二十七話 待ち受ける運命
ミスを修正致しました。
ご指摘、ありがとうございます。
治療されたアーリアは失血で弱ってはいたものの、白色によって傷を塞いだ。
アードラーの受けた傷も白色で治療して。
それで安心して、それから……。
どうなったんだっけ?
目を開けると、アードラーの優しい微笑があった。
「起きたのね」
……どうやら、私は眠ってしまっていたらしい。
家以外ではいつも、眠りながら起きるという技術を使っていたから、こうしてがっつりと熟睡するという事がなかった。
「心配したのよ。アーリア様の治療をして、すぐに倒れたから」
それだけ、私の体も限界だったという事か。
「あれから、どうなったの?」
「カルダニア王の死が伝えられると、都市内で起こっていた戦闘は速やかに収束していったわ」
「そっか……。戦いは、終わったんだね。アーリア様は?」
「命に別状はないようよ。今は、部屋で休んでいるわ」
良かった。
「あれからどれくらい経ったの?」
「三時間ほど」
「あと、後頭部が程よく柔らかいんだけど」
「私の膝よ」
うん。
実は知ってた。
どうやら私は、廊下でアードラーに膝枕されていたらしい。
起き上がって周囲を見ると、同じように休んでいる兵士達の姿が見られた。
兵士達には、敵と味方の区別もなかった。
見るからに軍人という装いの王軍兵士が、簡素な兵装の反乱軍兵士を手当てしている姿も見られた。
見る限り、戦後の悲壮感という物は感じられない。
元々は同じ国の者同士だったからだろう。
それが終われば、同じ一つの国の人間だ。
むしろ、安心が勝るのかもしれない。
「終わったわね」
アードラーがぽつりと呟いた。
「これで帰れるわ」
言って、彼女は小さく息を吐いた。
「うん。そうだね」
これで帰れるんだ。
でも、少し不安がある。
問題は歴史の強制力だ。
未来を知ってしまった私は、それに縛られている可能性が高い。
それによれば私は、このままアールネスに帰れず行方を眩ます事になる。
アードラーと共に……。
だから、アードラーが同行した今回は、倭の国へ行った時以上に警戒していた。
本当に警戒しなくちゃならない事ばかりで、今回は本当に疲れたな……。
「うかない表情で。何か懸念があるの?」
「少し、気にかかる事はあるよ。まぁ、アールネスに帰れば、それも消えるだろうけど」
安心させるように、私は笑顔を向けた。
どうであれ、弱気になるべきじゃない。
何があっても、アールネスへ帰る。
ヤタの元へ帰る。
そう、強い気持ちを持たなくては本当に負けてしまう。
「そう」
「そういえば、すずめちゃんは?」
「ユキカゼがどこかに行っちゃって、それを追いかけてるわ。すぐに追いかけたかったけど、そうもいかなかったから」
迷子になっているかもしれないらしい。
「心配だ。探さなくちゃね」
「ええ」
そんな時である。
一人の兵士が私達の所へ駆け寄ってきた。
「コルヴォ殿! アーリア様が意識を取り戻しました」
「そう。それは良かった」
「それで、あなたを呼んでほしいと仰せです」
ふぅん、と私は小さく吐いた。
「すずめさんは一人で探すわ」
「ごめん。アーリア様と話をしたら、私も探すよ」
「ええ。待っているわ」
私は兵士に案内され、アーリアの眠っていた部屋へと入った。
アーリアはベッドで上体を起こし、私を出迎えた。
「ありがとう。二人で話したいから、退室してほしい」
アーリアは兵士に礼を言うと、退室を促した。
兵士は返事をして出て行く。
「バーニとバルダンを退け、私の命を助けてくれたんですね」
「ええ。……彼らはどうなったのですか?」
「捕らえられて今は地下牢に入れられています」
二人とも生きていた、か。
アードラーがバルダンとどんな戦いをしたか知らないが、血まみれだったから死んでいると思っていた。
あと、手加減する余裕がなかったからバーニも死んでるんじゃないかとも。
「助けてくださって、ありがとうございます」
アーリアは頭を下げた。
「でも、軍師殿は何故、私を殺そうとしたのでしょう」
アーリアはそんな疑問を呈した。
確かに……。
彼は、何を目的としていたのだろうか?
