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幕間 豚と狼

 カルダニアの王城。

 玉座の間。


 玉座に座るのは、一人の男。

 浅黒い肌、ほっそりとした体格。

 皺の刻まれた顔には、老境に差し掛かりながらも英気に満ちた眼光と、蓄えられた白い顎鬚あごひげがあった。

 細身の体型が一目でわかるぴっちりとした白い絹の衣服を着込み、玉座の肘掛で頬杖を付いて座っている。

 その人物こそがカルダニア王である。


 玉座の間には、他に多くの人間がいる。

 王の隣には彼の側近であるイムカが侍り、王の前には跪くカルダモン将軍。

 玉座から入り口へ伸びる絨毯、それに沿うように十数人の文官達が立ち並んでいる。


「カブラルの砦から来た伝令によれば、反乱軍は今も健在。今現在の動向は不明です」


 手にした書類へ目を落とし、イムカは現状を報告した。


「前の戦いで壊走したと聞いたが?」

「計略だったのではないかと思われます」


 王の問いに、イムカが答える。

 それを耳にした王はカルダモンへ目を向ける。


「カルダモン。お前はどう思う?」

「同意見です。戦に参加していないため言及は出来かねますが、恐らく壊走に見せかけて兵を散らし、温存していたのでしょう。優先対象がジェスタ、アーリアの両殿下である以上、現場の将兵も他の兵士達の動向に気を配れなかったのだと思われます」

