12.新加納の戦い(前編)
2019/08/28 誤字修正
1563年 元日。
既に小牧山城は御殿も完成していたが、年賀の儀を執り行う為の準備は整っておらず、清州にて執り行われた。
俺は柴田様、丹羽様と美濃への備えの方に加わっていたのだが、奇妙丸様から帰還指示の手紙を頂き、柴田様の許可を頂いて、清州へ戻ってきた。
林佐渡守様の挨拶で始まる一次会は当然不参加で女房衆の館で行われる二次会の準備を亀さんと行っていた。
「無吉、ほんと大きくなったねぇ!」
亀さんは嬉しそうに俺に抱き付く。
「もう、柱に括りつけても自力で出られますから。」
俺がそう言うと、亀さんは大笑いした。
「そうだねぇ。でも、良い事と悪い事の分別もついたでしょ。後は早く元服して奇妙丸様のお役に立てば私等は何も言うことはないよ。」
亀さんは俺のことを応援してくれているようだ。俺は丁寧にお礼を言って、亀さんの頭なでなでを頂いた。
そんなことをしている内に、一次会に出席していた御親族方が戻って来られた。一番手は徳姫様を連れたお市様。だが、お市様は俺を見ると踵を返し奥に引っ込んでしまった。以前からなんとなく思っていたのだが、俺はお市様に嫌われているな。
次に寝てしまった勘八様を抱いた坂の方様が来られた。坂の方様は俺に丁寧なお辞儀をして二次会の間に進まれた。
その次はべろんべろんに酔ってまともに歩くことすらできない古渡様を担いだ帯刀様。
「如何なされました!?」
「…佐久間殿にしこたま飲まされた。あんの野郎…次会うた時は矢であの口を縫い付けてやる!」
帯刀様はご立腹の様子だが、古渡様をこのままにはできないと、隣の部屋に布団を敷いて古渡様をそこに寝かせた。
そして吉乃様と茶筅丸様が来られる。吉乃様は俺を見て嬉しそうに微笑み、茶筅丸様は俺を見て憎々しそうに睨み付けた。
そして大ボスと裏ボス様の登場である。全員が床に両膝を付き平伏した。殿は今年もご機嫌で俺を見つけると
「無吉!何故年賀の挨拶に来ぬのだ!?」
と言い出した。
「殿様、私はまだあの場所に入る資格はございませぬ。」
俺の返しを聞いて、御台様はクスクスと笑われた。信長様も笑っている。
「相変わらず、小憎たらしい物言いだ。…ところで三郎五郎はどうした?」
「恐れながら、隣の部屋でいびきを掻いております。」
帯刀様が真面目な表情をして答えた。信長様も困った表情をされている。
「仕方がありませぬ。今年は義兄様抜きでお話を致しましょう。」
小さなため息を吐きながら、御台様は仰せられ、信長様を上座に案内した。信長様はどっかと座り一同を見回した。
「奇妙はどうした?」
そういやまだ来られてない。ん?舞さんがモジモジしてる。あ、信長様に見つかった。
「あ、あの、その、恐れながら、少しばかり背伸びされまして……。」
「なんだ?何をした?」
「お、お酒を……。」
「がぁっはっはっはっはっは!!痴れ者が!飲めもせぬものを無理するからじゃ!」
「舞さん、奇妙丸様は今どちらに?」
「か、厠にて慶が吐かせております。」
俺は信長様に体の向きを変え一礼した。
「奇妙丸様に会うて来ます。」
「全く、中々無吉に会えぬと言うのに…会うてきてやれ。」
俺は信長様に礼を申し上げ部屋を出ようとした。
「無吉、終わったら妾の部屋に酒を持って来なさい。」
裏ボス様が澄ました表情で俺に言った。あー一年の計をするんですね。はいわかりました。
俺は御台様にも一礼し、部屋を出て厠へ向かった。奇妙丸様は厠の近くで廊下に寝転び、慶さんの介抱を受けていた。
「奇妙丸様!」
俺の声に二人が反応し、奇妙丸様は弱々しい笑顔を、慶さんは敵意剥き出しの顔を俺に見せた。
そうだった。慶さんも俺のこと嫌い派の人間だった。奇妙丸様も慶さんの表情で理解したのか、
「礼を言う…。け、慶は下がるが…良い。」
と、情けない声を出しながら慶さんを下がらせた。俺は奇妙丸様の肩を抱き上げ立ち上がらせると、胸に冷たい手ぬぐいを当てた。
「無吉…。胸がムカムカする…。その手ぬぐいが心地よいぞ…。」
「何故酒など飲んだのですか?」
「皆が…美味そうに飲む。半羽介がこれを飲めば大人の仲間入りと言うから…。」
また佐久間様か…。信長様に告げ口してやる。
「もう少しで寝床に着きます。布団があるので、そこで横になられませ。」
そう言って、肩を担いで奇妙丸様を寝床を敷いた部屋まで導き、横にならせた。そこへ吉乃様が扇を持ってやって来た。
「あとは、母に任せなさい。貴方は次のお仕事があるのでしょう?」
そう言うと、奇妙丸様のお顔の近くで扇を仰いだ。
「…母上…。」
奇妙丸様は弱々しく吉乃様の御手を握られた。まだまだ子供だ。でも背伸びしたくなるお気持ちもわかる。俺は吉乃様に奇妙丸様をお頼みし、急いで台所へ向かった。
酒瓶を2つ盆に乗せて廊下を歩いていると、角に慶さんが立っていた。嫌な予感がするが、引き返すわけにもいかずそのまま通り過ぎようとすると、慶さんが俺の前に立ちはだかった。慶さんは俺を睨み付けながら酒瓶を手に取り、
「下賤の分際で奇妙丸様に気に入られようとするではないわ…。」
呪詛のように言葉を吐きながら、酒を俺の頭の上から流していった。空になるまで流し続け、酒がなくなるとゆっくりと盆に瓶を戻した。そしてもう一本を持ち上げ更に頭に掛けていく。
