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十六話 荒野の血闘

 二の砦付近まで来ると、ジェスタは野営の準備を命じた。

 日はまだ高い。

 明日の砦攻めに備え、兵士へ十分な休息を取らせるのだろう。


「まだ私の体が貧弱だった頃に、ジークンドーごっこしてて全身筋肉痛になった事があるんだよね。特に片腹が大激痛でさぁ」

「ジークンドーって何? その言い回しも奇妙よ。あと、あなたが貧弱だった頃なんてあったの?」


 かつての私は、貧弱なお嬢ちゃんだった。

 前世の話だけど。


 アードラーとそんな話をしていたら、バーニがテントを訪れた。


「偵察に付き合ってください」


 その要請に応えて、私は偵察に同行した。


 二の砦は、一の砦とは比べ物にならないほど防備が薄かった。

 堀はあるが、城壁のようなものはない。

 内側も同じ建物が並んでいて、遠目には砦というより村のように見える。

 そして砦の四方には、申し訳程度の物見やぐらが建っていた。


「見ての通り砦の防御能力は極めて低く、恐らく戦いは野戦になるでしょう」


 バーニは砦を眺めながら言うと、ぶつぶつ独り言を呟き始める。


「物見やぐらの上にいる兵士が緊張している……。

 やはり、先の戦いで逃げた兵士から情報は得ているか……。

 兵数は一の砦ほど多くないだろう。恐らくは二千前後……。

 本来なら援軍を待って籠城を選ぶ物だが、だとしても砦の防御能力ではそれも適わない。

 しかし、数の不利を考えれば、それでも籠城以外に選択肢は……。ん?」


 何かに気付いたらしきバーニが顔を顰めた。


「マティアス将軍がいる」

「どなたですか?」

「猛将と名高い方です。八十代にして現役と言われる……」


 私も砦の方を見た。

 砦の敷地内にいる兵士達の中、私はすぐにその人物を見つけた。

 殆どの兵士が若い中、一人だけ白髪の老人が居れば目立つ。


 しかし老人と言っても、頭髪も眉も白いが八十代相応の顔には見えない。

 せいぜい六十代後半がいい所で、鎧を着込んだ体は大きく逞しい。

 戦士の体つきだ。


 バーニの言った現役という言葉に説得力を覚える。

 ふと、当のバーニが私を見た。


「……マティアス将軍が指揮を執っているとすれば今回の戦いは間違いなく野戦になりますね」

「そうなんですか?」

「籠城よりも野戦を好む方ですから。前の戦いでも籠城を命じられていながらすぐさま打って出て、ビッテンフェルト候に打ち倒されています」


 それはただの馬鹿では?


「そんな事をしたのに、砦を任されているんですか?」

「砦は落とされましたが、ビッテンフェルト候に手傷を負わせて進軍を遅らせました。彼以外に、誰もできなかった事です」


 その実力を買われたのか。


「好むだけあって彼の野戦技術は類を見ません。当時、軽視されていた古式闘技を修めており、唯一ビッテンフェルト候と互角に戦えた方です。しかも己自身の武勇のみならず、指揮に関しても折り紙つき。ビッテンフェルト候が一騎打ちで早期に倒していなければ、あの戦いの勝敗も変わっていたでしょう」


 案外、この防御力のない砦に配されたのも、最大限にその力を発揮させるためなのかもしれない。


「数は圧倒的にこちらが多いので、無策の力押しでも勝てます。しかし、あの将軍を放置すると被害者の数が跳ね上がるでしょう。被害を抑えるためには、誰かが彼を抑えなければならない」

