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十五話 野営地での交流

 砦で一夜を明かし、私達は二の砦へ向けて行軍を開始した。


 解放され、逃げていった兵士達の中にはカルダニア軍へ情報を持っていく者もいるだろう。

 そうなれば、これから攻略する予定の砦も防備を固めるだろうし、国境付近の兵士も追撃隊として引き返してくるかもしれない。


 砦の攻略に手間取っている間に、挟み撃ちを仕掛けられるという事にもなりかねない。


 こうしてデメリットを並べると捕虜の解放は厳しい事ばかりに思えるが、無論メリットもある。

 まず、人員を割く事なく正規兵への勧誘を広く行える事。

 開放された兵士は、今回の事を逃げた先で伝えるだろう。

 ジェスタの言葉が伝われば、それに呼応して他の兵士達が合流を求める可能性がある。


 カルダニアの正規兵は民間からの志願兵と違って訓練を受けているため、得られれば即戦力として扱える。

 それだけでも呼びかける価値はあった。


 あとは、後方からの追撃を反乱軍兵士に意識させ、緊張感を持たせる事ができる。

 後がないと必死になった兵士は前に進む力が強いのだ。

 つまり、背水の陣。

 分の悪い賭けであるから、あまりメリットとも言い切れないが。


 しかしながら、メリットを並べてみるとどちらも戦力の底上げを意識した物だ。

 バーニは今の戦力で十分に勝てると言っていたが、実際の所は不十分だと思っているのかもしれなかった。


 その部分に不安を覚えるが……。

 しかし、それすら想定して策を立てている可能性もある。


 砦を出る前、砦の備蓄食料とは別にバルダンは兵士を率いてどこからか補給物資を満載した馬車を用意してきた。

 聞けば、反乱が始まる前にバーニが用意し、隠していた物を持ってきたのだという。

 バーニはいつから、この計画を画策していたのだろう?

 少なくとも反乱が始まる以前から、この砦を落とす計画を立てていた事になる。


 それを踏まえると、彼の策に信頼を置ける気もする。


 行軍の道中、珍しく私の近くにすずめちゃんがいなかった。

 どこにいるかと言えば、アーリアと一緒にいる。

 ついでに、雪風もアーリアと一緒だ。


 たどたどしいすずめちゃんの言葉をアーリアが察しつつ、なんとかコミュニケーションを取っているようだ。

 雪風は馬の頭と首の中間辺りでぐでっと手足を投げ出して寝ている。

 翻訳アイテムとしての要は成していない。

 それでも二人は楽しそうである。


 一の砦攻略の時に後方で一緒だったため、その時に仲良くなったらしい。


 そんな様子をアードラーは何とも言えない表情で眺めていた。

 その背には、どことなく哀愁が漂っているように見える。


 一ヶ月近く一緒に生活して、ようやく少しずつすずめちゃんと馴染み始めてきたアードラー。

 戦地で待機していた一時の間にすずめちゃんと仲良くなってしまったアーリア。

 その自分との違いに、打ちひしがれているのだろう。


 いとも容易く行われるえげつない行為である。


「アードラー。人によって得意な事は違うから……」

「ええ。そうね」


 淡白に返される。


 あ、落ち込んでる。

 取り澄ましているが、私にはわかるぞ。


 何とかしてあげたいが、何か方法はないだろうか?

 ……あ、そだ。


「アードラーがすずめちゃんに言葉を教えてあげればいいんじゃないの?」

「言葉を?」


 不思議そうに問い返される。


「雑談で交流するより、そういう目的を持って事務的に話をする方がアードラーとしてはやりやすいんじゃない?」

「それは……そうかもしれないけれど。そのまま堅苦しい関係にならないかしら?」

「堅苦しくとも、多くの言葉を交わす方が親しくなれると思うんだけど」

「……会話がないより、いいかもしれないわね」




 日が暮れて、部隊は野営の準備を始めた。

 自分達用のテントを張り終えて、中でくつろいでいた時だった。


 アードラーはすずめちゃんと向かい会って話をしていた。

 内容は言葉の勉強である。

 私の提案を聞いて、早速言葉を教えてみる事にしたようだ。


 アードラーは日常的に使いそうな言葉を教えて、実際に会話し間違っている部分を指摘している。

 すずめちゃんも言葉を覚える意欲があるのか、それを真面目に聞いて言葉を覚えようとしていた。


 生真面目そうな表情は硬く見えるが、二人の間で交わされる言葉の量は今までとは比べ物にならないほど多い。


『おにくちょうだい!』


 雪風は私のそばで、おやつを要求してくる。

 せっかくだから、私も雪風に言葉を教えよう。


「沈みませんって言ったらあげる」

『しずみません!』

「はい。いい子いい子」


 頭を撫でながら、小さく千切った干し肉を食べさせる。


『おいしー!』


 それはよかった。


『もっと! もっと!』

「感度さんぜ……じゃなくて……。あれはジャムだ! って言ったらあげる」

『あれはジャムだ!』

「よしよし。はい、どうぞ」

『わぁい』


 そんな中、アーリアだけが一人でぽつんと座っている。

 アーリアはアードラーとすずめちゃんのやり取りを見ながらどことなく暇そうにしていたので、そちらに声をかけた。


「混ざってもいいと思いますけど?」


 せっかくだから、アーリアも一緒に言葉を教えてあげればいいのだ。

 何も黙って見ている事はない。


 声をかけると、アーリアは私の方へ近寄ってきた。


「何か、緊張するんですよ。アリョールさん」


 アリョールって誰だっけ?

