二十四話 決戦! カルダモン
細い路地などにおいて、数の有利は緩和されてしまう。
一度に戦える人数が制限されるからだ。
少数の人員であっても、多くの相手と互角に戦える。
兵数の劣る王軍にとって、この地は有利に働くだろう。
そしてそれは、私個人にも言える事だ。
目前には数百の軍勢が路地を埋め尽くすように存在し、その全てがこちらへと敵意を向けている。
それらを相手にし、しかし私は脅威を感じていなかった。
私という少数に対して相手は包囲を行う事ができず、両側面には味方の兵士がいる。
敵とは等しく、正面から相対する事になる。
敵が正面にしかいないというのなら、負ける気はしない。
実際に戦うまでは相手の力量に対して不安があったけれど……。
しかし武器を合わせてみれば、それも消える。
この力量ならば、私は比較的容易に排除できる。
焦らずに丁寧に対処していくだけで、速やかに処理する事ができていた。
一撃、ないし二撃もあれば敵兵士を処理できた。
一撃を受けられたとしても一合あれば相手は体勢を崩し、その隙を打てば大抵は打ち倒せるのだ。
なので、私は少しずつ突出し始めていた。
私は敵陣の深くへと入り込み、それによってできた敵部隊には穴が穿たれていく。
それを埋めるようにして味方の兵士が戦線を押し上げていくため、こちらの陣は鏃のように先端を尖らせる形になりつつあった。
この調子なら、予定通りに突破もできそうだ。
「これが烏合の衆だと? 強すぎる!」
「このままでは突破されるぞ!」
敵兵士達の戸惑いと焦りが聞こえてくる。
私としては、そうなってくれると嬉しいな。
けれど、そう上手くはいかないようだ。
「うろたえるな!」
兵士達の弱気を払拭するように、太い男の声が一喝する。
「我々は栄えある王軍の中でも最高の実力を持つ部隊! それもこの作戦のため、私が選び抜いた兵だ! 弱気を見せるな! 我々は最強であるという自覚を持て!」
敵陣の奥、ただ一人馬上にいた人物がこちらへと馬を歩ませながら声をかけていく。
灰色の髪を短く切りそろえた体格の良い中年男性だ。
眉が釣り上がり、顔つきからは彼の厳しい性格がうかがえるようだった。
彼は左手で馬の手綱を操りつつ、右手には棍棒を握っていた。
緩やかに歩む馬の足取りは悠然としていて、堂々としているように見えた。
「お前達がこのカルダモンに見出され、手ずから育てられた者である事を忘れるな!」
カルダモン?
彼が?
私は焦りを覚えた。
カルダモン将軍。
この国の軍における、最高の軍事権力者。
そして、最強の男でもある。
てっきり、王城の守りに入っていると思ったが……。
ここにいるという事は、守るのではなく攻めに回ってこの事態を打開しようとしていたという事だ。
今の私と同じように。
気が合うのは光栄だ。
……けれど、その分王城の守りが薄くなっているという事だ。
思った以上に、本隊の突破は早いかもしれない。
できれば、本隊が王城へ到達する前に私達が王城へ攻め入りたいと思っていたのに……。
カルダモン将軍が相手ならば、私も手間取るかもしれない。
王城への到着が遅くなる。
いや、そもそも勝てるのかな?
でも、実際に戦ってみないとどうなるかはわからないよね?