この国を良くするためではない。
むしろ、王族を失うという事は混乱を招く行為だ。
国を回していた機能は停止し、秩序は失われ、新たな統治者が立つまでに混沌とした状況になる事は明白だ。
王族を殺す事が、彼の唯一の目的だったのだろうか。
だとしても、その動機はわからない。
「事情はあったはずでしょう。とても強い信念……いえ、執念を感じました。ただ、その根底に何があるのかは、わかりません」
「一度、話をして明らかとするべきでしょうか……?」
少し考え、私は答える。
「いえ、止めておいた方がいいと思います」
「何故ですか?」
「彼の執念の向く先は、恐らくあなたの死です。少しでも付け入る隙を見せれば、それを利用して害される可能性があります」
最後の最後まで、彼はアーリアに執着していた。
彼女を殺そうとしていた。
そんな相手に、もう一度会わせるのは心配だ。
「でも……」
「気になりますか? でしょうね。あなたにとっては、信頼してきた相手だったのですから」
「はい。何か理由があったのなら、知っておきたい……」
だとしても合わない方がいいというのが私の判断だが。
気になるというのもわかる。
実際、私も気になっている。
どういう事情があったのか。
「なら、それもいいでしょう。ですが、何を言われても彼の言葉に耳を貸さない事です。ただでさえ、智謀に長けた相手なのですから」
「……そうですね」
「もし、彼の言葉に耳を貸してしまいそうになったら、御自分の立場を思い出してください」
「私の、立場?」
アーリアは首を傾げて訊ねる。
「王族がいなくなった今、あなたはこの国の王なのです。そのあなたが居なくなった時、多くの民が困る事になるのです」
アーリアはハッと目を見開いた。
自分が今、この国の最高権力者になっている事に思い至っていなかったのだろう。
「これはあなたにしかできない役目。何があろうと、御自分の命が損なわれる事を回避してください」
「わかりました」
「これが、私にできる最後の助言です」
「最後……」
アーリアはそう呟くと、しばし黙り込んだ。
「この地を離れるのですか?」
恐る恐る、という様子でアーリアは訊ねた。
「戦は終わりましたから」
私は短く答えた。
「私は王になる、とそうおっしゃいましたね。これは私にしかできない事だ、と……」
「はい」
他に、この国の王族は残っていない。
バーニが、アーリアを残して全て殺してしまったから。
「私に務まるとは思えない」
アーリアは一度俯いて言うと、再び私を見た。
「でも、あなたがそばで支えてくれるなら、それもできる気がする。だから……」
これからも一緒に居て欲しい。
そう言いたいのだろう。
できるなら、私もそうしてあげたい。
でもそれはできない。
「私は一介の傭兵です。平和なこの国に、私の居場所はありません。何より、それこそ私に務まるとは思えない」
「そうですか……そうでしたね……」
答えると、アーリアの表情が曇った。
「あなたは、アールネスの方ですからね」
え?
知っていたの?
私の戸惑いをよそに、アーリアは続ける。
「あの時、私は意識があったんです。だから、あなたの正体を知った」
あの時……。
バーニに刺され、倒れていた時か。
「あの時は戸惑いました。けれど、あなたは自分の立場よりも私の事を優先してくれた。それが、とても嬉しかった。何もかも失った私にも、私を思い遣ってくれる人がいるとわかったのですから」
彼女は王になった。
けれど、その立場以外の全てを失ったと言ってもいい。
家族も、立場も、全ては過去のものだ。
「それに報いるためにも、私はアールネスとの関係改善に努めるつもりです」
「いいの?」
「はい。それが兄上の願いでもありましたから。……それに、アールネスと仲良くしていれば、またあなたと会えるかもしれませんから」
アーリアははにかんだ様に笑う。
「そうだね。帰っても、また会いに来るよ」
「はい。お待ちしています」
「もし、バーニ達の扱いに困ったら、アールネスにでも送りつけてくれればいいよ。アルマール公に私の名前を出してくれれば、何とかしてくれると思うから」
「はい。わかりました」
そんなやり取りをして、私は部屋の外へ出た。
部屋の外にいた兵士に声をかけてから、アードラーの所へ戻る事にする。
しかしその途中、足を留める。
「何か、騒がしい?」
慌しい人の足音とざわめく声。
まだ、反抗している王軍の兵士がいるのだろうか?