 ああ、アードラーの偽名だった。


 さん付けで呼んでるんだ。


「何で?」

「美人過ぎて……」


 付き合いが長いからあんまり気にしなかったけど、確かにアードラーは美人だ。

 幼い頃からその器量を見込まれ、王子の婚約者になるくらいには美人である。


 昔から可愛らしいというより、綺麗という印象の強い彼女だが。

 成人してからは、幼さが消えて一部の隙もない美女になってしまった。


 そして私は、結婚してからコツコツと溜めていた脂肪が倭の国での旅によって筋肉に変わり、バキバキのマッチョに戻ってしまった。

 家で着替えた時に鏡を見たが、力を込めたら背中にうっすらと鬼の顔が浮かんだ。

 脂肪による封印が解け始めているようだ。


 美女とマッチョだったら、マッチョの方が近寄り難い気はするが、アーリアはマッチョの方が近寄りやすいらしい。


「ふぅん。じゃあ、私と話でもしましょうか」

「はい」


 アーリアは嬉しそうに応じる。

 手持ち無沙汰だったのだろう。


「聞いておきたい事があったのですが、私達と初めて出会った時に追われていましたよね」

「ええ。追われてました」

「バーニ軍師の命令だったと聞きましたが、本当ですか?」


 確か、アーリア自身がそう言っていたはずだ。


「はい。あの時は、私と兄上の二組に分かれて逃げていました。バルダンは先に隠れ処へ向かい、軍師殿は私の補佐をしてくれる事になったのです」


 バルダンは隠れ処の準備。

 ジェスタは部隊の半分を率い、もう半分はアーリアとバーニが率いていた、か。


「しかし、軍師殿が追っ手の部隊を見つけ、隠れ処の発覚を避けるために私が囮を命じられました」

「アーリア様を?」


 王族を囮に?

 二人いるとはいえ、王族の二人は反乱軍にとって大事な神輿のはずだ。

 失えば求心力も士気も失い、反乱軍は瓦解するだろう。


 そんな判断をバーニは下した?


「おかしな話に聞こえますが、これが最も合理的な判断だったのです。追っ手は速さを重視するため少数でしたが、軍師殿と私の率いていた部隊は新兵のみで構成されていました。数は勝っていましたが、相手にすれば全滅は必至だったでしょう」


 そうだろうね。

 私が戦ったあの追っ手達は統率の取れたプロの軍人である。

 それに訓練を施していない状態の新兵達をぶつければ、負けていたはずだ。

 その当の新兵達を訓練した今だからこそ、如実に実感できる事実だ。


「とはいえ、私達は少しでも多くの兵力を欲していました。だから、私が一人で囮になる事になったのです。私が逃げる姿を見れば、相手も追わざるをえませんから」


 なるほど。

 理屈はわかる。

 多数のために、少数を切り捨てたわけだ。


「ただ、私も死ぬつもりはありませんでした。単騎の有利がありましたから、逃げ切る事ができると思ったのです。ですが、馬が魔術の直撃を受けてしまったので……」


 それで囲まれ、私達が助けに入ったわけだ。


「あのまま助けがなければ私は死んでいたかもしれません。ですが結果はどうであれ、あの時は私一人より多くの兵士達の方が大事だったのです」


 ふぅん……。


「ありがとう。なんとなく、状況が把握できたよ」

「? はい。お役に立てたなら良かったです」




 私は一口、水を飲んだ。


「あーまずい……」


 今日は苦かった。

 まだ水の女神が怒っているのだろう。


 できれば水は飲みたくないが、気温が高いのでそうも言ってられない。

 ただでさえ汗をかきやすいのだ。

 水分補給を怠ると体調に影響が出てくる。


 しかし、水がまずいのである。


 何で、私がこんな目に合わなければならないのだろう?

 そう思うと腹がたってきたぞ!


 でたらめな伝承を広めて、うさ晴らししてやる!


「みんな、聞いて! 昔話をするよ!」


 私はテント内にいるみんなに声をかけた。


 みんなが「なんだなんだ?」とこちらを向く。

 そんな彼女達に私は話を始めた。


「昔々ある所に、水の女神様と油の女神様が居ました。二人は水と油のように仲が悪い事で有名でした。ですがある日、二人は乳化する事でねちょねちょし仲直りしました。以降、二人は事あるごとにねちょねちょするようになりましたとさ。おしまい」


 私の話を聞いたみんなは首を傾げた。


 理解されなくたっていいさ。

 私だってよくわからない。

 ただ、私の気は晴れた。


 それ以降、私の飲む水はまずい上に、ねちょねちょして余計に飲みにくくなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] クロエさん本筋と関係ないとこで自分の首締めるの好きね…
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