十四話 平穏のために
制圧された一の一の砦。
その中央の広場に、降伏した兵士達が集められていた。
彼らの前。
木組みの壇上に、ジェスタが立った。
続いて檀上に登ったバーニとバルダンが、その左右に立つ。
私達、傭兵団の面々はその姿を少し離れた場所から見やる。
兵士達は皆、これからの自らの処遇を思い沈痛な面持ちであった。
「諸君らに問いたい事がある」
そんな彼らに、ジェスタはそう切り出した。
「この国はこのままで良いものだろうか?」
その問いかけに、俯いていた幾人かの兵士が顔を上げた。
処罰に関する話ではない事に、驚いたのかもしれない。
「この国は、一人の男の欲を満たすためだけに存在している。そのために多くの者が苦役を強いられ続けている。貧しい者ばかりが多く、富んだ者はあまりにも少ない」
ずっと顔を上げていた兵士の表情も、彼の問いに興味を持ったのかかすかに和らぐ。
「この場にも日々の糧のため平穏な生活を捨て、従軍せざるを得なかった者は多いだろう。望み、兵士になった者は稀であろう。苦渋を舐め、わずかばかりの糧を得て、それすらも搾取される。生きるためには、兵士とならなければならないこの国は、本当に正しいのだろうか?」
彼に対する兵士達の興味が、変化を見せたように見えた。
恐らくそれは、共感という感情によるものだ。
「私は良いと思わない。この国は歪だ。その有り様は、間違っている。正すべき悪徳であろう」
得られた共感から畳み掛けるように、ジェスタは続ける。
「諸君らはどうであろう? 私はそれを問いたい。
しかし、その答えを言葉で受け取ろうとは思わない。
私は、諸君らをこの場で罰する事はしない。拘束もしない。
身の振り方は諸君の判断に任せる。
その身の振り方で、私の問いに答えて欲しい。
今を変えたいと願うなら、私に協力してほしい」
つまり、反乱軍へのお誘いというわけだ。
今の王を倒し、良い暮らしをしたくはないかという話である。
そのための演説だ。
「そしてその答えは今すぐでなくても良い。今後、私達がどのようになるか……。我々と王のどちらが勝つのか、その趨勢を見極めてからでも良い。諸君らがどのような判断を下すとも、我々は歓迎する。以上だ」
演説が終わると、ジェスタと他の二人は檀上から下りた。
それを聞き終わった兵士達も、その大半が困惑している様子だった。
その困惑も、思いがけない勧誘そのものではなく、自分の身の振り方についての物が多いようだ。
王の恩恵を受けている者はこの呼びかけに魅力を感じないだろうが、それ以外には魅力的な話だ。
しかし王都から遠く離れたこの場において、配された兵士に王から恩恵を受けた者など殆どいない。
いたとしても指揮官ぐらいに違いない。
だから、この勧誘に魅力を感じる者は多いはずだ。
ただしそれは、反乱軍が勝つ事を前提とした場合である。
今はまだ戦いも始まったばかり。
決めあぐねるのも当然だ。
だからジェスタは、どんなタイミングで参加しても良いと言ったのだ。
そう言っておけば、私達が勝ち進む内に仲間が増えていく可能性も出てくる。
戦いの趨勢がどう転ぶか、未知数である。
だから今選ばせるよりも、後々に選ばせた方が反乱軍にとっては都合がいいのだ。
これは戦力増強の機会になる。
が、諸刃でもあるだろう。
このまま王軍へ走り、ジェスタ達が王都へ進軍している事を伝える者も必ずいる。
相手に情報が伝わってしまう。
そうなれば四方を敵に囲まれるかもしれない。
だから、一度動き出せば止まれない。
止まる事を許されない。
私達としては、できる限り速く南下しなければならなくなる。
それを兵士達も理解しているだろう。
もう、ここに至って逃げる事はできない。
言わば、これは背水の陣でもある。
もしかしたらバーニは、それも見越してこの作戦を取っているのかもしれない。
結果、ジェスタの呼びかけに、五百名程の兵士が呼応した。
思いがけず多いのは、やはり圧政のためだろう。
他の兵士達はその場で解散した。
彼らがどうするかはわからない。
故郷へ帰るのか、それとも私達の情報を持って王の下へ走るのか……。
まぁ、どうあっても良いように、今は少しでも速く進軍するだけだ。
その日の夜。
反乱軍は砦で一夜を明かす事になり、私達は砦の一室を与えられた。
兵士用の二段ベッドが二つある部屋で、私とアードラーとアーリアはベッドを一つずつ使い、すずめちゃんと雪風は同じベッドを使う事にした。
少しばかり汗臭くはあるが、ベッドには違いない。
この国に来てから、ずっと野宿のような物だった。
それを思えば、申し分ない環境だ。
