十三話 進撃の攻城戦
二つの夜を越え、さらに行軍して夕刻に近い頃。
私達は、一の砦へと辿り着いた。
正確には、その手前にある場所だ。
バーニが温存していたらしい戦力との合流地点である。
砦の手前とは言っても、砦をかろうじて目視できるくらいに遠く離れた場所だ。
岩場の影へ隠れるようにして、反乱軍の主力部隊は野営していた。
バーニの話によれば主力部隊は一万の兵士達。
元々はカルダニアの軍人達だが、長い時間をかけて吟味して反乱への参加を促した精鋭らしい。
そこに前の戦いで逃げ散り、戻ってきた民間からの志願兵を加えた一万三千の軍勢だ。
今までとは段違いの規模である。
彼らがジェスタの到着を知り、整列する様は壮観だった。
そこに集められたのは兵士だけでなく、装備や兵糧、馬も用意されていた。
「直接砦へ行って偵察したいので、少しお付き合いください」
野営のためのテントを張っていると、バーニにそう頼まれる。
私はそれを了承し、二人で砦へと向かう事にした。
移動は馬である。
慣れない乗馬には少し手間取ったが、一時間ほど走ればある程度形になるくらいには乗れるようになった。
でも、馬に乗りながら戦うのは難しそうだ。
砦に近づくと、岩場の影から砦の方をうかがう。
バーニは人差し指と親指で円を作ると、そこにレンズのような薄い魔力の膜を張る。
その膜越しに、砦へ目をやった。
望遠の魔術だ。
砦は、高い城壁に四方を囲われていた。
水のない堀があり、跳ね橋を下ろさなければ城門へは辿り着けない。
その門の扉も金属製で、打ち破るのは大変だろう。
とても守りが堅そうだ。
ただし、四方それぞれの城壁の上にいる兵士は二、三人程度と規模に比べて少なかった。
国境付近の増員で、兵員が割かれたためだろうか。
「水を飲みますか?」
砦へ視線を向けたまま、バーニは水筒を差し出す。
「いえ、遠慮します」
「水分補給は大事ですよ」
この国はアールネスより気温が高い。
バーニの言う事はもっともである。
それは重々承知している……。
が、理由があってあまり飲みたくない。
「雪風をパンチにしてから、飲む水がまずいんです」
「何ですか、その理由は?」
バーニは不審な表情で私を見やった。
「恐らく、水の女神を怒らせてしまったのでしょう」
「そうですか」
バーニはそう答えるが、よくわかっていなさそうである。
私の話への理解を放棄したのだろう。
聞き流している感が強い。
私もこんな話をされたらわけがわからないだろう。
が、雪風は水の女神に愛されている子だ。
加護を受けているし、今の状況をあの痴……女神様が把握している可能性はある。
雪風をパンチパーマにした事で、雪風が虐められていると判断したのだろう。
最近、私の飲む水が苦かったり臭かったりするのである。
ちなみに、同じ水をアードラーが飲んでも味は変わらないらしい。
私の口に入った水だけが、まずくなる。
雪風自身はめっちゃ喜んでるのになぁ……。
こんなの絶対おかしいよ。
ひどいよ、あんまりだよ。
バーニは再び砦へと目をやった。
「兵士に緊張感が見られませんね。数も少ない。私達の策に気付いた様子はなさそうです。これなら、どのようにでも攻められそうです」
「それが罠だという可能性は?」
「ないとは言い切れませんが、この一戦は兵力も十分に動員して当たれます。何が起こっても、私が罠ごと食い破って攻略する事を約束しましょう」
すごい自信だ。
「頼りにしていますよ」
「ええ」
かすかに微笑み、バーニは答えた。
「それにしても、堅牢な砦ですね」
「ここを含め、横並びに建てられた砦は国境付近に最も近い。侵攻を少しでも食い止める目的があるため、堅牢に作られているのです。これ以降は、資金資材の問題もあって徐々に防備も薄くなっていきますよ」
「じゃあ、ここさえ落とせばあとは楽になるんですね」
「そういう事です。これ以降の砦は篭るよりも、野戦をした方がマシというものになりますから」
砦はあっても、防御能力の高いのは一番国境に近い所だけ、か。
豊かな国ではないと聞いたが、それほどなのか。
その貧しさの中でも、あらゆるものが軍備へと吸い取られている。
民が生活に耐え切れず、反乱軍に参加するというのも致し方ないのかもしれない。
「さぁ、どう攻めましょうかね。正攻法でも良いのですが、被害は抑えたい……。かと言って、兵糧攻めにしてしまえば時間がかかる……。できれば、後々の事を考えて圧倒的な勝ちをいただきたい所ですが……」
独り言のように、バーニは呟く。
どこか楽しげな表情である。
今、彼の中では様々な策が渦巻いているのだろう。
圧倒的に勝ちたい、か。
そんな時、ふと私は思いつく。
「砦の兵士は何人くらいだと思いますか?」
「この砦は平時で五千です。国境の方へどれだけ抜かれたかはわかりませんが、今はそれ以下……。多くて三千程度でしょう」
攻城戦で勝利するには、三倍の兵力が必要。
という話を横山先生の漫画で読んだ記憶がある。
うろ覚えだけど。
対して、こちらは一万三千。
四倍以上で十分に条件は満たしているが、要は互角よりちょっと上という所だ。
でももし、この攻城戦という条件を取っ払ってしまえばどうだろう?
