キリギリスとアリ
キリギリスは、暖かなオレンジの光が窓から漏れているドアを前にして、暗い雪の上で立ち尽くし、寒さと空腹にあえぎながら、すがるような声を出していた。
「あなたたちが正しかった。心を入れ替えて働くから助けてくれ。」
「本当ですか。」
「本当だ。早く、早く。」
「分かりました。これからは真面目に働くのですよ。」
ドアがゆっくり開き、アリが慈悲のこもった笑顔でキリギリスを迎えた。家の光があまり眩しいので、キリギリスは目を細めながら、招かれるまま中に入っていった。
あぁ、こりた。本当に、こりた。これからは彼らを見習って勤勉に働こう。キリギリスは深く反省しながら、アリの温かい家に入っていった。
次の春からキリギリスは人が変わったように、(虫だが)真面目に働くようになった。さすがに、長く付き合ってきた怠け癖はそう簡単には抜けなかったが、アリのせっせと働くのを手本に、勤勉であろうと努力した。そのうち、3日に一度仕事を怠けていたのが、5日に一度、10日に一度と段々怠け癖がなくなっていき、キリギリスも手応えを感じていた。
しかし、ここに及んでキリギリスは、自分の怠け癖がなくなることは決してないのだと感じるようになった。アリを手本に働こうという決心がいくら固くても、1日も休まず働くアリのようにはいかず、何日か働いて身体の疲れがたまった頃に、怠け癖に身体を乗っ取られてしまう。アリが働いているのを傍目に怠けていると、とても自分が出来の悪いように思えてくる。
しかし、そうは言っても、キリギリスが働いて蓄えた食べものは、次の冬を越せるかどうか考えた時に、お釣りが出るくらい十分な量であり、むしろ有り余るために他へのお裾分けを考えるくらいであった。アリへお裾分け、とも考えたが、自分より勤勉に働く彼らにお裾分けなど必要ないと考え、知り合いのテントウムシなどにあげてしまった。
キリギリスが驚いたのはその冬であった。働くうちに特に親密になったアリの友達の家で、それぞれの食糧事情の話をしていた時だった。
「私の家は少し食べものが余ってしまったから、テントウムシとかにお裾分けをしたんだ。」
「ほう、余りが出たのかい?そんなに余ってたなら私も分けて欲しかったよ。」
「え、でも君たちは私よりずっと働いていたじゃないか。」
キリギリスは腑に落ちないという顔でアリを見た。アリは少し考える顔をしたが、すぐに納得したように小さく首を縦に揺らした。
「私たちの食べものは少し王様に持っていかれるんだよ。」
「王様?」
「この巣を取り仕切っている大きな女王アリでね、彼女に取り分を差し出さないと、この巣にはいられないんだよ。」
「そんなに食べものを集めるなんて、そのアリは相当にデカイんだな。」
「いや、普通の大きさだよ。」
「じゃあ、何のために集めているんだ。」
「よく知らないな。教えてくれないからな。」
アリはため息をついて、肩をトントンと叩いた。回すとガタガタという音がキリギリスにも聞こえた。
「随分肩がこってそうじゃないか。たまには休みも入れないと身体がまいってしまうぞ。」
「それはそうなんだが、休むわけにもいかないんだよ。」
「それはまた、どうして。」
「徴収される分も合わせて食べものを蓄えなくてはならないし、なにより働かないと周りの目が怖いじゃないか。」
「そうなのか。私は怠けるが、そこまで怖くはないぞ。」
「それは君だけだよ。」
「そうか。」
テーブルを挟んだ二人はそれきり黙った。アリは時々ため息をついたり、腰を叩いたりしていた。キリギリスは少し首を傾けて、女王アリのことを想像していた。
ドアから外に出ると、キリギリスは寒さに体を震わせた。アリに挨拶をし、ドアが閉められる。ドアの小さい窓からは暗いオレンジ色の光が漏れている。外に積もった雪は、満月に照らされてキラキラしていた。キリギリスは雪の中に黒い塊を見たが、冷たそうだから調べるのはやめた。キリギリスは小さいアリの家を振り返り、それから雪の白い道を家まで歩いて帰った。
キリギリスはそれから、怠けるのをやめようとするのをやめた。