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十八話 三の砦攻略戦

 三の砦への行軍途中。

 反乱軍は、ある小さな村へ立ち寄った。


 しかしジェスタ達の目的が村そのものでない事は、辿りついた時に気付いた。


 村の外に、村の家屋以上に多くのテントが建ち並んでいたからである。


 その数、ざっと三千ほど。


「これは、どうして?」

「各所で募った志願兵をここに集めるよう、別働の人員に命じていたのです」


 私の疑問に、バーニが答える。

 別働の人員がいたのか。


「元々、ここに補給のための食料を用意していましたから。丁度良かった。ただし、これ以降、補給はできませんが」


 どうやらバーニは、志願兵の合流地点まで細やかに決めていたらしい。


 村に着くと、ジェスタとバーニは休む事無く部隊の再編を始める。

 とはいえ、主にバーニが一人で決めて、ジェスタは立ち会っているだけのようだった。


 この反乱軍で、一番働いているのはバーニだろう。

 軍の運営に、戦場での指揮に、と彼の活躍の幅は広い。

 反乱軍は殆どバーニによって運営されている。


 もはや、彼の軍と言ってもいいかもしれない。

 ただ、やはりジェスタを旗頭としている以上、彼がいなければ士気を保てないだろうが。


 なら、アーリアはどうなのか……。

 彼女がここで果たす役割は少ない。


 新兵の部隊を与えられたが、未だ戦いへ本格的に参加させてもらえない。

 その扱いからも、戦力として期待されていない事は明らかだ。


 むしろ、ジェスタからすれば邪魔な存在ではないだろうか?


 このまま反乱軍がカルダニア王を倒し、ジェスタが王になったとして……。

 同じ王族のアーリアもまた王族であり、王位を要求する可能性もある。


 アーリアはそんな事をしないと思うが、それが可能な人物である以上警戒は必要になってくる……。


 私から見れば、ジェスタもその疑心から妹を排除するような人間には思えない。

 が、絶対はない。


 何が起こってもおかしくはない。

 疑心は人の心を曇らせるだろうから。


 私は小さくため息を吐いて思考を消した。


「どうしました?」


 バーニが訊ねてくる。


「毎日干し肉は流石に飽きてきたな、と」

「そうですね」


 私の答えに、バーニは苦笑した。




 志願兵を加えて、反乱軍の総数は一万七千近く膨らむ事になった。


 それから数日の行軍を経て、私達は三の砦付近まで到達した。


 そこは高い岩場によって、谷のようになった地形である。

 岩場は視界を遮り、当の砦は目視できない。

 が、この先には確かに砦があるらしい。


 この岩場はいくつもの道が入り組んでいて、砦はその中央に建っているのだという。

 さながら迷路のようになっていて、それを防備に利用しているそうだ。

 この砦自体は二の砦と同じく防備は薄い。

 野戦となる事は間違いないが、天然の防壁があるため前とは趣が違う戦いとなるだろう。


 その谷の入り口で部隊は停止し、反乱軍は野営の準備を行った。

 一夜を明かし、行軍の疲れを取ってから砦へ攻め込むそうだ。


「風呂上りの時に、どういうわけかショーツより先にシャツを着る時ってない?」

「わかる。別に順番なんて人それぞれだと思うけど、上だけ着て下だけ裸だと何だか……」

「変態っぽい」

「ええ」


 どこぞの黄色い熊みたいだ。

 ……いや、あの熊は別に変態ではないけど。

 人間が同じ格好をすると変態である。


「シャツの次に靴下履いた時なんか特にね」

「それはやった事がないからわからないわ」


 私もないけど、話を盛った。


 夜、そんな話をアードラーとしているとバーニが私達のテントへ訪れた。


「コルヴォ殿。偵察に付き合ってください」

「はい。わかりました」


 恒例となりつつある、二人での偵察である。


 入り組んだ岩場の道を二人で進む。


 その道中で私は水筒の水を飲んだ。


「今日はよく飲みますね」

「どうやら、水の女神の怒りが収まったようなので」


 飲む水が美味しくなった。


 パンチパーマになった部分を切りそろえ、その部分の毛がいい感じに伸びてきたのがきっかけだろう。


 雪風は不満そうで、「アフロ! アフロ!」と強請ねだってくるが。

 その要望を受け入れると、水がまたまずくなる事は想像に難くない。


「そうですか」


 バーニは、とても心のこもっていない声でそう答える。

 聞き流したな?


