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八話 復讐のアーリア

 うっかり、アーリアを叩きのめしてしまった……。

 事故とはいえ、かなり手酷く。


 その後すぐに白色での治療を施し、魔力による脳のスキャンもして異常がない事は確認したけれど、アーリアは意識がないまま自分のテントへと運ばれていったのである。


 言わずもがな、新兵の訓練は中止となった。


「どうしよう、アードラー」


 私達のテントへ戻り、渋い顔をした彼女に相談する。

 すずめちゃんは、めっきりと大人しくなった雪風を構っていた。


「少なくとも、王族に喧嘩を売るべきではなかったわね」

「ごめんなさい……」


 ため息混じりに窘められ、私は謝った。


「お義父とうさんの血かしらね。王族に突っかかろうとするのは……」


 それも否定できないが、私自身に前世から好戦的な所があった。

 喧嘩などした事はないけれど、闘争心が強くなければ格闘ゲームなど好みはしない。


「もういっその事、帰っちゃう?」


 彼女はそう問いかける。


「そうしたい気持ちはあるけれど……」


 任務は失敗になる。

 将来の事を考えると、できるならこの任務はやり遂げたい。


「私が残るから、気兼ねする事なんてないのよ?」


 私は、アードラーの顔を注視した。


「そうするべきよ。誰だって、大事な人とは一緒にいたいものだもの」


 アードラー、そんな事を考えていたのか……。


 私は彼女の申し出に、かぶりを振って否定する。


「いや……。できれば、務めは果たしたいと思ってるから。それに、アードラーは誤解しているよ」

「誤解?」

「私の大事な人は、ヤタだけじゃない。アードラーも私にとっては大事な人だ」


 ヤタから離れる事も、アードラーと離れる事も私には辛い事に違いがない。

 少なくとも、アードラーを一人で残して帰るという選択肢は私の中にない。

 帰るなら、一緒に帰る。


「……そう、思ってくれているのね」


 アードラーはかすかなため息を吐いて言った。

 小さな変化だが、緊張が解れたように見える。


 口ではああ言ったが、実際は一人で残る事は心細かったんだろう。

 それでも、私の事を思ってそう提案してくれたのだ。


 そんなアードラーだから、私は大事にしたいと思う。


「そう。じゃあ――」


 アードラーが何か言いかけた、その時だった。

 テントの入り口が、勢い良く開かれた。


「コルヴォ!」


 私の名が呼ばれ、そちらを見る。

 入り口には、アーリアが立っていた。

 怒りのこもった目で私を見ている。


 どうやら意識を取り戻したらしい。

 それは良かった。


「これは王女殿下。ご機嫌麗しゅう」


 明らかにご機嫌麗しくない様子だったが、ついでに機嫌も良くならないかという希望的願望を以てそう挨拶する。

 まあ、そんな上手い事いくわけないが。


「もう一度勝負しろ」


 低い声で、アーリア王女はそう言った。


「え?」

「あんな物はまぐれだ! 再戦しろ! 証明してやる!」


 どうやら、負けた事がよっぽど悔しかったらしい。


 何か処罰が下るかも、と思ったがそれもない、かな?

