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クロエ武芸帖 ~豪傑SE外伝~  作者: 8D
倭の国編
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七話 夏木源八

 そば屋での騒動で、私は夏木なつぎ源八げんはちという人物と知り合った。


 私は夏木さんと茶屋へ向かった。

 洒落た言い方をすれば、オープンカフェスタイルの道端へ席を並べた店である。


 席に座る。

 夏木さんと斉藤さんも一緒だ。


 注文を取りに、店主らしきお爺さんが近付いてくる。


「コンニチハ」

「はいはい、ご贔屓に」


 流石は年の功。

 私に対してもまったく動じない。


 動じない、という点では夏木さんも同じか。

 この浪人らしき人物は、初めて出会った時から私に対して平然と接している。


「ほう。びてんふえると殿はあるねすという国から参られたか」


 夏木さんは怪しい発音で言う。


「船で十日ほど揺られ、そこから陸路で数日といった道程を経た場所にあります」

「それはまた遠い所からお越しで。苦労なさっただろう」

「ええ。まぁ」


 夏木さんは武士もののふらしい荒々しさと無縁のような人柄だった。

 物腰は柔らかく、態度は柔和だ。

 とはいえ、武士としての力量が乏しいわけではない。


「しかし、たいした腕前ですね」


 私はそば屋での乱闘を思い出して語る。

 右の手刀を用いて、血気盛んな男を軽くいなしていた。


「いやいや、びてんふえると殿もかなりの業前わざまえをお持ちのようだ。まるで女性とは思えぬほどだ」


 夏木さん。

 それは女性を褒める言葉じゃないですよ?


 嬉しいけどさ……。


「我が家はこの国で言う所の武家でして。幼少の頃より、父より武の手ほどきを受けておりました」

「そうでありましたか。しかしあるねすという国の武術は、拳を主とした物なのでしょうか?」

「そういうわけでもございませんが……」


 日本の武術は元々、刀を使う闘法を前提としている物が多い。

 元より無手を前提に作られた物は、空手ぐらいのものだろう。

 剣術の技術を無手での闘いに応用した物が武道なのだと聞いた事がある。


 廃刀令を受けてから武士達は刀を捨てる事になり、剣術は無手での技術として合気道や柔術に変化していったらしい。


「我が家も戦場では剣を使いますが、主体は拳や蹴りを駆使した戦術ですね。手ごわい相手などには、肉弾戦で応じて体勢を崩した所へ剣でトドメを刺す」

「なるほど。要は拳や蹴りを目くらましに使うという事ですな?」


 私は頷き返す。


「ただ、父上の拳はそれだけに留まりませんが」

「と、申されますと?」

「父上の拳は鎧ごと人の胴を貫通します」


 夏木さんは目を見開いた。

 大層驚いているようだ。


「それはまた……。びてんふえると殿の父君はまことに豪の者でありますな」


 魔力と筋力を駆使すれば、そういう事もできる。

 私だって、やろうと思えばできるはずだ。


 そんな相手と戦った事がないのでできるとは言い切れないが。


「そういえば、この国ではあまり魔法が一般的ではないのでしょうか?」

「まほう?」


 夏木さんは首を傾げる。

 その単語すらも知らないようだ。


「こういうものです」


 私は手の平の上で炎の玉を作って見せる。


 燃えたろ?