「それを私にしろ、と?」

「できるでしょう?」


 どこか挑発的にバーニは訊ね返す。


「努力します」


 どれだけ挑発的に言われても、相手の実力がわからないから安易に「できらぁ」とは言えない。

 何より、パパにできたからといって私ができるとは限らない。


「お願いします。期待していますよ」


 できれば、期待しないでほしい。


 でも実は、それほど緊張していなかったりする。

 要は強い相手と戦えるという事だ。

 勝敗はともかく、そんな相手と戦える事はむしろ楽しみだ。


 偵察を終えて、私達は野営地へ戻った。

 その頃になると日は沈みつつあり、世界は赤く染まり始めていた。


 そんな中、響き渡るカンコンという乾いた音に目を向ける。

 そこにはアーリアとその旗下きかにある新兵達の姿があった。

 どうやら音は、棍棒を打ち合わせる訓練の音だったようだ。

 アーリアは二人を相手に鍛錬し、他の新兵達はそれぞれ二人で組んで打ち合っている。

 地面に細長く伸びた影は、彼女達が動くたびに形を変える。


「アーリア様。休まなきゃダメですよ」


 二人を相手にポコポコと何度も叩かれながら、鍛錬を続けるアーリアへ声をかける。

 アーリアとその相手をしていた二人の新兵がこちらを向いた。


「コルヴォ先生。ですが……」


 一度彼女は俯き、再び私を見上げた。


「……明日の戦いは、野戦。前の城攻めの時とは違って、敵が後方へ攻め入ってくる事もあるでしょう。たとえ後方へ控えていたとしても、戦いを免れないかもしれない……」

「それが怖いですか?」

「はい」


 アーリアは躊躇わず、素直に答えた。


 そうか、怖くなったか。


 前は戦いに対して自信に満ちていた彼女だけれど……。

 もしかしたら、私に負けて戦いが怖くなったのかもしれない。

 戦場での負けは、命を以ってあがなわなければならないのだから。

 負けを意識して、恐れを抱く事は当然だ。


「もしかしたらそれで、仲間を失うかもしれないのですから……」


 ん? 思っていた理由と違う。


「私は、この新兵達をただの兵士としてしか見ていなかった。仲間だと……思えなかった。ですが今は、そう思えない。一人一人の顔が見え、それが誰か区別できてしまう。戦いを経て、並ぶ顔の中にいない顔があるかもしれない。そう思うと私は……恐ろしいのです」


 そうなんだ……。


「あなたが、教えてくれたからです」

「何を?」


 唐突に言われ、私は短く返す。


「私が至らないという事を……。彼らと私は、変わらないのだと……。彼らもまた、至らない自分を変えようと足掻いている、その事実を」


 アーリアは鍛錬に対し、自分を兵達と同じ立場にあると思いながら挑むようになっていたのか。

 その意識があったからこそ、強い仲間意識を持った。

 そしてその意識は、彼女だけに芽生えたものじゃない。


「アーリア様は少しでも皆が生き残れるように、鍛錬をしようと提案なさったのです」


 アーリアと鍛錬を行っていた新兵の一人がそう教えてくれた。

 きっと、彼女だけでなく兵士達もまた、アーリアをただの王族だと思えなくなっている。


 民を人として扱い、同じ目線で事を考える。

 王族としてそれが正しいのかはともかく、私にはこの変化が人間として良い物だと思える。


「わかりました。では、私も参加しましょう。ただ、疲れを残すわけにいかないので、早めに切り上げるようにしますよ」

「はい! お願いします!」


 私が言うと、アーリアは嬉しそうな表情でそう声を上げた。




 翌朝。

 太陽が半分だけ顔を出す時間。

 二の砦を前にした荒野に、両軍の部隊が展開していた。


 アールネスの陣容は、後方にジェスタ、アーリアの部隊を配し、その周囲を囲むように歩兵を敷き、騎兵部隊を両側面、魔術部隊とそれを護衛する歩兵部隊を前面に置くという多層構造をしている。