何より、聞いておきたい事もあったから丁度いい、か。
そう思って見ていると、カルダモン将軍も私へと目を向けた。
視線が合う。
そのまま、私とカルダモン将軍の距離が近づいていく。
そして、私の前でカルダモン将軍は馬から降り立った。
来ちゃったよ、この人。
ユリウス将軍とのような問答もない。
さながら初めから予定されていた事のように私と戦うつもりだ。
そう思ったのも束の間、カルダモン将軍は私へ向けて上段から棍棒を振り下ろした。
バックステップでそれをかわす。
「名乗らなくていいの? 将軍様」
問いかけるが、カルダモン将軍は構わずに次の攻撃を繰り出す。
鋭い突きが迫り、私はそれを棍棒で払い落とす。
そのまま横殴りにカルダモン将軍の頭を狙うが、彼は落とされた棍棒の先を振り上げて逆に私の顎を狙う。
後退して避けながらも棍棒を振り切ったが、距離ができたために攻撃は当たらなかった。
カルダモン将軍はそれを見越していたように、避ける素振りすらなく通り過ぎる棍棒を見送った。
攻防が途切れ、間ができる。
戦いに言葉なんていらない、か……。
同感ではある。
でも、今の私としてはお話したい所だ。
歌ってもらいたい事がある。
一度倒して、お話聞いてもらわなくちゃだね。
不意に、カルダモン将軍は一歩踏み出して突きを放つ。
掛け声もなく、ただ小さな呼吸音だけを発し、それすら棍棒の風切り音が消し飛ばす。
本当に、とことん戦いに専念する人のようだ。
顔を狙った突きを首の捻りだけで避け、反撃に棍棒を振る。
防がれる。
棍棒同士がぶつかるカンという甲高い音が鳴った。
そこから、カンカンと絶え間なく攻防の音が続く。
カルダモン将軍は、攻める事も上手く、守る事も上手かった。
攻め入る隙はなく、やっと隙を見つけたかと思えば罠である。
攻め入れば、手痛い反撃を返される。
それを受ければ手が痺れ、どうにかしのいで体勢を立て直すのも一苦労だ。
マティアス将軍は、打てば反射的な反撃を行う所があった。
だから、そこを狙って反撃を当てるという事もできた。
それが私の仕掛けられる精一杯の罠であり、しかしカルダモン将軍はその辺りでしっかりと抑えが利いている。
ひっかかってくれない。
魔術を武具へ纏わせる事はしないが、打ち合わせた棍棒からそこに魔力が込められている事はわかる。
攻撃ではなく、身体強化と武具の補強に魔力を使っているようだ。
そこだけはマティアス将軍と同じだ。
恐らく、全てにおいて私以上。
カルダモン将軍はそんな戦士だ。
……!
横薙ぎに振られた棍棒の鉄冠が私の額をわずかに抉った。
距離を取り、傷口を撫でる。
先にダメージを受けてしまったか……。
悔しいけれど、正攻法じゃ勝てそうにないや。
上等……。
いや、最高だ!
この人は……!
楽しんでいる場合じゃないけど、楽しくなってきた。
撫でた傷口を白色で治し、笑みを作った。
「ここで笑うか。まるで猛獣だ」
不意に、カルダモン将軍はそう呟く。
「しかし、白き虎……。奴ほどではない、か」
その声色には、どこか落胆を滲ませていた。
白き虎、ね……。
余所見は良くないよ?
今あなたの前にいるのは、私なんだからね。
「すずめちゃん。しっかり掴まってて」
「わかった」
背中のすずめちゃんに小さく言うと、そう答えが返ってきた。
ぎゅっと、すずめちゃんがしがみついてくる感触が伝わる。
私はカルダモン将軍へ棍棒を投擲した。
思わぬ行動だったのか、カルダモン将軍は一瞬表情を顰めて投擲された棍棒を跳ね上がる。
そして、さらに表情を驚愕へと変える。
何故なら、彼の視界から私が消えていたからだ。
私は棍棒を投擲してすぐに、魔力縄を家屋の屋根へ引っ掛けて彼の頭上へ跳んでいた。
跳ね上げられた棍棒を空中で受け止め、真下のカルダモン将軍へと再度投擲する。
カルダモン将軍が私の動向に気付き、迫り来る棍棒をどうにか払い落とす。
私は魔力縄を両手から放ち、地面へ固定する。
そして魔力縄を思い切り引き、その反動で足を揃えたドロップキックを繰り出した。
将軍は真一文字に棒を構え、ドロップキックを防ぐ。
私の全体重、筋力の乗った渾身の一撃に、強化された物とはいえ木製の棍棒がミシリと音を立てて軋む。
その棍棒を蹴って背後へ跳び……。
そして、魔力縄で真一文字に構えられた棍棒の両端を捕らえる。
「!」
その行動に、カルダモン将軍の表情が驚愕に固まる。
「おおおおおぉっ!」
気合を入れ、声を張り上げ、私は魔力縄を引く。
二度目のドロップキックが、カルダモン将軍の棍棒へ炸裂する。
一度でミシリと軋んだ棍棒は、その二度目でミシミシと音を立て、真っ二つに折れた。
それだけに留まらず、私の両足はカルダモン将軍の顔面を蹴り抜いた。
「ぬおっ!」
私は彼の背後へと抜け、勢いのために少し離れた位置へ着地。
地面を滑りながらもカルダモン将軍へ向き直る。
体勢を崩した彼へ向け、走る。
私が徒手による追撃を加える頃、カルダモン将軍は体勢を立て直して私への反撃を行った。
それでも、体勢を立て直したとはいえ、ダメージは着実に残っているようだ。
私へ放たれた拳は狙いを外し、避けるまでもなく頬をかすって過ぎていく。
軽く脳震盪を起こしているかもしれない。
そして脳が揺れれば、魔力が扱い難くなる。
対して私は、正確にその顎を殴り上げた。
さらに、頭部へのダメージを蓄積させる。
しかし、その一撃だけで打倒する事はできず、殴り合いへと発展する。
ダメージが残っているとはいえ、それを衝いての攻撃が致命打とならない。
どうにか防いでくる。
さながら、泥仕合であった。
こんな状態でも、冷静に対処するカルダモン将軍。
彼が果てしなく真摯に戦いへ臨んでいるとわかる。
そして徒手による殴り合いが続き、次第にカルダモン将軍は攻撃の正確さを取り戻しつつあった。
攻防の中で回復している……!