「その子を放しなさい!」
その怒声が誰のものかすぐに察し、私はそちらに向けて走り出した。
この声は、アードラーの物だ。
その緊迫した声色から、緊急の事態が起こっている事が容易に察せられる。
声の元へと辿り着くと、そこには兵士による人垣ができていた。
そして人垣の中心には……。
「すずめちゃん!」
兵士達の隙間から、すずめちゃんの姿が見えた。
彼女の姿だけじゃない。
彼女の体を抱え、その首筋へ刃を突きつけていた。
抱えられたすずめちゃんは、肌へ突きつけられた刃に身を竦めて恐怖に顔を歪めている。
あれは玉座の間でバーニと話し、逃げ出した男だ。
人質を取られる形で、兵士達は遠巻きに彼を囲んでいる状態だった。
彼は壁を背にして、背後を取られないようにしていた。
「がるるるる!」
男と兵士達の中間の距離から、雪風が今まで発した事のないような唸り声を上げている。
「うるさい! 黙れ! 少しでも近づけばこの娘を殺す!」
男は雪風に対して怒鳴った。
雪風は男に何か言葉を伝えていたのかもしれない。
男の言葉に、雪風も数歩後ろへ下がる。
「道を開けろ! 目的の場所まで着けば解放してやる!」
さて、その言葉を信じていいものか……。
しかし、少しでも安全を確保できる方法があるのなら、それに賭ける以外ない。
もしもの時に備えつつ、男の要求を聞く事にしよう。
その意図を伝えるように、アードラーとアイコンタクトを取った。
「雪風、聞こえたら返事して」
他に聞こえない、ささやくような声で言う。
多分、犬の聴力なら聞こえるはずだ。
『なに?』
若干、気の立った声で訊ね返される。
こんな不機嫌な雪風の声を初めて聞いた。
私に怒っているわけじゃないのに、ちょっとショックを受けた。
「危なくなったら私が動く。すずめちゃんに怪我をさせたくなかったら、それまでは大人しくしてて。その後は何しても良い」
『……わかった。クロエをしんじる!』
「ありがとう」
遠巻きに、囲みながら私達は男の向かう方へ移動する。
背中を壁につけたまま男は移動し、辿り着いたのは城の中庭だった。
その一角にある壁。
そこへ辿り着くと刃物を持った右手だけですずめちゃんを拘束し、壁の一部を触った。
すると、軽い地響きと共に壁が左右に開いた。
隠し部屋だ。
それほど広くないその部屋には、何かよくわからない装置があった。
「それは何?」
「抜け道だ。王族が逃げるための」
部屋はどこにも通じていない。
装置だけが置かれている。
「これは古代に作られた転送装置だ。今は敵地となった場所へ通じている。だから、王はこれで逃げる事をしなかった。だが、私には関係ない」
「敵地?」
「アールネスさ。これはまだ、あの国が無かった頃の移動手段として作られた物だという話だ」
そんなものが……。
男は、装置に触れる。
すると、装置にうっすらと青い光の筋が走った。
そして、部屋の中に青い光の球体が現れた。
これがワープゲートみたいなものだろうか?
「それで逃げられるなら、もうすずめちゃんに用はないはずだ」
解放を促す。
しかし、男はいやらしい笑みを私へ返した。
「……いや、少しでも隙は見せられないんでな。一緒に来てもらう」
そう言うと、男はすずめちゃんを抱えたまま光の球体へ身を投じた。
「くっ!」
私はすぐさま、その後を追って球体へ飛び込んだ。
途端に、浮遊感を覚えた。
落ちている……。
そんな感覚が体に伝わってくる。
周囲を見ると、そこは筒のような空間だった。
いや、筒ではなく青い光の粒子が流れ落ち、それが筒のように見えているだけのようだ。
その空間を私は落ちていた。
すずめちゃん……!
私は彼女を探す。
すると、私と同じように光の筒を落ちる男と彼の腕の中にあるすずめちゃんの姿を見つけた。
男の表情は落下の恐怖からか引きつっている。
意識もすずめちゃんから逸れている。
今なら……!
私は魔力縄を男の腕へ引っ掛ける。
ナイフを持っている方の腕だ。
「なっ!」
戸惑う男。
しかし、その戸惑いが消えない内に魔力縄を引いて、男へ接近。
手に握られたナイフを叩き落とし、すずめちゃんを確保。
男の体を蹴り離した。
「ぐおっ!」
蹴り飛ばされた男はそのまま流れる光へと触れ、空間の外へ弾き飛ばされた。
外へ出た瞬間、男の姿は消える。
その途端、青かった光の粒子が赤く変わる。
何がどういう状況なのかはっきりわからないが……。
直感的にまずい状況だというのはわかった。
これからどうなるのかとても不安だが……。
ぎゅっと私の服を掴んで放さないすずめちゃんの事を思うとそんな様子は見せられない。
私はすずめちゃんにニコリと笑いかけた。
すずめちゃんの表情も、少しだけ柔らいだ。
「クロエ!」
『クロエー!』
声をかけられて見ると、頭上にアードラーと雪風の姿があった。
追いかけてきたのだろう。
魔力縄をアードラーの方に放つ。
アードラーがそれを掴むと、互いに引き合って距離を詰めた。
左手ですずめちゃんを、右手でアードラーを抱きしめる。
雪風は、アードラーに抱いていてもらう。
これはアールネスへ向かう転送装置だ、とあの男は言った。
けれど、それは正常な場合だろう。
今のこの状態が正常だと、私にはどうしても思えなかった。
どこか別の場所へ飛ばされるんじゃないかと思えてならなかった。
どこへ飛ばされるかはわからないにしても、最悪離れ離れに飛ばされてしまわないように、こうしてまとまっていた方がいいだろう。
はぁ……。
なんとなくわかったよ。
私が行方不明になる原因。
でも……。
「私は必ず帰ってくる! 諦めないぞー!」
叫びを上げる中、赤い光の世界から解放される。
自然光の道が世界へと私達は放り出された。
雪風がイムカに言った言葉。
「すずめをはなせ! わがきばがとどかぬうちに!」
クロエが暇な時に教えた脅し文句である。