 当の本人がそれを望んでいるなら、彼女を打ちのめしても特に問題はなかったのかも……。


 そう思っておこう。

 でも次こそは、意識を飛ばすような事がないようにしないと……。


「はぁ、わかりました」


 私は彼女からの再戦を受ける事にした。


 テントの外に出て、アーリア王女は私に向けて構えた。

 攻めの起点にされたローキックを警戒しているのか、重心がやや後ろに寄っている。

 彼女なりに対策を取ってきたのだろう。


 そういう姿勢はとても好ましい。


「さぁ、かかってこい」

「では」


 私は構えを取らず、跳び蹴りを放った。

 ブーストを利用した、予備動作無しで繰り出される跳び蹴りである。

 助走無しでありながら高速で放たれるそれは、他の人間から見れば物理法則を無視した物に見えるだろう。


 アーリアの動きはもう見たので、初手から攻める事にしたのだ。


「はっ?」


 驚きの声を上げるアーリアは両腕で防御したが、蹴りはその防御をこじ開けて顔面に直撃する。

 蹴られた顔は完全に上を向く形になり、アーリアは後方へ蹴り飛ばされてどさっと地面に落ちた。


 そのまま動かなくなる。

 その様子に焦る。


 インパクトの瞬間、首がかなり危険な角度に曲がっていた気がする。

 やっちゃったかもしれない……。


 大慌てで近づいて容態を診る。

 とりあえず生きていた。

 やっちゃってはいなかった。


 私は安心して彼女を治療した。

 アーリアはそのまま兵士達の手によって再び自分のテントへと運ばれ、第二次アーリア攻防戦は幕を閉じた。




「どうしよう、アードラー」


 私はアードラーへの相談を再開する。


「さっきも言いかけたけど、一応ジェスタ王子に報告するべきじゃないかしら?」


 すると、アードラーはそう答えた。


「それで大丈夫かな? よくも妹を! って怒らないかな?」

「バーニ軍師が見ていたから、その出来事自体はもう伝わっていると思うのよ。それについてのお咎めがないから、訓練中の事として不敬にも問わないつもりなのだと思うわ」

「さすがについさっきの事は伝わっていないと思うけど」


 少なくとも、ついさっきの出来事は訓練中ではない。


「……そうね。さっきのは訓練と言い難いわね。やっぱり、バーニ軍師に一度話を通すべきね。彼としても、私達がここから排斥されるような事は避けたいだろうし」


 そうだ。

 彼には、私達が必要なはずだ。

 なら、そうしよう。


「わかった。ちょっと会いに行ってくる」


 私はバーニに会いに行く。

 彼は自室代わりのテントに居た。


「取り成しておいたので大丈夫ですよ。訓練中の事ですし」


 事のあらましを話すと、バーニはそう答えた。


「二回目は、明らかに訓練中ではなかったんですが……」

「アーリア様が自主訓練で組み手を行ったのです」

「はぁ……」


 そういう事にするつもりなのか。


「大丈夫ですよ。ジェスタ様は、一人でも戦力の欲しい今の状況下で即戦力の傭兵を処罰するほど愚か者ではありませんから」


 どうやら、私が不安に思っていた事態に対して、バーニは既に手を打ってくれていたらしい。

 そう、説得してくれたのかもしれない。


「まぁ、元々道理のわかる方です。私が言わずとも、詳細を知っていれば無用に人を罰するような事はしなかったでしょうが」

「そうなんですか」

「でも、決して殺してしまわないように」


 微笑みながらバーニは言ったが、その目は笑っていなかった。


「はい。気をつけます」


 バーニとの話を終えて外へ出た。

 その時である。


「勝負だ! コルヴォ!」


 アーリアが勝負を仕掛けてきた。


 回復、はやない?


 思ってたよりタフだな、この姫……。


 なんだろう。

 昔ルクスに追い掛け回された時の事を思い出して、ちょっと懐かしい気持ちになってきた。


「お前の奇襲戦法はもう通じない! かかってこい!」


 私の返事を待たずに、アーリアは構えを取る。

 今までと違い、顔の前をがっちりと腕の防御で固めた構えだ。

 ピーカブースタイルに似ている。


「わかりました」


 私はおもむろにアーリアへ近づく。

 そして、縦拳たてけんによるライトアッパーを放った。


「ドリャー!」


 アッパーは両腕の間を通って防御の内側へ入り込み、アーリアの顎を捉えた。

 彼女の体は宙に浮き、一回転してからうつ伏せに倒れた。


 動かなくなる。


「本当に気をつけてます?」


 テントの入り口から様子を見ていたバーニが、ため息を吐いて問う。

 正直な所、ガードをこじ開けるために力を込めたら、力を込め過ぎた。


「一応。下手に長引かせるより、一撃で倒した方が傷も増えなくていいかなぁと思いまして」


 それらしい事を答えると、バーニは懐疑的な表情を一度顰め、皺の寄った眉間を揉んだ。


「……くれぐれも気をつけてください」


 若干投げやり気味に言って、テントの中へ戻っていった。

 私はアーリアを治療し、彼女のテントへ運ぶよう近くの兵士に頼んでから帰った。

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