戦いながら、少しずつ白色でダメージを抜いている。
このままじゃ、倒せない。
恐らく私が彼を倒せるとすれば、ダメージが抜け切っていない今だけだ。
でも、そのアドバンテージも間もなく消える。
カルダモン将軍の拳が、私の眼前に迫っていた。
威力が十分に乗り、狙いも正確である。
これを受けてしまえば、私も体勢を崩さざるを得ない。
しかし、恐らく私には彼のように、その状態から回復するだけの技量は無い。
確実に、負ける。
その時である。
ふと、ティグリス先生の事が頭を過ぎった。
瞬間、体が動く。
カルダモン将軍の一撃に対し、私の体は前に出る。
重心が限りなく前へ移動し、拳が振りかぶられた。
大地を蹴る足先から、その力を太腿、腰、背中、肩、腕へと力を伝え、そして……。
最後には拳へと至る。
さながら一本の棒を通すように、力の道が形成された。
『鉄拳』と同じく、拳の密度を極限まで上げ、足りない筋力は魔力で補う。
そうして放たれる、私の限界を引き出した全力の拳。
全てを賭した一撃に体中が軋み、筋繊維がぶちぶちと千切れ、悲鳴を上げているのがわかった。
ただでさえ、受ければ致命傷を免れぬ攻撃。
対し、私は防御ではなく捨て身の攻撃を選んだ。
それも今まで放った事のない全身全霊を賭した、まさしく全力の拳。
これでカルダモンの攻撃を受ければ、ただでは済まないだろう。
しかし……。
カルダモン将軍の攻撃が狙いをずらされ、私のこめかみをかすって通り過ぎた。
代わりに、私の一撃がカルダモン将軍の顔面を捉える。
その選択が、功を奏する。
恐らく、カルダモン将軍は私が前へ出る事を想定していなかったのだろう。
感触があった。
硬い頭蓋が砕ける感触、歯の折れる感触が。
致命の一撃である事が、放たれた拳から伝わってきた。
相手の攻撃に合わされた捨て身の一撃。
それが、どれほどの威力であるのか……。
今までカウンター主体の戦いをしてきた私は、通常の腕力だけでは体験できぬほどの強打を加える感覚に慣れている。
しかしそんな私ですら、初めて体験した感覚だった。
こんな物を受ければ、相手は確実に死ぬ。
そう思える一撃だった。
それを受けたカルダモン将軍は、その巨体を地面へ叩きつけられるにして倒れ、そのまま二回ほど地面を転がって大の字に倒れた。
「……あいつと同じ技……だと?」
幸いというべきか、カルダモン将軍は生きていた。
呟き、カルダモン将軍は起き上がろうとする。
私の顔を見据え、手を伸ばす。
しかし、起き上がるだけの力は、ないようだった。
そのまま、起こした体を再び地面へと預けた。
その様子を見やり、私は一息を吸い込む。
「敵将カルダモン! 討ち取った!」
そう宣言すると、味方の兵士達から歓声が上がった。
カルダモン将軍が倒され、しかし彼の兵士達はそれでも戦おうとした。
だが将軍の欠けた部隊の動きからは精彩が失せ、士気が低下している事は明らかだった。
ほどなくして降伏する者が出始め……。
そして、十分ほどで完全に制圧されるに至った。
とはいえ、ここで一息吐くわけにはいかない。
私は壁に寄りかかって座る、カルダモン将軍に声をかけた。
「あなたに聞きたい事がある」
「おまえは……」
問いかける私をカルダモン将軍は見上げた。
「ジェスタ殿下を殺したのは、本当にあなたなの?」
私が問うと、カルダモン将軍は目を見張った。
「殿下が亡くなっただと?」
驚いた様子でそう訊ね返す。
その表情からは嘘が感じられなかった。
彼は本気で、驚いているようだ。
彼はジェスタが死んだ事を知らなかった。
つまり、彼がジェスタを殺したわけではない。
では何故、彼らは嘘を吐いたのか……。
私はそう思い、王城のある方角を見やった。