ただの一万三千対三千にしてしまえれば、それは圧倒的な戦力差という事にならないだろうか?
「あの、バーニ軍師。提案があります」
「聞きましょう」
「魔力で土を操って、地面から城壁の上まで道を作るという事はできませんか?」
規模は大きいが、要は土遁の応用である。
城壁の上まで道を作り、そこから攻めるのだ。
これなら、堅牢な城壁を破る必要もないはずだ。
ドヤァ!
「できませんね」
バーニは笑顔で答えた。
「えぇ、何でですか?」
「昔はそういう戦法も有効でしたが、予防策が確立されてからは不可能になりました」
効かなくなった、ではなく不可能?
「土魔法による工作を防ぐため、砦の城壁とその周囲には薄く魔力の障壁が張り巡らされているのです。これがある限り、土を魔法で操る事はできません。そして障壁を破るにはそれを張っている結界術師の魔力を尽きさせるしかありません」
障壁か。
多分、無色の魔力を張り巡らせたものだろう。
無色の魔力そのものには、何かを防ぐだけの強度はない。
しかし、何かを媒介として強化するという目的ならばそれで十分だ。
戦時において、相手の魔術を防ぐ方法は盾などに無色の魔力を流して強化するという物だ。
それと同じである。
そして、他人の魔力を巡らせた物質に自分の魔力を介入させる事はまず不可能だ。
「じゃあ、尽きさせてからやりましょう」
「もちろんです。それこそが、攻城戦において真っ先に行うべき事ですから」
「そうなんですか?」
「障壁が破れない限り、城壁に傷をつける事もできませんからね。そのために魔術による攻撃で相手の魔力を削り、尽きさせるのが定石です。ただし、障壁の維持は攻撃するよりも魔力消費が少なく、なおかつ結界術師は魔力量の多い者ばかりで構成されている上に複数います」
攻撃で障壁を破らなければならないが、障壁の方が魔力の燃費は良い。
だから、障壁を破るには攻撃している側の方が消費は大きい。
という事でいいのかな?
相手の魔力を遮断する目的というだけならば、強化ではなくただ魔力を流すだけでいいはず。
燃費がいいのもうなずける。
「なので、一足飛びにあなたの策を使うという事はできません」
つまり、私の作戦はその障壁を破らないと実行できない。
「前の戦いで、ヴェルデイド公一人の放った魔術によって障壁ごと城壁を突き崩され、砦の結界術師十名が急性魔力欠乏症で亡くなったと聞きますが……。あなたにも同じ事ができますか?」
あれ?
ヴェルデイド公、うちのパパ以上に凄い事してない?
何か聞きなれない症状の名前が出てきたし。
「できません。元々、私の魔力量は多くないので……」
我が家は基本的に技巧派なので、あの一族のように大火力で薙ぎ払うような戦い方はできない。
……いや、父上はどちらかというと近距離パワータイプだな。
技巧派は私だけか。
「そうですか」
特に落胆した様子もなくバーニは返した。
本気で期待して言ったわけではないのだろう。
どうやら、私はカルダニアにおける軍事的な魔力技術を舐めていたらしい。
私の考え付いた策など、既に存在していたようだ。
いや、でも本当にできないのだろうか?