 すずめちゃんと雪風は後方、アーリアの部隊に配され、彼女の護衛としてアードラーもそちらにいる。

 私はマティアス将軍を抑えるという役目があるため、機動力の高い右側面の騎兵部隊に配されていた。

 この部隊は、バーニの率いる魔術騎兵部隊である。


 そしてこの陣容と向かい合うカルダニア軍。

 しかし明らかに反乱軍の兵力はカルダニア軍の兵力を凌駕していた。


 こちらは一万以上の軍勢である。

 その数だけを聞いてもいまいち実感は湧かなかったが、こうして視覚で彼我を比べるとその大きさはよくわかる。


 バーニの予想によると、敵総数は二千程度。

 実際に敵を前にする限り、その予想は間違っていないだろう。


 さて、この戦力差をどう詰めるのだろうか、マティアス将軍は……。

 望遠の魔術を使って敵陣を探すと、当の老将は百騎の騎兵を率いて陣頭に立っていた。


 馬へ騎乗し、手には長柄の斧を持っている。

 絶望的な戦力差を前に、彼はやたら堂々としていた。


 それにどうやら、笑っている。

 楽しそうですらある。


 彼の部隊、そのさらに背後にある兵士達は盾と槍を手に、さながら人で城壁を築くような陣形を固めている。


 人は石垣、人は城、か。

 防御を固めるならば、その内には守るべきものがあって然るべきだが……。


 その対象となりえる指揮官のマティアス将軍は外に出ている。

 守られる気など微塵も感じない。

 騎兵を率いている時点で攻める意欲しか感じられない。


 なら、何を守るための陣形だろうか……。


 隣から、バーニの溜息が聞こえた。


「コルヴォ殿。思った以上に犠牲は少なくて済みそうです。ですが、それもマティアス将軍の撃破が前提となります。頑張ってください」

「頑張りはします。それより、バーニ軍師にはあの陣の意味がわかるのですか?」


 私はバーニへ返答して問いを返した。


「あれは、兵を守る陣ですよ」

「兵を守る?」

「マティアス将軍は仁君でもあります……。この国の現状にも思う所はあるのでしょう。しかしながら、王に忠誠を誓う将軍でもある。だから、少しでも被害を抑えるために兵士を守る陣形を組み、ご自身と百騎の騎兵のみで攻め入るつもりなのです」


 マティアス将軍としても、今の国を変えたいという気持ちがあるという事か……。

 そもそも、この戦いはカルダニアの人間にとって馬鹿馬鹿しいものなのだ。

 お互いに国を思って、同じ国の人間で殺し合っている。


 まして、仮想敵国アールネスが健在な現時点で国力を弱体させる行いが馬鹿馬鹿しい。

 そんな戦いで死ぬなど、さらに馬鹿馬鹿しい。

 マティアス将軍はその馬鹿馬鹿しさに気付いているから、自分と少数の騎兵部隊だけで戦おうとしているのではないだろうか。

 それ以上の犠牲を出さないように。


「……王への忠誠ではなく、ただ自分が戦いたいだけという可能性もありますが」

「そんな人なんですか?」

「そんな人なんです」


 謎の親近感を覚える。

 実は遠い親戚かもしれない。


「進軍せよ」


 ジェスタの号令が発せられる。

 それに従って動き出す兵士達。


 私も、棍棒を手にする。

 訓練用の物と違い、両端に鉄冠を嵌め込んだ実戦用の物だ。

 武器の扱いは一通り習熟しているが、最近訓練で使う機会の多かった物なのでこれを使う事にした。


 馬を走らせようとした時……。


 それよりも早く、マティアス将軍が動いた。

 百の騎兵を率いて突撃してくる。


 機先を制された。

 けれど、まだ間に合う。


 私は馬を走らせた。


 互いに迫り合い、距離を詰めていく。

 将軍も自分に迫ってくる私に気付いたのか、こちらへ向きを修正して走ってくる。

 小さく見えていたマティアス将軍の姿が、みるみる内に大きくなってきた。


 そして、接触する。


「うりゃあああああぁっ!」


 マティアス将軍は叫びを上げ、私を切りつける。

 斧による、横薙ぎの一閃が私を襲う。

 私はそれを受けず、馬上で跳び上がった。


 そのまま馬の速度を利用した跳び蹴りを放つ。

 攻撃に対するカウンターとして放たれた一撃に、マティアス将軍は防御もできずに顔を蹴りつけられた。

 落馬する。


 私もまた地面へ着地し、立ち上がろうとするマティアス将軍と対峙した。

 互いの乗っていた馬が、騎乗者を失ったまま交差して走り抜けていく。


 将軍の足は止めた。

 これで、敵部隊の勢いも止まる。


 そう思ったが、マティアス将軍の後続から迫る騎兵隊が私達を無視するようにして走り抜けていく。

 私が戸惑う中、騎兵隊はそのまま本隊へと向かっていった。

 遅れながら追いかけてきていたバーニの騎兵隊とぶつかる。


 まずいな。

 バーニの騎兵隊は魔術師の一団だ。

 接近戦にはあまり強くない。


 案の定、バーニは混戦を嫌って敵騎兵隊から距離を取る。

 その隙に、敵騎兵隊は本隊へ攻め入った。


 大丈夫だろうか?

