二十三話 突破
バーニ達との合流後。
王都攻略について、会議が行われた。
集まったのはいつもと同じ面子であるが、そこにジェスタの姿だけがなかった。
「バーニ軍師。策は?」
そのいなくなった人物を倣うようにして、アーリアはバーニに訊ねた。
「相手の陣容を見るまでは詳しく申せませんが、概要だけは伝えておきましょう」
「頼む」
「他はわかりませんが、王城の前にだけは間違いなく部隊が展開しているでしょう。それも王都にある最高の部隊が分厚く配されている。地形の点から見ても、これに対し我々は正面から当たる以外に方法がありません。戦いは総力戦になります。ここまで兵力を温存しながら来たのはそのためです」
「そうか……」
「注意すべきは今までのような野戦ではなく、市街戦になるだろうという事です。それでは数の優位を削がれてしまいます」
王城は城壁に囲まれているが、周囲に広がる都は城壁に囲まれていない。
路地のような隘路が多く、市街戦は野戦と違って移動を制限される。
大人数を自由に動かせなくなってしまう。
十人しか通れない通路では、互いに十人ずつでしか戦えない。
包囲もできず正面からしか戦えないならば、実質それは十対十の戦いを連続で行うという事。
数の優位を削がれるとはそういう事だ。
そうなると大事なのは、兵の数よりも質という事になる。
その優位性を確保するためにも、王城を守る目的の王軍が布陣するとすれば、都の建造物を利用したものになる可能性が高い。
「しかし、ですがそれが必ずしもこちらの不利に働くわけではありません」
「どういう事だ?」
アーリアが問う。
「兵の質の問題をある程度緩和できるという事です。残念ながら、反乱軍の兵士達では王軍の精鋭達に対して質で劣ります。ぶつかれば一たまりもないでしょう。市街戦では質が重要になりますので、数を揃えた所で意味がありません」
バーニの言葉を推し量ろうとしているのか、アーリアは黙って考え込む。
そして、その意図を悟ったのか口を開く。
「この戦いは兵士数よりも質が問題になる……。だからこちらも、少数の精鋭で対抗するという事か?」
「はい。こちらにも、王軍ほどではありませんが元王軍の兵士達がいます。彼らを中心に部隊をまとめるつもりです。そうすれば、一方的に戦力を削がれるという事もなくなります」
「なるほど」
「ですが、精鋭の数で言えば我々は王軍に劣ります。時間が経てば経つほど、こちらが不利になっていく事でしょう。王軍に対応できる人員がいなくなれば、兵士を使い潰しながら相手の消耗を強いる戦いになってしまいます」
それは、ユリウス将軍が指摘していた事態である。
多くの犠牲を出す最低の事態である。
「なので、早々に戦の決着をつける必要があります」
「その方法は? 具体的に考えているのか?」
アーリアの質問に、バーニは首肯して続ける。
「精鋭を本隊の最前線に集め、一点突破を行います。城に押し入り、王を直接討ちます」
王を討つ、という言葉にアーリアが小さく息を呑んだ。
「わかった。軍師殿が考えた策だ。それが、一番良い策なのだな?」
「はい。策と言うのも烏滸がましい物ですが、唯一我々が勝利できる策だと思っています」
バーニははっきりと肯定する。
「そしてその作戦を取るにあたって、注意すべき事が一つ」
「何だ?」
「恐らく、王軍の指揮を執るのはカルダモン将軍です。ならば、ただ黙って守りに入るという事はないでしょう。彼は常に、勝つための算段を立てられる方ですから」
「何か仕掛けてくると思っているわけだな」
「はい。市外の路地を回りこみ、我々の後背を衝くための別働隊を送り込んでくると思われます。なので、こちらもそれを迎撃するための別働隊を配置するべきかと思います」
バーニの考えを聞き、アーリアは息を吐いてから訊ねる。
「その余力があるのか?」
「正直に言えばありません。なので、この別働隊には精鋭中の精鋭にあたってもらいます」
そう言って、バーニは私を見た。
私?