「では、何故そのような事をしたと思う?」

「現状が物語っております。両殿下を追って我が軍が突出した結果、それを警戒したアールネス軍を国境へ呼び寄せる事になりました」

「なるほど。我が身を囮にしてアールネスと我が軍の対峙を誘発したか……。やるではないか」


 カルダニア王は小さく笑う。


 反乱軍の壊走によって後顧の憂いを断つ事ができ、なおかつ思っていた以上に兵力を温存できていた。

 だからカルダニア王は、かねてより考えていたアールネス侵攻を念頭に置いて戦力を国境へ向かわせたのだ。

 万全を期すため、反乱軍首謀者の首級しるしが挙がるのを待って攻め入るつもりが……。


 しかしその結果、防備が手薄になった国内が反乱軍に食い荒らされようとしていた。

 アールネスへの侵攻も、反乱軍への対応も満足にできない状況である。


 しかしながら、不用意にアールネスへ攻撃を仕掛けなかった事は幸いである。

 もし今戦争状態になってしまえば、収集が着かなくなっていた所だろう。


「カルダモン。お前が用心のためこの城に残ると言った時は、考え過ぎだと思ったが……。お前の言う通りになったな」

「ただの考え過ぎであったなら、どんなに良いかと思いましたが」


 王は反乱軍との決戦が終わった時、カルダモンにも国境へ向かうよう命を下した。

 しかしカルダモンはそれを拒否し、反乱軍に対する懸念を語った。


 手薄になった戦力の隙を衝き、王都へ反乱軍が攻めてくるのではないか、と。

 先の戦いによる手応えの無さから王はそれを一笑したが、カルダモンはそれでも用心のためと王都へ残る事を申し出た。

 あまりにも強く言うので、一応警戒のため国境付近でアールネスと戦いにならないよう現地の将には厳命した。


 そしてその判断が正しかった事を今、実感していた。

 砦が陥落し、反乱軍が王都へ攻め上がっているという報が届いたのである。


「反乱軍は今後どう動くと思う?」

「恐らく反乱軍は援軍による挟み撃ちを防ぐため、一直線に砦を攻略しながら王都へ向かってくるつもりでしょう」

「速さで勝負を仕掛けるつもりか」

「はい。それ以外、反乱軍には勝機がございません。最初の砦……カブラルから次に向かうとすれば、トゥーレ砦でしょう」


 反乱軍進行の情報は、カブラル砦が陥落した際に解放された兵士からもたらされている。

 対応するには、あまりにも遅いタイミングだった。


「今頃、連中はどこにいるのか……」

「トゥーレに到着している頃でしょう」


 本来ならば、敵の進行ルートがわかっている以上、そこに戦力を集中させて防ぐべきだが……。

 それをするにも遅すぎた。

 今更人を送っても間に合わぬだろう。


「確か、そこにはマティアスがいたな……。足止めは……期待できんな」

「でしょうね」


 カルダニア王とカルダモンは揃って小さくため息を吐いた。


 伝令として王都まで情報を持ってきた兵士は、反乱軍進行の情報をトゥーレにも伝えたという。

 なら、防備はできているだろうが……。


 マティアスの気性から考えて、守勢に出て時間を稼ぐという事はしないだろう。

 上からの命令を聞かぬという点は指揮官として無能であり、取る手段は手落ち以外の何物でもない。

 それは当然罰せられて然るべき事であるが……。

 だとしても、マティアスはこの国に必要だ。


「煩わしい事だな。奴だけは王の身でもままならん。できるなら抗命罪で処断したい所だが、奴の強さはアールネスと戦う上で手放し難い……。引退した時にでも、そうしてやろうと思ったがそれもできなくなった」


 つまらなさそうにカルダニア王は吐き捨てる。


 マティアスの子や孫は、今の軍で高い地位を得ている。

 マティアスを処断すれば、それが不和の元となるかもしれなかった。

 彼の家族は、彼と気性の似ている者が多い。

 感情で動いて反旗を翻す可能性は十分に考えられる。


 ただでさえ今は大変な状況なのに、そんな事になれば国が滅びかねない。


「しかし反乱軍はその多くが民間からの志願兵と聞く。手勢が小数であろうと、マティアスなら撃退できるかもしれん」

「万全ならそうでしょう。しかし、あいつは反乱軍との戦いを忌避しておりました。だから、先の戦いにも参加せず、砦に篭っていた」

「そのくせ、国境付近には行きたがっていたがな。ただ、あいつを向かわせるとそのまま突っ込みそうだった」


 だから、マティアスの要望を無視して砦に留めたのである。


「とすれば、トゥーレも落ちるな」

「頃合から見て、すでに落ちているかと……。そして、トゥーレでの足止めが適わぬ以上、国境からの援軍は間に合いませぬ」

「では、王都で迎え撃つしかないという事だな」

「サンゴールで止める事ができるかもしれませんが」


 サンゴールは、バーニが言う所の『三の砦』である。

 ここを抜かれれば、もはや王都への道を阻む物はない。


「サンゴールか。勝ち目は薄そうだ」

「カール殿下が部隊を率いて向かわれたと聞きますが?」


 カールはこの国の第二王位継承者。

 ジェスタの弟であり、アーリアの兄である。

 どこで聞いていたのか、カールは反乱軍進行の報せを受けてすぐにサンゴールへ向かいたいと申し出た。


「だからだ」


 カルダニア王は苦笑する。


「豚に狼は殺せぬ」


 その上で、辛辣にも第二王子を『豚』と評した。


「まぁだからこそ、共に獅子を向かわせたのだがな」

「ユリウス将軍……。マティアスの孫娘ですね」

「奴の家族の中で一番マティアスに似ておらず、一番扱い易く、一番指揮官として優秀だ」


 武人としては劣るが、と王は心の中で付け加えた。


「彼女が共にいるなら、まだ望みもあります。良い判断かと」

「であろう? 速さを重視するために、兵数を削らねばならなかったのは痛いが……」

「足止めだけならばそれで良いでしょう。稼いだ時間で、この王都へ他の砦から集められるだけ兵をあつめておきましょう」


 カルダモンの提案にカルダニア王は頷いた。


「しかしまぁ、あの臆病者がなぁ」


 カルダニア王は目を細め、呟くように言う。

 その仕草は何やら思案しているようにも見えた。


「何かご懸念が?」


 その心中を察し、カルダモンは問いかける。


「此度の事、言い出したのはあの馬鹿息子だ。確かに、奴は第一王子《もう一人の馬鹿》に対抗意識を持っていたがな……。それでも戦場に好んで向かうような者ではない。誰ぞに唆された、かな」

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