 心配だ。

 けれど、私にはどうしようもない。


 少なくとも、こちらの問題をどうにかしなければ……。


「やるじゃあないか。しかし、余所見はいかんぞ」


 そう声をかけるマティアス将軍。

 そちらに振り返ると、目前には斧の刃先が迫っていた。

 咄嗟に回避するが、切っ先が頬を掠めて肉を裂く。

 一歩退いて距離を取る。


 頬の傷に手をやると、指先に血がついた。

 白色で傷を治しつつ、指先の血をペロッと舐めた。


 私の役目は、彼をここで抑える事だ。

 それが適うまで、私はここを離れられない。


 だから、私はこっちに集中だ。

 将軍さえ止めてしまえば、あとはバーニが何とかしてくれるだろう。


「おおっ、すごいな。殺せたと思ったのだがなぁ!」


 楽しげに言い、マティアス将軍は斧で攻撃してくる。

 先ほどの大振りと違い、柄を両手で短く持っての細やかな連撃だ。

 斧の刃と石突を上手く使い、隙を消している。


 さっきのようなカウンターは狙えない。


 私も棍棒で攻撃をしのぎ、反撃を試みる。

 しかし、このマティアス将軍は攻撃一辺倒の人間というわけではないらしい。

 きっちりと防御してくる。


 私の見る限り、その動きはアーリアの使う闘技と同じもの。

 ただその引き出しは多く、変則的だ。

 読みきれないので攻めるのも守るのも難しい。


 アーリアのように、炎を纏わせての攻撃などはしてこないが、身体能力の強化は行っている。

 これは多分、元々の魔力量が少ないからだ。

 多分、私が筋肉量を魔力で補うのとは逆に、魔力量を筋肉で補っている。

 つまり、パパと同じだ。

 近距離パワータイプである。


 そして何より、全体的に戦いが上手だ。

 得物を持っての戦いなら私以上に経験もあるだろう。


 まずいなぁ。

 凌ぐだけならなんとかなりそうだが、打倒は難しいかもしれない。

 本当に止める事しかできない。


「この動き、覚えがあるなぁ」


 斧と棍棒の柄を合わせて力でり合っていた時、マティアス将軍が言う。


「そうだ。ビッテンフェルトだ。あの男の動きに似ている。よく見れば、顔の雰囲気も……」


 あ、バレそう!

 手強い相手だったので、知らない間にビッテンフェルト流の動きになっていたようだ。


「べ、別人だよ。ただの傭兵だから」


 なんとなく甲高く声色を変えて答える。


「おお、そうか。お前はあいつの娘か!」

「別人だよ!」

「何故、この国に来た? 観光か?」


 人の話は聞いてね!


「違うっちゅうとろうが!」


 叫びを上げ、一層に力を込めて相手を突き返す。


 しかし内心の動揺を衝かれたのか、私は斧の刃先を棍棒で受けざるを得ない状況に追い込まれた。

 棍棒が半ばで叩き折られる。


 二つになった棍棒を両手に持って戦うが、一本ずつ丁寧に対応されて叩き折られた。

 武器の意味を成さないほど短くなったので、棍棒を手放す。


「もう終わりか? ビッテンフェルトの娘のくせに。物足りんなぁ」

「いや、だから違うって……」


 そう答えてみるが、真名看破されそうな事にも戦況に対しても内心大焦りである。

 どうしたものだろう。


 素手で武器を持つ相手と戦うのは、どうしても不利になる。

 リーチも殺傷能力も段違いなのだから。


 ただ、相手の武器をどうにかできればこの状況も打破できると思うが……。


 打ち合わせてわかったが、将軍は強化のために武具にも魔力のリソースを割いている。

 その発想がなかったので、私の棍棒は簡単に折られてしまった。


 そして、魔力を込められた武器にアンチパンチは効かない。


 腰の後ろに佩いた白狐がカタカタと鳴り出した。

 自分を使え、と?