「なるほど……」
アーリアにも納得されてしまった。
「彼女達ほどの精鋭は、この部隊に居ませんからね。作戦概要を総括すれば、アーリア様と私とバルダンの三人で城を攻め、コルヴォ殿とアリョール殿には別働隊を率いて回り込む敵部隊の足止めをしてもらう形になります」
バーニはシンプルに概要をまとめた。
「わかった。ではその段取りでいこう」
「お待ちください」
アーリアが場をしめようとするが、私はそれに異を唱えた。
彼女の視線がこちらに向く。
「アーリア様のそばには、私を配した方がいいと思います」
「いけません」
私の提案をバーニが切って捨てる。
「確かに本隊の突破力を考慮すれば、それも一考する価値はあります。しかし、それ以上に敵から背後を取られる事は脅威なのです。絶対に阻止できる者を配する必要があります」
「理屈はわかります。ですが――」
「先生には、別動隊をお願いします」
私が何か言いかけるのをアーリアが遮って言った。
「私も、先生がそばにいてくれると心強く思います。でも、それが最善なのです。だから、お願いします」
アーリアは、私に頭を下げた。
「……そうですか。わかりました」
少し考え、私はそう答えた。
「なら、会議はこれで終わりです」
バーニの言葉に、アーリアは頷いた。
「では、これで解散する」
アーリアの言葉に一礼し、会議は終わった。
それから一日強の行軍を経て、反乱軍は王都へと辿り着いていた。
一夜の休息を挟み、その間に偵察して王軍の陣容を把握する。
総数は、二万人程度らしい。
らしい、というのは私が直接見たわけではないからだ。
今回の偵察は、バーニが一人で行った。
対して反乱軍は約三万。
数ではこちらが圧倒している。
あとは、その数の有利でどれだけ兵士の質をカバーできるかという所だ。
新兵達は今まで通り、アーリアが率いている。
前線での活躍が見込めないため、護衛としてアーリアの付近に配置されている。
夜が明けるか明けないかの時間、王都の前で部隊を展開した。
あとは、攻め込むだけである。
これが最後の戦いになる。
これが終われば、私達は帰れる。
そう思うと少しの安心を覚える事はできた。
けれど……。
私は隣にいたアーリアへ目を向ける。
馬上の彼女は、緊張した面持ちで兵士達に目をやっていた。
今は彼女の事が心配でならない。
「大丈夫ですよ。あなたなら、皆を率いる事ができます」
声をかけると、アーリアはこちらへ目を向ける。
彼女の表情に映る緊張が、わずかに綻んだ。
すぐにその視線を兵士達の方へ向ける。
「そうですね。皆、私についてきてくれる。これなら、私は兄の志を継ぐ事ができるでしょう。……でも、これからは私の言葉で、皆の運命が決まるのですね」
その通りだ……。
これからはアーリアの号令によって、無数の命が散らされる。
その責任を彼女は今、一人で背負おうとしているのだ。
彼女はそれを理解した上で、受け入れている。
表情を毅然とした物に変え、彼女はピンと背筋を伸ばした。
指導者として、弱い所を見せてはならない。
そうしなければならない。
それこそが、兄の意思を継ぐ事……。
この国の民のためになるから……。
だからこそ、彼女はその役目を引き受けた。
しかしそれがどれだけの傷を彼女の心に残すのか……。
それは想像に難くない。
………………。
アーリアは馬を進ませ、兵士達の方へ向かう。
私から離れていく。
その背を見送る。
「アリョール」
呼ぶと、私の後ろにいたアードラーが私の隣まで馬を歩ませてきた。
「悪いんだけど、ちょっと無茶に付き合ってくれない?」
「いいわよ」
アードラーは詳細を訊ねる事もなく、二つ返事でそう答えてくれた。
そこには私への信頼が見て取れる。
私も信頼している。
だからこそ、私はアードラーに声をかけた。
私は自分の考えをアードラーに告げる。
「わかった。私もそのつもりで動く事にするわ」
「ありがとう」
「それと……いいの? すずめさんとユキカゼを私達の手元に置いて」
今、すずめちゃんと雪風はアードラーの乗る馬の上だ。
「うん」
危険はあるけれど、この戦いではそばに置いた方がいいと思う。