「ここを登ります」


 しばらく道を進むと、不意にバーニが言う。

 岩場の取っ掛かりを利用して、私達は岩場を登った。

 魔力を使って登ろうとしたが、どうやらこの辺りの地形には障壁が張られているらしい。

 魔力の針が刺さらなかった。


 岩場を登り切ると、バーニは伏せるように指示する。


 普段は物陰から、望遠の魔術で行う偵察であるが。

 岩場を登り切った場所からは、魔術を使うまでもなく砦が目視できた。


 こんなに近くまで来ていた事に少し驚く。


「兵は既に臨戦態勢。数は七千程度ですか。迎え撃つ準備はできているようですね」


 バーニの言う通り、砦の前には部隊が配されていた。

 そう、砦の前に配されている。

 まるで、これから戦いになる事がわかっているように。


 二の砦でも、偵察の際にはまだ部隊の準備を行っていなかった。

 反乱軍が近づいて、初めて動いていた。


 なのに、三の砦の部隊は既に動いている。


「敵はこちらの位置を察知しているのでしょうか?」

「もちろんです。視界が利かないのは向こうも同じ。岩場の入り口には、常に監視のための兵員を割いている事でしょう」


 つまり、今回のアドバンテージは向こう側にあったという事か。


「これは……」

「どうしました?」


 バーニの声に、私は訊ね返す。


「カール殿下が指揮を執っています」


 言われて望遠の魔術で敵の部隊を見る。

 本隊の後方に、それらしい人物を認める。


 周囲の部下に何やら怒鳴り散らしているようだ。


「ジェスタ様やアーリア様に似ていませんね」


 カールと呼ばれた人物は全体的に丸みを帯び、どこが縦か横かわからない体系の男性だった。

 身長は低く、肌はジェスタやアーリアと違って白に近い。


 殿下というなら兄弟のはずだが、あまり似ていない気がする。


「父親は同じですが、母親は別です。この国の権力は王に集中していて、そしてそれを分かち合う者はいない……」

「……奥さんがいないって事ですか?」

「はい。王のそばには、愛妾だけがいる」


 一瞬だけ、バーニは目を伏せた。

 けれどすぐに、視線を砦へ戻す。


 私も同じように砦を見た。


「ん? あの人、誰ですか?」


 私は砦の中で少数の部隊を発見した。

 その部隊を前にして立つ人物を指して訊ねる。

 恐らく、その少数部隊を指揮する立場の者だろう。


 その人物は女性で、武装していない。

 少数部隊の人間も武装はしていなかった。


 カール殿下の部隊が砦の前で展開しているのに、砦内に部隊を残している事も気になった。


 部隊の交代要員だろうか?

 それにしては数が少ないけれど。


「ユリウス将軍……」


 バーニが呟く。


「マティアス将軍の孫娘です」

「強いのですか?」

「マティアス将軍ほどではありませんが」


 私の言葉を否定しない。

 なら、強い事は強いという事か。


「見るべきものは見ました。戻りましょう」

「はい」




「アーリア様。あなたの部隊には、別働隊として動いてもらいます」


 野営地へ戻るとバーニは早々にアーリアの元へ向かい、そう告げた。


「別働隊?」

「はい。本隊は砦まで正面から攻めます。その際、本隊の進軍予定ルートから枝分かれした道があるので、アーリア様にはそちらを進んでもらいます」

「そこを進むとどこに出るんだ?」

「砦の背後へと通じています」

「つまり、私に部隊を率いてその道を行き、敵の背後を衝けというのだな?」


 はい、とバーニは頷く。


「わかった。軍師殿の言う通り、その任務はまっとうする」


 そう答えたアーリアの表情は硬かった。

 緊張している事がよくわかる。


 これは彼女にとって、初めての実戦と言える。

 だから不安なのだろう。


「敵部隊は我が本隊と交戦する事になるため、背後を衝く事は容易いでしょう。まともな戦いにはならないと思います」


 バーニはアーリアの緊張を解すようにそう言う。


「その分、本隊の戦いが激しくなるためコルヴォ殿には本隊の方にいてもらいます。いいですね?」


 つまり、背後の奇襲はアーリアの部隊だけで行わせるつもりなのか……。


 戦力として期待していなかったアーリアをこの期に及んで投入する……。

 それほど人員が逼迫しているのか、それとも別の思惑があるのか……。


「……本当に、それが最善だと?」


 私が訊ね返すと、バーニは表情を崩さないまま口を開く。


「そう思いますが?」

「私は、アリョールに本隊へ残ってもらおうと思っています」

「激戦が予想される場所には、戦力を集中するものですよ」


 あくまでも戦いのかなめとなるのは本隊であり、アーリアの部隊はそれほど重要ではないと言いたいのだろうか?