……アードラーは、どう思っているんだろう。
ふと、そんな事を思う。
私のためについてきてくれたアードラー。
彼女は公爵家の娘で、生まれてから王子の婚約者として生きてきた。
きっと、寝具のない場所で眠る事なんて考えられなかっただろう。
彼女の口から何も文句は出てこないが、無理をさせているのではないだろうか。
聞いて確かめても、きっと彼女はそんな事はないと言う。
でも、それが本心かはわからない。
早く帰らなくちゃ。
ヤタのためだけじゃなく、アードラーのためにも……。
そんな事を考えていたら、眠れなくなった。
少し、外へ出てこよう。
そっと、部屋を抜け出す。
砦の中はとても静かだった。
戦いがあった後だ。
皆、疲れて眠っているのだろう。
廊下の窓からは、優しい月明かりが射している。
ふと、廊下の途中で二人の人物を発見した。
ジェスタとバーニだ。
二人は、廊下の窓から外を見ていた。
片手には、グラスを持っている。
「こんな所で月を肴に晩酌ですか?」
声をかけると、二人はこちらに気付いた。
「ああ、君か」
ジェスタは私に気付くと、笑顔を向けてくれた。
「君も飲むか?」
ジェスタは、窓枠に置いていた酒瓶を持って見せる。
「いえ、酒は飲めないので」
断りを入れつつ、私は二人のそばへ寄った。
「残念だな。功労者を労いたいと思ったのだけど。報奨金の方が良さそうだ」
戦に勝利した喜びからか、今のジェスタは普段より機嫌が良いように見える。
「今はそれだけの余裕がありません。報奨金は事が全て終わってからにしてください」
バーニがすかさず嗜めると、ジェスタは苦笑する。
「わかってる。全部終わってから……。君との約束を果たしてからだ」
「約束……ですか?」
私は訊ねた。
「二人でこの国を変え、民が安心して暮らせる国にする」
ジェスタが答えてくれる。
「バーニとは幼馴染でね。彼は城に出入りできる人間ではなかったが、よく城に忍び込んできていた。それで、仲良くなったんだ」
懐かしむように、ジェスタは語る。
「そうなんですか」
「ああ。それである日、私はバーニに連れられて城の外へ出た。それまで城から出た事のない私は、外の世界にワクワクしながら抜け穴を通ったんだ。そして……民がどのような暮らしをしているか……。その一端を知った」
ジェスタの笑顔が消える。
「でも、それは本当に一端でしかなくてね。王都だからこそまだマシな方だった。王都から離れれば離れるほど、そこに住む者達の苦しみは強くなっていく……。それを知った私は、その現状を変えたいと思った。彼と一緒に……」
言いながら、ジェスタはバーニを見る。
「だから誓い合ったのです。この国を変える、と」
そうなんだ。
「でも、ジェスタ様は第一位王位継承者だったはずです。ただ待っているだけでも、それは叶うはずでは?」
「それでは遅かったんだ」
私の疑問に、ジェスタは答えた。
「父は今もなお壮健である……。アールネスへの進行も画策していた」
アールネスとの戦争、という言葉に一瞬ドキリとした。
ジェスタはそんな私の様子に気付かず続ける。
「サハスラータがアールネスとの和平同盟によって付け入る隙がないと見れば、一国だけでアールネスと戦えるように軍事力を高めた。そのため、元々多かった民への負担もさらに増えたのだ」
ジェスタは、乾した杯を窓の縁に置いた。
「しかしそれではいけない。国の平穏を求めるならば、アールネスとの和平は必須だ。だから、阻止する必要があった」
それで反乱を起こしたか……。
その決断がなければアールネスとカルダニアは今頃、戦争状態になっていたかもしれない。
ジェスタ王子の行動には感謝しなければならないな。
そして彼が王になれば、カルダニアとの良好な関係が続くかもしれない。
アールネス、サハスラータ、カルダニアの同盟が成れば、アールネスにとっての敵性国は全て消滅する。
アールネスには長い平和が約束される。
アルマール公が彼を生かそうと画策した事にも納得が行く。
「それに何より、民達が苦しみから解放されるなら少しでも早い方が良いだろう?」
ジェスタはそう、笑顔で言った。
「この国は王という立場以外、皆平等なのだ。ならば唯一権力を持つ王は、民達が等しく幸福を得られるように行動するべきだ。布を敷くように平穏を国土へ行渡らせる……。そんな王に私はなりたい」
隠れ処にいる時はわからなかったけれど、このジェスタという人間が少しわかった気がする。
アールネスの人間としての思惑は無論持ち合わせているけれど、私個人としても彼の事は応援したいと思った。