「……バーニ軍師。障壁の張られていない場所の土を運び、それを使う事はできないのですか?」
「結果から言えば可能です。障壁を張る術式は、一度張ってしまえばその場の地形に沿った形で維持されます。新たに運び込まれた土はその影響を受けません」
やった。
ならできそうだ。
「ですが、それも想定されているため結界の範囲はかなり広いです。範囲外から砦まで運び込んでいる間に、魔術の集中砲火を浴びる事になるでしょう」
「もし、その暇を与えない程に速く、運び込めるとしたらどうでしょう?」
訊ねると、バーニは興味深そうに目を細めた。
「何か策があるようですね」
「はい。成功すれば、二分以内に必要な土は運べると思います。ただ、運んだ土は私以外の人に使ってもらう事となりますが」
「運び込めるのならば、私がやりましょう。……その策の確実性は?」
「こういう使い方をするのは初めてなので、今は五割としか言えません」
半か丁かという所だ。
「元より、あなたの策無しで攻略する予定だったのです。失敗しても構いませんよ。で、肝心の策は、どのようなものなのですか?」
「それは――」
翌日。
「フル装備だとちょっと暑いなぁ……」
私は強化装甲を着込み、呟いた。
「いくつか外そう」
「大丈夫なの?」
アードラーが私の話を聞きつけて訊ねてくる。
「大丈夫だよ」
私は顔のマスクを外して答えた。
「これでもまだ暑いなぁ。へそもだしちゃおうか」
装甲を操って形状を変え、お腹を丸見えの状態にする。
「いいわね」
アードラーから「いいわね」をいただいた。
これでもまだ暑いが、ここが妥当なラインだろう。
暑いからと言って、さすがに戦場でビキニアーマー状態は怖い。
「アードラーはそれでいいの?」
「ええ。ちょっと心配だけど、出さないより出した方がいいと思うわ」
「私の装備じゃなくて、アードラーの装備の話だよ」
アードラーは皮の胸当てと手足の関節に装甲を付けた程度の装備しかしていなかった。
「動きにくい方が、私にとって怖いのよ」
まぁ確かに……。
万全の状態のアードラーを捉える事は難しい。
攻撃の瞬間にできるわずかな隙を衝いて攻撃しなければ、当てる事もできない。
逃げに徹したアードラーは、どうする事もできないのである。
装備を整えると、私達はテントを出た。
私達を含めた将兵が揃うと、砦への進軍が開始される。
攻城戦になると指揮官であるジェスタやアーリアは後方待機になるので、すずめちゃんと雪風の事をお願いした。
すずめちゃんと雪風は今、アーリアの乗る馬に一緒に乗っている。
私は装甲に身を包み、バーニの部隊と一緒に行動していた。
砦がしっかりと視認できる場所まで辿り着く。
この規模の軍勢が近づけば、もう砦側にも補足されているだろう。
「そろそろ、結界の範囲内に入ります」
騎乗したバーニが私の隣に馬を寄せ、そう伝えてくる。
本当に結界の範囲は広いんだな。
昨日の偵察地点よりかは近いけれど、砦まで数キロある。
ギリギリまで近づきたかったが、この距離はどうだろう?
やってみない事にはわからないな。
案外遠いから、少し不安だ。
「これより、突撃を開始します。あなたも、準備をお願いします」
「わかりました」
答えると、バーニは任された騎馬部隊の方へ向かう。
その後ろには、隊列を組んだ歩兵部隊が控えていた。
彼の騎馬部隊は、優れた魔術師の部隊でもあるらしい。
魔術騎馬部隊というべきだろうか。
騎馬の機動性を生かして敵の攻撃を回避しつつ、魔術によって攻撃するのが役目だ。
今回はその機動性を活かし、城壁を破る事が目的らしい。
その後、歩兵部隊を進入させて内部を制圧するのが定石なのだという。
とはいえ、前線に出る軍師というのは珍しいのではないだろうか?
普通は、後ろから采配を振るうものだと思う。
もしかしたら、今回の私の策を聞いて前へ出る事にしたのかもしれない。
私が運んだ土で道を作ると、彼は請け負ってくれた。
ジェスタとアーリアの本隊を残し、バーニは騎馬部隊を率いて進軍を開始する。
同時に、歩兵部隊も進み始めた。
じゃあ私も、進撃しようか。
私は両手で適当に印を切ると、最後に右手親指の付け根をはむっと軽く噛んだ。
「土遁・巨人の術!」
足から無色の魔力を地面へと通し、周囲の土を操って私を覆うように盛り上がらせる。
自分の体を基準に、少しずつ塗り固めていくイメージで土を増やしていく。
そうして、自分の操れる限界まで土を纏わせていくと、私は二十メートルを超える巨人の姿になっていた。
目的は土の運搬なので、少し大きめに作った。
「うおお、何だあれは!」
「巨人だ!」
「コルヴォさんが巨人になった!」
「でかい!」
周囲にいる味方の兵士達から驚きの声が上がっている。
バーニには何をするか伝えてあったのに、兵士には教えていなかったのだろうか?
