語ではスーパー軍師的な役割で活躍する人物となります。史実では、父の代に美濃岩手郡の岩手氏を滅ぼして、菩提山に居城を建てますが、1562年に父が病死し、若干16歳で竹中家の当主となります。領主としての経歴も浅く、当主も若造なので、周辺からは舐められていたのではないかと思います。半兵衛に関してはいろいろと逸話はございますが、実際のところは確証がないようで…でもそれでは物語としてつまらないと思い、神軍師のような存在にしました。


森可成:早くに信長様に臣従した国人です。鬼武蔵こと森長可の父になります。史実では1570年宇佐山城にて、浅井・朝倉連合軍に攻められ討死します。


佐脇藤八:信長様の初期の小姓衆で、前田利家の弟にあたります。早くに佐脇家の養子に入り信長様に仕えますが、三方ヶ原の戦いに徳川方として参戦し討死します。無吉嫌いの筆頭です。


坂井政尚:早くから信長様に臣従していた武将です。浅井との戦で討死しますが、一族は信忠様の与力として仕えます。本物語ではモブです。


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