「……。」
俺はその間、無言で慶さんを見つめていた。酒がなくなり、瓶を盆の上に戻す。
「これで多少は清められたでしょう。お前がこの館に入るためにはこれくらいしないと。」
慶さんは気味の悪い笑みを浮かべて言うと、そのまま立ち去った。
俺は慶さんが見えなくなるまで立ちつくし、いなくなるのを待ってから、酒で濡れた廊下を自分の着物で綺麗に拭いて、台所に戻った。
着物を着換え、酒を入れ直して吉乃様が廊下に立っておられた。俺は無言で通り過ぎようとしたが、やっぱり引き止められた。盆を俺の手から取って床に置き、俺を抱きしめられた。
「無吉、貴方は強い子ね…。」
吉乃様の暖かい身体に包まれ、俺は気持ちが楽になった。
「…大丈夫です。人は認めてくれる者が一人でもいれば強くなれます。」
「そうね。でも、人は認めてくれない者が一人でもいれば、嘆き苦しむものよ。」
確かに。
「いい?辛くなったら母のところに来なさい。いつでもこうやって抱きしめて差し上げますから。」
そう言うと、床のお盆を取って俺に渡した。
「お仕事、頑張りなさいね。」
「あい」
俺の返事に満足した表情を見せ、吉乃様は奇妙丸様の寝床に戻って行った。
母のところ…か。ありがたい言葉だ。
俺は吉乃様の御言葉を胸に裏ボスの待つ部屋へと向かって行った。
小牧山城の完成に伴い、政の中枢も清州から移動させる。
信長様はこう言い切った。これに御台様と俺が待ったをかける。
「介様。軍務は全て小牧山に移しても問題ございませんが、内務は清州のままの方がよろしいのでは?」
「小牧山は商人や要人を迎えるには不向きです。御台様のおっしゃる通り、清州を軸にして内務全般を林様、村井様にお任せするべきです。」
林という名を聞いて、信長様は“魔王モード”に切り替わった。
「あ奴を信用しろと?」
「はい、御台様がこちらに残られれば、問題ございませぬ。」
「な!濃を置いて行けと!?」
「お寂しいのですか?」
ゴン!!
空から拳骨が降ってきた。思いっきり脳天を殴られた。御台様が「あら~」て言いながら俺の頭をナデナデするが、それも痛い。…何で前線基地に女房を連れて行くのよ?と俺は思ったが口に出してはいけない。
結局、ああだこうだと言いあうことになり、信長様が折れて内務を林様、村井様に任せることにした。
兵は増強する方針となった。
元々尾張は銭で兵を雇う方針を取っている。忠誠や練度は低くなるが、農閑期農繁期に関係なく戦を仕掛けられ、機微にも対応できることから、兵力を銭で賄ってきた。これを更に促進させる。小姓衆から新たに独自兵力を持たせ、部隊数を増やす方針となった。池田様、塙様、河尻様が武将デビューとなる。
伊勢については、担当者爆睡中のため、翌日話をすることになり、三河についても当面は水野様に一任され、美濃の話となった。
「五郎左の話では、陣屋で無駄飯を食うよりも、頻繁に青田刈りや示威行動を取って一色の兵を疲弊させてはどうかと。…どう思う?」
軍事関連は真っ先に俺に聞く。俺は軍師なのかと自問したが、そもそも軍師の役割が何なのかがわかってないので、思っていることをそのまま口にした。
「危険ですが、有効ではございます。丹羽様の指揮は中々のものと聞いております。これに池田様や塙様なども加わらせては如何でしょうか。良い訓練になるかと思います。」
「お前ならば反対すると思っていたのだが。」
「…感情に任せた行動ではありぴぎゃっ!!!」
さっきよりきつい一発が脳天を直撃した。
し、舌噛んだし!頭も痛い!
その後、御台様に頭を撫でて頂いて一先ずは痛みを我慢した。
丹羽様の案は採用され、何度か示威行為を仕掛けた後、5月の田植えの時期を狙って新加納まで攻め込むこととなった。
俺は史実を事細かに覚えている訳ではなかったので、この戦で何が起きるのかわからなかった。
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小牧山の城は私には余り思い出はない。私自身城の普請に関わってはおらず、あの城で生活もしなかったため、後になって聞いた事だが…。
美濃の国人衆は小牧山からの圧力にかなり怯えたそうだ。だが美濃の当主様は小牧山に大軍を抱えられる城がある意味を理解されず、織田方に降るしかないと多くの者が考えたそうだ。
だが、これに怯えることもなく、類稀なる軍才を持って信長様に対抗した国人がひとり。
竹中半兵衛重治
後にご主君に多大なる影響を与えることになる軍略家との対決が迫っていることを知らずに、私は新加納攻めを勧めてしまったことを後悔したものだ。
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慶さん:はい、架空の人物です。
女房衆のなかで、清州の商人、伊藤某の娘で悪役筆頭の人物とお覚え下さい。
お市様:信長様の妹君です。浅井長政と政略結婚をしますが、20歳を過ぎてから嫁いでいます。当時の慣習からすればかなりの晩婚です。個人的には極度のブラコンキャラでいきたいのですが…笑
竹中半兵衛:史実では羽柴秀吉の与力として活躍します。豊臣秀吉同様に数々の逸話がありますが、真実味は薄いそうです。次話で活躍します。