……少なくとも今、バーニやバルダンに預ける気にならない。
「すずめちゃんは私が預かるよ。おいで」
「わかった」
手を伸ばすと、すずめちゃんはこちらに身を乗り出した。
両脇に手を入れて抱き上げ、こちらの馬に座らせる。
「じゃあ、ユキカゼは私と一緒ね」
「わんわん!」
「そうね」
雪風と言葉を交わしたのか、アードラーは笑みを作った。
「じゃあ、あとで」
「うん」
アードラーと言葉を交わし、別れる。
自分の持ち場へと向かう。
私がこの戦場で課せられた役目は、背後より奇襲してくるであろう敵別働隊の足止めをする事。
そのために与えられた兵士は、二百名。
内、元王軍の精鋭は二十名ほどである。
ほとんどが志願兵だ。
反乱軍総数から見れば少ないが、本隊の一点に力を集結させて王城の守りを突破する作戦だ。
できるだけ戦力を割かずに、相手の動きを封じる必要がある。
私達の部隊には、少数で相手を長く足止めする事が期待されているのだ。
同じ役目をあてられたアードラーもまた、私と同じだけの兵士を与えられていた。
私はバーニに指示された持ち場に辿り着いた。
通路の枝分かれした広場のような場所である。
バーニ曰く、奇襲するには速やかに部隊を移動させる必要があり、そのためにはある程度広い通路を選ぶだろうとの事。
そして、それらの通路を選んだ場合、必ずこの広場を通る事になるらしい。
敵を目視次第、私はその通路を部隊で塞いで足止めする。
そうして本隊の背後を守るのが、私の役目である。
しばらくして、どこからか怒号が聞こえ始める。
声だけでなく、金属のぶつかる甲高い音もある。
どこかで戦闘が始まったのだろう。
恐らく、本隊だ。
戦いの音に怯えたのか、すずめちゃんは私の袖を強く握った。
「大丈夫。私と一緒にいる限り、すずめちゃんには傷一つつけさせないから」
言うと、すずめちゃんは首を巡らせて私を見上げた。
「わかった」
「もちろん、アーリアも。だから、安心して」
「クロエさんの言う事だから、心配してない」
嬉しい事を言ってくれる。
この期待を裏切らないようにしないとね。
丁度その時だった。
バーニの予想は、どうやら当たったらしい。
私の正面に位置していた通路から、無数の足音が聞こえ始めた。
こすれ、ぶつかる鎧の音もする。
その音と共に、敵の部隊が姿を現す。
「総員、前進」
通路を人垣で埋めるように、部隊を動かす。
駆けてくる兵士がこちらに気付き、槍を構えながら足をさらに速めた。
「敵が突撃してくる。盾を構えて攻撃に備えて! 誰も通さないように!」
接敵までは、十分に余裕があった。
前面にいたのが精鋭の兵士達だった事もあり、敵の突撃に防御の備えが間に合う。
敵の部隊が、こちらの部隊とぶつかった。
被害は出たが、大崩する事無く突撃を受け止める事ができた。
敵と味方の境界線となった前線では、兵士同士が攻防を繰り広げていた。
部隊の中心で馬上から指揮を執っていた私は、馬の歩を歩ませて前線へと向かう。
「さて、と」
私はすずめちゃんを抱き上げると、背中へ負ぶった。
強化装甲の布を操ってすずめちゃんの体を背中に固定し、さらに彼女の体を覆うようにして装甲を配する。
馬から下りると鞍に着けていた棍棒を手に取り、一度くるりと回して構えた。
前線にいた一人の兵士の肩を叩いて退かせると、私は最前線へ出た。
「うおおおおおっ!」
こちらの陣が開いた隙を衝き、敵の兵士が雄叫びを上げて攻撃を仕掛けてくる。
突き出される槍を棍棒で叩き、さらに跳ね上げた棍棒でその兵士の顎を打ち上げた。
打たれた兵士の体が軽く宙を舞い、背中から地面へと打ちつけられる。
続いて間髪入れずに兵士達がこちらへ殺到してくるが、それも棍棒で打ち払う。
敵は正面にしかいない。
守りに徹すれば、足止めは十分に可能だろう。
まぁ、そうするつもりはないのだけれど。
守るつもりなどなかった。
守るのではなく――
「これより私達は、このまま敵部隊を突破! 本隊よりも先に王城へ攻め上がる!」
私は味方の兵士に伝わるよう、大音声で告げた。
さぁ、ビッテン突破という物を見せてやる!