アーリアの部隊は管轄が違うから、と伝えなかったのかもしれない。
今騒いでいるのは、みんなアーリアの兵士達だ。
さ、時間はあまりない。
急ごう!
私は巨人の体で全力疾走する。
足が長くなった分、全力疾走すると馬よりも速度が出る。
先に突撃したバーニの部隊にすぐ追いつく。
一瞬だけ併走した時、バーニと目が合った。
彼が頷くのを見て、私は騎馬部隊を追い越して行く。
砦の間近まで近づくと、砦から魔法や弓による攻撃が飛んできた。
矢は刺さっても効果がないので、魔法だけを避けるようにして突き進む。
そして、砦の城壁へと取りついた。
術を使ってから、一分三十秒ぐらい。
何とか、二分に間に合った。
眼下には、城壁の上から動揺を隠せない様子で私を見上げる敵兵士達が見える。
そんな中、私は足を後ろに下げ、溜めを作って思い切り城壁を蹴りつけた。
かなりの手ごたえがあった。
城壁も震える。
しかし、障壁のためか城壁には傷一つない。
やっぱり無理か。
そろそろ二分。
限界だ。
私は術を解き、土遁人形の首筋あたりから脱出した。
着地と同時に、ふらついて地面に手をつく。
城壁の方を見ると土遁人形の体が崩れ、ただの土山へと変わっていく所だった。
着地したすぐ横をバーニの乗った馬が駆け抜けていく。
バーニは軽い身のこなしで馬から跳び降りると、土山へと手をやった。
土山を魔術によって城壁上へ通じる坂道へと変えていく。
結構動けるんだな、バーニ軍師。
私はすぐ動けそうにない。
実の所、二分というのは私が巨人の術を維持できる限界時間なのだ。
巨人の術とは当初、倭の国で移動に使おうと思って作った技である。
すずめちゃんと雪風を手に乗せ、巨人の体で走れば移動も早く済む。
そう思いついて作ったのだ。
が、この術はとても魔力を食う。
ムルシエラ先輩辺りが使えば有効に使えるかもしれないが、元々少ない魔力量をコントロール力でカバーしている私にとって、こういった術は苦手なものなのだ。
初めて使った時は何とか光の巨人に並ぼうと三分維持し、その後倒れたまま動けなくなった。
どうやら無糸服の結合を維持していた魔力まで吸い尽くされたらしく、全裸になった。
私は一日中、全裸で寝込む事になったのである。
今思えば、あれが急性魔力欠乏症だったのかもしれない。
あの時は山中で倒れたのだが、もし山賊でも現れていたらぐへへな展開になっていた事間違いなしであった。
以来、使っていない。
有事の事を考えると、練習する事もできなかった。
正直、二分でもへとへとになっているが、まだ動ける状態だ。
少なくとも、すっぽんぽんにはならずに済んでいる。
バーニが坂道を作り上げ、周囲の騎馬隊へ指示を出す。
「騎馬隊、突撃! 城壁の上を確保。後続の歩兵部隊が到着するまで維持せよ!」
「「「はっ!」」」
各所から、兵士達の声が返ってくる。
バーニは私に向いた。
「あなたは休んでいてください」
「いいんですか?」
「もう、勝ちは見えました。そんな状況であなたを失うのは馬鹿馬鹿しい事ではないですか?」
そう言って微笑むと、バーニは私へ手を差し出した。
私も微笑み返し、その手を握った。
彼の言葉通り、この戦いは反乱軍の勝利に終わった。
砦へなだれ込んだ兵士達は瞬く間に砦を制圧していき、砦の指揮官が捕らえられると他の兵士達は降伏した。
そのため、敵味方共に驚くほど損害は少なかった。
ヴェルデイド公は魔力量が元々多いのですが、威力を増幅する秘伝の術式を複数展開して威力を数十倍に水増ししています。
「波ぁ!」と極太のビームが両手から放たれました。
戦争も外交の一種だと考えているので、ヴェルデイド公は度々従軍しています。




