十二話 フリーダムユキカゼ
今回はちょっとばっちい話です。
夜の野営地。
割り当てられたテントの中で、私達は就寝していた。
そんな中私は、ふと何かの気配を察知して目を覚ました。
『クロエ! おしっこ!』
その途端、雪風が声をかけてくる。
え?
驚いてテント内の雪風を探す。
雪風は、私の枕元にいた。
その時である!
じょばー……。
ユキカゼはしめやかに失禁!
『みずであらう!』
「あ、待った」
制止のために声をかけるも、雪風は水魔法で周囲を洗う。
テント内ごと豪快に洗った。
水の無い所でこのレベルの水遁を……。
「何事だ!」
アーリアが突然の事に声を上げて起き上がる。
行軍が始まってから、彼女も私達のテントで寝泊りしていた。
アードラーとすずめちゃんも起き上がる。
器官に水が入ってしまったのか、すずめちゃんはげほげほと咽ながら起き上がる。
アードラーはその背をさすって介抱し、私に向いた。
「何があったの?」
「雪風が私の言いつけを守った……と言えばいいのか……」
いや、それはおかしい。
「雪風、人の見てる所でおしっこしちゃダメって言ったよね」
この言いつけは守ってないぞ。
『うん! だれもみてなかった!』
みんな寝てたからね。
そうか。
私は、誰かの見ている所でしちゃダメとしか言っていなかったか。
なるほど。
理屈はわかった。
やっぱりこの子なりに私の言いつけを守った。
それだけは確かだ。
まだ子供だし、私の監督責任になるのかな……?
しかし……。
私はテント内の惨状を見る。
テント内のあらゆる物が、水浸しだ。
これは許容できない。
「雪風、いい? 人の見ていない所というのは、人がいない所という事。だから、みんな寝てても、そんな所でおしっこをしてはいけないんだよ」
『うん? わかった!』
そんなよくわかってなさそうな「わかった」は初めて聞いたよ!
反省の色が見られない。
「何より、今までしなかった事を何故今日に限ってやったの?」
テント内でお漏らししちゃったのは今日が初めての事だ。
今まで、こんな事はなかった。
『おみず、のみすぎちゃった。あと、いつもはうんちもいっしょにしたくなるからそとでしてる。きょうはうんちのきぶんじゃなかった』
「うんちはちゃんと外でやるんだね」
『うんちはくさい!』
「そうだね!」
おしっこもそうだよ?
『でもそのくさいのもきらいじゃないよ! こんどからは、テントのなかでしていい?』
やめてほしいな。
「ダメ。外でやってね。あとおしっこして水で流すのはいいけど、今後はテントの中でしないように。ほら、すずめちゃんだって苦しそうにしてる」
私は言いながらすずめちゃんを指す。
すずめちゃんは今も時折、苦しそうな顔で咽ている。
涙目だ。
『ゆきかぜのせい?』
雪風は耳を伏せながら訊ねてきた。
落ち込んでしまったようだ。
反省したのだろう。
なら無用に叱りつける事もない。
「私の説明不足もあるから、私のせいでもあるかな。けど、今度からは外でやるんだよ。いいね?」
『うん。わかった』
この返事はまだ信用できそうだ。
その後、私達は水浸しの服を外に干して、お風呂に入った。
倭の国で知った土遁の術を応用して地面に適度な穴を空け、そこをお湯で満たした簡易のものだ。
お風呂の入っている時、不届き者が岩場の影から覗きに来たようだけど、指弾で石を弾いて岩の先端を打ち砕くと逃げていった。
あの後姿はうちの新兵じゃないか。
いいだろう。
作戦行動が始まったから訓練は一応修了だったが、明日は特別訓練だ。
楽しみにしているがいい。
「風呂は久しぶりで気持ちいい……」
アーリアが言う。
確かに、戦時の兵士が風呂に入る事は珍しい。
濡らした布などで体を拭くのが一般的である。
新兵の中には、それすらしない人もいるけど。
ジェスタ直轄の兵士達は、不敬にならないようにするためかそのあたりはきっちりとしているようだ。
ちなみに、うちは何よりも風呂が好きな毛玉がいるため、毎日訓練が終わるとテントの横に風呂が沸いていた。
今のように私が土遁で作ったくぼみに、雪風が湯を入れて使っていたのだ。
隠れ処の湯はしばらく使っていたので、そちらには覗き防止の布もかけていた。
「もう大丈夫?」
「うん」
「そう……」
すずめちゃんの咳が治まって、安否を気遣ったアードラー。
しかし、それ以降二人に会話は続かなかった。
仲は悪くないのだが、まだ一歩二人は馴染めていないようだ。
アードラーは、心理学とかに長けてそうな名前なのにね。
『クロエ! クロエ!』
雪風が声をかけてくる。
「何?」
『もう、こんどからおふろでおしっこもしちゃダメなの?』
え?
「今までしてたの?」
『したくなったらしてた』
何たる無法。
まるで獣のような所業だ……。
……獣だったね。
しかし、これは洒落にならない事を聞いた。
気持ち良さそうに風呂を楽しんでいる三人には聞かせられない。
今後このような事がないように罰を与えておこう。
……変な髪形にでもしようか。
「うん、今度からしちゃダメ。それはとても悪い事だ。二度としてはいけない。という事で、雪風をアフロの刑に処します」
『アフロ?』
私は雪風の頭に手を置くと、火の魔法でその頭頂だけを焦がすように燃やした。
さぁ、ふわふわのアフロになるが良い。
と思っていたが、それほどふわふわにならずお釈迦様……というよりパンチパーマのような髪形になった。
あれ?
アフロって毛を炙るだけじゃできないの?
『アフロ? アフロ!』
風呂の湯船に自分の姿を映した雪風は、自分の頭を見て嬉しそうな声を出した。
『アフロ♪ アフロ♪』
何か気に入っている。
これでは罰にならない気がするけど……?
まぁいいか。
「申し訳ないけど、これはパンチパーマだよ」
言うと、雪風は私をじっと見た。
そして……。
『アフロ♪ アフロ♪』
再び歌いだす。
人の話は聞いてね?
その後、バーニから「今はまだ構いませんが、湯気で気付かれるため風呂は止めてください」と叱られた。
アードラー、すずめちゃん、アーリアからも雪風は前の方が可愛かったと不満を漏らされた。
何だか、私の方が罰を受けた気分である。
わけがわからないよ。