 確かに、この子を使えば対抗はできるけど……。


 ふと、ある事を思い出す。

 そうか、実戦で試した事はないけどやってやれない事はないか。


 私は白狐の柄を押さえ込んだ。


 悪いけど、将軍は私の相手だ。

 譲れないな。


 私は構えを取り、強化装甲の篭手に包まれた拳を強く固めた。


「何をする気だぁ?」


 笑みを浮かべ、マティアス将軍は斧を振るう。


 私はその攻撃に合わせ、拳を突き出す。

 筋肉の一本一本に宿らせた繊維状の魔力、拳を包み込む魔力、そして実際の筋肉繊維。

 それら全てを総動員して極限まで固め、凝縮、密度を増した拳。


 その拳を私は、斧の刃へ向けて放った。


 ぶつかり合う篭手と刃。

 刃が篭手を斬り裂き、生身の拳を斬り潰そうと迫る。

 鋼と肉、両物の激突が導き出す結果は自明の理である。


 拳は、刃に勝てない。


 本来なら、皮、肉、骨で構成された拳が鋼鉄の刃に適うはずはない。

 堅固さも、鋭さも、及ぶべく物ではない。


 しかし、それは一般的な拳の話だ。


 私の拳は自然の摂理に逆らい、斧の刃を打ち砕いた。


「何だと!」


 マティアス将軍の驚く声が聞こえた。


 前にも一度やった事だ。

 白狐を相手に、その鋭さと破壊力を競い合った。

 それと比べれば、私の拳を切り裂くのに、彼の斧は鋭さが足りない。


 篭手は潰れてしまったが、刃を打ち砕いた私の拳には傷一つついていなかった。


 それに……。


 思わぬ事に、マティアス将軍は斧の柄で防御姿勢を取る。

 その柄を私はさらに殴りつける。


 固めに固めた渾身の『鉄拳』。

 それは斧の柄を貫通し、そのまま鎧に守られたマティアス将軍の腹部へ突き刺さった。


 殴りつけられた腹部の装甲が歪み、衝撃が内部へと突き抜ける。


『鉄拳』の連撃。

 それによって武器と防備を破壊されたマティアス将軍に、私は連打を浴びせる。


 マティアス将軍の体勢を崩した今が好機だ。

 このまま一気に畳み掛ける。


 冷静に対処される前に、打倒し切る!