「これはまた、奇怪な……」


 夏木さんは驚く。

 私は炎を消した。


「びてんふえると殿は陰陽道も嗜んでおられるか」

「陰陽道……」


 なるほど。

 この国では陰陽道として魔法が存在しているのか。


「それがびてんふえると殿の言う魔法であるならば、そういった力ある人間が少ないからでしょうな」

「そうなのですか?」

「それがしも詳しくは知りませぬが……。

 聞き及んだ話によれば、かつてはそういった人間が生まれると親が恐れて寺社に預けるなり、殺してしまうなりしたとの事。

 そういった力を陰陽道という技として昇華させた安陪あべ何某なにがしなる者が権力者の下で活躍し、それから地位を得たとの話。

 しかしながら全体的に力を持った者は少なく、そういった者達も寺社より出ぬ事が多い。

 ゆえに、表へ出る者が少ないのですよ」


 だから、基本的に魔力を持たない人間が多く、魔力を持った人間が少ない。

 魔法技術が発展しないわけだ。

 アールネスで言う所の闘技寄りの技術が発達したのもそのためだ。

 闘技が魔力を持たない平民上がりの傭兵の技術であったのと同じく、魔力を持たない倭の国の人間は闘技のような己の身一つで戦う方法を磨いたわけだ。


 いろいろな部分がアールネスと逆なのだ。


 アールネス、というよりも大陸全体の話だが、魔力を持った人間を貴いとしたこちらの国は魔力を持った人間を貴族として遇し、全体的に魔力持ちの人間は多い。


 けれど、倭の国では逆に異端として断じられていたために魔力を持たない人間の方が多いのだ。


「ありがとうございます。勉強になりました」

「それがしの話が役に立ったならば嬉しい限りです。それにしても、あの技はすごかった」

「あの技ですか?」


 私達はそれからしばらく語り合った。

 主に武についての事だ。


 そして茶と団子を平らげると、席を立つ。


「楽しい時間でした」

「それがしも、びてんふえると殿と話をするのは楽しかった」

「またお会いできるでしょうか?」


 そう申し出る。

 私は、この男が嫌いではなかった。

 また話をしたいと思った。


「それがしは、あのそば屋で昼食を取る事が多い。訪れる事があれば、また会えるでしょう。では……」


 頭を下げて、夏木さんは去って行った。


 その背を私は見送った。




 私はその後、家族への土産でも見ようと思い立ち、しばらく町をぶらぶらした。

 アルディリアは可愛らしい物が好きだから、兎を模した陶器の小物が良いだろうか。

 このかんざしはアードラーに似合いそうだ。

 ヤタには、紙風船でもどうだろう。


 そんな事を思いながら町を巡った。


 その時である。

 ふと、私は帰りの道筋からそれて人気のない路地へ入った。


 しばらく進んだ頃、私の前に一人の男が立ち塞がる。


 トの字になった三股の道。

 家々の塀の間にある道である。

 その進行方向に男は立っている。


「また会ったな?」


 男は、そば屋で叩きのめした男だった。


 私の後ろにいた斉藤さんが、スッと私から離れた。


「何か用?」

「昼間の礼がしたくてなぁ」


 男が言うと、三股の道からそれぞれ男の集団がぞろぞろと現れる。

 二十人ぐらいはいるだろうか。

 それぞれ、木刀やら木の棒、石を持っている奴もいる。


「へぇ、それは嬉しいね」

「吐いてんじゃねぇよ。この数相手に勝てると思ってんのか?」


 私は笑いかけてやる。

 男は舌打ちする。

 けれど、すぐに笑みを浮かべた。


「へ、お前もそんななりだが女には違いねぇ。顔も悪くねぇし、胸もでかい。無論、穴だってあるだろう? 痛めつけた後で、俺ら全員で声も出ねぇようにしてやるよ」

「ふぅん。まぁ、頑張るんだね」

「嘗めた口を聞けるのも今だけだぜ。……やっちまえ、てめぇら!」


 男達が私に襲いかかった。




 数分後。

 二十人以上いた男達が、私の目の前で軒並み気を失って倒れていた。


「はぁはぁはぁ……」


 息を切らす私。

 厳しい戦いだった。


「息切れするほどたいした相手ではなかったでしょう?」


 斉藤さんの冷静なツッコミが私に向けられる。


 露骨な人間アピールだよ。


 私も女の子だからね。

 殿方の前では、少しはか弱い所を見せたいという乙女心だ。


「それより、護衛だったらちょっとは助けてくださいよ」


 斉藤さんは私から少し離れた位置にいて、自分に襲い掛かる相手を振り払う事はしても私を助けるような事は一切しなかった。


「暇を持て余していたように思いましたので。邪魔だても悪いと思った次第。この路地へ入ったのも、尾行に気付いていたからでございましょう?」


 バレてら。


 斉藤さんの言う通り、私は誰かにつけられている事を知っていた。

 何かしらのトラブルがあるなら、丁度いい暇つぶしになるかなとも思っていた。


 そういったもので心を埋めておかないと、焦りで心が潰されそうになる。


 私は早く、アールネスへ帰りたいのだ……。


 斉藤さんは溜息を吐いた。


「しかしながら、このような事が度々あっても困りものです。あなたは手練れですが、万能ではない。いずれ、事故で人を殺めてしまう事もあるかもしれない。それは拙者もあなたも望まぬ事のはず」

「そうですね……」


 それで交渉がぶち壊しになるのは困る。


「ならば明日、ある場所へ案内致しましょう。無聊を慰めたいというのなら、今後はそちらでなさっていただきます」

「そこは?」

影閃えいせん平塚ひらつか流道場。この前田藩随一をうたう剣術道場にございます」


 剣術道場。

 武術関連の施設ならば、興味はあった。

 私は翌日、斉藤さんの案内で私はその道場へ連れて行ってもらえる事になった。

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