 それならそれでもいい。


 アードラーには元から本隊に居てもらうつもりだった。

 何なら、私も一緒にいる予定でもあった。


 でもそれはバーニの語るように戦略的な理由ではなく、多分この部隊で一番安全な場所はジェスタのそばだからだ。

 だから、すずめちゃんはそこに置き、念のために私とアードラーで守るつもりだった。

 けれど……。


「かもしれません。でも、予感がするのですよ。嫌な予感が」


 私が言うと、バーニは私を睨むように見た。


「……わかりました。そこまで言うのでしたら、お任せします」


 しばしの沈黙を経て、バーニはそう答えた。

 テントを出て行く。


「……少し、私も出てきます」


 ややあって、アーリアもテントから出て行く。


「私も一緒に行ってよろしいですか?」


 ちょっと心配だったので、アーリアにそう申し出る。


「お願いします」


 すると、逆にお願いされた。


 アーリアと二人テントを出て、彼女が進む後へ続く。


「先生。稽古をつけてくれませんか?」

「いいですよ」


 体を動かすのは、不安を和らげるのにも役立つだろう。


 私はアーリアの特訓に付き合った。

 型を見て、実際に組み手もする。


 それが一区切りし、休憩していた時だった。


「先生。いち早く強くなるには、どうすればいいですか?」


 アーリアはそんな事を訊ねた。


 強さか……。

 それはしっかりと鍛錬し、経験を積み、育んでいくものだ。


 けれど、アーリアが求めているのはそういうものじゃないだろう。

 戦いが明日に迫っている。

 それも今までとは違い、自分の部隊が積極的に戦線へ参加する事になる。

 だから今、少しでも強くなって万全に備えたいと思っているのだ。


 つまり、彼女が求めているのはすぐに強くなれるコツのようなもの。

 だとすれば……。


「簡単に言えば、相手より強い武器を手にする事です」

「それはそうでしょうけど……」


 あ、何か釈然としてない様子。


「本当の事です。武器というのは、剣や槍じゃなくて自分の使える手段の事だと思ってください。鍛え培った肉体や、習熟した技などの」

「そういう事ですか」

「相手では太刀打ちできないほどの武器を持つ。これが手っ取り早く強くなる方法でしょう」


 格闘ゲームに例えれば、最速技の発生フレームが8の相手に、発生も硬直も1フレームの技を持ったキャラで対抗するという感じだ。

 キャラ性能の違い過ぎるキャラクターというのは不公平なものだが、実際の戦いにはそういう不公平さがある。


 つまり強い武器を手にするという事は、相手にとって不公平で理不尽な存在になるという事だ。


「一つでもいいから、誰にも負けない技を作る事です」

「先生にもそういう技があるのですか? そういう必殺技のようなものが……!」

「私にはありませんね」

「えぇ……?」


 露骨にがっかりされる。


 でも、言われて考えてみたらなかったのだ。

 アンチパンチも対人戦では使いにくいし。

 鉄拳は極限まで力んで打つため柔軟な動きができず、決め打ちのような使い方しかできない。


 基本、ただのパンチやキックで戦っている。

 だって、それで十分だし。

 あえて言うなら、カウンターパンチとローキックくらいかな。


「私の場合は幼い頃から地獄のような特訓を課せられ、全体的に鍛えられていたのです。全身凶器です」


 あえて言うなら、攻撃全てが必殺技だ。


「そうなんですか」


 アーリアは俯く。


「明日の事が不安ですか?」

「……はい。だから、少しでも強くなっておきたいのです」

「残念ながら、一晩の鍛錬で劇的に強くなる事はできません」

「……」

「ですが、アーリア様が行ってきた鍛錬は、一朝一夕のものではありません」


 言うと、アーリアは顔を上げた。


「あなたは今まで、しっかりと鍛錬を続けてきたじゃないですか。だから、十分に強さは育まれているはずです」


 アーリアはかすかに笑みを作る。


「はい。そうですね!」


 少しは、不安も消えたようだ。




 翌日。


「じゃあ、行ってくるよ」


 砦へ向けて行軍する途中、アーリアの部隊は枝分かれした谷間の道を行く事になった。


 その際に、私はアードラー達にそう声をかける。


「気をつけてね」

「気をつけて……」

『げんきでね!』


 と、我が傭兵団の面々はそれぞれ言葉を返してくれる。

 私は馬上でその言葉を受けた。

 アーリアの所へと馬を寄せ、一緒に行軍する。


 アーリアの率いる事になった部隊は、隠れ処から一緒だった十八名の新兵と途中で志願した者達で構成された五十名程度の歩兵隊である。

 皆、実戦経験のない新兵達だ。


 数としてはかなり少なく、新たに加わった者達も訓練が十分ではない。

 正直に言えば不安は多くある。

 しかし、敵の背後を脅かすだけならばそれで十分であるというのがバーニの判断である。


 それでも本来ならば新兵ばかりの部隊を使うような事はしないが、そうせざるを得ないほどに反乱軍にも戦力的な余裕はないそうだ。


 バーニの話によれば、この谷間の道は一本道で砦の背後へと続いているらしい。

 迷う事を気にしなくていいのは気分的に楽だった。

 岩場ばかりの道では、自分がどこに居るかもわからない。

 アーリアも緊張していて、口数は少なかった。


 いや、アーリアだけではないだろう。

 新兵達も初めての実戦に不安を覚えている。


 さて、何事もなく上手くいってくれるといいのだけれど……。


 そしてそんな私の願いは簡単に崩れ去った。

 前方から、百名程度の歩兵部隊が姿を現したのである。

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