 そのためには、少しでも動きを阻害しうる物は取り払う。


 私は下着を残し、瞬間装着式装甲の上半身をパージする。

 要は脱いだ。


「うおおおおおおおぉ!」

「ぐおおおおおおおぉ!」


 私の猛攻に耐えつつ、なおかつ反撃を試みるマティアス将軍。


 手数で圧す私に対し、マティアス将軍は防御を捨てた重い攻撃で対応する。


 篭手に守られた拳はさながら鈍器のようであり、受ければ意識が揺れ、骨は折れ、肉を潰される。

 一撃一撃で、着実にダメージが蓄積していく。


 そのダメージを白色で強引に治療しつつ……。

 それでも回復は間に合わないから、最低限戦うために必要な部分だけを優先して治療しながら殴り合う。


 それは恐らく、マティアス将軍も同じだろう。

 互いに消耗を強いつつの激しい殴り合いは、両者一歩も引かずに続けられ……。


 しかし、そこに差が現れ始める。

 年齢による体力の差か、徒手空拳の戦いにおける経験の差か、マティアス将軍の動きが次第に鈍って行く。

 そしてやがてそれは一方的な展開となり、最後には……。


 冷静さを欠いてがむしゃらに振るわれた右拳に、的確な意図を以て狙いすました左拳を合わせる。

 クロスカウンターがマティアス将軍の顔面を叩き潰した。


「ぐお……おぉ……」


 マティアス将軍の体が傾ぎ、仰向けに倒れた。

 その姿を見ながら、私は口内に溜まった血をぺっと吐き出す。


 体力も、筋力も、魔力すらも互いに出し尽くした。

 その末にあるいでたちは、両者共に酷い有様だった。


 どちらが勝者かも定かでないが……。

 しかしその戦いを制したのは、私だった。


「負けたか……この俺がぁ……」


 ふふふ、とマティアス将軍は楽しげに笑った。


「さぁ、殺せぇ。褒美の首級しるしだ」


 将軍は私に言う。

 それが戦場の習いか……。


 私は、白狐に手をやる。

 これなら、苦しませずに命を絶てる……。


「抵抗しなければ、捕虜として扱うけれど?」


 言うと、マティアス将軍は苦笑する。


「俺は、安穏とした生活の中で死ぬのが嫌だ。戦場でスパッと死にたいのだ。だから、この歳にもなって軍に残っている。お前も武人なら、わかるだろぉ?」

「いえ、全然わかりませんが」

「情が強いのは女のさがかなぁ。ビッテンフェルト候なら、俺の気持ちもわかったろうがなぁ」


 本当にそうかなぁ?


「それは違うね。多分、父上にもわからない」

「どういう意味だぁ?」

「あなたにとって武人である事は何よりも大事な事だったかもしれない。けれど、父上にとって武人である事は手段だ」

「手段?」


 怪訝そうに顔をしかめ、マティアス将軍は問い返す。

 そんな彼に私は答えた。


「父上は欲しい物を手に入れるため、必要だったから武人になった。戦いそのものに生きがいを持っていたわけじゃない」


 ママと結婚したかったパパは、ママの家の爵位と釣り合いを取るため戦働きで成り上がった。

 ママと結婚してからも家族の事を想い、戦って戦って戦い抜いて……。

 そして最後には公爵だ。

 まるで物語の主人公みたいな人生である。


「もし同じ状況に陥れば、父上はあなたのように命を捨てるような事をしない。手段を選ばず、どんな事をしてでも生き延びようとする」


 そうだ。

 父上は大事な物のためならば、手段を選ばない。


「牢に捕らえられれば鉄格子をひん曲げて出るだろうし。一万の兵士に囲まれれば、一時的に一万の兵士を倒せるようにパワーアップして兵を蹴散らしながら逃げる」

「それは手段うんぬんの話か?」


 少しおかしいかな?

 パパが選びそうな手段なんだけど。


 ……あ、あと目的のためなら国を裏切って他国に着く事もありそうな気がする。

 根拠がないけどそんな気がする。


「とにかく、父上は戦場で死にたいとは思わない。死ぬならきっと、ベッドの上で家族に看取られながら死にたいはずだよ」


 きっとパパにとって一番大事な物は、家族だろうから。


「将軍、家族は?」

「妻には先立たれた。娘が八人に、孫が二十七……いや、二十八人だったかなぁ?」


 めっちゃいる。


「じゃあ、やっぱり殺さない」

「何故だぁ?」

「あなたを殺せばその家族が私を恨むかもしれない。私自身が恨まれるのは構わないけれど、私にも家族がいる。私の守りたい大事な家族達だ。私への恨みが、その大事な人達を傷つける事だってある。だから、私はあなたを殺さない」

「そうか。ははは……」


 私の答えに、マティアス将軍は笑った。

 小さかった笑いが、大笑いになる。


 その笑いも、やがて消える。


「やはり、ビッテンフェルトの娘だったか」

「あ、え、いや、違うよ! 別人だよ!」


 甲高い声色で答える。


「まぁ、どっちゃでもいいわ」


 誤魔化せた。

 思いっきりバレている気もするけど、多分気のせい。


 さて……。


 私は後方の本隊へ振り返った。


 そちらも、決着がつきそうである。

 敵騎兵は、本陣正面で交戦していた。

 本陣正面の歩兵と側面に配置されていた騎兵から挟み撃ちにされている形だ。


 敵兵は、正面の味方歩兵、魔術師部隊を突破しようと試みたが、突破に手間取っている内に左翼騎兵が回り込んだのだろう。


 この戦いも、これで終わりだ。

 短編の方のパパは、大事な物を見失ってますけれどね。


 あと、意識してなかったけれど、クロエの必殺技が物を壊す用途の物しかない。

 攻城兵器かな?

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